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6話 それぞれの生活

 アレクシアはこの日、部屋の中でうだっていた。

 暑い。夏の盛りを迎えたイルティムは、マダンにいたときよりも気温が高くなる。これは〈プリシア〉の身体もあるだろうが、恐らく、自分の身体であっても多少マシなほど。

 特に日差しがキツく、国のカラーと言っても過言ではない白系統の服が主流なのも納得がゆく。……が、黒や暗色が好きなアレクシアは、毎日、純白のドレスばかりなのが気に入らない。


「プリシアさま。おはようございます」


 外に出ると、控えていたメイドが折り目正しく頭を下げる。


「おはようございます」


 アレクシアは面倒だと思いつつも、身体の持ち主はいつもそうしていたらしいので、彼女のようにそっと頭を下げて返す。


「新しくドレスをあつらえたいの」

「はい。どのようなものに致しましょう」

「白以外の、私が新たに好みそうなものを。それぞれの臣下に命じ、抱えの職人に作らせるのですわ」

「は……はい、分かりました。伝えて参ります」

「あ、それと、近くの川にゆきたいので手配を頼みますわ」


 メイドは驚きながらも、命令が優先と何も言わず去った。

 臣下たちは縁故による登用が多く、競争が少ない。少し刺激を与えてやろう、そう思っていた。

 それからしばらくて、恰幅のいいメイド・サマンサが慌ててやってくると、


「か、川涼みではなく、入りたいですと?」

「ええ。暑くてたまりませんの。飛び込みたい気分ですわ」

「な、なりませんっ、プリシア様はここの遊泳場ですら浸かる程度なのですから」

「遊泳場、ってそんなのがありますの?」


 川の水を引き込んだ堀で、王族専用の水浴び場と言う。

 城内には至る所に水路が走り、用水から排水まですべてをまかなっていたが、まさか遊泳場まであるとは。

 それは城の裏にあるらしい。廊下に出たサマンサが手をかざせば、確かに灰色の建物が、森に隠れるように存在していた。


(なるほど、あれはいいですわね)


 うちにも造らせよう。

 そう思い、頷いた。


「あそこなら馬がいいですわね。プリシアのはありますの?」

「……それは、本気で仰ってますか?」

「まさか王族の女のくせに、馬すら乗れないと言いませんわよね……?」


 いえ、とサマンサは首を振った。


「乗れることは乗れますが、数メートルで降りられてますので」

「……」


 どれだけヘタレなのだ、とアレクシアは呆れてしまう。

 あれから訓練を続けたおかげで、日常生活に支障をきたさない程度の体力がついているのだが……この身体は『フォークより重いものを持ったことがないお嬢様』を地でゆくため、次は筋力の強化を図ろうと考えたのだ。

 なので、乗馬もどの程度か知る必要がある。用意するだけさせろと言い、城の裏へと歩みを進めた。

 

(庭は馬に乗るにちょうどいい広さですし、その先では水遊びもできる。これでどうして、虚弱ナメクジになれますの……)


 元に戻る方法が見つかるまで、しばらく暇をしなくて済みそうだ。

 あとは楽しみながら、身体を鍛えてゆけばいい。

 アレクシアは裏庭に着くまで、そう思っていたのだが――


「台なんていりませんわ。恥ずかしい」

「一人では無理でございます。介添え三人で必要なのですから」


 サマンサが小声で。

 アレクシアの目の前には、日差しを受け美しく輝く白馬が一頭。さらりと流れるたてがみ、穏やかかつ利発そうな面立ちは、乗り手のために選びに選び抜かれたことを証明している。

 そしてそんな名馬の横には足場を持ったメイドが二名、後ろに衛兵が六名控えている。


「馬くらい一人で乗れますわ。鞍無しだって余裕なんですもの」


 メイドたちを退かせ、鞍を掴んだアレクシアは(あぶみ)に足を――


「よ……ッ……ほ……ッ」


 足が、上がらない。

 後ろの衛兵たちが、可愛いものを見る目をしているのが分かる。


「……」


 見かねたように、馬がその場にしゃがみ込んだ。


「次、私に忖度したら肉塊にして食べてやりますわよ」


 身体はナメクジでも、内なる精神は馬の乗り方を熟知している。

 最初だけバランス取りに難儀したものの、あとは難なく乗りこなせられたのだが、


「……この馬、私を馬鹿にしてますの?」

「スカーレットでございます。それに賢いので、ちゃんと分かっているのです」

「乗り手がナメクジと?」

「違いますっ、プリシア様に負担をかけぬようにです」


 揺れを少なく、非常にゆっくりな歩足で進むのだ。

 己の馬にすら気をつかわれることに、アレクシアは思わず涙しそうになった。


「誰でもいいから犯してもらい、孕み、出産と同時に死んだ方がこの国のためと思いますわ」

「プリシア様の身体で言わないでください」

「はぁ、本当に地獄ですわ……」


 建物の中は、ここでひと夏楽しめそうな空間だった。

 広さは十五メートルほどで、透き通った水で底までの距離が測りにくいが、二段に深くなっているらしく、手前一メートルほどは胸元ぐらいまでの深さがあるようだ。

 アレクシアはさっそく薄い水浴び服に着替え、ドボンと水に浸かった。


「んーっ♪ 冷たくて最高ですわー♪」


 どうして普段から泳がないのか。

 勿体ない、と思いながら、平石積みの壁をどんと蹴った、その瞬間――


「!? がぼッ!?」


 途端、水底に落ちた。文字通り、

 準備していたサマンサが飛び込み、アレクシアを担ぎ上げた。


「げ、ゲホ……ッ!? な、何なの、この乳袋は鉛でも詰まってんですの!?」

「プリシア様は泳げないのです」

「ナメクジにもほどがありますわ……ッ」


 だが、泳げないのならば歩けばいい。

 元よりこちらが目的であった。マダンの兵士も沼地でやる訓練で、ざばざば水を掻き分け歩き続ける。

 ただ問題が、一つ――


「お、お腹が……」

「プリシア様が来ない理由が分かりましたか」


 虚弱な〈プリシア〉は身体を冷やしやすい。

 もう本当に犯されてやろうか、と投げ槍になる気持ちを抱かずにはいられないアレクシアであった。


 ◇


「――この馬は、お利口さんですねー」


 プリシアもまた馬に乗っていた。

 逞しい黒馬なのだが、普段の姿とは想像を絶する穏やかな歩調である。


「私もたまに馬に乗るのですが、優しくいい子ですよ。あなたも主人想いでございますね」


 馬の首を優しく撫でてやれば、少しこそばゆそうに身震いを。

 中身が違うと知ってか知らずか、その足取りは『この女、最高』と、嬉しそうに足を運ぶ。


(はぁ……アレクシア様の暮らしも大変です……。まさか〈親衛隊〉なるハーレムまで築いてられるとは……)


 それは、数日前のこと。

 大臣のジャンが『今日はあの日です』と告げ、家臣の息子たちで構成された男たちのハーレム部屋に案内されたのである。


『アレクシア様は月に一度、マダンの男たちで結成した親衛隊をはべらせる日を設けています。今日はその日、淫奔はありませんがおしゃべりを――って、大丈夫ですか?』

『……風邪を引いたことになりませんか?』

『お嬢様が風邪を引けば、それこそ見舞いで大変なことになりますぞ。筋肉質で男らしく、オレ様タイプが好みなので、ベッドの周りがムサ苦しく』


 これまで男と接したことなど、二十二年の人生の中で片手で数えるほどしかない。

 そして部屋に案内されてみれば、『ムサ苦しい』の言葉通り。上半身裸になった黒髪・筋肉質の男たちが五人、中央の黒い椅子を取り囲む。しかも全員が似たような顔立ち――夢に見そうなほど不気味な空間だった。


『アレクシア様……』

『ああ、今日も美しい……』


 プリシアは顔を引きつらせながら席につくと、男たちは椅子の左右と後ろを固める。


『ああ、よい香りですアレクシア様……』

『美しいうなじ、今の私にはこれだけで満足です……』


 地獄だ、とプリシアは思った――。


 アレクシアは言わば本能的・動物的に行動していた。

 外を見れば思い切り走り回りたい、肉が焼ける匂いがすれば貪りたく。

 まさかの交換生活に不安を感じていたのもわずか。今では健康の喜びを噛み締めるように、プリシアは活動的に外で遊ぶことを覚えていた。


(元気っていいですね。部屋の中で寝ていると、いつも暗いことばかり考えていましたのに)


 しかしながら、アレクシアにはインドアの趣味がないらしく、読書などは心底嫌いらしい。

 与えられた本など、最初は広げるなり拒絶反応を示したものの、プリシアの貪欲な知的探究心がそれを押さえつけ、今では一日に一冊は軽く、彼女の母親に感想の手紙を送るまでになっていた。

 アレクシアの両親は顔には出さないが、娘はこうあって欲しいと望まれていたのだろうか。ある日届いた手紙には、


【治す方法について調べているものの、祖母はトーラスの田舎の出と言うことしか分かっていない。しかし何だ、もし戻れなくとも、プリシア様であれば我々は両手を広げて歓迎したい】


 生きている間に、気品にあふれる娘の姿が見られて嬉しい。最高の婿も考える――とまで、喜ぶ胸の内が綴られていた始末である。

 また、手紙はアレクシアにも送っているのだが


【アレクシア様。貴女の身体は素晴らしいです。同じ本を読んでも、初めて読むときの感動が味わえます!】


 に対する返事が、


【嫌味かクソッタレッ!】


 であった。


(アレクシア様に、何の失礼があったのでしょうか)


 困りました、と頬に手をやってプリシアは小さく息を吐く。

 それは傍目から見れば物思いに耽っているようで、プリシアの様子を、窓から窺っていたメイドたちは思い思いに、


『やはり、このところのお嬢様はどこか変よ』

『イルティム国のお嬢様に喧嘩を売って、返り討ちに遭ったって噂よ』

『ええっ!? じゃあ、それであんなしおらしく?』

『そうじゃない? だって服も白っぽいの多いし。歩きも背筋が伸びた毅然としたものだし、立ち居振る舞いも気品あるもの。あそこのお嬢様の影響受けたのよ』

『でも、喧嘩売ったにしては城も大人しいわよね? 私たちの新しい服だけじゃなく、給金まで増やしてもらったしさ』

『最近、部屋の中でずっと本を読んでるらしいわよ。恐ろしいくらいのペースで』

『ジャンのお爺ちゃんと話してるの聞いちゃったけど、ハーレム解散が何たらって』

『もしかしたらさ、あちらでいい人紹介してもらったとか? 話が前向きに進んでいて、行動を弁えるようになったとかさ』


 あっ、とみなが声を揃えたことに、プリシアは気付いていない。

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