9話 婿取り(本気)
「――あの馬鹿ナメクジッ、人の身体でなにやってるんですの!?」
クライン家当主とアレクシアが成婚。
その報せに、父母ではなく本人が一番驚いた。
「きっと、お父様ですわね……本人不在を幸いに、身を固めさせにきましたわ」
「よ、よろしいので?」
「よろしくないですわッ、よりにもよって十三歳とかクソガキなんかと。もうこうなれば、私もオスに股開いて、毎晩アンアンしてやりますわッ」
「む、娘の身体でそれはその……」
「こうなった以上、〈プリシア〉は私ですのッ」
アレクシアは赤いドレスのスカートをひらめかせ、肩を怒らせながら部屋を飛び出した。
(計画実行のためには、まずは南部のゴミ始末ですわね)
腰に据えた短刀を確かめ、肩で風を切る。
どこからともなく現れる男たち――彼女が新たに編成した親衛隊を引き連れ廊下を闊歩する姿は、すれ違う者たちに“女王”の威風を与えずにはいられない。
城の一角にある会議室の扉。それを勢いをもって開けば、その中に居た――ドーナツ状のテーブルに腰掛ける二十一名の旗手・家臣たちが一斉に立ち上がる。
「よく集まってくれました。会議を始めますわ」
「申し訳ありませんプリシア様、テューバ王のお姿が」
「王はおりませぬ」
短く告げると、アレクシアは着席を促した。
みなが着席する中で、自身は席を立ったまま。目でそれぞれの顔を眺め、“ゴミ”ことマイルズ家当主を探す。アレクシアから見て、右側のちょうど真ん中部分に、それはいた。
肥え太った顔は落ち着き払い、視線は〈プリシア〉を見ず机の上に。
「――南部のトーリシア家」
静かに告げると、その男は身体をピクリと震わせた。
「近く、この家を叩き潰したいと思いますわ」
何ごとだ、とざわつき始める。
それもそのはず。南部との関係は良くも悪くも隣国の状態にあり、こちらからどうして、戦いを仕掛ける理由がない。
「足のみならず、刃を向けようとする者はいないでしょうが」
マイルズは明らかに目に動揺を浮かべている。
アレクシアは歩き、そっと彼の後ろに回り込んだ。
「マイルズ家……そう言えば、トーリシアとは隣同士でしたわね」
「ひ……ッ!?」
アレクシアは腰から短刀を引き抜き、切っ先を勢いよく、机に突き立てた。
「貴殿はその刃をどちらに向けられますか?」
「わ、わ、私はそのような考えは……ッ!?」
「私か、トーリシアか、どちらに向けるか訊いているのです」
冷たい睨みに、マイルズはひどく狼狽した。
周りの者たちも気付いていたが、顛末を見届けるつもりでいる。
「答えは?」
「む、むむむ、無論、と、トーリシアでございます……」
「結構」
アレクシアはくるりと背を向け、元いた場所に戻った。
「みごと討ち滅ぼした暁には、その者の領地を与えましょう。それと娘が作った借財の棒引きも」
「そ、そ……」
それは、と言おうにも言えぬ。
「会議は以上です」
反論を許さず、アレクシアは会議を打ち切る。
赤いドレスの裾を翻し、毅然と会議室をあとにした。
そして、すぐに周囲を固める親衛隊の男たち、その二人に目を配った。
「――リーチ、オークレイン。二人は己の父に命じ、マイルズの背を塞ぎなさい。逃げる素振りを見せればその場で処断も構いませんわ。その場合、娘たちはトーリシアにでもくれてやりなさい。欲しければ二人で所有してもいいですわ」
「はっ!」「はっ!」
男二人は離れ、城の外に向かってゆく。
『プリシア様に貫禄が出てこられた』
『あれはまさに川底の冷たさ――いよいよ女王としての存在感を露わになされた』
『身体も丈夫そうであるし、もしや今までのは演技だったのか』
『トーラスとの政略結婚もあるそうだ。何ともはや……』
畏怖を露わにする様子は、アレクシアにとって最大の賛辞。妖しく微笑むと「次は、凋落の王子様ですわね」と、目に力を込める。
その日は、一週間後にやってきた。
――王女プリシアが見合いをする
それは吹き流れる秋風に乗り、イルティム中へと知れ渡ることに。
ある者は酷く落ち込み、ある者は王族の一生を嘆く。あることないことの噂を耳にしながら、アレクシアはその到着を心待ちにしていた。
「トーラス家・シュナウザー様がおいでになりました」
「よろしい」
恰幅のいいメイド・サマンサについて、扇子を揺らしながら廊下を歩く。
すれ違う者はみな、期待と不安を眼差しを送り、アレクシアは人知れず薄い笑みを浮かべた。
(ふふ……愚かな連中ね。〈プリシア〉を信じた先は奔流によってもたらされた泥沼ですわよ)
その男は応接間に待たせている。
ノックもなく黒檀の扉を開くと、中にいた男が驚いたように振り向いた。長身の、無骨な顔立ちをした壮年の男だ。
「我が城へ、ようこそおいで下さりました」
「小娘の分際で、この俺を下に見るか」
「負け犬と同じ目線にする必要がどこにありまして?」
明らかな挑発であったが、男は怒りも見せず、ふんと鼻を鳴らすのみ。
普通なら怒りを露わにするので、アレクシアは、おや、と眉を上げた。
「俺にそのような口をきいた女は初めてだ」
「男はおりましたの?」
「いたかも知れぬが、先に斬っているからな」
面白い、とアレクシアは笑みを浮かべる。
「これから毎日聞けますわ。シュナウザー様」
「お前を妻にすればか? いくら落ちぶれた身でも、敵に下るなどあり得ぬこと。諦めて敵の立場に甘んじていろ」
「あら、この身体を好きにできましてよ」
黒みを帯びたドレスの胸元をそっと引き、男・シュナウザーの視線を寄せた。
「戦で勝てば好きにできよう。お前に相応しいのは、そんな悪趣味なドレスではなく娼婦の恰好。勝利したあかつきには、鎖につないで飼ってやろう」
「あらまあ、なかなか野蛮ですわね」
当然だ、とシュナウザーがふてぶてしく。
アレクシアは「ですが」と言葉を切り出した。
「今の貴殿の立場で、そんな大ごとが出来まして?」
「なに?」
「やはり、マダンが双子塔を攻め落としたことはご存じないようで。守っていたルーカス様は討ち死に、身重のカミラ様はこちらに移送中ですのよ」
「な゛――ッ!?」
「そう言えば、双子塔の連中も前王派でしたわね」
シュナウザーは動揺を隠さなかった。
「し、城を守っていた、者は……ジョアンはどうなった!」
「幼い当主なら、マダンに。そう言う性癖か、アレクシアなる娘が夫にと引き取りましたわ」
男は驚きと安堵が入り交じる表情のまま。
そして、「そうか」と声を絞り出した。
「ま、この見合いが上手くゆこうが構いませんわ。貴殿にはカミラ様の世話を任せ、お家再興に尽力してもらえればいいだけですの」
「ぐ……っ」
「新王派は心配いりませんわ。貴殿を擁立し、前王派の立場が明確化すればいいだけ。背後を睨む存在が盾・防波堤となればいいのですから」
ここで、シュナウザーもハッと気付いた表情を浮かべた。
内部対立を起こし奪還の機会を窺う立場にとって、窮地に陥った家を見捨てるか救うかで、立場が不明瞭な者たちへの心象が大きく違う。
イルティムとマダン――両国の関係が深い。
この王女〈プリシア〉との縁を持てば、敵は新王派のみに。東と南から、一気呵成に攻め入ることだって可能となるのだ。
「既に包囲されていた、と言うことか」
「偶然もありますがね。お人好し全開で、こっちに人質を送るなんて想像もしてませんし」
「……どういうことだ?」
「まぁ、こちらの話ですわ。頭をぶつけ合って中身が入れ替わり、ワケの分からないことをやらかしてくれるおとぎ話みたいな」
よく分からんが、とシュナウザーが言うと、
「〈無い物ねだり〉か」
と、懐かしむように笑った。
「へ?」
「トーラス地方にある、年寄り話だろう? 互いに持っていないものを羨んでいると、ふとした衝撃で入れ替わってしまう――他者を羨んでもロクなことにならんぞ、と教える」
「そ、それは治し方はありますの?」
「知らん。まぁ満足し合えば戻るのではないか」
満足、と口ずさむアレクシアに、シュナウザーは顎を揉みながらじっと顔を眺めた。
「して――お前は生娘でいいな?」
「ええ、そうでしょうね」
「俺は気の強く、そして悪賢い女が好きだ。初夜はたっぷりと可愛がってやるから、覚悟しておけ」
武人の顔で立ち上がるが、その背は満足気に。
後ろでそっと折り目正しく礼をするアレクシアは、勝者の笑みを浮かべていた。
(美貌とスタイル、そして気品……美しい女は得るものもケタ違いですわ)
これでこの国を完全に支配できる。
そう思うと、腹の底から悪い笑みを堪えきれなくなるのだった。




