第71話 魔物に占拠されたギルドハウスへ入ろう
ギルドハウスの中は地獄だった。ギルド職員らしき死体が部屋の中央に山のように積まれている。
隅には男女の職員が鎖の付いた首輪をされている。全員、生気が全くといってよいほどなく死んだ魚のような目をしている。
中央の死体の山の傍に、オーク達にボロボロになぶられた首のない女性が倒れていた。丁度、オーク達が首を刎ねたところだったらしい。鮮血がギルドハウス1階の床に飛び散り、首輪をされてはいるがまだ正気を失っていない女の子が悲鳴を上げている。
翔太がその地獄のような光景を呆然と見ていると、翔太の存在に気付いたオーク達が武器を取り翔太に剣や杖を向けてくる。
中央に積まれている死体の無念の表情とギルド職員達の生気を失った目を見て、今まで溜めるに溜め込んでいた破裂寸前の怒りの元栓は呆気なく全力で開放された。
「クソ共がぁ――――!!」
もはや刀を抜かずに酒場のオークに疾風のごとく走り最も近いオークの頭部を構える剣ごと殴りつける。
ボンッ!
オークの持つ鋼の剣と頭部は粉々に吹き飛び、鮮血の雨を降らす。
翔太が明確に自分の意思で身体を動かしていたのはここまでだった。あとは身体が勝手に動く。まるで翔太の怒りが身体を動かしているように。
あるオークの頭部を引きちぎりそれを、近くにいるオークに衝突させる。オークの頭部は砲弾のように空気を切り裂き他のオークの上半身に衝突し、血肉の紅の花びらが舞う。
あるオークの胸から心臓を取り出し握りつぶす。心臓をなくしたオークは糸を失った人形のようにドッシャと床に倒れ込む。
あるオークにテーブルを投げつけ身体を粉々に爆砕し床を赤一色に染め上げる。
あるオークを蹴り上げて天井に頭部ごとめり込ませ、ギルドハウスを地震のごとく震わせる。
あるオークを片手で鷲掴みにし、上空に持ち上げ床にたたきつけ粉々に粉砕する。
あるオークを……。
翔太が我に返るとオーク共は肉の塊と化していた。オーク共には抵抗した跡も見当たらなかったことから、一切の抵抗もできなかったのだろう。
翔太は隅に座らせている職員達の傍に行き、黒刀で職員に繫がれている鎖を切断する。
そして、一番近くの女性の肩をゆする。
「お姉さん! もう心配ないよ。怪我はない?」
「…………」
だがいくら翔太が言葉を掛けて肩を揺すっても女の目からは光が消失し、だらしなく鼻水や涎を垂らしたままだ。もはや心が壊れているのは明らかだった。
(ラシェルが入らなくてよかった。こんな光景ラシェルに見せられない)
職員は10人ほどだった。10人のうち9人が生気を失った目をしていた。
唯一正気を保っており話せそうなのは長い金髪をポニーテールにしている美女だけであった。この女性はガタガタ震え翔太の服にしがみ付いて離れようとしない。
翔太が背中を叩いて落ち着かせる。何とか名前と事情を聴く。
名をルイーズ・エアハート。領主の娘らしく偶々街に買い物に来ていて襲われたらしい。ずっと近くの果物屋の中に隠れていたが周囲で人間の声がしたので出ていったらオークに拉致された。
もっともこの女性は連れてこられたばかりで、心が壊れてはおらず、話すことができるのだろう。
(この領主の娘さん以外、全員自分で歩けそうにない。僕でもこんなところにいたら気が狂いそうになる。すぐに外に出してあげたい。だけど、正義感が強そうなフローラさんやアドルフさんが糞オーク共のこの行為を放って置いたのはなぜ?)
翔太がルイーズにフローラ達の事を聞こうしたときギルドハウスに拍手が鳴り響く。音のする方へ視線を向けるとそこには髭を携えたマッチョの紳士が佇んでいた。
短く刈り上げた黒髪に、筋肉で今にもはじけそうな仕立ての良いスーツと、シルクハットの帽子を着用している。
突然の紳士の登場に一瞬思考が停止したがよく、注視してみると翔太がテレビのドラマやマンガで見る紳士とは異なるところがあった。額の左右両側から2本の角を生やしているのだ。
(あれ如何にもっていう格好だよね? 角あるし。ゲームやマンガでよく出てくる悪魔? それともあれが魔人族というやつ?)
フィオンから魔人族という種族があることは聞いていた。
竜人に次ぐ力をもつ種族であり、その狡猾さと数も考慮すれば竜人さえも超える種族とされているらしい。
だが正直、目の前の紳士が魔人族にはとても思えなかった。翔太が今までこの世界で出会ったどの生物よりも圧倒的な強さのイメージがあったからだ。
具体的には翔太やレイナと同レベルの圧力だ。
「もしかして悪魔?」
翔太が躊躇いがちに答えると、紳士の両側の口角が一層吊り上がり三日月状を呈する。
「ほう。素晴らしい! 吾輩の事を知るか。先ほどの戦いも人間にしては称賛に値する。思わず拍手をしてしまったぞ!」
(マジで悪魔らしいよ。このタイミングで現れたということはコイツが黒幕?
というか間違いないだろうね。タイミングがドンピシャだもの。それにしてもコイツの如何にも馬鹿にした口調、やけに癇に障るな)
「それはどうも。君がオーク達の親玉?」
「愚かな。吾輩があのような豚ごときを配下加える訳があるまい」
翔太の言葉にさらに小馬鹿にしたように口元を歪める自称悪魔。その浮かべる笑みのあまりの醜悪さからあまり性格は良くないことが窺えた。
(配下ではなくとも無関係ではないよね。オーク共を操っていたのがこいつ等ならフローラさんとアドルフさんがあの下種オーク共をそのままにしたのかの説明がつく。十中八九間違いなく襲われたか……。
まったく……だから僕を待てばよかったんだ。余計な手間を掛けてくれる人達だ)
「配下じゃなくても、オーク共を操っていたのは間違いないんでしょ? どうでもいいけど君性格悪いよ。まあ君みたいな下等な悪魔なんかに性格なんて高等なものあるとは思えないか。ごめんね。可哀想なこと聞いたよ」
翔太は意趣返しとばかりにできる限り蔑みと憐れみにみちた視線を自称悪魔に向けながら不敵な笑みを浮かべる。
翔太がこのような過激な態度をとったのにも理由がある。翔太はヴァージルを泣き出させるほど恐怖させ、レイナとラシェルを危険な目に合わせたオーク共に著しく憤激していた。
加えてこのギルドハウス1階の惨状をみて忍袋の緒がぷっつり切れてしまったのだ。
だから全力で怒りをぶつけられる黒幕が出てきてむしろ感謝した。抵抗もないオーク達ではこの身体中から湧き出る憤怒は収まりそうもないのだから。
「貴様ぁ! この悪魔準男爵――ウコバクに向かって人間風情が!」
(は~い。テンプレ発言御馳走様! お詫びにたっぷりと御礼はするよ)
「それくらいでその汚い口塞いどきなよ! 木端悪魔! 君達低能な悪魔のテンプレ発言にはうんざりしてるんだ。せめて蟻ん子並の知能付けてから喋ろうね」
自称悪魔がすべて話し終える前に言葉を重ねて最後まで話させない。こうすることが一番腹が立つことは元の世界――地球で経験済みだ。
地球における学校での悲惨な生活は翔太にどうすれば人が一番嫌がるかを自然に教えてくれていた。
「…………」
木端悪魔は翔太に無言で射殺さんばかりの眼光を向けてくる。どうやら戦闘が開始されるようだ。
(やっとか。さっさと始めたい。下種と話をするのは心底疲れるんだ)
翔太は服にしがみ付いて離れようとしない貴族の娘ルイーズにできる限り優しく語りかける。
「いいかい? 今から僕が言う事をよく聞いてね。今からあの下等な魔物と戦いになる。君達には危ないから避難してほしいんだ。でもね。今のあの人達では安全な場所まで自分で移動することができない。だから君には建物の外から冒険者を呼んできてほしい。怖いかもしれないけどお願いできる?」
ルイーズは震えながらもコクンと頷く。
「いい子だ。大丈夫だよ! 僕が君たちの身の安全は必ず守るから」
翔太がルイーズの頭を優しく撫でると、決意を顔一面に表しながらもう一度大きく頷いた。
「じゃあ直ぐこの建物の外に出て。建物の外のオークはもうすでに駆逐されているから安全だよ。建物の外に出たら建物の中に救助すべき人達がいるから全員をすぐに建物外へ避難するように待機中の冒険者に言うんだ。わかった?」
ルイーズは再度頷く。もう一度頭を優しく撫でる。眼を細めて撫でられる様は小動物を思わせる。
翔太は鞘から刀を抜いてルイーズに《風の障壁》を5回重ね掛けする。するとルイーズの身体の周りを幾重もの透明な風の壁が覆った。5回もスキルを発動したのだ。かなり時間がかかったはずなのに、目の前の悪魔――ウコバクは身動き一つしない。
「よし、走って!」
翔太はウコバクを睨み付けて牽制する。気配からこのギルドハウスの1階には目の前の悪魔――ウコバクしかいない。つまり目の前にいるウコバクの動きさえ押さえれば女性達やルイーズに危害は決して及ぼされない。
(ラシェルだけはこの建物に来てほしくはない。絶対に来ちゃだめだよ。ラシェル……)
翔太は刀を握る右手に力を込める。《破斬》の準備だ。
ウコバクが一歩でも動けば全力で《破斬》をぶつける。だがやはりウコバクは一歩も動こうとしない。ルイーズは無事建物の外へ出ていった。
ウコバクはルイーズが居なくなったのを見てニタリと口元を歪める。翔太はウコバクを凝視する。ウコバクは最初にあったときのように口角を三日月状に嫌らしく吊り上げ、嘲るような冷たい血のような真赤な目をしていた。
(あの悪魔の雰囲気が変わった。やっぱり、ルイーズをわざと逃がしたのか。目的はなんだろう? 猛烈に嫌な予感がする。お願い! ラシェルだけは来ないで! 来たら絶対許さないとまで言ったんだ。来ないよね?)
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