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言葉使いの魔法世界譚  作者: そでかさ
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ザ・クラス・ベル

 それから20分後。唐突に教室の扉が開き、静まり返った教室に、けだるげな声が揺らめいた。


 「ほら、授業始めるぞ。いやぁ、すまんすまん、昼休みに伊藤先生と発泡酒飲んじまってなぁ。それがふたりとも疲れてたもんだから、ちょっくら極楽のほうに顔を出しちまってた、ってわけさ。…それじゃ、昨日の復習からだな」


 そうしていつも長谷先生は、なにかと理由をつけて遅れてくる。実際、伊藤先生に聞いてみたら、そんなことは断じてやっていないと言うだろう。かといって長谷先生の姿をどこかで見たという人も、きっと一人もいないだろう。彼はいつも雨中の隙間に雲隠れをしているような、そういった性質の人間なのだ。


 そうして、クラスにいる生徒はみなそれぞれに違った本を開き始めた。長谷先生が言うには、言葉という事象はまず音から始まっており、それが言葉に変わるとき、まるで子を産むがごとくリズムが創出されるとのこと。そして、人がそれぞれ違った好みを持つのも、めいめいに異なったリズムを内に秘めているからであり、それを見つけることが、いまわれわれが学ぼうとしている言語魔法の、最初の第一歩である、ということだ。したがって、この世界にはほとんど存在しない卓越した言語魔法習得者は、まるで歌を歌うかのように魔法を使用するのだそうだ。


 さて、僕はといえば、授業が始まってすぐに目的のページを開き、そこからリズムを感じ取って、自分の中を巡らせていた。これは専門の用語で、暗誦というのだそうだ。暗誦が繰り返されて、ひとつの円環を形成すると、そこには自分の意思を介在して、言葉固有のエネルギーを発現するためのシステムが出来上がる。これが、言語魔法学の基礎となるものだ。しかし、使用する本が違えば、その効果の発現がまったく異なるものになったり、そもそもリズムを構築できずに唱えられない言葉が存在するなど、未だその全容は未知に覆われている。


 僕は先生の所へ向かい、いつも通り二人で話し始めた。そのころの教室にはもう静寂の影もなく、あのまじめな野坂でさえ近くの友人と談笑している。長谷先生は、基本的に仕事をしたくない人なのだ。学者気質なので、自分の興味が向いたものに同様の興味を示さない人には、そもそも何かを教える気がない。もちろん教育者としては良くないことであるが、しかし僕には好都合であった。僕にとって彼から教わることは、いちばんの幸いであった。


 「三崎。今日も来たね」


 先生は少し眠そうな顔で、しかし口元にはたしかな微笑をたたえて言った。ぼさぼさの髪先が今にも白くなろうとしており、実年齢よりもずっと年老いて見えた。僕は教卓の横にあるパイプ椅子に腰かけ、あまり大きな声を出さないように言った。


 「長谷先生。今日も来ましたよ」


 「そうか。それで三崎。昨日出した課題はやってきたかい?」


 「もちろんです。いえ、今回のは少々手ごわかったですが…。しかし、あのようなひらがな一文字からも、言語魔法は発動するものなんですね。てっきり、そこに何らかの意図や意味がなければ、この魔法は成り立たないのだと思っていました」


 「はは、俺も昔はそう思っていたよ。しかしだね、言語魔法はそもそも、その起源を音に発するものなんさね。ってことは、文字一つとってもそこには固有の音があるわけだろう?ということはそれを刻んだり、伸ばしたりするだけで、リズムが生まれる。するとそこにはどうだい、もう歌が存在しているとは言えないか。まぁ。君もそれに気づいたからこそ、自信ありげに私のところへきたのだろうけどね」


 長谷先生は少し笑って、机の上の書物へと目を向けた。中心には大きな文字で、『転移/接続』と書かれている。先生はおもむろに手をかざし、こちらに促した。僕が先生の手の甲に触れると、先生は横目でこちらを見て、呟くように言った。


 「さて、それじゃあ、今日も行ってみようか。小テストの始まりだよ」

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