2話 真逆な王女
会談に臨むべく、マダン国の王族は隣国・イルティムに入っていた。
清流の都に相応しく、人々の交通は川船が主である。用意されたその船の中で、アレクシアはつまらなさそうに爪を磨いていた。
(お父様も、お母様も、あんなに浮かれて)
覗き窓に身体を寄せっぱなしの父母の姿。
緑の濃淡だけで鮮やかに彩る山と森、夏の輝きを放つ川面――人の手では決して描けぬ自然美は分かるけれど、景色だけでは腹は膨れない。
保存食の料理にも飽きてきた。黒と紫のドレスに広がった粉をパンと払い、早く到着しないかしらと外に視線を向ける。
(ま、川遊びは面白そうですわね)
清流の都と呼ぶに相応しく、澄み渡った川の上はとても涼しい。男をはべらせらせ酒を呑めば、安物でも高級酒にも変わるだろう。
近く、この国を手に入れられる。
アレクシアの腹の虫が小さく鳴り、ご馳走が楽しみねと冷たい笑みを浮かべた。
城に到着したのは、昼を大きく回ってからのこと。
なんと国王自らが城門の前に立ち、出迎えた。
「グラド王。遠路はるばる、ようこそおいで下さりました」
「我々のために席を設けて下さっただけでなく、テューバ王自らが出迎えられるとは……感謝の言葉しかありません」
テューバと呼ばれた王は、人柄が分かる温和な笑みを浮かべた。
丸みのある身体に、白髪に白ヒゲが特徴的だ。
(父は黒髭だし、対照的ね)
そして、とアレクシアは、後ろで控えめに立つ女に目を向けた。
(彼女がプリシア……で間違いないですわね)
美しい、とまず思った。
垂れ目のおっとり顔で、色白い肌。背中にかかる金髪の一本一本が絹糸のように、純白のドレスにも負けていない輝きを放つ。
女の美しいラインを描かせるため、ドレスを着るにはコルセットなどキツく締め付ける必要があるのだが、彼女は形だけらしい。
虚弱な身体のためだけではない。それが不要だからではないか、と思えるほど、彼女は滑らかな“女の輪郭”を描いている。
「あの美しいお方が――」
父もまたその存在に気づき、ほうと感嘆の息を吐いた。
テューバ王はプリシアに手を差し伸べ。父もまた不安げな様子で娘・アレクシアを前に導き、二人を引き合わせた。
「お初にお目にかかります、アレクシア様。お会い出来たこと、光栄に思います」
「丁寧なご挨拶どうも、ですわ」
流れるような美しい挨拶に対し、雑な挨拶。
背後で父が失意を抱き、母が呆れたのが分かった。思えば社交的な挨拶など、まともにしたことがないのだ。
プリシアがじっと見ていることに気付き、アレクシアは「なにか」と作り笑顔で訊ねた。
「鮮やかで美しい赤髪ですね」
「え、ええ、そうでしょうとも」
父母の視線が痛い。
相手は高慢な返事にも動じず、屈託のない笑みに顎を引いてしまう。
「よろしければ、庭へ参りませんか?」
アレクシアの手をそっと取るプリシアに、双方の父が驚愕した。
片や身体が弱く、長く出歩くこともままならない娘。
片や何をしでかすか分からない娘。
そんな娘の組み合わせは、火薬と火を一緒にするようなものだからだ。
「ぷ、プリシア、それは……」
「大丈夫です。今日は調子がいいのですから」
「し、しかし今朝は……」
「大丈夫ですから。――さあ、アレクシア様、参りましょう」
強引にアレクシアを引っ張り、庭へと向かってゆく二人。
王は、配下にそれぞれ二人の監視を命じ、互いの娘について話をしながら、城内へと歩みを進めてゆくのだった。
◇
正直なところ、プリシアの調子は思わしくなかった。
「――こちらが、エルス高原から取り寄せたバラです」
「え、ええ。綺麗ですわね、花の匂いがしますわ……」
「はいっ、エルス高原のは特に香り高くて――」
プリシアは城の横に設けられたバラ園を案内しながら、そっと城を仰ぎ見る。
父が止めたのは、今朝、緊張のせいで嘔吐したことを聞いていたからだろう。
互いの娘が気にかかる。それを利用し、双方が話すきっかけを掴めれば、と考えての行動だった。
「ああ、酒が欲しい……」
「え、お酒ですか?」
アレクシアの言葉に、しまった、と悔やむ顔を浮かべた。
「も、申し訳ございませんっ! 私としたことが、アレクシア様の嗜好を失念しておりました……っ」
「え、い、いや、ちょっとうっかり――」
花の説明なんて、酒がなきゃ聞いてられない。
慌てて監視の者の下へと駆けたので、アレクシアの本音は届いていなかった。
「申し訳ありません。アレクシア様に飲み物を――」
駆けたせいで胸が苦しく、少し息を詰まらせた。
「すみません……城にあるファルス産の葡萄酒をお願いします」
これに双方の監視者は目を瞠った。
ファルスと言えば葡萄酒の名産地、ゆえに高級である。
――酒をよこせと強要されたのだ
どちらも勘違いし、プリシア側の監視者が城に走った。
「すみません、考えが到らず……今、取りにゆかせましたので」
「ま、まあ、次から気をつけてくれたらいいですわ」
居丈高に振る舞うアレクシアに動じず、庭の説明を再開する。
しかし、夏の日差しが厳しい。頭がくらむのを覚えたプリシアは、アレクシアに詫びてからドレスに忍ばせていた革袋を取り出した。
「あら、それは何ですの?」
「これは塩です。少し行儀が悪いのですが、暑い日は小まめに摂取せねばなりませんので……」
「あ! それが我々――あ、いや、この国の財源とも言われる塩ですわね」
アレクシアは目を輝かせ、革袋を引ったくった。
あっ、と声をあげたものの、塩は暑いこの国では必需とも言える。
黒いドレスに額に汗を浮かべているので、摂取させた方がいいと判断して、そのまま与えることにしたのだが……
――アレクシア様が、プリシア様の薬を奪い取った
離れて見ていた監視者は、それを知らない。
「ん――これ美味しいですわっ、塩なのにっ」
「そうなのですか? 私はあまり、他のを知らないので……」
「きめ細かく、少しなのに舌に広がるの塩気……ああ、ますます欲しい」
「え? でしたらどうぞ、差し上げます」
いや違う、と手を振ったものの、アレクシアはくれるものは拒まなかった。




