第89話 久々の休暇を満喫しよう(2)
ラシェルとヘクターがいなくなった。ラシェルが無事でほっとしたら、昨日の昼から何も食べていない事に気が付く。腕時計はなくなっていたが、体感時間で昼の午後13時くらいではないかと思う。
食堂へ行き席に座ろうとすると後ろから人外の殺気を感じた。翔太にはその殺気には見覚えがある。恐る恐る肩越しに振り返ると、案の定、悪鬼がそこにはいた。
「レイナ、フィオン、無事だったんだね。よかったよ」
「ラシェルさんと扱い違い過ぎない?」
レイナが不機嫌な顔を隠しもせずに翔太につめ寄る。というより激怒していた。怒りで顔が火のようにほてっている。翔太はうまい言葉を引き出そうとするが思いつかない。だからやんわり本当の事を行ってしまった。
「いや~、だってレイナ、ラシェルと違って頑丈だ――」
ブオォォォォ――!
翔太の言葉が終わる前に、空気が切り裂く音が聞こえる。レイナが軽く腕を振ったのだろう。
(あ、あんなのもらったら僕でも死んじゃうよ~。レイナ、どんどん狂暴化してる……)
「何か言った?」
「いえ……なんでもありません」
まるで浮気のばれた亭主のようになっている翔太をみてフィオンが腹を抱えて笑っていた。
(フィオンまで……。人の気も知らないで。まったく……)
ジト目でフィオンを見ると、さすがに不味いと思ったのか慌てて取り繕う。フィオンはこの頃、この姿が板について来たなとしょうもない事を思う翔太であった。
フィオンとレイナの隣に控えるように、そして燕尾服に白手袋をはめた黒髪に髭を生やした執事風の美青年が佇んでいた。
執事風の青年と目が合ったとき肉体を貫いて電光のように駆ける不安な戦慄に似た息苦しさを感じる。それは、絶対的強者を前にしたときに覚える生物なら等しく覚える感覚――恐怖だ。
(マ、マジ? この人あのマンティコアなんて問題にならないくらいに強い。おそらく僕が今まで会ったどの存在よりも……)
翔太はどうやったらレイナとフィオンを連れて目の前の怪物から逃げられるかを模索していた。
突然執事が優雅に片膝をつき、胸に右腕を密着させる。これはエレナ邸で見たことがあった。所謂、臣下の礼というやつだ。だが、なぜこれほど途轍もない力を有する人物が翔太に対してするのかがわからない。エレナ達でも後ろにいるのかと振り返るが、誰もいない。翔太に対してなされている事は確定なようだ。
「我が主――ショウタさま。お初にお目にかかります。私の名はテューポ。
『七つの迷宮』の6階層と全層の統括管理をさせていただいております」
「『七つの迷宮』の6階層? 統括管理? 君、精霊なの?」
「いえ、私は精霊ではありません。ショウタ様の魔力により生み出された龍でございます。未熟なこの身なれど、お傍に控える事をお許していただきたく存じまず」
「ど、龍……」
翔太が絶句していると、フィオンも同じらしくあまりの馬鹿馬鹿しさに頭を抱えていた。ブツブツと発明王の愚痴を言っている。
「説明書には下位精霊を作り出すとしか書いてなかったぞ。なぜ龍が生まれる? レナルドは、龍に子供の遊び相手をさせるつもりだったのか? 完璧に壊れ切ってやがる」
そのフィオンの言葉には翔太も同感であった。レナルドという人物の評価がさらにダダ下がりした翔太であった。
気を取り直し皆で朝食をとる事にした。フィオンとレイナにとっては昼食らしかったのだが……。
翔太とフィオン、レイナが席に着く。テューポも席に着くように進めるが頑として座ろうとしなかった。仕方なく、3人で食べ始める。
翔太の予想通り、レイナはもはや以前のレイナと同じ生物ではなくなっていた。身に纏う威圧感はテューポには遠く及ばないものの翔太を圧倒したマンティコアを軽く超える程だ。
存在自体でもそうなのだが、レイナの右腕には黒に赤の豪華な装飾ななされたガントレットが装着されていた。
翔太はガントレットの能力を《鍛冶》スキルにより検索する。【フラゲルム・デイ】はレベル4まで進化していた。
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【フラゲルム・デイ】
■クラス:超越級
■レベル:4
■説明:神の鞭。スキタイ民族が生贄を捧げていた軍神の最強兵器
この武器で殺した血肉は軍神の生贄に使われ徐々に進化を遂げる
■性能:神の鞭が半径2kmの全ての敵を認識し自動追尾攻撃する
※物理攻撃+精神攻撃
半径2km全ての索敵が可能
神の鞭で攻撃した物体の分子運動を急激に加速させる
《炎華狂瀾》:【フラゲルム・デイ】を全力解放した状態
《進化の賽子》50%解放。
所持者に炎系完全無効付与
所持者スキル等級+3
筋力+1500、体力+1500、反射神経+1500
知能+1000、魔力+1000、魔力の強さ+1000
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(え? またぁ~? 超越級レベル4は最強の武器のはず。でも進化の賽子が50%解放されたとある。とすれば、次が確実にあるね。もっとレイナは強くなる。これ、フィオンに教えていいのかな。人の良いフィオンでも怒るよね……)
翔太は、《炎華狂瀾》を頭の中で検索する。
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【《炎華狂瀾》】
■神炎、神雷を纏いし軍神の剣の分身を敵の数だけ生み出し追跡攻撃する
■体力1500かつ魔力1000以下ものは神罰により有無を言わせず消滅する
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(……は、反則じゃん? 体力1500以上もしくは魔力1000以上の者なんてこの世界にいるの? 今のレイナ、親御さん見たら発狂するかも。僕殺されるカナ……怖い……)
ついで、進化の賽子《を検索する。
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【進化の賽子》】
■戦った者のスキルをサイコロの目の10倍の%の確率で取得する
■取得したスキルは【フラゲルム・デイ】にも記憶される。
■スキルは武器に纏わせて行使も可能
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(僕のようなスキルラーニングだね。『サイコロの目の10倍の%』の意味が良くわからないけど……。多分、僕と同じ種類のスキルの獲得条件だと思う。魔の森深域はレイナのレベル上げ兼、【フラゲルム・デイ】に慣れるにはちょうどいいかもしれない)
翔太がガントレットの能力を後で羊皮紙に書いて渡す事を約束すると、レイナは飛び上がって喜んだ。先ほどの機嫌が悪い状態を脱して一安心である。
翔太は、食事の間に悪魔共との戦闘を事細かに忠実に話した。もっとも、最後のラシェルが襲われている幻影の件は翔太にも良く分からないので黙っていた。
フィオン、レイナ、テューポが特に感心を示したのは、翔太が数時間に及ぶ拷問を悪魔から受けたという事である。
拷問の事を忠実に知らせたのはレイナのためだ。確かにレイナは翔太よりも強くなった。でも、お調子者のレイナの事だ。慢心する事も十分考えられる。世界は広い。どこかにはレイナ以上の怪物もいる。その怪物とエンカウントした場合に、無謀に戦いを挑み命を落としたのではレイナに武器を与えた意味がない。
フィオンとレイナは翔太の予想通り、翔太の身体を心配してくれた。
特にレイナはしつこく、大丈夫かを聞いて来た。仕舞いに翔太の身体をベタベタと触り始めたときには心臓が止まるかと思った。くすぐったいやら、恥ずかしいやら、ついでに周囲の目も気になり、レイナの頭を撫でながら御礼を言うと、顔を紅潮させながらもやっと止めてくれた。
翔太の予想を裏切ったのはテューポの反応だった。
「わ、我が主を……拷問……だと? た、た、たかが下等な……悪魔の分際で?」
テューポはカッカとマグマのようなものが全身を駆け巡っているのだろう。瞳孔が縦に割れ真紅の輝きを放っている。全身から痛いくらいの殺気が漏れ出ている。兎も角、怖すぎる。テューポの殺気に当てられ数時間の夢の世界に旅立っている冒険者も数人いたくらいだ。
フィオンも頬を引き攣らせながらテューポを諌める。テューポは、怒りを押し殺し通常の状態に戻る。
額に冷たい汗を流しながら、話を続ける。
「だから僕は修行が必要だと思うんだ。レイナも武器の慣らしが必要だと思う。このまま試合でもしたら相手を殺しかねないし……」
「ああ、それは俺も思っていた。コカトリスロードに、バジリスクの王、次いで高位悪魔の出現。最近世界はキナ臭過ぎる。俺も力を上げる必要がある。
それにレイナを本国に連れて行けば確実に兄貴が手合せしたいと言い出す。だが……今のレイナのステータス、【フラゲルム・デイ】を作ったショウタなら知ってるだろ?」
「うん、まだレイナのレベル1だろうから、平均1300くらいでしょ?」
「そうだ。筋力、体力、反射神経など1500超えてた。フル装備した兄貴の3倍以上だ。普通にやったら……きっと殺すな……」
レイナは良く分かっていないのか、キョトンとしている。そのレイナの姿を見て思わず微笑むがレイナに睨まれる。レイナの頭に手を乗せてごまかす。だが、レイナはプイとそっぽを向いてしまった。翔太はフィオンと話を続ける。
「それで、レイナの【才能】はどのくらいあったの?」
フィオンは冷や汗を垂らしながら答えた。
「……500だ」
「へ~、結構高くなったんだね。ハイビーストって景気よく【才能】まで高く上がるもんなんだ――」
「…………あがらねえ。上がらねえんだよ! 通常はな! 唯でさえ、【フラゲルム・デイ】の補正があるのにこれ以上レベル上がって、強くなったらどうなっちまうんだ?」
「ん~、まあ何とかなるよ。もしレベル上がって敵がいなくなれば、【フラゲルム・デイ】を封印してもい――」
「嫌! 絶対封印なんてしない!!」
レイナが凄まじい形相でフィオンと翔太を睨み付けている。
「だそうです――」
「だろうな。そうだろうよ。レイナは【フラゲルム・デイ】を離さねえ。レイナに手加減を覚えさせる方向で行くしかあるまい」
「そこで僕の提案なんだけど、魔の森の深域を探索しない。僕達、もう中域に敵なんて絶対にいないしさ」
フィオンは翔太の提案を予想していたのかすかさず、翔太に口を開く。
「そうしたいのは山々だが、そうできない理由が2つある。
まず、俺とディートの実力では魔の森深域での戦闘について行けない。あの場所は人類が足を踏み入れていい場所ではない。バジリスクの王やコカトリスロードクラスの魔物がゴロゴロいるといわれている。俺やディートが行けば即死亡だろう。
二つ目は、俺とレイナの帰国の件だ。あと数日で今回のオーク事件でのレイナの護衛が到着する。レイナの能力向上の件もある。一度、本国に帰ろうと思っている」
「うん。フィオンの能力の件は僕が【超越級レベル2】を作るからクリアーさ。ディートの件も僕がなんとかするよ。
フィオンとレイナの帰国の件は、『七つの迷宮』のゲートのマーカーが3つほどあるから、そのうち一つを持って行ってよ。このエルドベルグにもマーカーを設置して置くから、『七つの迷宮』を介して、いつでも此処に来ることができる。それでもダメ?」
フィオンが答える前にレイナがこの提案に喰い付いて来た。
「それ、いいと思うわ! 絶対、そうすべきよ! ねぇ、ショウタ、またあの場所に泊まっていい?」
「あの場所?」
不思議そうな顔をする翔太。するとフィオンが苦笑気味に説明してくれた。
「俺達のお姫様は『七つの迷宮』の7階層が大層お気に召してな」
「ごめん、僕まだ一度も行った事がないんだ。どんな場所なの? 地球の一部を再現したはずなんだけど」
フィオンはため息を吐き、肩を竦める。呆れ果てている様子だ。テューポが後ろから即座に説明してくれた。
「ショウタ様のイメージを分析し忠実に再現することに成功いたしました。ショウタ様の住んでいた場所とほぼ変わらない街並みが形成されております。もし宜しければ、フィオン様とレイナ様の住居も作成なさいますか?」
「ホント? それ是非お願いします! それにしてもすごいね。そんな事もできるんだ」
レイナが自分の家を作ってもらえると聞いてはしゃぎまくっている。王族であるレイナがこれほど喜ぶ姿から無茶と理不尽を具現化した場所であることが窺われた。
「承りました。
是非ショウタ様もお出でいただければ至高の喜びでございます」
「うん、是非今日の夜辺り訪問させてもらうよ」
「ほ、本当でございますか?」
テューポの顔がパッと輝く。普段冷静で眉一つ動かさない柱の様に見えるから違和感ありまくりである。
「え~と、話を戻すね。今の僕の提案駄目?」
口を挟む気満々であるレイナを尻目にフィオンは頷く。
「それなら俺は構わない。
それにしても、本来、ショウタがまたあの出鱈目な武器を作る事に驚かなければならないんだろうが、俺にもだいぶ耐性ができたようだ」
「ははは。じゃあ、明日から僕達三人と一匹の冒険を再開しよう」
「おう!!」「うん!!」
フィオンが叫び、レイナが拳を天に突き立てる。
その後フィオンから、指輪――『七つの迷宮』を受け取り、その際マーカーを渡しておく。フィオンとレイナの住居は今日中には完成するらしい。『早すぎるよ!』と突っ込まずにはいられない翔太であった。
悪魔の件もある。レイナとフィオンも住むのならセキュリティーは万全にしておかなければならない。この点を、テューポに聞くと『七つの迷宮』のゲートはテューポが管理しており、たとえマーカーがあっても、テューポの許可がなければいかなるものも侵入は不可能らしい。
この機能は使える。マーカーはラシェルにも渡しておこう。




