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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第一部 覚醒編
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第76話 絶望のカーニバル(1)

 

 既に20時は過ぎているだろう。ギルドハウスの2階から3階への移行部にある窓から見た夜空には雲一つなく空に煌々と輝く月の光がギルドの階段を照らしている。通常なら綺麗に思えるはずの月の光もこのギルドハウスという魔物の腹の中にあっては不吉さを助長させるエッセンスに過ぎない。

 3階に近づくにつれて嫌な感じが増していく。まるで断崖絶壁の崖へ足を踏み出すような恐ろしさがあった。


               ◆

               ◆

               ◆


 3階に着くと目的の場所はすぐに検討がついた。

 ――第一会議室。

 エルドベルグと同じ構造ならば式典等を主に行う部屋でありかなりの広さを有しているはずだ。

 その部屋からは多数な巨大な力の塊の気配と多量の血の匂いが漂ってくる。鞘から刀を抜く。

 部屋の前で暫らく佇む。この扉を開けてはいけない。そう動物的な本能が部屋に入るのを戸惑わせているのである。

 だが、こうして突っ立っているわけにもいかない。意を決しドアを開けると密閉されていた部屋の空気がふっと動き、むせ返るような血の匂いが翔太の嗅覚を刺激する。


(うっ! この匂い。血の匂い?)


 そこは余計なものが何も無いさっぱりとした広い部屋であり、床に多彩で複雑な柄を特色とするカーペットが敷かれるなど式典を行う場所に相応しいだけの豪華な作りとなっていた。

 翔太はぐるりと、部屋を見回す。部屋の最奥は檀上になっていた。そこの檀上には小学生低学年くらいの金髪の少年が煌びやか服を着て一際豪華そうな椅子に腰かけながら翔太を見下ろしている。少年の冷たい目を見たとき体が冷水を浴びたように竦み上がるのを感じた。


(アレは人間じゃない。なんとなくだけどわかる。あれは僕よりも遥かに強い)


 少年その傍に控えるように漆黒のスーツにシルクハットを着ている双子のようにそっくりな外観の筋骨隆々な2柱の悪魔がいた。これら2柱の悪魔は先ほどの悪魔準男爵――ウコバク以上の威圧感を放っている。

 他にも部屋には5柱の悪魔がいるがこれも先ほど戦った眷属悪魔とは実力の桁が違う事がその圧迫感から読み取れた。

 さらに異様な眼光を放つ巨大なオークがいる。そのオークは涎をだらしなくたれ流し目は狂ったように血走らせもはや理性が欠片もあるとは思えない。とても『冒険者入門 魔物全集編』で読んだオークエンペラーとは思えなかった。


(どうみてもこれ即死コースだよね。上手く逃げられるかな……)


 出鱈目に過剰な相手の戦力を目の前にして深い奈落の底に落ち込んだような気持ちになる。

 フローラ、ロニー、アドルフは部屋の隅で床に人形のように力なく座り込んでいた。彼女らの首に長い鎖付の首輪をつけられオークキングらしき者達がその鎖を握っていた。このオークキングは5体おり彼らには理性があるようだ。

だがその目には豪華な椅子に座る少年に対する深い恐怖のみが存在しガタガタと震えている。

 

 アドルフは袈裟懸けに切られて床に血だまりを作っていた。おそらく止血がなされたのか、血はもう止まっていた。その傷は遠目でも深く肉が抉れておりかなり痛々しい。ピクリとも動かないので一瞬もうすでに死んでいるのかとも思ったが胸が動いている。息はあるようだが意識はあるのかが分からない。目の焦点があっておらず何かに魂を奪われたようなうつろな目をしていた。

 

 ロニーも右肩には鋭利な刃物で切りつけられたような大きな傷があり全身は焼けただれている。どう考えても瀕死の重傷だ。早く治療しなければ命にかかわるだろう。やはりアドルフと同様目の焦点があっておらず虚ろな目をしている。

 

 フローラは何も外傷はなく、純白の鎧を着用したままでありオーク共に辱められた様子は全くない。だがやはり目は虚ろだった。


(アドルフさん達のあの死んだような目。ただ傷を負っただけでああなるとは思えない。それにあの中央の赤い染みは?)


 部屋の中央には赤い染みがカーペットを変色させている。


(このギルドハウスに入った者は全部で5人いたはず。しかしこの部屋にはフローラさん、ロニーさん、アドルフさんの3人しかいない。

そしてあの赤い染み。この事から導かられるのは……まさかね。大体人二人分の死体なんてどこにもないし)


「今度のお客さんはお兄さんだね。初めまして僕の名はマンティコア。一応悪魔子爵なんてしちゃってまぁ~~す。

 よろしくね。ウコバクはどうしたのかな? 建物に入ったら僕のところにすぐ御招待するように命じておいたはずだけど」


 翔太は答えず刀を少年悪魔――マンティコアに油断なく向ける。もはやこの目の前の少年が翔太を圧倒するのは明らかだ。マンティコアの綺麗な顔に浮かぶ笑顔を見ただけで恐怖が大波のように襲ってくるのだから。

 すぐにこの場から逃げ出したい衝動に駆られるがそれを必死で押さえつける。要は戦わなくてもフローラ達をこのギルドハウスから退避させればよいのだ。


「もしかして、ウコバクに勝ったの? すごいや。人間が悪魔準男爵に勝つなんて。君の絶望たっぷりにスパイスされた肉はさぞかし美味なんだろうな」


「さっきから君たち絶望、云々ってしつこいけど一体なんなのさ?」


 翔太のマンティコアに対する言葉を無礼とみなしたのだろう。額に青筋を張り凄まじい殺気を翔太に向けてくる。マンティコアは怒り狂う悪魔達を手で制止して、ニタリと顔を歪める。


「別に教える義理はないんだけどな――まあいいや。お兄さん。強いから特別に教えちゃう。僕達悪魔は君たちのように鍛えて強くなるわけじゃないのさ。元々強いからね。たから進化をしなければ強くはなれない」


「随分と不便な生きものだね」


 翔太の蔑んだ言に左右に控えている悪魔の殺気が膨れ上がる。怒らせない方が良いのは十分に理解している。だが許せなかったのだ。今まで好き勝手放題、翔太達をかき回した目の前の悪魔が――!

 マンコンティアが先ほどと同様に手で制して話を続ける。


「かもね。それでね。進化の条件には悪魔によって異なる。僕は『暴食』の王――魔神ベルゼブブ様の眷属」


「べ、ベルゼブブ?」


(べ、ベルゼブブって神話とかによく出て来る魔王の事だよね。ゲームとかで出る場合は大抵隠しダンジョンの隠しボスとかのレベルだよ。

そんな怪物の眷属にレベル20程でエンカウントするなんて……)


 翔太は自らの強者遭遇率に戦慄を覚えていると、マンコンティアが驚いたように翔太をみていた。


「へえ~、お兄さん。ベルゼブブ様を知ってるんだ~。この世界の人間は僕達悪魔の世界には疎いと思ったんだけど意外だね。まあいいや。話を戻すよ。

 僕達は他者を摂取して進化するの。その他者は強者でなおかつ恐怖、嫉妬、絶望等という負の感情を抱いたものを摂取するのが一番進化の確率が増すわけ。

 なかでも絶望は僕達を進化に導いてくれる最高のスパイスというわけ。特にお兄さんみたいな強い人間の絶望で味付けされた肉は最高に美味なんだよ。まあ、君たちでいう交尾みたいなものかな。最高さ~! 一発でいっちゃうくらいぃ!」


 アンティコアは恍惚な表情の顔一面に出しながら想像に酔っている。悪趣味で唾を吐きたくなるが我慢し話を続ける。まだ聞くことがあるのだ。


「フローラさん達に何をした?」


 正直言って怖くて聞きたくはなかったがあの目が虚ろな状態を治すには聞いておく必要がある。


「ああ、お姉さん達ね。知りたい? 知りたい?」


 マンティコアが得意気に両方の口角を三日月状に吊り上げる。その顔は少年とはまるで全く思えないほど邪悪でかつ悪魔そのものに歪んでいた。

 翔太は石のような固い表情になりながらも握る刀の柄に力をいれる。

 翔太の無言を肯定とみなしたのだろう。マンティコアは嬉々として話始める。


「まずね――緑色の竜のおじさんにから話そう。目の前で仲間の竜のお兄さんを切り刻んで細切れのブロックにしてね。ウエルダンでよく焼いて。みんなで食べたんだよ。

 竜のオジさんにも御裾分けしようと思ったんだけど遠慮するからさ。無理矢理食べさせたの。だって好き嫌いはいけない事だよね?」


(っ!!? 狂ってる! 絶対に狂ってる!)


 翔太はこれを聞いた途端食べたものを全部吐き出しそうになった。凄まじい嫌悪感が翔太を襲う。アドルフが壊れたのも合点がいった。人が想像する限りの最悪の悪夢がそこにはあった。もう一言たりとも聞きたくもなかったがマンティコアは構わず話し続ける。


「黒髪のお兄ちゃんとブラウン髪のお姉ちゃんに金髪のお姉ちゃんはお友達みたいだよね。だからさ。一番正義感が強そうなブラウン髪お姉ちゃんに自分と金髪のお姉ちゃんのどちらを食材にするかを選んでもらったの。

 食材自らに選ばせる! 最高の思い付きだとは思わない? ねえ、そう思うでしょう?」


 マンティコアは酔ったような赤い、うっとりした表情をしながら翔太に同意を求める。


(こ、この――腐れ外道!!)


 酸っぱい胃液が口まで逆流してきたのを無理やり飲み込んで刀にマンティコアに対する命一杯の憎悪を込める。


「ブラウン髪のお姉さんが選んだのはもちろん自分。あのときの金髪のお姉さんの顔、最高だったな。信頼が裏切られ食材に落される瞬間。

 う~~ん。最高!! もちろん細切れにして今度は焼き方を変えてみたよ。レア。いいでしょう~? それを黒髪のお兄さんに――」


「もういい! 黙ってろ! 下種野郎!!」


 《破斬》を全力でマンティコアにぶつける。《破斬》は控えている悪魔2柱の真紅の爪ですべてかき消されてしまった。翔太は全身と黒刀に《雷光》を纏わせた。

 威力の高いスキルはフローラ達がいるから使えない。もし使用できたとしても目の前の悪魔を滅ぼせるかは疑わしい。全力の《破斬》でも側近になんなく弾かれるのだから。おそらく側近自体がウコバクと同等以上に強いのだろう。

 翔太はフローラ達を連れてこの場所を逃げ出す方法を必死で模索する。正面から戦うなど馬鹿のすることだ。これはもはや翔太一人で手におえる事態を遥かに超えている。国全体で取り組む事態だ。

 翔太がここで踏ん張らなければこの街やエルドベルグは一瞬で滅びるかもしれないがそれはまた別問題だ。ラシェル、フィオン、レイナ、ヴァージル、翔太が守りたいものだけ守られればよい。翔太は勇者や英雄ではないのだから。


「お兄さんいきなり酷いな~~! 僕達でなければ即死だよ。まあこんなの何万発くらっても傷一つ負わないけどね」


(さてどうしよう? 《灼熱の炎弾》をぶちかます? それとも《悪魔の鋭爪》を使おうか? どうせなら僕の最大火力を悪魔達にぶつけてすぐにフローラさん達のところへ行きオーク共を瞬殺。その後フローラさん達を抱えてこの建物の窓から離脱する。これだね。

 警戒すべきはもちろんあの少年悪魔とそれに控えている2柱の悪魔、それとオークキングモドキ。考えていてもなぶり殺しだ。すぐに行動に出るしかない)


 翔太が動こうと刀の柄を持つ手にさらに力を入れると目の前に突如子供の掌が出現した。マンティコアが翔太の目の前まで俊足で移動し翔太の顔に右手の掌を向けたのだろう。


「だめだめ、逃げられないよ。お兄さん」


 翔太の目にはマンティコアの動きの残像すら見えなかった。気がついたら顔に悪鬼のごとき笑みを浮かべて目の直ぐ前に立っていたのだ。翔太はマンティコアと自分のあまりの大きな力の差を実感し現実の希望のなさに打ちのめされる。  


(逃げる事も無理。おそらく僕一人でも……)


「そうだ。お兄さんに一つチャンスをあげよう。僕は寛大なんだ」


「チャンス?」


「そうそう。僕の実験動物と戦って勝ったら見逃してあげるよ。勿論、そこのお兄さんやお姉さん達もいっしょにね。悪い話じゃないでしょ?」


(ふざけるな! 受ける以外の選択肢ないじゃんか。でも悪魔が約束を守るとも思えない)


「君が約束を守る確証が持てない」


「う~ん。そうだろうね。僕ら悪魔だしね。じゃあ儀式契約でもする?」


「儀式契約?」


「お兄さん。ホント偏ってるね。ベルゼブブ様を知り、それだけ人間離れしている力をもつのに儀式契約の一つもしらない。

 儀式契約とは二者間で契約することにより発動する魔法かスキルだよ。僕ら悪魔の契約は魔法でなくスキルだけどね。その契約の内容は様々に設定できる」


「もし契約内容を破ったら?」


「破れないよ。そのように強制力が働くからね」


「今回の契約内容はどうしようか? う~ん。僕の実験動物とお兄さんが勝負して勝った方が命令を一度だけ聞くというのはどう?」


(悪魔との契約なんて絶対したくないけど、目の前の悪魔がその気になれば僕など一瞬で挽肉だ。これに臨みを掛けるしかない。実験動物というくらいだ。あのオークエンペラーモドキだろう。ならまだ勝機はある)


「わかった」


 翔太はそれだけ言うとマンティコアの様子を窺う。マンティコアは喜悦の笑顔を浮かべながらスキルを発動させる。スキルラーニングの際の負荷が翔太を襲うが複数のスキルを一度にラーニングしない限り動きには支障はない。大分この世界の戦闘に身体が慣れて来たという事かもしれない。

 マンティコアがスキルを発動すると空中に文字の書かれた羊皮紙が突如出現した。マンティコアが自らの親指を爪で切りつけて契約書に押す。


「じゃあ、お兄さんもこの契約書に血判押して。OK?」


 翔太は親指をかみ切り契約書に押印した。すると契約書の中の文字が発光し契約書がマンティコアの手を離れ空中へ飛んでいき静止した。


「これで契約はすべて終了したよ。じゃあ始めようか」


 こうして、翔太のこの世界に来て初めてともいえる敗戦濃厚の命懸けの戦いが始まった。


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