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深夜の急患

その日の深夜


私は店の入り口をドンドンと叩く音で、目が覚めた。


「もう、何ですか、こんな時間に」


眠い目を擦りながら、一階の店舗へ向かう。


相変わらず、入り口の扉をドンドンと叩く音と一緒に、男性の声が聞こえる。


「どなたかいらっしゃいませんか。急患なのです」


言葉遣いは丁寧だが、明らかに声には焦りがある。


急患とは穏やかではない。


薬屋という性質上、たまにこういう事がある。


私は急いで店の灯りをつけて、外の客人に声を掛ける。


「いま開けますのて、もう少しお待ちください」


「おお、有難い」


私の声を聞いて、男性が安堵の声を漏らす。


入り口の扉を開けると、聡明そうな男性が少年を背負って立っていた。


「夜分遅くに申し訳ない。見ての通り私の連れが気を失ってしまって」


男性は私の姿を確認すると、そう言って頭を下げた。


「とにかく中へ」


「すまない」


男性は再び頭を下げて、店の中へ入ってきた。


「奥に応接室があります。そちらへ」


そう言って、私は男性を店の奥へと案内した。


応接室に向かう最中、私は患者である少年の状態を確認した。


といっても、遠目からみただけでは詳しいことは分からないのだけど。


男性と少年は身なりが整っているので、冒険者ではなさそうだ。


どこぞの貴族だろうか。


応接室に到着した私は、少年をベッドに寝かせるようにお願いした。


この部屋は、来客や商談などに備えて、応接室として使用しているのだが、このような急患があることも考えて、簡易のベッドも用意してある。


ベッドに横たわる少年は、気を失っていて話を聞ける状態ではない。


「気を失ったのは、いつ頃ですか?」


私は男性にここに至った状況を確認した。


男性の名はギリスタ


少年はギリスタさんの主人の息子さんで、名前はぺトロというそうだ。


二人で用事を足し王都へ帰る途中に、この町で宿をとり休んでいたところ、急にぺトロの体調が悪くなり、ここに来る30分ほど前に酷くうなされた後、気を失ってしまったそうだ。


ちなみに、この店の事は宿屋の主人から聞いたと言っていた。


ギリスタさんから状況を確認した私は、改めて患者であるぺトロの状態を確認する。


まずぺトロの額に手をあててみると、酷く熱かった。


「すごい熱」


思わず言葉に漏れてしまう程の高熱だった。


「そうなのだ。背負っている間、私も感じた」


ギリスタさんが私の呟きに答えた。


熱の他に気になる点がもうひとつあった。


ぺトロの右の二の腕辺りに、包帯が巻かれていたのだ。


「この包帯は?」


「この町へ来る途中、野盗に襲われてな。その時に私が守りきれず矢を受けてしまったのだ。手当てはしっかりとしてある」


私がギリスタさんに確認すると、彼は少しうつむき、申し訳なさそうに答えてくれた。


ギリスタさんはぺトロの護衛なのだろう。護衛対象を守りきれなかった後悔の念がうかがえる。


でも規模にもよるが、野党に襲われてこの程度で済んだのであれば、不幸中の幸いとも言える。


ぺトロさんは相当腕がたつのだろう。


それにギリスタさんが言う通り、手当ては適切にされているようだ。


出血も止まっている。


「そうでしたか」


高熱の他に目立った症状は無いように見える。


しかし、ただの風邪で気を失ってしまうことは無いはずだ。


原因が分からなければ、薬を処方することは出来ない。


私ではここまでが限界か、アイリ様にお願いしようか。


「ぺトロ様はなにか重い病なのだろうか」


私が思い悩んでいると、その感じが伝わったのか、ギリスタさんが不安そうに尋ねてきた。


「ギリスタとやら、野党に受けた矢はとってあるか?」


私が答えあぐねていると、部屋の入り口からギリスタさんへ問い掛けがあった。


私とギリスタさんが声のした入り口の方へ顔を向ると、そこには、愛くるしいパジャマ姿のアイリ様が居た。


突然、私ではない所から声を掛けられて、驚いた様子のギリスタさん。


「子供?いつからそこに」


「アイリ様!」


確かに、いつからそこにいらしたのですか、アイリ様。私も驚いてしまいました。


ギリスタさんは、気配を感じられなかった事に驚いているのかもしれない。


ただ、アイリ様はそんな様子は全く意に介さず。


「そんな事はどうでもよい。矢を持っておるのか?」


先の質問に答えるように促す。


「え?」


ギリスタさんが不思議そうに私を見る。


私は何も言わず頷いた。


「あ、ああ、持っている」


ギリスタさんは、ゴソゴソと鞄を探り、布の包みを取り出した。


それをテーブルの上にのせて、包みを開くと折れた矢が出てきた。


「ふむ、やはりな」


アイリ様は矢を一瞥すると、納得がいったように頷いて、そのままぺトロの元へと向かう。


アイリ様はぺトロが倒れた原因がわかったのだろうか?


その真偽をアイリ様に確かめてみた。


「どういうことなのです?アイリ様」


ぺトロの様子を見ていたアイリ様が、私の方へ向き直り答えようとした瞬間


「アイリ...もしや、あなたはアイリーン様ですか?」


口を開いたのはギリスタさんだった。


その言葉を聞いた瞬間、私はギリスタさんに対して身構えた。


アイリーンとはアイリ様の名前である。


その名前を知っているということは、アイリ様が精霊王であった事を知っているのと同義なのだ。


急患とはいえ、不用意に町の人以外を店の中に入れるべきではなかった。


状況から見て、ぺトロが何かしらの病なのは間違いないが、それをギリスタさんが仕込んだ可能性もある。


油断していい相手ではない。


「よい、ミナ」


臨戦態勢を取りつつある私に対して、アイリ様がその必要はないと促す。


「しかし、アイリ様」


アイリ様に万が一の事があってはならない。


私はギリスタさんから視線を外さす、アイリ様の元へ近づく。


「こやつらは、リオネル王家の者だ」


「王族ですか?」


私は依然として、ギリスタさんから視線を外す事無くアイリ様に確認する。


リオネル王家とは、この町があるリオネル王国を治める一族だ。


現国王のリオネル・バトラは、アイリ様と親交があると聞いている。


その親族なら、確かにアイリ様の事を知っていてもおかしく無いということか。


「なぜ、私共が王家のものだと?」


アイリ様が王家の者だと言った事に、ギリスタさんも驚いている様子だった。


彼等もまた、アイリ様同様身分を隠して行動していたのだろう。


現にここへ来た際、私には身分を明かさなかったのだから。


「その小僧がしている首飾りに、王家の者しか許されぬ紋が刻まれておるだろ」


アイリ様はぺトロの首もとに掛かっているネックレスを指さし、さも当たり前のように答えた。


私はペンダントを横目に確認したが、宝石の周りには綺麗な柄が刻まれている。


恐らくその一部、もしくは全てが王族にのみ許されるものなのだろう。


「...流石ですな。仰有る通り、私は国王の側仕えをしております。そしてそちらのお方は、国王のご子息です」


国王の息子という事は、この国の王子様という事か。


それならば、二人の身なりにも納得がいく。


「ふん、お主らがワシの事を知っているように、ワシもお主ら王家の事を知っていただけだ。それにしても、バトラのやつの息子とはな」


アイリ様もぺトロが国王の息子というところまでは分からなかったようだ。


それにしても、ヒト族の国王をやつ呼ばわりって、改めてアイリ様って凄いね。


「はい。して、アイリーン様。ぺトロ様はどうなのでしょうか」


そうだった、アイリ様と二人の素性の事で忘れかけてたけど、ぺトロの診察中だったんだ。


さっきの様子を見る限り、アイリ様にはぺトロがどんな病なのか分かってるようだったけど。


「アイリでよい」


「はい?」


ギリスタさんは病状とは全く違う答えがアイリ様から返ってきた事に、理解が追い付かない様子だ。


「今後、特に町中でワシを呼ぶときは、アイリと呼べ」


「あっ、はい、わかりました」


ギリスタさんは、アイリ様が意図するところを理解したようだ。


アイリーンと呼ぶ事で、アイリ様の素性が公になる可能性もゼロではない。


町に住み始めた当初は、普段から偽名を使うべきかとも考えたが、それはそれでボロが出る可能性がある。


なので、普段から使用していた略名で呼び会うことにしたのだ。


「うむ。ぺトロだが、これはゴブリン熱だな」


「ゴブリン熱、ですか!?そんな」


ギリスタさんは驚きと落胆を隠せない様子だ。


それも仕方のない事だろう。


ゴブリン熱には普通の生活を送っているぶんには、まずかかることの無い病だ。


この病は戦争の攻撃手段として、人間が作り上げたものだからだ。


ゴブリンの血液を特殊な方法で加工し、人間の体内に注入することで発症する。


人間とはとんでもないことをするものだ、同族同士で争いを起こし、このような病まで作り上げてしまうのだから。


確かに言われてみれば、ぺトロ王子の症状はゴブリン熱症状と一致する。


高熱で意識が混濁した後、昏睡状態に陥る。


しかし現在はリオネル王国だけでなく、大陸全土でゴブリン熱の病原の作成および使用は禁止されているはずだが、アイリ様が断言するという事は、ゴブリン熱で間違いないのだろう。


となると、病原はあの折れた矢に塗られていたということか。


アイリ様はあの一瞬で、それを見抜いていらしたのか。


ちなみに、ゴブリン熱の病原は乾燥に物凄く弱いので、テーブルの上にある矢にはなんの効力も無いし、どういう理屈かたにんへ感染する事も無いので、その辺りは気にしなくていい。


「まったく、まだこのような気分の悪い物を使う愚かな輩がおるとは」


アイリ様が腕組みをして、頬を膨らませている。


その様子はとても愛くるしいが、怒っていらっしゃるのだ。


「ぺトロ様、申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりに。国王、お父上になんと報告すればよいのやら」


ギリスタさんが、ベッドに横たわるぺトロ王子の手を握り締め、涙を流している。


私はそんなギリスタさんがいたたまれなくなり、大丈夫ですよと声を掛けた。


「大丈夫なものか!こんなに若くして不治の病で命を落とされるのに!」


何故だかギリスタさんにすごい剣幕で怒られてしまった。


それに、不治の病?命を落とす?ゴブリン熱で??


「え?治りますよ?」


「え?」


私の言葉にギリスタさんがきょとんとしている。


なに言ってんだこいつ?みたいな目でみられてますけど。


「え?」


その反応に、思わず私もきょとん顔になってしまう。


「はあ、ミナよ、人間の間では不治の病と言われておるのだ。ゴブリン熱は」


私とギリスタさんのやり取りを静観していたアイリ様が、ため息混じりに教えてくれる。


「あ、そうなんですか?知りませんでした」


私はてへっ、と舌を出しておどけてみる。


「ほ、本当に治るのですか?アイリ様」


私とアイリ様の軽いやり取りを見ていたギリスタさんが、恐る恐るといった感じでアイリ様に確認する。


「様はいらん」


「は?」


デジャヴかな?なんかさっきもこんなやり取りがあった気がする。


「様を付けるなと言っておる。お主はワシに仕えているわけではなかろうに」


アイリ様はやれやれといった表情で、首を横に振っている。


「は、はい。それでアイリ殿、本当に治るのですか?」


ギリスタさんも敬称を付けないのはまずいと思ったのか、アイリ殿と呼ぶようにしたみたいだ。


「ああ、本当だ。特に後遺症なども残らず完治する」


「な、なんと」


「人間の間で不治の病と言われるものでも、精霊というかアイリ様に係ればチョチョイノチョイですよ」


驚くギリスタさんに私はアイリ様自慢をしてやった。


「これ、ミナ。ふざけておらんで薬を作るのを手伝え」


アイリ様は私に釘を刺して、部屋を出て行った。


「はい!只今」


私はアイリ様の後を追って部屋を出る間際に、ギリスタさんに声を掛けた。


「あ、ギリスタさん。材料は揃っているので、恐らく15分程で戻りますので、お待ちくださいね」


「あ、ああ。よろしく頼む」


呆気に取られるギリスタさんを部屋に残し、私もアイリ様を追って調合部屋に向かった。


その後、私がギリスタさんに宣言した通り、15分程で薬の調合を終え、ぺトロ王子に飲ませた。


薬を飲ませれば、後は熱が引き気がつくのを待つだけだ。


ギリスタさんに寝室を用意すると伝えたが、ぺトロ王子の側に居ると言っていたので、毛布を渡して私とアイリ様はそれぞれ二階の寝室に戻り、眠りについた。


寝室に戻った頃には、夜が開け始めてたんだけどね。


まあ、こんな日もありますよ。

アイリ様は色んな偉い方と知り合いなのです。

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