ぺトロ王子
翌朝
意外にも私の目覚めはスッキリしたものだった。
昨夜の急患騒動で、睡眠時間は大幅に削られたが、いつもよりなんだか目覚めがいいような。
実はあまり寝無い方が良かったりするのだろうか。
「でも夜更かしはお肌に良くないっていいますしね」
ひとりごちて、ぺトロ王子達の様子を見に行くため、応接室へと向かった。
私が応接室のドアをそっと開けると、ぺトロ王子とギリスタさんがなにやら話しながら、身仕度を整えている最中だった。
薬が効いたのだろう、ぺトロ王子の顔色は血色も良く、特に問題ない様子だ。
私に気がついたぺトロ王子が、軽く頭を下げた。
それを見たギリスタさんが、私の方に振り返った。
「おお、ミナ殿」
「おはようございます。すみません、ノックした方がよかったですね。まだ寝てらっしゃるかと思って」
私はまず、無断でドアを開けたことを詫びた。
相手は人間の王子様だからね。その辺はきちんとしないと。
「なに、かまわぬさ。こちらが部屋を借りている身ですからな」
「そう言って頂けると助かります。ぺトロ王子のお加減はいかがですか?」
そう言って、私は二人の元に歩いた。
そして、ふと気づいて
「自己紹介がまだでしたね。私はここで使用人をしております。ミナと申します」
ぺトロ王子に自己紹介をして、軽くお辞儀をする。
「貴方がミナさんですか。僕はぺトロ。ギリスタから聞いていると思いますが、リオネルの第一王子です。ご覧の通り、すっかり良くなりました」
ぺトロ王子も丁寧に自己紹介を返してくれた。
人間王族というのは、もっと威張り散らしたイメージがあったんだけど、ぺトロ王子は好感のもてる少年だ。
「それは良かったです」
見たところ、無理をしている様子もない。
万全とは行かないまでも、普通に行動する分には問題ない程度には回復しているようだ。
「この度は、僕のせいで色々迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ありません」
ぺトロ王子は深々と頭を下げて謝罪をしてくれた。
「いえいえ、そんな。私達は薬屋として出来ることを事をしたまでですから、お気になさらないでください」
本当に良くできた子だ。なんだか丁寧すぎて、逆に恐縮してしまう。
この礼儀正しい少年が次期国王なら、リオネル王国も暫くは安泰かな。
「私からもあらためてお礼を言わせて頂きたい。本当にありがとう」
ギリスタさんもぺトロ王子に続いて、私に深く頭を下げた。
「いやいや、だからそんな、いいですって。ぺトロ王子もギリスタさんも頭を上げてください」
私が慌ててそうお願いすると、二人は頭を上げてくれた。
全く王子とそのお付きの人に頭を下げさせたなんて知れたら、王族関係者に怒られたりしないだろうか。
「なんだ?朝から騒々しい」
いつの間にやって来たのか、アイリ様が目を擦りながら部屋の入口に立っていた。
まだ眠いんだろう。アイリ様は朝に強いタイプじゃないからね。
それにしても最近、アイリ様の神出鬼没感が増しているような。
「おはようございます。アイリ様」
そんなことを考えつつ、私はアイリ様に挨拶した。
「くぁ、おはよう。もう朝ごはんか?」
まだ寝ボケているのか、単純にお腹が減ったのか、欠伸を噛み殺しながら、アイリ様が答えた。
そんな様子のアイリ様を見た私達は顔を見合せ、しばらくすると自然と笑いが漏れた。
「んん?なんだ??」
自分が笑いの元だと気がついていないアイリ様が小首を傾げている。
「ふふ、アイリ様。ぺトロ王子がお目覚めですよ」
恐らくまだ寝ボケているアイリ様に、ぺトロ王子が回復したことを伝えた。
その言葉で、アイリ様の目も覚めたのだろう。
「ん?おお!そうか。薬が効いたようだな」
そう言って、ぺトロ王子とギリスタさんの元に歩み寄る。
「貴方がアイリーン様ですね。この度は」
ぺトロ王子が、自分の前に立ったアイリ様に挨拶をしようとしたが、その声をアイリ様が遮った。
この展開は。。
「アイリでよい。それに様もいらん」
やっぱりね。
私はギリスタさんと顔を見合せ、苦笑いを浮かべた。
既に経験済のギリスタさんも同様だ。
「えっと、それは」
流石に困惑の表情を浮かべるぺトロ王子。
「アイリ殿は身分を隠されておりますゆえ」
ぺトロ王子にギリスタさんが簡潔に説明する。
「なるほど」
ぺトロ王子は納得したようで、ひとつ頷いてから
「改めまして、アイリさん。昨夜は大変ご迷惑をおかけしました。アイリさんとミナさんのお陰で、僕は命を拾いました。ありがとうございます」
ぺトロ王子は先ほど私にしたのと同様、アイリ様に深々と頭を下げて謝罪と感謝を伝えた。
「ワシは出来ることをしたまでだ。気にするでない」
アイリ様の言葉を受けて、ぺトロ王子は顔を上げる。
「それにしても、驚きました」
「ん?ワシが小娘の姿であることか?」
「はは、それも正直驚きましたが。ゴブリン熱の薬があったことです。先ほどギリスタに僕がゴブリン熱だったと聞いたときには、心底驚きました。よく生きていたなと」
ぺトロ王子は、苦笑いを浮かべつつ答えた。
そう言えばゴブリン熱は、人間の間では不治の病とされていたんだっけ。
そんな病を治せる薬があれば確かに驚くよね。
「まあ、ワシらにとっては常備薬に毛が生えた程度のものなんだがの」
アイリ様が言った通り、ゴブリン熱の治療薬って私達にとっては、ごく一般的な薬に少し手を加えるたけのものなんだよね。
ただその加える材料が、人間の間では毒薬として有名だったりするんだけど。
だから人間に対して調合する時は、分量に細心の注意を払う必要があったりする。
許容量を越えちゃうと、ゴブリン熱で死ぬ前に薬で死んじゃうからね。
まあ、アイリ様はもちろん、私もそんな失敗をする事は万に一つもないけど。
「そうなのですね。僕は運が良かった」
「ここへ来たのは不幸中の幸というやつだろうな」
「本当にその通りですな。宿屋の主人にも感謝せねばなりませんな」
そう言えば、ギリスタさんにここを教えたのが宿屋のご主人だと言ってたっけ。
ある意味、ぺトロ王子の命の恩人は彼かもしれないね。
「それはそうと、随分早くから身仕度をしておるが、もう発つのか?」
これは私も気になっていた。
まだ、早朝と言っていい時間だ。
「ええ、予定通りに城に戻らないと父、いや、陛下が騒ぎだすかもしれませんので」
なるほど、元々これくらいの時間に出発する予定だったのか。
「ふふ、バトラのやつめ、随分と子煩悩のようだな」
「ええ、いささか過剰とも思えるほどに」
「ははは、困ったものですよ。僕も成人間近だと言うのに」
ギリスタさんとぺトロ王子は、本当に困ったものだといった様子で、苦笑いを浮かべながら答えた。
「そうか、あのバトラがのう」
アイリ様はどこか楽しそうな様子だ。
「それでは、慌ただしくて申し訳ありませんが、私どもは城へ戻りますゆえ」
ギリスタさんが姿勢を正して、アイリ様と私に改めて出立の挨拶をした。
「朝食だけでも食べていかれませんか?大したものはお出しできませんが」
食事は大事だ。ましてぺトロ王子は病み上がり、しっかり食べて体力をつけるべきだと私は思った。
「ご厚意感謝します。正直、アイリさんとミナさんとは、もっと色々なお話をさせて貰いたいのですが、そうすると帰りたく無くなってしまうような気がするので、今回はこのままおいとまさせて頂きます。過保護な国王が待っていますから」
「そうですか。くれぐれも道中お気を付けて」
「都合がつけばまた来ればよい。王子という立場では難しかもしれんがの」
「はい。ありがとうございます」
「では若、参りましょうか」
「そうだね」
アイリ様と私は、城へ戻るぺトロ王子とギリスタさんを店先で見送った。
「ぺトロ王子、いい方でしたね」
店内に戻り、素直な感想をアイリ様に伝えた。
「そうだな。あれはいい男になるだろうて」
アイリ様も同感だったようだ。
「いつもより少し早いですが、朝ごはんにしましょうか」
「そうだな。ファング達を起こしてくるか」
アイリ様はそう言って寝室へ、私は台所へと向かった。
ぺトロ王子は感じのいい子でした。