空に還る君。
人間なんて不条理だ、と彼女は言った。
「そう思わない? 」
何が、と僕は聞いた。
「何もかも」
そう、と僕はうなずいた。
反論するのも馬鹿馬鹿しい。
答えになってないよ。
「あぁ、嫌になる馬鹿ばっかりで」
それじゃあ君は。
人間じゃないの?
「私?」
意を得たりとばかりに、微笑むその顔。
金髪に彩られた輪郭と、激情を灯したその瞳。
降り積もる花びらのように艶やかな唇。
挑発的な、けれどどこか陽炎のように儚く、結果依然として正体不明。
「私は――」
連綿としてつなぐ命の流れ。
まずそれが夢であると認識する。
確信するように、自分にはたらきかける。流されるな、感情に。受け止めるんだ、事実を。荒立つ心を落ち着かせる。高鳴る鼓動をおさめる。震える手は、両脇にでも挟んでおく。
「ああ、馬鹿じゃないの? 」
『彼女』は言った。
「なんて顔してんのよ」
「うるせーよ。疲れてんだ」
俺は答える。いつものように。
「目の下にクマはあるし。
なんか顔は青いし。
バイトだってさ、生活のためだと思えば仕方ないかもしんないけど、
身体壊してまでやったら元も子もないじゃん?」
「元も子もない、か。
難しい言葉知ってんだな」
「元の木阿弥」
「さすが現役の学生」
「これでも週に三日は通ってますから」
「これでももクソも、見た目どおりじゃねえか。毎日行けよ」
「えぇ、退屈」
しばし、穏やかな雰囲気。
とても落ち着く。
いつものように、意味のない焦燥感はない。
このまま終わればいい。このまま、このまま……。
何も起こらず、何もせずに。
「ねえ」
『彼女』は言った。
「話があるんだけど」
「なんだよ」
俺はその顔に少し緊張しながら、視線を受け返した。
「そんなまじめな顔してどうした、インコ――」
つぶやく。
いつものように、その言葉を。
俺たちは、幸せになれない。
2
起き上がる。
どこだ、ここは。状況確認。バスの中。心臓が壊れたメトロノームのように暴れ狂う。規則正しいリズムが愛しい。深呼吸。
少なくとも、落ち着け。
今のが、今回の「夢」だ。その先はどうなる。俺たちは。疑問は疑問を呼び、未知はいまだとどまるところを知らない。んで、どうする俺。暴れまわる心臓に、少し落ちつけよと声をかける。
そしてどうして泣いてるのか、意味がわからなくて、そのまま過ごすのはつらいと言えた。
涙をふけ、と誰かが言った。その誰かに対していう。大きなお世話だ。お前が消えろ。
ふう、とため息。つづけて深呼吸。結論付けるには、まだ早いに違いない。顔を洗う。歯を磨く。ひげの長さをチェックして、今日もいつもの日課にむかう。幸多き未来を。
出勤の出会いがしらに、富田さんに会う。なんとも言えない微妙な表情で、この前の面接の具合をおれに尋ねる。
「手ごたえは、どうだった」
「はい……慣れてないんで、あんま難しいことは」
分かんないんですけど。
それでも富田さんは、そうか、と一度だけうなずき、それ以上何も聞こうとしなかった。
「そういえばインコちゃんが来てたよ」
「あいつが。どうして」
一度とまったほを先へと進める。
そこにいたのはインコだった。たぶんおそらく。
ど派手な金髪を茶色にまで落ちつけえ、肩まであった髪の毛を短くそろえていた。
イメチェンしたのか。
そいつはこちらを振り向くと、肩頬にガーゼが貼られた状態で器用に微笑んで見せた。
「お前、その顔」
「うん? 顔が、どうかした」
気にしないで、と案にその目が語っていた。どちらにしろ、俺にできることはないのだろう。なんでもない、と首を振って返す。
「どっかさぁ、行きたいよね」
唐突にインコは切り出した。
「それも遠くに。なんかずっと同じところに居るのってさ、性に合わないんだ」
それは、きっと。
自分の居場所がないと感じているからでは。
「好きだ」
とりあえず口にしてみる。
「そう」
そしてインコは笑った。ありがとう、とつぶやいた。
3
クリスマスも過ぎた週末に、俺はインコを伴って、海に向かっていた。
バスの中で、雪を見てはしゃぐインコ。
「なによ。今ばかにした?」
「してない。楽しそうだな、と思って」
「それを馬鹿にしてるって――」
けれど、インコの目は本気で怒ってはいない。
砂浜を二人で歩く。しゃりしゃりと、足元から乾いた音が聞こえる。潮風は冷たく、襟元を合わせる。
数歩歩くインコが駆け出し、何メートルも先まで進んで、こちらを振り返った。
「私ね、よく夢を見るんだ。
自分が死ぬ夢。
憧れの王子様と、結ばれずに。
何回も、何回も、繰り返し二人は絆を紡げない。
けれど生まれ変わるたびに、であってしまう。それは上司と部下とか、血のつながった兄弟とか。決してかなうことのない恋だけど」
……。
その話は、よく知っていた。
「人生に悲観して、みんな消えてしまう。
でも今回は」
「ただの夢だろ」
「夢じゃない!
あれが夢なら、どんなによかったか。
ただの妄想なら、安心できるのに。
ねえ、分かってるんでしょう――?」
俺は無言で――。
けれどその沈黙が、答えとなってしまったみたいだった。
「でも今回で、その長い旅も終わり。
私が死んだら、もう二度とあなたに逢えない。
今回は、私が罪を犯したから」
インコは顔の傷に手でふれ、
「俺は――、好きなんだ。
居なくなるな!
どこへ行ったって、追いかけて、捕まえる。
だからいっしょに居よう。俺は逃げないし、諦めない」
「ありがとう。
私もよ」
愛してる、とつぶやいたその先に。
続いた名前は誰だったか?
俺の空想と妄想と予想と連想は、絶え間なく続き。
確信が出る前に。
空から一筋の光がふる。それはインコの体を包み、すこしずつ輪郭がぼやけていく。インコの伸ばした手。風に揺れる髪の毛。けらけらと笑う声。すこし寂しげな目元。いつしかいるのが当たり前になっていたけれど。それでも、それでも。いくら居ても飽きない。
俺は手をのばす。インコの右手をつかもうと。けれどそれは宙を切って、何もつかめずに。のぞみはかなわずに。俺は膝をついて、泣いた。
情景描写。
会えない、という確信で、俺は今この手紙を書いている。
何度も出会い、何度も惹かれ、何度も別れたあなたへ。
身を切るような恋も、燃えてしまような愛も、何度もささやいた言葉も。
1つとして嘘はなかった。全てが本物だったと、今は思う。
蒼く広がる海の上には、白い絵の具をまかさったような大空がある。息をすいこみ、風景を飲み込めば、体の中に色が混ざり、すがすがしい気持ちになれる。青は海だし、白は雲だ。青は未熟だし、未来を予感させるし、白は君を思い出させる。ふたつを混ぜれば、なんとなく君と居る将来が、……そんなおぼろげな妄想が浮かんできて。……それもきっと、他愛もない妄想で、未来なんて、今は思えずに、俺はただ、あるがままの景色を受け入れ、心のうちに浮かぶ君への想いと、「あるべきはずだった」これからを。浮かべ、そして共に生きていこう。ただ今在るがままを描写して。見える世界を形にして。見えない思いを抱えて。そうして生きていこう。そうして歩いていこう。俺の中に空をつくり、君を浮かべながら。
またね、と彼女は言った。
それは最初の言葉。
そして最後の言葉。
また、と俺は答える。
それは今際の言葉。
そして、次へとつなげる言葉だった。
だから、「また」と俺は口にして。
青い海に花束を放り。
いつか届くと、信じて。あるいは祈り。すこし諦め。
いろんあ感情をごちゃまぜにして。
白い砂浜を、音を立てながら歩いていく。遠くでは波のはじける音。あるいは海鳥の鳴き声。それに混ざって聞こえてくるのは、もしかしたら、海で遊ぶ君の声かもしれない。
情景描写
了。
お付き合いくださり、ありがとうございました。




