第56話 獣人の姫にプレゼントをしよう
宿屋キャメロンのフィオンとレイナの部屋へ行く。扉のドアを叩くとフィオンはもう起きていたらしく翔太を快く部屋の中へ入れてくれた。
レイナは寝起きのせいかとんでもなく機嫌が悪い。レイナに挨拶してもそっぽを向いたままだ。苦笑しながらレイナに向き直り、真剣な顔でその目を見つめる。
「な、何よ?」
翔太に見つめられて恥ずかしくなったのか、レイナが頬を赤く染めながら尋ねてくる。
無視しているはずなのに、それを徹底できない。そんな優しいレイナだから翔太はこの武器を贈ろうと考えたのかもしれない。
「レイナ、大事な話があるんだ」
「だから何?」
相変わらず、そっぽを向きながら怒ったように言うレイナの前に、綺麗に包装された木箱をアイテムボックスから取り出す。これはもちろん【超越級レベル2】の武器――【フラゲルム・デイ】である。
ディヴに頼んで贈り物用の木箱に入れて包装をしてもらっていた。こうした方がただ贈るよりも機嫌が良くなる。これは気まぐれ、我侭の化身――柚希との地獄の日々から学んだことだ。
「はい。僕からの贈りものだよ」
レイナの手に木箱をそっと乗せる。レイナはポカーンとしていたが、状況を呑み込めたのか、恥ずかしさと戸惑いと嬉しさが混じったような複雑な表情をした。
「ありがとう。でもショウタを許したわけじゃないんだからね! 勘違いしないで!」
(再びのツンデレ発言、御馳走様。でも、僕レイナに許してもらうようなことしてないよね)
フィオンは例のごとく翔太とレイナを見てニヤニヤとオッサンのような笑みを浮かべていた。イケメンのニヤけた笑いは、心身共に疲れ切っている翔太からすると甚く腹が立つ。
レイナは包装を解いていき木箱を開ける。中から黒と赤を基調とするガントレットが姿を現す。猛虎を象った絢爛豪華な装飾がなされている兇悪かつ極悪兵器を見て、レイナは目を輝かせる。
確かに素人目でもどこかの物語に出て来る勇者が身に着けていそうな外観をしているのだ。勇者や英雄に憧れているレイナが飛びつきたくなるのも無理はない。
だが、レイナとは対象的にフィオンはガントレットをみた途端、怯えた魚のように目と口をぱちぱちさせ始めた。そんなイケメンに似つかわしくない姿をみて翔太は確実に怒られるなと確信する。
「ちょっと待てぇ――!! それ……何だ?」
「ぼ、僕がレイナのために作った武器」
レイナが翔太の言葉にピクンと反応し、恥ずかしそうに頬をさらに染め上げ虎耳を摩り始める。
しかし、そんなことは今のフィオンにはどうでもよい事のようだ。汗がダラダラと床に零れる。
「ショウタが作った……? いや、いや、いや、いや、それはあり得んだろ!!
あり得てたまるか!! それ絶対【伝説級】じゃあねぇ。【神話級】だろ? 【神話級】の武器は兄貴の持っているのに触らせてもらった事があるんだ。間違いようがねぇ!!」
フィオンの言葉にレイナも事の重大性に気付いたのか、虎耳を摩るのを止めてマジマジとガントレットを眺める。むしろフィオンとは違い嬉しそうではあったが。
だが、このフィオンの反応に一番肝を冷やしていたのが翔太だった。たかが【神話級】の武器でここまで驚いているんだ。【超越級レベル2】だとわかれば、卒倒して死にかねない。それに【フラゲルム・デイ】は進化の武器、いずれ【超越級レベル3】に上がる日も来るかもしれない。
そんな進化の武器――【フラゲルム・デイ】を持つレイナにとって、【神話級】でさえも【下級レベル1】の中でもさらに低い錆びた銅の剣程度の価値しかない。そのくらい無茶苦茶な性能の差があるのだ。
「【神話級】……ではないよ」
この翔太の言葉にフィオンはすごい剣幕で捲くし立てた。レイナもそんなフィオンを見るのは始めてだったのだろう。戸惑いがちだ。
「嘘つくんじゃねぇ! 【伝説級】のはずがねぇ! この武器のどこをどう見れば、【伝説級】に見える?」
胸倉を掴まれガクンガクンと揺らされる翔太。殺気だったフィオンが初めての翔太は僅かに怯え始めた。
普段、気配りの利くはずのフィオンがそれに気づきもしない。レイナが慌てて止めに入る。
「止めてよ! フィオン。ショウタがせっかく私のために作ってくれたんだし――」
『私のために』という言葉を強調することから察するに、フィオンから所持を禁止されるとでも思ったのだろう。
「レイナ、止めるな! お前にはこの武器のヤバさをしらない。これはこのアースガルズ大陸に5本しかない【神話級】の武器。本来国で管理されるべきものだ。ショウタお前これをどこで手に入れた? 遺跡か? それとも魔の森の深域か? どっちだ?」
フィオンは完全にテンパってしまっている。悪鬼の表情で、翔太の胸倉を掴み激しく揺らすフィオン。翔太は徐々に話を聞いてくれないフィオンに徐々に軽い苛立ちも覚え始めた。
「だから本当に僕が作ったんだってば。僕がフィオンに嘘なんてつくはずないだろ。
もっと冷静になってよ。それにそれは【神話級】でもないし【伝説級】でもないよ!」
一瞬、フィオンは翔太の言葉に雷で撃たれたように全身を硬直するが、徐々に頬が引き攣り痙攣し始め、全身が小刻みに震え始めた。
「ま、ま、まさか。いや、絶対にそれはありえねぇ! はははっはは! 俺はそれ以上、聞かねえぞ。聞こえねえぞぉ――!」
さすがの翔太も鬱陶しくなってきた。
(フィオン……ここまで怒ることないじゃないか。僕なりにレイナのためを思って作ったんだ)
「もういいよ! フィオンが信じようが信じまいが、この武器は【超越級レベル2】――【フラゲルム・デイ】だよ。性能は僕が書いた取説を箱の中に入れておいたからそれを読んで」
フィオンはノロノロと箱から取説をとり読むが、直ぐに真っ白になって石化してしまった。こんなコントみたいなフィオンとは対照的にレイナはイキイキとした好奇心で目を輝かせていた。
「ねえ、ショウタ、これ装着してもいい?」
「良いよ。誰が何と言おうとそれはレイナ、君のものだ」
レイナが装着する。レイナの破顔一笑を見てヤバイと確信する。レイナが嬉しさで飛び跳ねたら宿屋キャメロンを大破しかねない。だから、すぐに指示を出す。
「レイナ、自分のギルドカードを見て」
「わかったわ」
翔太のいつになく真剣な声色に戸惑いながらも、ギルドカードを覗き見る。
「え? え? 筋力512……体力514……は、反射神経517、知能219? こ、これ?」
レイナも驚いてはいるのだろう。翔太に問いかける声が震えている。だがそれ以上の歓喜を含んでいるのはもはや明らかだった。飛び上がって喜ぼうとしたレイナを再び慌てて止める。
「スト~ップ! レイナがジャンプしたらこの部屋全壊するから。落ち着こうね? ね?」
「う、うん」
頬を上気させながらもゆっくり頷くレイナ。
「今度はギルドカードのスキル欄を見て」
「うん! え……? す、すごい! 持っているスキルが全部3だけ上がってる」
「そうさ。この武器、いや兵器と言ったほうがいいかな、この兵器にはすべてのスキルの等級を3だけ上げる効果がある。ちなみに、今のレイナには火炎系の魔法、スキルは一切効かない」
「ほ、炎も効かなくなるの? ありがとう! ショウタ。これで私も――」
「待って、レイナ! 今の性能はこの兵器の単なる付録だよ。これからが本当の性能試験さ」
翔太はこのような祭りが本来大好きなのだ。得意気に話始める。
「この兵器――神の鞭にはまず精神感応性がある。レイナ、ガントレットを皮膚に張り付かせ、皮膚と一体化するイメージをしてみて!」
「やってみるわ」
レイナが念じると、ガントレットは途端に消えさり、レイナの綺麗な肌が露わになる。レイナはポカンと口を開けている。
「そう、このガントレットは脱がなくても大丈夫なんだ。だからずっと装着しておいて! わかった?」
「うん」
素直に頷くレイナに満足気に話を進める翔太。
「じゃあ、次は遠くを見るイメージしてみよう。そうすれば、精神感応金属が周囲に散らばって周囲を観察できるようになるはずだよ」
「ホントだ。見える。見えるわ。すごい! このガントレットすごすぎ!」
(ボキャブラリーが貧困になってるよ。レイナ……)
「最後の試験だ。キャメロンの看板の上と、キャメロンの脇の広場の木の台の上に僕があるものを乗せたんだ。何だかわかる?」
「……これは……ナイフ?」
そうなのだ。翔太はキャメロンの看板の上と宿屋の横にある広場の中心の木の台の上にあらかじめ作成しておいた【神話級レベル1】のナイフを置いていた。実験のためにレベル1とはいえ【神話級】の武器を使い捨てると知ったら、フィオンは発狂するだろうなと思いながらレイナに指示を出す。
「そうだよ。まず、宿屋の看板の上のナイフを切るイメージをしてみてよ」
「了解!」
元気の良い返事と共にレイナは目を閉じる。
パキィ――!
ガラスが割れるような音が外から聞こえる。どうやら成功のようだ。【神話級レベル1】を破壊できないようなら期待外れもいい所だから。
「ナイフ切れたわ。でもよかったの? 随分高そうなナイフだったけど……」
「心配いらないよ。僕がこの実験のために作って置いたものだから。それでは、今度は広場の台の上のナイフを切って燃やすイメージをしてみて」
「切って、燃やす? やってみるわ」
レイナが目を瞑る。
ジュッ!
何かが蒸発するような音が聞こえる。
「どう? ナイフ燃えた?」
翔太がレイナに視線を向ける。
「燃えたというより、溶けた……」
レイナは戸惑いがちに、誰と話すでもなしに呟く。少々引いているようだ。だが、その星のようなキラキラした目からも、嬉しさMaxの様子だ。
(よし、実験はすべて成功だ。【神話級】すら、溶かす武器。最高だ! 焦がれる、憧れるよぉぉぉ~~!)
「じゃあ、レイナ、あの看板のナイフ、あれ一応レベル1の【神話級】で他人が持つと危ないから燃やしてもらえる?」
「OK!」
ジュッ!
再び、蒸発音が聞こえ【神話級レベル1】のナイフはこの世から消滅した。いつの間にか覚醒していたフィオンが無表情で翔太とレイナを眺めていた。
「ショウタ、お前に聞きたいことがあるんだがいいか?」
「な、何?」
その無表情な顔に怒られると思い身構える翔太。
だが少なくとも賊が捕まるまでは、この【フラゲルム・デイ】はレイナに持っていて欲しかった。レイナが下種どもの慰み者になるのだけは御免だ。どんなことがあってもそれだけは避ける。絶対に!
「お前本当に異世界人なのか?」
「そうだよ。最初に言ったでしょ」
フィオンが初めて頬を緩めた。若干ほっとしたようだ。
「すまんな。俺にはお前が神の化身かなにかに思えてな」
(ま、また~、フィオンといい、ガルトさんといい、なぜそうなるのさ?)
「僕は人間。そう言ったはずだよ」
「わかってるさ。だが、世界に5本しかない【神話級】の武器を実験で使い捨てにするなど、とても信じられんのだ。一番信じられないのはその武器の性能だがな。まさに神の武器というところか……」
「そんな大げさな!」
「大袈裟ではないさ。そのガンドレッドを装備したレイナは俺の兄貴――獣王グラディスよりも確実に強い。勿論完全装備をした兄貴よりもだ。
と言うよりも、人間種でまともに相手になるのは魔王くらいだろう」
フィオンの言葉を聞いてレイナは目を輝かせるが、フィオンは難しい顔で翔太の目を注視している。
「…………」
やはり怒っているんだろうと思い、フィオンから逃げるように俯き頷く翔太。それを見てフィオンは慌てたように訂正した。
「か、勘違いするな。別にショウタを責めているんじゃない。むしろ、これで賊からレイナを守れるんだ。無論感謝しているさ。いかんな、いささか非現実すぎて混乱していたのかもしれん。すまん。許してほしい」
「フィオン、さっきから謝ってばっかりだよ」
「そうだな。ホントにそうだ」
翔太が笑顔でいうと、フィオンも笑い返す。翔太はやらなければならないもう一つのことを思い出す。
「フィオン、これ受け取ってよ。【神話級レベル4】だからそれなりに使えるはずさ。後でフィオンにはちゃんとした武器を作るから今はこれで勘弁してほしい」
翔太はアイテムボックスから一振りの【日本刀】を取り出す。
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【雷切】
■クラス:神話級
■レベル:4
■説明:雷神を斬ったと伝えられる日本刀。
■性能:切断、突きの両方に極めて優れている。
雷を自由に発生させ操ることが可能
所持者スキル等級+2
筋力+70、体力+70、反射神経+70の特殊効果を持つ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「こ、これは――」
「これは【雷切】。【神話級レベル4】の中で最も強力な一振りだよ。ギルドカードを後で見てほしいんだけど、筋力、体力、反射神経がともに70アップする。あと、所持者のスキル等級を全てプラス2にする。
特殊効果としては、視界に入るところならば、どこにでも雷を発生させそれを操作することができる」
フィオンは刀を受け取ると、鞘から引き抜いた。蒼色の刀身が部屋を照らす。フィオンはあまりの美しさに見惚れている様子だ。
レイナも羨ましそうに、もの欲しそうに見ている。レイナの持っているものと比べたら、ゴミ以下の価値しかないという事をわかっているのだろうか。
レイナの次にくる言葉も十分予想できたので、あらかじめ玩具として【神話級レベル4】の【小狐丸】を与えておく。確かにレイナの装備はガンドレッド。武器として持っていても邪魔にはならない。
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【小狐丸】
■クラス:神話級
■レベル:4
■説明:稲荷明神が童子に化けて相槌を打ったといわれる刀。
■性能:切断、突きの両方に極めて優れている。
切りつけたものの治癒力を消失させる。(神罰)
筋力+70、体力+70、反射神経+70の特殊効果を持つ
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フィオンはレイナにも与えた【小狐丸】に顔を引き攣らせていた。レイナはよほど嬉しいのか当初の機嫌わるさなど嘘のように翔太の胸に抱き付いて来て翔太をドキドキさせていた。
その後翔太はキャメロンを後にする。
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オットー邸に着いた頃にはもう午前6時を回っていた。
翔太を見てメイド達が色めき立つ。昨日翔太の素顔を見てからというものメイド達の様子が少し変なのだ。ブサメンはつらいねと自虐的になりながらも食堂へ行く。
案の定、ヴァージル以外全員集合だった。
オットーには悪巧みにはあと一日かかるから待ってほしいというと笑顔で了承しくれた。いい人過ぎる。
デリックはアントンが死ぬほど苦手らしく、ずっと借りて来た猫の様に大人しい。少し面白かった。
この護衛がいつまで続くかは不明だがヴァージルの安全確保は最優先事項だ。特にオットーは今後のヴァージルの騎士。彼にはヴァージルを守れるほど強くなってもらわねばならない。
それにデリックは今後翔太と密接な関わりを持つと予想される。簡単に死んでもらっては困る。それに情報収取を真剣に取り組んでもらうためにも今以上に翔太の価値を認識してもらわねばならない。
だから、【神話級レベル4】の【小狐丸】を彼らに贈る。
「ショウタ……こりゃあ……」
デリックは翔太が渡した【小狐丸】を持って、手を小刻みに震わせている。目の焦点すらあっていないようだ。そんなデリックらしからぬ様子に躊躇いがちにオットーが尋ねる。
「デリック殿、この武器は?」
「…………」
デリックは玉のような汗を流すだけで答えない。
「【神話級】でしょう。しかもかなり上質のようですなぁ」
思考を放棄したデリックに変わりアントンが答える。直後オットーも石化する。
こうして見ると実に対照的だ。
【小狐丸】の性能を理解できたデリック、カミラはショックでお花畑に旅立っている。【神話級】と知ったオットーも同じだ。
対して同じく性能を把握しているはずのアントンは眉の一つも動かさない。驚きを顔に出さないというより、全く疑問にすら考えてない。そんな印象を受ける。まるで翔太が為すのが当然のように……まあ、単なる気のせいだろう。
数十分にわたりおとぎ話の世界に旅立ったデリック達をどうにか帰還させたが、今度はすごい剣幕でデリックに設問攻めにあう。質問内容はフィオンとほぼ同様だった。翔太が作ったと答えるが全く信じはしなかった。
頭を抱えていると、アントンが殺気をたっぷり含んだ鋭い眼光をデリックに向け直ぐに再び大人しくなってしまう。あの老獪なデリックがまるで子供のようで意外を通りこして乾いた笑いが口から飛び出してきた。
アントンは狼狽するデリック達の代わりに一同を代表して心の籠った感謝はしてくれた。しかし、やはり動揺の気配すらない。変わった人だ。
そんなアントンとは対照的にオットーは翔太の悪巧みが何の誇張もない現実のものだと肌で感じたのかもしれない。顔から血の気が引き真っ青だった。
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ヴァージルが食堂に現れる。
しかし少し前のレイナ以上に機嫌が悪く、翔太と目すら合わせない。何時もフレンドリーなヴァージルのこうした冷たい態度に心に僅かなダメージを受けながらも、朝食を食べ終える。
オットー達は今日一日中、領主の式典に出なければならない。くれぐれもヴァージルを頼むと言われたので大きく頷く。
翔太、ヴァージル、デリックは少し早めにギルドハウスへ向かう。
道中、やはりヴァージルは膨れっ面で、一度も話してはもらえなかった。こんな所はレイナとそっくりだ。この世界の女性は拗ねると無視するのが通例なのだろうか。
ギルドハウスに入りヴァージルが業務につくのを確認した後、宿屋キャメロンの自分の部屋へ行き泥のように眠った。




