再会2
もうひとつの再会です。
「ミエコ殿の体には、暴食虫が居ると見て間違いない」
アイリ様はミエコさんの体を調べた結果、そう結論付けた。
「めがいーたー?」
「うむ、寄生虫の一種だ」
「寄生虫ですか」
チユリちゃんの問いに答えたアイリ様の言葉を聞いて、ミエコさんが呟いた。
「暴食虫は小さな寄生虫だが、名前の通りとんでもない大食間でな。宿主が摂取した物を食べ尽くしてしまう」
「それで母は、食事をしても体力が戻らなかったのですね」
アイリ様の説明に納得したように、ツグミさんが続けて言った。
「そういう事だ。もう腸に近い位置まで降りて来ているようだからの、後二日もすれば自然に排出されるだろう。念のため、奴等が嫌う薬草を煎じた物を用意しよう。排出が促進される筈だ。ただ、ちと苦いがな」
あー、黒冷葉か。あれは苦いんだよね。ちょっとって言うレベルじゃ無いと思うんだけど。
「ところで、寄生虫はどこから入ったのでしょうか」
ツグミさんがアイリ様に根本原因を尋ねた。これは重要な事だね。他の人がミエコさんと同じようになる可能性もある訳だから。
「恐らく、木天蓼茸だな」
「え!?」
アイリ様の言葉にツグミさんが驚きの表情を見せる。
木天蓼茸は猫獣人が好んで食べるキノコである。普段から口にしている物を原因だと言われれば、驚くのも無理はない。
「木天蓼茸はみんな食べていますが」
ツグミさんが最もな疑問を投げかける。
「そうだろうな。運が悪かったとしか言えん」
「どういう事ですか?」
「ワシの知る限り、この辺りに自生するもので暴食虫を寄生しているのは木天蓼茸しかない。だが、ほとんどは調理する肯定で洗い流されたり、加熱の段階で死ぬ。仮に死んでいなくても、成虫であれば小さいとはいえ目につくからな、そのまま食べてしまうことはまずない。となると残るは卵だ」
「卵ですか?」
「うむ。暴食虫の卵は熱に強いと言われていてな。十分な加熱をしても死滅しない可能性がある。それが体内で孵化したと考えるのが妥当だ」
「体の中で孵化ですか?」
「かなり確率は低いがな。だから運が悪かったとしか言えんという訳だ」
「凄いものを引き当ててしまったようですね」
アイリ様とツグミさんのやり取りを聞いていたミエコさんが、そう言って自重気味に笑った。
「そうだな。幸い獣人であれば死ぬ事はない。生命力が強い種族だからな。仮に他にも同じような症状を訴える者が現れたら、こらから作る薬を飲ませてやるといい。材料はこの辺りでも簡単に手に入る」
「そうですか。ありがとうございます」
その後、アイリ様は暴食虫用の薬の作り方をツグミさんに教えながら作った。
「まあ、こんな感じだな」
「これなら私にも出来そうです。ありがとうございました」
「ところで、ここにレーナという女性は居るか?」
アイリ様が突然、私も知らない人の所在をツグミさんに確認した。
「はい。レーナ様はこの村の長ですが」
「やはりそうか。会う事は出来るか」
アイリ様の問いかけに、ツグミさんは顔を伏せて答えなかった。
「レーナ様は昨日、大怪我を負われまして」
「なに!?」
ツグミさんの代わりに答えたミエコさんの言葉にアイリ様が驚きの声をあげる。
「命に別状は無いようですが、それ以来お屋敷に籠ったきりで」
「尚更会わねばならんな」
アイリ様はそう言って勢い良く立ち上がった。
「屋敷の場所を教えてくれぬか」
「ここを出て、左手に見える一番大きなお屋敷が、レーナ様のお住まいです」
アイリ様の問いかけに、ミエコさんが答えてくれた。
「ミナ、一緒に来てくれ」
「はい」
私はそう答えて立ち上がる。
「アイリちゃん、わたしも」
「チユリはミエコ殿の側に居てやれ。母上殿を無下にしてはいかんぞ」
チユリちゃんも一緒に行こうとしたが、アイリ様がそう言って留まらせた。
「うん。わかった」
チユリちゃんは渋々といった感じだったが、アイリ様の言葉にしたがった。
「では、ちと行ってくる。また後で顔を出すでの」
「お邪魔しました」
アイリ様と私はそう言って、ミエコさんの家を出た。
ミエコさんが言った通り、左側に大きな家が見える。あそこがレーナさんという女性が住んでいる所だろう。
アイリ様はレーナさんとどんな関係なんだろうか。
「ミナと郷を出る前にな」
レーナさんの屋敷に向かう途中、アイリ様がそう切り出した。
「ワシはここに来た事がある」
私に驚きは無かった。むしろやっぱりなという感じだ。今までのアイリ様の言動は、ここに来た事が無いと知らないことが幾つかあったからだ。
「十年程前だったかな、ワシはこの地で死にかけた」
「え!?」
これには流石に私も驚いた。アイリ様程の方が死にかけるだなんて。十年前と言えば、今とは違い本来のお姿だったはず。そのアイリ様がどうして。
「死にかけのワシを、レーナは必死に介抱して救ってくれたのだ。まさに命の恩人だな」
そんな事があったなんて。アイリ様の恩人である以上、私にとってもそれは同じこと。レーナさんには礼を尽くさねば。
屋敷の前には一人の男性が立っていた。レーナさんの使用人だろうか。
「何用だ」
私達が近づくと、男性は険しい表情でそう言った。
「レーナ殿にお会いしたい」
「長は誰にも会わん、帰られよ」
男性が無愛想に答える。取り付く島もない感じだ。
アイリ様は上着の懐をまさぐり、何やら小さな宝石のような物を男性に手渡した。
「買収など、下賎な」
「そうではない。よく見てみろ」
男性が吐き捨てるように言った言葉にひとつも動じる事無くアイリ様が告げた。
「これは!?」
アイリ様から渡された物を見た男性の顔色が変わった。明らかに驚いている。
「お前、何者だ」
「レーナ殿の古い友人だ」
「しばし待たれよ」
男性はそう言って、屋敷の中に入っていった。
私達がそのまましばらく待っていると、男性が慌てて戻ってきた。
「どうぞ、お会いになるそうです」
男性は先程とは売って変わって、畏まった様子で私達を屋敷に招き入れた。
「こちらです」
屋敷に入った私達は先導する男性の後に続いた。
「先程は失礼致しましたアイリーン様。以前とはお姿が違いましたので」
「久しいなタツヤ、訳あってな、今はアイリと名乗っておる」
「覚えて頂いているとは光栄です。他言は致しませんので、ご安心を」
なるほど、男性の態度が豹変したのはアイリ様の正体を知ったからか。アイリ様がタツヤと呼んだこの男性とも面識があるようだ。
「レーナの具合はどうなのだ?」
「私からは何とも。本人にご確認ください」
アイリ様の問いに、タツヤさんがそう言ってドアの前で止まった。ここにレーナさんが居るのだろう。
「お連れしました」
「どうぞ」
タツヤさんが声をかけると、部屋の中から返答があった。タツヤさんがドアを開け、中に入るように促す。
私がアイリ様の後に続いて部屋に入ると、ベッドに腰掛けた一人の女性猫獣人がいた。彼女がレーナさんか。
「久しぶりねアイリーン。随分と可愛らしい姿をしているのね。そちらは、お姉さんかしら?」
私達の姿を確認して、レーナさんがいたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言った。
「色々あってな。今はアイリと名乗っておる。こいつはミナだ」
私はレーナさんに会釈した。
「貴女も精霊さんなのかしら?」
「はい。アイリ様にお仕えしています」
「そう。私はレーナ。よろしくね、ミナさん」
レーナさんの口調はおっとりしているが、見た目は凛々しい印象が強い。
「何にやられた」
アイリ様はレーナさんに近づきながら尋ねた。
レーナさんの右腕と両脚には包帯が巻かれている。その事について尋ねたのだろう。
「それがね、剣の獣王なんだけど」
レーナさんがそう言ってアイリ様から視線を逸らした。
「全く、あんなのと一人でやり合ったのか」
そんなレーナさんに、アイリ様はやれやれといった感じで答えた。
軽い感じで話してるけど、内容はとんでもない。
魔獣はヒトでも倒せる弱いものから、精霊や魔族でも苦戦するくらい強いものもいる。その魔獣の中で最も危険とされるものが獣王で、レーナさんが言った剣の獣王はその内の一体だ。そんなのを相手にレーナさんは一人で挑んだのか。それを考えると、あの程度の怪我で済んでよかったとさえ思える。とても獣人一人の手に負える相手ではないのだ。
「そんなつもりは無かったのよ。私だってそこまでバカじゃないわ」
そこまでということは、程ほどには無茶な事をしてきたんだね。レーナさんは。
「わかったわかった。見せてみろ」
アイリ様はその辺がよくわかっているのだろう。レーナさんの反論をあしらって、傷を見せるように指示する。
アイリ様はレーナさんの手早く包帯を外していく。
「ミナ、手伝え」
「あ、はい」
色々と呆気にとられていた私をアイリ様が呼んだので、そちらに向かう。
「腕の包帯を頼む」
「はい。レーナさん、失礼します」
「ごめんなさいね、何のおもてなしもしないで」
「いえ、気にしないでください」
私はそう言って、レーナさんの腕に巻かれた包帯を外した。傷はそれほど深く無いが、まだ血が滲んで痛々しい。
「まだ血が止まっておらんな」
アイリ様が見ている脚も同様みたいだ。
「この程度で済んでよかったな。詳しい話は後だ、取り敢えず傷を治してやる」
「あら、助かるわ。歩けなくて困っていたの」
アイリ様の言葉にレーナさんが笑顔を見せた。
「ミナ、腕は任せてよいな?」
「はい」
私はそう言って、回復の術を唱える。術で病気は治せないが、怪我は治す事が出来るのだ。あくまでも怪我の度合いによるけど。
私が術を唱えると、レーナさんの右腕を淡い緑の光が包み、傷口が徐々に塞がっていく。
「気持ちいいわ~」
術をかけられているレーナさんがそんな感想を言った。
「はい。終わりました」
「こっちも問題ないな」
私が右腕の傷を治し終えると、アイリ様も両脚の治療を終えたようだった。流石アイリ様、私が腕一本治す間に両脚を済ませてしまった。
「あらすごい、すっかり痛みも無くなったわ。ありがとう」
レーナさんがそう言って立ち上がった。
「動けなくて退屈だったのよ。客間へ行きましょう。お茶でも飲みながら話しましょう」
レーナさんはそう言って、部屋を出た。
「お嬢!お怪我は」
ドアの前で待機していたのだろう。部屋から出てきたレーナさんを見て、タツヤさんが驚いた様子で声をかけた。
「タツヤ、心配かけたわね。アイリとミナさんが治してくれたわ。ほらこの通り」
レーナさんがタツヤさんの前でくるっと一回りして見せた。
「おお、アイリ様、ミナ様、なんとお礼を申し上げてよいのか」
「気にせんでいい」
「はい。私は出来ることをしたまでですから」
「ありがとうございます」
頭を下げたタツヤさんの目は涙に濡れていた。
「もう、タツヤったら大袈裟ね。お茶を入れてくれる?客間にお願いね」
「はい、すぐお持ちします」
涙を拭ったタツヤさんは、もう一度私達に頭を下げてからその場を去った。
「そう言えばアイリ」
「なんだ?」
客間へ向かう途中、レーナさんが急に立ち止まってアイリ様に話しかけた。
「あれからずっと、その話し方なの?」
「うぬ」
アイリ様はレーナさんの問いかけに言葉が詰まる。
レーナさんはそんなアイリ様の顔ををニコニコと覗き込んでいる。
話し方とはなんだろう?アイリ様とレーナさんが会ったのは十年位前だと言っていたけど。その前後でアイリ様の口調に変化が?
「そういえば」
しばらく考えた結果、思い当たる所がひとつあって、私は思わず口に出してしまった。
「あら?ミナさん気づいたかしら?」
「あ、はい。語尾の事、ですよね?」
レーナさんに促されて、私は確認した。
「あたり♪」
レーナさんはそう言って人差し指を立てた。
確かレーナさんと会う前のアイリ様は、語尾が『じゃ』だったはずだ。それがいまは見受けられない。
「でも、どうして?」
「それはね」
私が尋ねると、レーナさんがそう言ってから私に耳打ちした。
「アイリ様、可愛い」
レーナさんから理由を聞いた私は思わずそう言ってしまった。
「ねえ。乙女よね」
レーナさんが教えてくれた理由、それは十年前にレーナさんがアイリ様に言った言葉が原因だった。
『じゃ』って、なんだかお婆ちゃんみたいね
これを言われて以降、アイリ様は『じゃ』と言わなくなったらしい。それから今に至るまで『じゃ』を封印し続けているようだ。
でも、いまの幼女姿ならそれはそれでいいですね。『のじゃロリ』ってやつですよ。
「いまの姿なら、逆にいいんじゃないかしら?萌えってやつよね?」
レーナさんが私の心の声を代弁してくれる。レーナさん貴女は私の同士ですか?
いや、単にアイリ様をからかっているだけかも。
アイリ様は黙ったまま、肩を震わせている。これは怒ってらっしゃいますね。そろそろなだめないと、爆発しかねませんよ。
「アイリ、『じゃ』って言ってみてよ」
おお、レーナさん。グイグイ行きますね。アイリ様、結構ご立腹だと思いますよ。
「ねえ、アイリ」
レーナさんはそう言って、アイリ様の肩を揺さぶった。
強いなこの人。私にはとても真似できません。
「だー!知らん!言わん!」
アイリ様はそう言ってレーナさんの手を振り払い、スタスタと歩いて行ってしまった。
「アイリ、客間ここなんだけど」
歩いて行くアイリ様に、レーナさんは目の前のドアを指差して言った。
まさかレーナさん、これも計算じゃ無いですよね?
私は慌ててアイリ様の元に向かい、なんとかなだめて客間へと連れ帰った。
ミエコさん、大事が無くて良かったです。
レーナさんは数少ない、アイリ様と対等に付き合える人物みたいです。
これからちょくちょく今回のように、アイリ様の過去が見えてくる予定です。




