黒い少女
相変わらず、アイリ様主観でお届けします。
部屋に入ってきた少女の印象は黒
黒い髪、黒い瞳、黒のフード付きのコート、とにかく黒かった。
目鼻立ちは整っているが、伏し目がちで本来の愛らしさを出しきれていない感じがした。
背格好は今のワシより少し大きい位だろうか。
ただ、少女から感じられる気配は、同年代の子供が放つものとは全く異質で不思議なものだった。
「おお、来たな。チユリ、こっちへ来なさい」
バトラがそう声を描けると、チユリと呼ばれた黒い少女は、ギリスタの元から離れ、バトラの横まで歩いて来た。
近くで見ると、一層不思議な感じが強まった。
服装や表情のせいもあるかもしれないが、やはりこの少女が放つ気配に、何か暗いものを感じる。
ワシがチユリと呼ばれた黒い少女を観察していると、少女がバトラに向かってぼそりと言った。
「ほんとうに、いいの?」
何かの許可を得ようとしているようだが、何をしようというのだろうか?
ワシが訝しげにバトラと少女の様子を伺っていると、バトラが少女の確認に一言答えた。
「ああ」
バトラが少女に許可を出すと、少女が小さく頷いた後、彼女の姿が一瞬ぶれたように見えた。
次の瞬間、ワシは喉元に向けられたフォークを、人差し指と中指の間に挟んで止めた。
少女がバトラの前にあった、ケーキを食べる為のフォークをてにとり、一瞬でワシの前まで詰め寄り喉元に突き刺そうとしたのだ。
何かあるのではと気を張っていたから、なんとか対応出来たものの、油断している状況であれば間違いなく、喉元を抉られていただろう。
なんとも恐ろしい少女だ。
「チユリ、どうだ?」
一部始終を静観していたと言うか、少女をけしかけた張本人であるバトラが、少女に何かを確認した。
「強い。王様より、ずっと」
少女はワシを襲ったままの体勢で、バトラの問いにそう答えた。
どうやら、少女にワシの力量を知らしめるのが目的だったようだ。
その証拠に、バトラは上機嫌に言った。
「言った通りだったろう?」
「うん。王様には、殴られたけど、この子には、止められた」
殴られたという事は、バトラにも同じように襲いかかったのか。
「ははは、そうだな」
何を呑気に笑っておるのだアイツは。
ワシが諸悪の元凶であるバトラに文句をぶつけようとした時、少女が突然怯え出した。
バトラもその様子に気づいた様子で、少女に尋ねる。
「チユリ、どうかしたか?」
少女は肩を小刻みに震わせながら
「...鳥さんが、恐い」
その言葉を聞いて、少女が襲いかかって来た反対側の肩の上を見ると、目をカッと見開いて少女を威嚇するピー助が居た。
どうやら、このピー助の威嚇が少女にとっては恐ろしく見えたようだ。
どの辺りが恐いのかワシにはよくわからんが、取り敢えず今のままの体勢だと、ピー助の怒りは収まらんだろうから、少女からフォークを取り上げた。
「ああ...」
何気無い動作でフォークを取り上げられたのに驚いたのか、少女がなんだか情けない声を上げた。
「フォークはこんな事に使う物ではないぞ」
少女にそう言ってから、先程メイドが出してくれたケーキを一口大に切り取り、それを指した物を少女の口の前に持っていく。
「あ..」
少女はそれを食べていいのか分からない様子で、おどおどしている。
先程驚異的な戦闘力を見せた少女と、同一人物とは思えない程だ。
迷っている様子の少女に、ワシは敢えて意地悪く追い打ちをかける。
「なんだ?食べんのなら、ワシが食べてしまうぞ?」
ワシがそう言うと、少女は慌てて首を横に振り。
「食べる」
と言って、ケーキを口に入れた。
「旨いか?」
ワシが尋ねると、少女は首を縦に何度も振った。
「そうか」
そんな少女の様子を微笑ましく感じたワシは、少女の頭をフードの上から撫でた。
すると、妙な違和感があった。
確認すべく、少女に尋ねる。
「フードをとってくれぬか?」
少女は困った様子で一度バトラの方を見た。
するとバトラは少女に向かって頷く、それを見た少女はワシに向かってひとつ頷き、フードをとってくれた。
フードをとった少女の頭には、耳があった。
それはヒトのものではない、獣の耳だった。
少女は恥ずかしいのか、顔を伏せているが、二つの耳はぴょこぴょこ動いている。
「亜人か」
ワシは少女の頭を優しく撫でながら、バトラに問いかけた。
バトラは頷き、こう続けた。
「ああ、猫獣人とヒトの混血種のようだ。半月ほど前に暗黒街で保護した」
亜人とは、ヒトと他種族との混血種の総称だ。
ヒトが他種族と子供を作るのは珍しい。
ヒトとは仲間意識の強い生き物なうえ、異端分子を必要以上に嫌う。
亜人とは正にその典型であり、地方によっては亜人というだけで、処刑される事もあると聞いた。
酷い話もあったものだと思う一方、仕方の無い部分もあるように思える。
ヒトは弱い。弱いからこそ、種の存続のため危険な異端分子を排除する。一つの本能とも言えるのかも知れない。
「お母さんが、猫のヒト、だった」
いつの間にかワシからフォークを取り返し、ケーキを食べていた少女が、そう補足した。
そんな少女にワシは頷いて、頭を撫でてやる。
「しかし何故、暗黒街なんかにおったのだ?」
暗黒街とはこの国の国境付近にある、ならず者達が集まる無法地帯だったはずだ。
そんな場所に、何故こんな少女が居たのか。大体の予想はつくが。
「それはだな...」
バトラが珍しく言葉に詰まっていると、少女が代わりに説明してくれた。
「拐われたの」
少女はワシの予想通りの答えを返してきた。
「ただな」
相変わらず、歯切れの悪い様子でバトラが補足する。
「話を聞く限り、チユリが拐われたのは三年以上前なのだ」
「三年?」
この少女は三年もの間、暗黒街で生き抜いて来たというのか。
先程の動きを見れば、可能なのかもしれないが。
「拐われたのが暗殺者集団だったのだよ」
暗殺者集団とは、文字通り暗殺を生業とする者達の集まりだ。
「前々から暗殺者集団を追っていてな。暗黒街に潜伏しているとの情報を受けて、討伐に向かったのだが、こちらの動きがどこからか漏れたようでな。一足違いで逃げられた。買い物に出ていたチユリを置いてな」
後継者を育成するために、幼子を拐って育てる事もあると聞いた事はあったが、まさか本当にそんな事をしているとは。
目の前の少女が、まさにその被害者という訳か。
しかも勝手に拐っておいて、残して逃げ出すなど、理不尽にも程がある。
心の奥から、言い様の無い怒りが込み上げてくる。
先程ピー助に注意されていなければ、霊力がだだ漏れしていたかもしれない。
「酷い話だな」
ワシはなんとかバトラに一言返し、必死に怒りを抑え込もうとしていると、不意に肩に痛みが走る。
その原因は、ワシの肩に止まっているピー助だった。ピー助もワシ同様、怒りに狂いそうなのだろう。ワナワナと体を震わせている。それと同時に脚にも力が込められているので、爪が少しワシの肩に食い込んでいたのだ。
「落ち着け、ピー助」
ワシはピー助の頭を優しく撫でてやる。
「あと、肩が痛い」
悪戯っぽく笑いながら、言ってやった。
その言葉に我に返ったのか、ピー助が全力で謝る。
「主、申し訳ありません。我としたことが、怒りに任せて」
その謝罪にワシよりも先に反応したのは、綺麗にワシのケーキを食べ終えたチユリだった。
「おお、鳥さんが、しゃべった」
相変わらず口調に抑揚はないが、表情は今までとは見違える程、キラキラとしていた。
どうやら、ピー助が喋った事がチユリのテンションを上げたようだ。
「あ!」
一方のピー助は、取り乱した事の恥ずかしさと、不用意に言葉を発してしまった事に動揺した様子だ。
そんなピー助の状況はお構いなしで、相変わらずキラキラした表情で、ピー助を見つめるチユリが話しかける。
「鳥さんは、どうして、しゃべれる?」
そう言って、期待の眼差しを向けて、ピー助の答えを待つチユリ
ピー助は助けを求めるようにワシの方を見る。
「答えてやれ」
そう言って、突っぱねてやった。
決して肩が痛かった仕返しなどでは無い。それは断じて無い。チユリはピー助と会話がしたいのだ。その機会をワシが奪う訳にはいかない。ただ、この問いにピー助がどう答えるのかに、興味があったことは否定しないが。
暫しの間を置き、ピー助が返した答えは
「...わ、我は、特別故」
「「プッ...」」
ワシとバトラは、堪えきれずに吹き出してしまった。バトラの後ろに控えているギリスタは、なんとか踏みとどまったものの、俯いて笑いを堪えているのが明らかだ。
そんなワシらに不機嫌な視線を向けるピー助
いや、特別って確かにそうかもしれんが、チユリに魔族だと説明しても、理解してもらえないと判断した結果なのだろうが、特別って...
ダメだ、このままではまた吹き出してしまう。
ただ、そんなワシらの反応をよそに、当のチユリは
「おお、鳥さん、すごい」
完全に納得していた。
子供とはそういうものなのか?ただ、特別という一言で、ピー助が喋れる事を片付けられるのか。
恐るべし、チユリ
「そうなのだぞ」
ピー助は、チユリの反応に満足気に答えて、どうだ!と言わんばかりに、ワシらを見回す。
そんな、優越感さえ伺えそうなピー助の気分を、一言で粉砕する男が居た。
「チユリ、ピースカイ、その鳥さんは魔族なんだよ」
それはバトラだった。未だ笑いを堪えつつ、ピー助が敢えて伏せた事をチユリに伝えた。
恐らくピー助は、自分が魔族だと言ってしまうと、チユリの期待を裏切るのではないかと考えたのだろう。
魔族に対して、好印象を持つ人間は少ない。まだ、魔族と魔獣を混同している人間も居るくらいだ。そんなピー助の気遣いを、バトラはいともあっさりと、粉砕してのけた。
「おお、鳥さんは、すごい魔族」
不安そうな様子のピー助をよそに、チユリの反応は変わらなかった。
何故かピー助が言った、特別とバトラが言った魔族が混ざっているが、あながち間違いでもないので、問題ないだろう。
「チユリは、魔族が怖くないのか?」
ピー助が抱いているであろう疑問を、ワシが代わりに聞いてやる。
「怖くない」
チユリはワシの方を向き、なんでそんな事聞くの?といった表情で答えた。
「んーと..」
チユリは更に何か言おうとして、言葉に詰まる。
「なまえ」
そしてワシに名前を尋ねてきた。そう言えば、なかなか怒涛の展開で名乗って無かったな。
「ワシはアイリだ」
「アイリちゃんは、魔族、怖いの?」
「いや、怖くないな」
「でしょう?」
何が、でしょう?なのかよく分からんが、とにかくチユリは魔族に対して、嫌なイメージは持っていないということか。
「良かったな、ピー助」
ワシはそう言って、ピー助の頭を撫でてやった。
「ところでアイリちゃん、本題に入ってもいいか?」
バトラがニヤニヤしながら言ってきた。
どうやら、ワシがちゃん付けで呼ばれた事が可笑しかったらしい。
ワシは普段からお婆殿などに呼ばれておるから、抵抗は無いんだがな。
それでも、お前にちゃん付けなどされたら、虫唾が走るわ!
悪態は心のなかに収めて、話を進める。
「結局、なんなんだ?」
「チユリの面倒を見てもらいたい」
バトラは憎たらしい笑みを浮かべたままそう言った。
アイリ様とは、別な幼女の気配を感じます..
そして、私の出番は後書だけ...
今回で城から戻る予定だったのですが、予想以上に長くなってしまいました。
次はミナさんも本編に出てくる...はずです。