第37話 王女様にお金を払おう
試合直後にダンカンに謝罪された。予想通りコネで試験に受かろうとしていたと思っていたらしい。このビフレスト王国の王侯貴族の無茶振りを考えれば無理もない。むしろ親近感を持ったくらいだ。
一応誤解を解くため貴族ではない旨を告げておいた。すると、ダンカンは翔太の手を握り、目を輝かせながら『貴方は平民の希望だ』と声を張り上げた。
翔太は頬を引き攣らせながらも理由を聞く。なんでも今現在冒険者のSSSクラス、SSクラスは全て例外もなく貴族出身らしい。それが原因で貴族は優秀、平民は劣等という認識が一部の者の間で広まっている。翔太の存在がそのくだらない認識を打ち破る楔となるのではないかとダンカンは考えているようだ。
その手の話題に興味がない翔太は簡単に挨拶を済ませてデリックのところへ行く。
デリックに1階ロビーで待つように言われる。数分待つとデリックが階段を降りてきた。『救国の英雄』とも称されるデリックの後をついて行く小動物――翔太に冒険者達も好奇心満載の視線を向けて来る。圧倒的な視線にさらされ、居心地がすこぶる悪い翔太は、首をすくめながらデリックに少し離れてついて行きギルドハウスを後にした。
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エレナ邸に着く。だが、翔太が以前に来たときとは対応がまるで違った。
門衛はデリックを見るや否や直立した状態で硬直してしまう。
門の前には、ハワード率いる騎士団の面々が控えており恭しく礼をする。女騎士で、宮廷魔導士でもあるメリリースもロボットのようなぎこちない動きでハワードの後に続き、デリックと翔太を屋敷まで案内する。
(ひえ~、デリックさん効果すごいな! 僕のときとは対応が全く違うや)
妙な関心をしながらもデリックの後について行くと屋敷の中の客間へ案内された。
カルロは既に部屋内にいて相変わらず翔太に申し訳ない表情を向けて来る。軽く会釈をして勧められたソファーに座る。デリックも翔太の右に座った。
数分後にエレナが部屋へ入って来る。エレナは青と白を基調とするドレスを着ている。
翔太が前回魔法を教えに来たときの服装は黒いドレスだったと記憶している。エレナにやけに似合っており印象深かったのだ。間違いはない。それに雰囲気が前回とはまるで違う。前回は奇妙な馴れ馴れしさがあった。それが消失している。
おそらく王国でも重要人物であるデリックと会うのだ。正装をして、厳かに丁重にもてなす必要があるのだろう。確かによく考えれば、エレナが翔太程度に正装などするはずもない。翔太にやるせない怒りが生まれる。深呼吸をして心を落ち着ける。今日で会うのも最後だと自分に言い聞かせ血が登った頭を冷却する。
エレナはデリックを見てソファーに座ろうとするが、翔太の姿を目にして一瞬驚きの表情を見せる。だがそれは一瞬だった。すぐにデリックの対面に座り口を開く。
「それで、デリック殿、今日は何用ですかな?」
翔太はデリックに用件を事前に伝えなかった事につき目で非難する。翔太の非難の視線にすまなそうな表情を浮かべるデリック。
勿論、翔太も馬鹿ではない。伝えなかった理由も何となくではあるが思い当たる。おそらく、エレナを思い図っての事だろう。用件を事前に伝えれば、他の騎士達の耳にも入るかもしれない。そして、魔法を教えに来た翔太に修練所の修繕費用を払わせた事を他の騎士に知られれば、その忠誠にヒビが入る可能性が僅かだがある。すべての者が王侯貴族ならいかなる理不尽も許されると考えるわけではあるまい。現にカルロやハワードはエレナのやる事を明確に否定していたのだから。
デリックが翔太にどうするか目で問うてきた。もう面倒だ。自分で全て解決するとしよう。デリックには修繕費用を支払った事の証人にさえなってもらえればよいのだから。
翔太はアイテムボックスから朱金貨を取り出しテーブルの上に置く。
「エレナ様、これは修繕費用の1000万Gです。お納めください。あとは、払いが完了した事の証明書をいただきたく思います」
エレナは朱金貨に視線を向けたまま口を半開きにして、しばらくそのままのボーとしていた。突然弾かれたように、翔太に詰め寄る。
「どうやって、この短期間で1000万Gの大金を手に入れた? まさかデリック殿に?」
(か、顔が近いって)
変な方向に話が進みそうになるがすぐにデリックが戻す。
「いや、これはショウタ自身で稼いだ金です。今日、俺はあくまで返済の証人として呼ばれました」
エレナは金を用意できるとは思わなかったのだろうか。右手の爪をガチガチと噛んでいる。苛立つように左手の人差指で机を連打している。翔太は器用な癖を持つ人だなと感心しながら、エレナが話出すのを待つ。
エレナは一度テーブルに顔を向け暫らくの間目を瞑っていた。覚悟を決めた様な顔で目を開き翔太に視線を移し、頭を下げた。
「すまぬが、この金は受け取れぬ」
これを聞いて焦ったのは翔太だ。今更、金の受領を拒まれても困るのだ。
(受領を拒んだ理由は何? 金銭の吊り上げ? それとも新たな難題の吹っかけ?
も、もうたくさんだよ! これじゃあ、いずれにせよエンドレスでエレナさんの呪縛から逃れられない)
「なぜです? 1000万Gでいいと言ったのはエレナ様ではないですか? ちゃんと用意しましたので受け取ってもらわなければ困ります」
「ち、違う。そういう意味ではない。私にはその金を受け取る資格がないのだ。修繕費用に1000万Gもしない。あくまでお前を配下にするための方便だった。それを受け取れば私は本当に最低の人間に成り果ててしまう」
(何を勝手な事を……。もう十分人間として最低な行為をしていると思いますよ。エレナさん!)
「わかりました。僕は修繕費用を以後請求されなければそれでいいんです。以後請求しない事を内容とする誓約書を作成していただけますか?」
エレナは項垂れながらも頷く。
「わかった。カルロ、誓約書の準備を!」
カルロは恭しく頭を下げる。
「畏まりました。少々お待ちください。只今御用意いたします」
カルロが羊皮紙と豪華な羽ペンを持ってくる。エレナは綺麗な字で羊皮紙に誓約文を書き込んでいく。
「これでいいか?」
翔太も羊皮紙をエレナから受け取り確認する。紙には『以後、エレナ・ミルフォード・ビフレストはショウタ・タミヤに対し、修練所の修繕費用に関するいかなる請求も放棄する』と記載されていた。
朱肉の代わりと思われる赤いインクを親指につけ拇印をする。デリックにも確認をしてもらい、証人としてデリックも拇印をする。誓約書は中立的な立場からデリックが預かることとなった。
ほっと胸を撫で下ろし、もう用はないので帰ろうと立ち上がり一礼する。デリックはこの後、エレナと話があるような素振りをみせており、空気を読んで先に退出すべきだと判断した。
エレナは俯いたまま、今にも死にそうな顔をしていた。強気な普段のエレナからは考えられないくらいの弱々しい姿に罪悪感がムクムク湧き出すが甘い顔はできない。
ドアの方へ移動しようとしたとき、エレナから声を掛けられた。
「ショウタ、すまなかった」
「…………」
エレナは一体どんな答えを求めているのだろうか。『構いませんよ。気にしませんから』の言葉だろうか。もう少しで奴隷にされそうになったのだ。そんな言葉が出てくるはずもないだろう。
何も答えず翔太は客間を退出する。
「あ……」
最後のエレナの何か言いたい今にも泣きそうな顔と呟きが妙に翔太の心に重く圧し掛かった。
客間を出るとすぐに事情を把握しているハワードから謝罪される。
「姫様が迷惑を掛けた。私からも謝罪する。すまない」
「いえ」
翔太はそれ以上言葉が続かない。だが許すとの言葉は出て来ないし、出すつもりもない。
(まるで、僕が悪い事してるみたいだ……。くそっ!)
抱く必要のない罪悪感が翔太から湧き上がる。一礼して、逃げるようにエレナ邸を後にした。




