第81話 事後処理すんぞ(2)
「女、もう眼開けていいぞ」
ショウは両耳を抑えているフローラの両手を掴み持ち上げる。
フローラは小さい悲鳴を上げるが恐る恐る瞼を開けショウを視界に入れるとほっと溜息を吐く。
「お、終わったのか?」
「ああ」
フローラは周囲を見渡しロニーとアドルフに視線を向けヨロヨロと立ち上がり、二人のもとへ行き両肩を掴みその名前を呼ぶ。
しかし二人とも目の焦点が合わず涎をだらしなく流すだけ。見た感じ完璧に心が壊れてしまっている。まあショウの知ったことではないのだが。フローラは目尻に涙を溜めつつ名前を呼び続ける。
突如、景色が歪む。
(ちっ! 意識がぐらつきやがる。翔太が出てくるのも時間の問題か……)
ここにはもう用はない。退散することにしよう。既に事件は解決した。ショウは医者ではない。後はフローラ達冒険者個人で何とかすべきことだ。
「俺の仕事はこれで終わりだ。もう行くわ。じゃあな!」
「ま、待って!!」
翔太が部屋を出て行こうとすると慌てたようにフローラが両手を広げてショウの前に立ちふさがる。
(こいつ今全裸なの分かってんのか? 丸見えなんだがな……)
「何だ?」
(聞かなくても予想はつくがな……)
「ロニーとアドルフ殿を助けてくれ!」
「なぜ俺が? 俺はデリックに頼まれた仕事を完遂した。ロニーとアドルフの治癒は依頼内容には入っていない」
「ならなぜ僕を助けたんだ?」
「……単なる気まぐれだ」
勿論、これは嘘だ。このショウの主張が苦しいのは自分でもわかっている。此奴らを見捨てれば多少なりともギルドの印象は下がる。それはショウの目的には反するのだ。
だがショウはまだ目覚めたばかりで、ただでさえ意識が混濁している。いつ翔太に意識が切り替わるかわからない。そうなればこの上なく面倒な事態になるのだ。
だから此奴らに構っている暇はない。
「頼む! この通りだ! ロニーとアドルフ殿は僕の勝手な判断ミスでこうなってしまった。これ以上僕は仲間を失いたくはないんだ」
フローラは床に額をつける。この異世界にも土下座とやらがあるらしい。そんな呑気な感想を思い描きつつもショウはある疑問に突き当たっていた。
(此奴、ハンナとかいう女の死を知っている? ならなぜ平常でいられる?)
「お前、ハンナとかいう女が死んだのを知ってんのか?」
フローラは顔を上げると奥歯を噛み砕かんばかりに噛みしめる。
「ハンナは僕を庇って死んだんだ」
(やはり、思考操作されてやがる。まあ今はその方が都合が良い。ここで発狂されては流石に目覚めが悪い)
「そうか……だが答えは同じだ。第一俺は医者じゃねぇ。俺に頼むのはそもそもお門違い――」
「お願いだ! 頼む! 僕なら何でもする!」
フローラはショウの言葉など聞きもせずに幾度となく額を床に衝突させ血が薄っすらと滲んでいる。
おそらくフローラがアドルフ達をショウが治療できると思うのは翔太の異常な行動が原因だろう。かなり無茶したらしいし。
そしてしても――。
(ったく! 翔太の野郎の意思に引っ張られやがる。まだ完全には分離しちゃいねぇか。
この女は危険だ。早くここをからバックレるべきだ)
フローラに構わずその場を離れようとするが凄まじい眩暈がショウを襲う。
(くそ!!)
ショウの眼前の風景がグニャリと曲がり、次の瞬間前に座るフローラに倒れ込む。
「きゃっ!」
ショウに抱き締められる形となったフローラは小さな悲鳴を上げるが直ぐに瞼を固く閉じる。
「僕なら好きにしていい。だから――」
(翔太の野郎。俺がアドフル達を見捨てたら俺の意思を奪うつもりか? いや、奴の無意識の本能ってやつか? 試してみるか?)
再度、このギルドハウスを出ようと立ち上がろうとするが、足が石のようになり動かない。
(間違いねぇ。翔太の意思だ。此奴らを俺に助けろと? まったく面倒ごとばかり押し付けやがる!)
「貧相な身体の餓鬼が冗談も大概にしろ」
フローラのおでこにデコビンをくらわらせつつ立ちあがる。涙目でおでこを抑えるフローラ。
ショウが動こうとすると今度は足にしがみ付いてきた。
「離せ」
「嫌だ! 絶対に離さない!」
フローラのショウの脚にしがみ付く力が増す。
「勘違いするな。事情が変わった。今回だけは助けてやる。だから離せ。治療できん」
「へ? あっ! す、済まない!」
バッと離れるフローラ。
「それと助けるにあたり一つ条件がある」
「な、なに?」
フローラは顔に紅葉を散らしつつショウの顔をチラチラと伺ってくる。間違いなく卑猥な想像をしている。想像力豊かな奴だ。
「とりあえず服を着ろ! お前の貧弱な裸等見るに堪えん」
「は?」
そこで初めてフローラは自身の身体に視線を向けて全身を硬直させる。次いでまるで茹蛸のように耳たぶまで全身を真っ赤に染め上げる。
「~~~~っ!!!」
声にならない悲鳴を上げて胸と股間を両手で押さえてしゃがみ込むフローラ。本当に今まで気がつかなかったようだ。オーク共に衣服を破かれたに過ぎないとは言え普通忘れるか? 面倒に加えてトリケラトプス並みに鈍い女らしい。
フローラは第一会議室の引き裂かれたカーテンを身体に器用に巻いて服を見繕っていた。
ショウはロニーとアドルフの下へ近づいていく。アドルフとロニーがどのような事をされ精神を壊されたのかは十分に理解している。
拷問を受けていた以前の翔太との記憶に朧だがパスができているようなのだ。翔太が強く印象に残った事柄は大体記憶として引き継いでいる。
(まずはアドルフだ。コイツは見た感じ芯が強い奴だった。もっとも直に見たわけじゃねえから確信はねえけどなぁ)
アドルフに近づき観察する。アドルフの傷は見た目程酷いものではなかった。最高位のポーションを数個飲めば跡すら残らないだろう。
だが精神の方は死体そのものだ。顔は幽鬼のように青白く目は虚ろで焦点があってない。
(見た感じ戻ってきそうもないが。やってみるか……)
ショウはアドルフの胸倉を左手で掴み、右手でアドルフの頬を叩く。アドルフは人形のように力なく項垂れショウの行為に一切の反応を示さない。
「いいかげん戻ってきな。テメエの弱さを死んだ奴にまで押し付けるな。死んだ奴が浮かばれねぇ」
アドルフの瞳が僅かにショウの言葉に反応して揺らめいた。
(ん? なんとかなるかもな)
ショウはさらにアドルフの頬を叩いて話し掛ける。
「テメエは一応戦士だろう? 戦士には戦士の誇りがある。それは命よりも大切なものだ。その誇りをテメエが仲間のせいにして捨てたらその仲間はどう思うだろうな? 俺なら自分を殺した糞悪魔よりも誇りを捨てた仲間を恨むぜ。もう一度言う。誇りを決して忘れるな!」
アドルフの身体が小刻みに震えだしている。だが今一歩のところで目に力がない。
(アドルフのような単純馬鹿にはこの手の言葉が一番効く。
それにしても戦士の誇りなど欠片も持ってねぇ俺が言うもんじゃねえなぁ。吐き気がする。まあいい、もうひと押しか。面倒くせぇ)
「テメエは弱い。あんな木端悪魔に好き放題されるほどなぁ。どうしょうもなく弱いテメエのせいで仲間は死んだ」
さらにショウは構わずアドルフに語り掛ける。
「もうテメエに自由はない。すでにテメエの中には死んだ仲間の魂がいる。そしてその魂がテメエを死ぬまで縛り付ける。決してもう戦いから逃れられはしねぇ。テメエが死ぬまでテメエは自らを鍛え仲間の魂に応え続けなければならない。例えそれがどれほど地獄でもな。もう後戻りなんてできねぇんだよ。今日までのテメエはさっき仲間の死と同時に死んだ。
アドルフ!! 答えろ!! テメエは一体何者だ? 戦士か? それとも戦士の誇りも捨て仲間の魂も受け入れらねえただの屍か? 屍ならそんな奴に生きている価値はねえ。俺がこの場で殺してやる」
徐々にアドルフの目に色が戻る。そして力が戻り、涙が溢れる。ショウは胸倉を離した。ドッシャと膝をつくが先ほどのような幽鬼のような力ないものではなく全身に力がみなぎっている。
「ウオォォォォォォォ――――――――ッ!!!」
アドルフは大粒の涙を流しながら床に拳を叩きつけながら号泣していた。拳により、ギルドハウスの床が粉々になるまでアドルフは泣きながら殴り続けた。




