第78話 『俺』が目覚めた日
それから数時間後、ギルドの第一会議室の部屋の中央には大きな肉の塊があった。翔太のなれの果てである。
だがまだ、息があり数分と経たないうちにすぐに復元回復して原型を取り戻していく。悪魔が死なない程度に翔太を傷つけているのだ。治るとまた傷つけられる。これの繰り返し。
当初、翔太のマンティコアは翔太の回復スキルに興味があったようでなんども翔太を傷つけては遊んでいた。だがそのせいで翔太の《高速再生》はあっという間に第8級の【深淵級】になった。いやなってしまった。
そこからが翔太にとって真の地獄だった。悪魔達は翔太の身体の一部が欠損しても数十秒とかからず治る事をいいことにありとあらゆる方法で翔太を傷つけたのだ。
最初はオークエンペラーモドキに腕をボリボリと丸齧りされた。翔太はあまりにも痛みと悍ましさで泣き叫んでいた。
お次はゲンゴロウのような多数の虫に生きたまま全身を齧られる。少しずつ、自らの身体がなくなっていく事に痛み以上に生理的嫌悪感を抱く。翔太は無様に涙と鼻水を垂れ流しながら、マンティコアに許しを請う。それを見てマンティコアは恍惚な表情をしながら見ながら、無慈悲な命令を眷属に命じる。
翔太はただただ目の前の悪魔達が恐ろしかった。そしてこの永遠にも続く拷問に深く絶望した。早くフローラ達のように狂ってしまいたかった。狂う事がどれほど楽なことか。だが契約の効力から決して狂えない。最初は狂う事のみを望んでいた。
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だがそんなことを考えていたのはほんの最初だけだ。悪魔達は翔太をありとあらゆる手段で傷つけた。この世で考えられる拷問をつくし、人間では考えつかぬほどの残虐な行為を翔太に行使した。
発狂しそうな痛みと悍ましさは最初の恐怖という感情を異なる感情に姿を変えていく。すなわち殺意と憎悪。ジワジワと恐怖や絶望などの感情が翔太の中から消滅し殺意と憎悪に置き換わっていく。
(殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!)
そして、殺意と憎悪は翔太の中で渦となり混じり合いゆっくり、ゆっくりとある形容しがたい塊を形成していく。それは遠い昔に失ったはずの塊。そうあり得ない感覚に翔太は襲われながらもひどく冷静になっていく。
翔太はただ冷静に悪魔共に切り刻まれ、齧られ挽肉となっては回復する。それを何度も繰り返す。何度も何度も何度も何度も……。
そして翔太は十数日間の思考の旅に出る事にした。そこに意味がない事は分かっていても最後に残っていた理性がそれをすべきと全力で叫んでいたのだ。
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思考旅の後、頭は変にすっきりとしていた。翔太の中の殺意と絶望の塊は翔太の中ですでに輪郭を形成していた。だが、まだそれはぼやけたままであり丁度、卵の殻の中に入った雛を翔太に連想させる。切っ掛けがあれば孵化する雛。そんなあるはずのない事を冷静に考えていた。
もはや身体を傷つけられる事に眉一つ動かさず、近づいてきたマンティコアに向けてどろりとした憎悪をぶつける。マンティコアは心底呆れたように翔太を見ながら言った。
「お兄さん……お兄さんほど馬鹿げた回復力のある人間も始めてだよ。
僕より、いやそれ下手すればベルゼブブ様よりあるんじゃない?
でもね。お兄さんのあり方が一番びっくりしたよ。それほどの拷問を受けて敵意を失わない人間も珍しい。大抵が狂うなと命令しても怯えたりして話すらできなくなるのにね」
翔太は顔に悪鬼のような笑みをうかべながら、答える代りにマンティコアに唾を吐きかける。
「貴様!!」
ガスとガイに爪を身体に突き立てられグリグリと抉られる。一言の苦痛の言葉も漏れずに翔太はマンティコアを睥睨する。そんな翔太を見てマンティコアは肩をすくめる仕草をする。
「正直、お兄さんがここまで異常だとは思わなかった。普通はね。腕を切り飛ばされたら苦痛で床にのたうち廻るものさ。だけどお兄さんは顔を顰めた程度だった。これは人間にしては異常だ。
それに悪魔の僕が考えても冷や汗が出るほどの拷問を受けても僕に対する敵意を持ち続けるだなんてね。
お兄さんは痛みや恐怖にあまりに慣れ過ぎている。確かに負の感情は見たかったけど、僕が見たいのは恐怖や絶望だ。そんな殺意や憎悪じゃないよ」
マンティコアの言葉の意図は、言い出したマンティコア本人よりも翔太には明確に理解できていた。
翔太がいた日本は血生臭いことは皆無な平和な世界である。そこで生活していた翔太が異世界で数日すごしただけでバジリスクに腕を燃やされたり、悪魔に肩を切り裂かれたり、しまいには腕を切り飛ばされてここまで冷静でいられるのは絶対におかしい。元々翔太はどこか壊れていたのだろう。だがそんな事は今の翔太には知った事ではない。
再びマンティコアは見慣れた鬼畜な笑みを浮かべ、フローラ達の方へ視線を向ける。おそらく次にフローラ達に何かするつもりなのだろう。
だが翔太にとってフローラ達は同じ冒険者に過ぎない。仮に拷問等をされたとしても怒りを覚えるだけだ。絶望など絶対にしないと自信をもって言い切れた。
「そこでだ。僕は考えたわけだよ~。お兄さんには肉体的に何をしても無駄。ならお兄さんを絶望させるためにはどうしたらいいと思う? 簡単さ? お兄さんの大切な人を傷つければいい。それも最高ぉぉ~~に屈辱的にね。
でもさ、見たところ捕えた3人の中にはお兄さんにとって本当に大事な人はいないじゃない? そんなんじゃお兄さんから絶望や恐怖なんてもらえない。かえってお兄さんにとって失礼だよね。だからさぁ――」
マンティコアがパチンと指を鳴らすと突然フローラがラシェルに変わった。翔太の頭の中は真っ白となり魂を奪われた様にぼんやりとしていた。
そしてラシェルがこの部屋にいるとやっと頭が認識したとき血がスーッと下がって谷底へ落ちていく。ラシェルはフローラと同様の姿勢で目から光がない状態で俯いたままだ。
「ラ、ラシェルなんで?」
「あ、忘れてた。このままじゃあ不味いか」
マンティコアはパチンと再度、指を鳴らすとラシェルが突如正気に戻る。
「はぇ、え、え~~? ここ何処? ロニー? アドルフ殿。ショ、ショウタ君!! 君大丈夫かい?」
ラシェルは周囲を見渡すとすぐに周囲の状況、特に翔太に気付き驚愕の表情で尋ねて来た。通常の翔太ならその特徴ある喋り方にある若干の違和感に気づけたことだろう。
だが今の翔太はラシェルの姿をみて先ほどまでの冷静さが綺麗サッパリ消失していた。翔太に中にあったのは自分に対してなされた事がラシェルにもされる事に対する恐怖だけだ。
「はい。お兄さん。今から彼女を豚に襲わせます。勿論いきなりは食わせないよ。豚の相手をしてもらう。別に僕達悪魔には時間がたっぷりあるんだ。何か月でも付き合ってあげる。
それから切り刻んで豚の餌ね。後でお兄さんには食べさせてあげるよ。ウェルダンでいい? それともレア? ミディアムという手もあるな」
「や、やめろ! いや、やめてください! その子だけは手をださないで!」
「ショウタ君?」
ラシェルは不思議そうな顔を翔太に向けてくる。マンティコアは恍惚の表情になり顔を上気させる。息も荒くなっているようだ。
「そう、それだよ。それが見たかったんだ。エクスタシィィィィ――――――!!」
マンティコアは暫らく快感に身を悶えていた。そして……。
「じゃあ、豚君達。やっちゃいなさい。徹底的にお願いねぇ」
オーク共がラシェルに群がっていく。
「なんだ? 貴様ら? 離せ! 僕から離れろ! 嫌だ、汚い手で触るな!」
「やめろ、やめてください! 僕が悪かったです。貴方の言う通りにします。決して逆らいません。だからもうやめてください!」
翔太は涙で顔をグシャグシャになりながら必死で許しを請う。
「だぁーーーーーーめ!」
そのマンティコアの言葉を聞きたとえられない絶望感に包まれる。ラシェルの白い鎧が引きちぎられるのが見えた。涙でもう前が見えない。すぐに駆け寄りたかった。だが、ガスとガイにより床に爪で縫い付けられて動けない。
「やめろ! 触るな! 離せ!」
ラシェルの泣き顔に翔太の心が押しつぶされ視界は赤く染め上げられていく。
(二度とラシェルの笑顔を見れなくなる。いつも無表情だけどたまに笑うと本当に安心するんだ。それなのに……その笑顔が僕のせいで奪われる。
僕のせいだ。僕に会ったばっかりにラシェルはこんな地獄を味わう)
ラシェルがオーク共に両手、両足を押さえつけられるのが見えた。翔太は焦りでグチャグチャになっている頭を必死で回転してこの打開策を模索する。だが見つからない。あるとすればマンガや小説のようにヒロインのピンチにヒーローが飛び込んでくるくらいだ。
(誰か助けてよ。もう僕頑張ったじゃないか。この世界に来て精一杯頑張ったよ。だから誰でもいいから助けてよ。助けてくれるなら僕の全てをあげる。だからラシェルを助けて)
だが翔太は必死で勇者の登場を願う。英雄の登場を願う。だが叶わない。それは決して叶う事のない願い。現実にそんな都合よい存在いやしない。
ラシェルにオークが覆いかぶさろうとしているのが見えた。
(なぜこうなった? 簡単だ。僕が弱かったからだ。僕がどうしょうもなく弱かったから。あんな屑悪魔に好きなようにされる。命よりも大切なラシェルを汚され、殺される。
この悪魔のことだ、レイナやフィオン、ヴァージルにも汚され殺されるだろう。そんな事が僕に許せるのか? いや許していいのか? そんなの、許せない。許せない!! 許せない!! 許せない!! 許せない!! 許せない!! 許せない!! 許せない!! 許せない!! 許せるわけがないぃぃぃぃぃぃ――――!!)
ピシリ!
翔太の正体不明の塊を包む殻に亀裂が入る。
(殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!‥‥‥)
殻の亀裂は大きくなる。徐々に翔太の心が黒雲に覆われていく。そして翔太の意識は奈落のような暗い闇の中に吸い込まれていく。
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翔太は真っ白の世界にいた。地平線さえ見えない何もないただ真白の世界。そこに佇んでいる。
翔太の目の前には赤い包帯で全身をグルグル巻きになったミイラのような男が血の様に赤い椅子に座っている。包帯の隙間から見える彼の目は赤黒くまるで死を体現したようだ。体躯は翔太と同じくらいだろうが、真紅の覇気が全身を覆い尽くし圧倒的な威圧感を醸し出している。
目の前の男の圧倒的な覇気は本来翔太を震え上がらせるはずなのに不思議と恐ろしくはなく、ただ奇妙な懐かしさだけがあった。
翔太は包帯の男をさらに観察する。するとある事実に気付く。男の包帯の上には神々しいオーラを発する黄金に輝く11枚の護符が張られていたのだ。そして、この護符が男の力を制限しているのが翔太にもわかった。
「君は誰?」
翔太は当然の問を目の前の男に答える。だけどそれはすでに翔太が得ている解。
「俺? くっくく……俺はテメエだよ。もうわかってんだろ?」
男は口角を吊り上げる。そうだ。この真白の世界に来てから最初から分かっていた。ここはそういう世界。
「うん。君は僕だ。僕が過去に置き忘れてきたもう一人の僕」
「ああ」
もう言葉は不要だ。やるべき事は分かっている。翔太は護符を一枚一枚外していく。護符を一枚ずつ外していく度に包帯の男の紅の覇気が増し渦を巻き、ある形を形成していく。
ついに、翔太はすべての護符をとり終わる。スルリと赤い包帯が取れそこから……。
「おかえり。『僕』」
翔太は目の前の自分に言葉を紡ぐ。それはもっと早く言わなければいけなかったはず言葉。
「ああ。ただいま。『俺』」
そして『俺』はこの世界で目覚めた。
お読みいただきありがとうございます。
この御話は私がかなり好きな話です。ここからが本当のこの物語の始まりです。最後までお読みいただければ幸いです。




