第4話 僕だけ森のど真ん中に召喚されてしまいました
「っっ!!」
意識がゆっくりと戻るにつれ翔太は全身に今まで経験したこともない激痛が走る。その激痛に必死で耐えながら、現在の自分の置かれた状況を把握しようとする。
(教室の床が黒く変わって僕はあの黒い床に吸い込まれたんだ。それから――)
翔太がいくら頭を働かせても黒い床に吸い込まれてからは全く思い出せない。ただ黒い床に吸い込まれる直前、姉の柚希と先輩の雪、そして日葵があの教室にいた事だけははっきりと覚えていた。
そして日葵に向けて手を伸ばしたが何も掴めなかったことも同時に思い出した。この事は翔太に圧倒的な無力感を与えていた。不思議なことにこの絶望的なまでの無力感には経験があるような気もしていた。
(そんなはずがないのにね)
たぶん今のこの訳が分からない状況に混乱しているのだろう。そのように結論付け、利き腕である右腕を少し動かそうと挙げようとした。だがあまりにもの激痛により、数ミリ挙げただけで断念する。
仕方ないので、翔太の周囲を観察することにした。翔太は絨毯を敷き詰めたように緑の薄苔が生える地面の上に仰向けで倒れていた。生い茂る高く育った木々により、日差しは遮られ、まるで今が夜のようだ。翔太の周囲には苔のようなもの以外草木は特に生えていない。生い茂った高い木々により光が地面にまで届かないからだろう。翔太の真上の生い茂った木々の枝に、ちょうど穴のようなものができていてそこだけまばゆい太陽が地面に降り注いでいる。
(なるほど、僕はあそこから落ちて来たんだね)
裂けるような激しい痛みに耐え翔太は周囲の観察を終える。これからどうしようか。そう思っていたとき――。
「グルルルルッ!!」
体の底から寒気がするような唸り声が翔太の頭の方からする。翔太はこれが自分の気のせい、妄想に過ぎないことを望みつつ、ゆっくり視線を声のする方に向けていく。
「っっ!?」
そこには、翔太の2倍ほどもある蒼い毛並をした狼が翔太を睨み佇んでいた。その牙は、口から飛び出す程長く、昔本で見たサーベルタイガーを思わせる。巨大な口からは唾液が垂れ、地面にひたひたと垂れている。それが翔太の恐怖心を煽る。悲鳴を上げるのを必死で抑えて、翔太はこの非常事態の打開策を必死で練る。だが腕一本動かせない今の状態では当然ながら全く頭に浮かばなかった。
(なに……あれ? お、狼? でも狼にしては巨大すぎるし、牙もおかしいよ! ぼ、僕このままじゃ食べられちゃう?)
翔太のどこかのんきな思考を知ってか知らずか、狼は翔太に近づいていき、その大きな牙を翔太の首筋に近づけた。翔太は次に来ると予想される首筋の激痛を想像し全身を震わせながら目を閉じる。だが一向に激痛がこないので、恐る恐る目を開けると、巨大な狼の顔の他に翔太の顔を覗き込む少女がいた。
翔太は少女の方に唯一動かせる顔を向け少女を観察する。少女は13歳くらいの赤髪のショートカットの小柄な美少女であった。確かに彼女は目がぱっちりした非常に美しい顔立ちをしており、日葵で見慣れているはずの翔太でさえも思わず息をのんだほどだ。
身体に密着するような黒のズボンとダークブラウンの半袖の上着、膝まで届く程のブーツを着用している。全体として驚くほどの魅力を体現していた。
だがそこまではいい。翔太が彼女について声が出せないくらい驚いた事は他にある。彼女の頭につくトラ縞模様の耳と左右に揺れている尻尾である。
(獣耳? 尻尾? もしかしてこれコスプレ? こんな山の中で? なんてマニアックな!)
翔太が呆気にとられて彼女を凝視していると、彼女もその視線に気づいたのか、赤くなっていきなり翔太に捲くし立てるように話しかけてきた。
「あんた、ここで何しているの? ここで寝てたら死ぬわよ」
翔太もどう答えようかと迷ったがそれに答えるより先に、自分の中から湧き上がる衝動に応える方が先だった。だから今一番知りたいことを虎耳娘に聞く。
「その耳と尻尾本物?」
虎耳娘はキョトンとした顔をした後、不機嫌に眉をしかめて口をへの字に曲げながら答えた。
「本物に決まってるでしょう。あんたには、これが偽物に見えるわけ?」
「ご、ごめん。初めて見たからつい……」
虎耳娘の不機嫌な表情を見て、翔太は言ってはいけない事を言ってしまったと思い謝るが、彼女はそこまで気にはしてない様子で話を続ける。
「それで、あんたはこんなところで寝転がってなにしてるの?」
「いや、好きで寝ているわけじゃなくてね、よくわからないけど、空から落ち来たみたいなんだ。その衝撃で身体がダメージを受けて、ただいま活動停止中」
その良く分からない返答を聞いて虎耳娘は奇妙な顔をした。それはそうだろう。今現在翔太がいる場所は、崖などが近くにあるわけではなく、周囲には森林しかない密林地帯なのだ。空から落ちようがない。
「あんたの言っていることが良く分からないけど、今動けなくて仕方なくここで寝ていたということでOK?」
「そう、そう。もしかして、助けてくれるの?」
「まあね。このまま見捨てては目覚めが悪いし。ちょっとまってて、確か此処に……あった」
虎耳娘は腰に下げていたポーチから小さな赤い液体の入った瓶を取り出し、その瓶のコルクを開け、翔太の後頭部を左手でもって頭を起こした。
姉と日葵以外の女性に全くと言っていいほど耐性がない翔太は虎耳娘と身体が密着する事に身体の痛みも忘れて胸を高鳴らせる。
「かなり苦いと思うけど我慢してね」
虎耳娘は翔太に赤色の液体をゆっくり飲ませる。翔太が赤色の液体を喉の奥に流し込んで数十秒後、翔太のから全身の痛みという痛みが急速に消えていく。数分で全くと言ってよいほど痛みは身体から消失していた。
「う、嘘……あんなに痛かったのに……」
翔太が今の摩訶不思議な現象に唖然としていると、虎耳娘が腰に両手をあてて得意げに説明し始める。
「当然でしょ。そのポーションは、私達の国――獣王国ヤルンヴィドで作られた新製品なんだから。性能も人間達のポーションとは比べものにならないわ」
虎耳娘の言っていることは半分以上意味が解らなかったが、その自慢げに話すさまはとてもさまになっていて翔太は思わず自分の頬が緩むのがわかった。それをバカにされたと勘違いした虎耳娘が不機嫌に翔太を睨み付ける。慌てて笑みを消して猫耳娘に御礼をいう。
「助けてくれてどうもありがとう」
翔太はゆっくり起き上がってペコリと虎耳娘に深く頭を下げる。この直な御礼に虎耳娘も翔太に悪気がなかったことに気付いたのか機嫌がすっかり元に戻っていた。翔太もほっと胸をなでおろし自分自信と周囲を改めて確認する。
翔太自身については先ほどの赤液体を飲んだことによってすっかり回復し傷などはもはや見当たらない。
今度は周囲に視線を向ける。虎耳娘の傍には先ほどの巨大な狼が伏せの恰好で座っていた。どうやら虎耳娘の仲間――『ペット?』らしい。そこで翔太は自己紹介がまだだったことに気がついた。
「僕は田宮翔太、よろしくね。良ければ君の名前も教えてよ」
「私の名前は、レイナ・シンクレア、この子の名前はディートバルト。よろしく!」
虎耳娘は元気よくこぼれるような笑顔で自分と傍らの狼の名前を翔太に教えてくれた。その元気の良い挨拶が翔太にはなぜかとても懐かしく感じて思わず笑みが漏れる。
「さっきからあんた、なに私の顔見て笑っているわけ?」
翔太が自分の行動にいちいち反応して笑みを浮かべているがどうやら不満なようだ。レイナは翔太を再び噛み付くような目で睨み付ける。
だが翔太も別に悪気があるわけではない。ただレイナの反応がとても懐かしい感じがして思わず笑みが零れてしまっただけである。内心ではあまりすまないとは思っていなかったが、表面ですまなそうな表情を作る。
これは、クラスで虐められて身に着いたスキルだ。このあまりうれしくないスキルを行使しているうちにレイナの機嫌は元に戻っていた。どうやら単純な娘らしい。ほっとして肩の力を抜いていると翔太とレイナの後ろから突然大声がした。
「レイナ! 勝手に先に行くなとあれほど言っただろう? この森の中域は途轍もなく危険なんだ。お前が今後のために見てみたいとせがむから無理して連れて来ている。約束してくれもう二度と勝手な行動をとらないと。でなければもう二度と危険な場所には連れて行けない」
それは熊のような大きく筋肉質な体躯をもつ美青年であった。レイナと同じ赤い髪に顎に無精髭を蓄え、虎縞模様の耳がある。
ゆったりとしたチョコレートブラウン色のズボンに、黒の半袖のシャツを着ており、尻尾は服の中に入れているのか見当たらない。もっとも2mを超える大男の尻尾など翔太は全く見たくはなかったが。
そのレイナを見る目は優しく彼の根っからの性格が滲み出ているようにも思われた。大男は翔太には目もくれずレイナに詰め寄る。
(こういう場合普通不審者の僕を警戒するのがセオリーなんじゃないの? 大雑把な性格な人なのかな?)
翔太は当然の疑問を浮かべるが翔太があまりに弱々しい雰囲気を醸し出しているので、大男にはウサギや何かの小動物程度にしか認識されていなかったと思われる。
「わかった! わかったわよ! フィオン、次から気を付ける」
レイナが不貞腐れたように謝ると、何とか納得したようだ。ようやく赤髪の男――フィオンは翔太に興味を示した。
「それで、この坊主は誰だ?」
「行き倒れ」
レイナがそう答えるとフィオンは頓狂な顔をして、翔太の全身をジロジロ無遠慮に見回した。
「この坊主が行き倒れ? だいたいどうやってこんな魔の森の中域まで来たんだ? 見た感じ強そうには全く見えないが……」
レイナもそこのところは同意するのか『うん、うん』と頷いていた。助けてもらった恩はあるし、今変に二人の反感を買いこの場所に置き去りにされては困る。だから翔太は自分に起こったことを二人に話始める。
翔太が一通り話終えると、フィオンは腕を組んで眼を瞑ってしまう。どうやら考え込んでしまったらしい。
これを見たレイナも同じ腕を組んで眼を瞑る仕草をしたがこれが大人を真似る子供のようで翔太はつい吹き出してしまう。レイナは翔太が自分を見て笑っているのに気付き、怒りで顔を火のように火照らせながら目を尖らせて体を震わしている。
(さすがに三度目も怒らすのはまずいよね)
翔太は焦ってこれをどう切り抜けようかと思案しているとフィオンの瞑想が終わったらしい。難しい顔をしながら話を切り出し始めた。
「俺には難しいことはわからねぇ。だからこれはあくまで予想にすぎないが、お前さん、おそらく異世界人だろうな」
「異世界……人?」
「ああ、異世界人だ。こちらの世界に迷い込んだり、特別な召喚儀式で呼ばれたりその理由は様々だ。そう珍しいものでもない。なんせ俺の師匠も異世界人だしな」
(確かに、レイナって子のあの耳と尻尾、僕の言葉に一々反応して動いている。こんなの機械なんかじゃ絶対に無理だ。本物だろうね。
それに僕さっきから当り前のように話しているけど、何語話しているの? 日本語じゃあないのは確か。こんな出鱈目地球では考えられない。ここが異世界と理解すべきか……)
翔太は自分の置かれた絶望的ともいえる現実を認識し穴の中に落ち込んだような気持ちになった。
とは言え落ち込んでばかりもいられない。この世界での翔太の基本方針を決めなければならない。基本方針を決めずに行動すればいつか破たんするのは目に見えているからだ。
自分の地球への帰還が考えられるが、これは後回しでもよいだろう。
確かに地球で全くといって良いほど上手くいっていなかった翔太でも地球には帰りたい。今地球には父親、母親、祖父がいるからだ。父母はいつも翔太に対し好意的ではなかったが、たまに優しくしてくれる事はあったし、祖父はいつも厳しい人で正直苦手であるが家族の中では一番翔太を可愛がってくれた。いずれも翔太にとってあの関係は大切なものであり決して断絶したいとは考えない。できる限り地球に帰りたかった。
だが翔太の地球への帰還よりも優先する事がある。あの黒い床に吸い込まれた者の中には、姉の柚希と雪、そして日葵がいたからだ。
姉の柚希は祖父以上に厳しい人で酷い事をされた記憶しかないが、大体は翔太のためを思ってしてくれたことだとは理解している。それに父母祖父は姉に期待していた。姉がいなくなれば確実に悲しむだろう。だから姉は必ず地球に帰さないといけない。翔太だけ戻っても家に居場所などないのだ。
雪は翔太が中学2年の頃、柚希が田宮家に遊びに連れてきた際に知り合った。もっとも、柚希は雪を翔太に合わせたくはなかったようであり、母に命じられお茶菓子を部屋へもって行くと、修行という名の折檻が後で待っていたのだが……。そんなこんなで、雪と知り会ったわけであるが、雪は翔太をやけに気に入り、その頃から柚希よりも弟らしく扱ってくれた。そんな雪を見捨てるなど天地がひっくり返ってもできないし、許されない。
日葵は翔太にとって最後の大切な友達だ。すべて失ってきた翔太に残った最後の親友、それが日葵。だから日葵の地球への帰還は必ず実現させる必要がある。例え、翔太が地球に帰還できなくなったしても。
無論、心菜も翔太にとってはもう一人の姉のような存在だ。だが心菜の出鱈目さを考えれば心配するだけ時間の無駄だろう。
つまり、柚希と、雪、日葵の地球への帰還が何よりも優先されなければならない。
基本方針は決まった。あとは、行動を起こすだけ――。
「元の世界に戻る方法とかはあるのでしょうか?」
翔太はせかすように今最も知りたい事をフィオンに聞く。
「元の世界に帰る方法か……。正直俺には皆目見当もつかねーよ。 だが、もしかしたら七賢人ならば何か知っているのかもな。奴らの世界についての知識量は莫大だ。
異世界召喚術式があるのはこの世界の周知の事実だし、その逆を奴らが知っていてもおかしくはない」
翔太はその『七賢人』という人物が今の現状を打破するために目の前にたらされた蜘蛛の糸のように感じた。だからすぐに問いかける。
フィオンも翔太の必死な様子に少し同情をしているのか、穏やかではあるが神妙な表情となって翔太の言葉を聞こうとする。
「七賢人という人達はどこにいるのですか? その人にはどうやったら会えますか?」
「七賢人は獣王国、エルフ国、ドワーフ国、魔国、竜人国、そして人間の統治するビフレスト王国、帝国の七か国に一人存在する人物だ。面会基準は各国によっても異なるが、獣王国の賢者は偏屈で人間失格な爺さんだが知識欲だけは異常だ。異世界人となればすぐにでも会えるかもな。
もっとも、王宮にいるから誰かの紹介は必至だ。俺も獣王国の賢者の爺さんとは知り合いだからな。紹介状くらいなら書いてやってもいい」
「ほ、ほんとですか。すぐにでもお願いします」
「ああ、だが、それもこの魔の森を抜けてからだ。本来仲良く談話などしていい場所ではない」
それを言われて翔太は周囲をもう一度見渡した。仰向けに寝転がっているときには気付かなかったが、立ち上がって向ける視界の先には、密林が作り出すまるで吸い込まれるような暗い闇が広がっていた。今自分がどれほど危険な状態にあったのかを再認識して身を震わせる。それを見たフィオンが優しい笑顔を浮かべながら翔太に提案してきた。
「心配すんなって! ここから一番近い街まで送っていてやるよ。レイナもそれで構わんよな」
「私もそれでいいわ」
レイナは明後日の方を向いてそっけなく答えた。最初、先ほどの翔太の態度にまだ怒っているのかとも思ったが、翔太の方を気遣わしくチラチラとみるところを察するに、ただ翔太が心配なだけらしい。
おそらく堂々を心配するのが恥ずかしいのだろう。二人ともかなりのお人よしみたいだ。そう結論付け翔太は御礼の言葉をレイナとフィオンに向けて言う。
「ありがとうございます。このご恩は決して忘れません」
「よしてくれ、大袈裟だ。そんなに改まって言われると身体中がむずかゆくなっちまう。
あ、そうだ、まだ坊主とは挨拶がまだだったな。俺は、フィオン・ダブリンだ。よろしくな。あと、俺に対しては敬語はやめてくれ。肌に合わね~んだ」
(レイナやフィオンで呼びあっているということは異世界では、名前・苗字の順に表示するらしい。地球の英語圏見たいだ……)
「ショウタ・タミヤです。よろしく」
翔太が頭を下げると、フィオンが微笑みながらバンバンと翔太の肩を叩いた。レイナも優しい笑顔を翔太に向けてくれる。翔太は異世界という訳が分からないところに来てしまいガチガチに緊張していたのだろう。フィオンとレイナの優しさに触れ少し目頭が熱くなるのがわかった。涙があふれるのを必死で隠してレイナとフィオンにこの世界について質問しながら翔太達は魔の森を後にした。
お読みいただきありがとうございます。
ギリギリになっていまい申し訳ありません。このお話はあまり修正する所がないのでそのまま投稿いたします。そろそろ加筆をしますのでご期待を!!




