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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第一部 覚醒編
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第2話 異世界に召喚されよう(2)

 


 翔太が次の日、教室に入ると、クラスメイトが一斉に翔太に対し視線を向けて来る。むろんその視線は否定的なものばかりで肯定的なものなど存在しない。ヒソヒソと内緒話にすらなっていないような声が翔太の耳にも飛び込んできた。


「田宮、昨日月宮さんの腕掴(つか)んでひっぱりまわしたんだって」


「マジかよ! 最悪だな。アイツ!」


「日葵ちゃん泣いてたらしいよ」


「田宮殺すか!」


(内緒話するならもっと声小さくして話せばいいのに……)


 激しい怒りと侮蔑の籠った眼差しを一心にその身に受けながら自分の席に行く。

席の前には蒼がいた。翔太の机を神妙な顔で見ている。

 何を見ていたのかは直ぐにわかった。翔太の机にはマジックで多数の落書きがなされていた。


『ストーカー野郎』


『糞ストーキング野郎、学校早くやめろ』


『陰険野郎』


『キモオタ死ね』


 蒼の手にあるマジックを見て翔太の心に鋭い棘が刺さり血を流す。さすがに少し前まで友達だと思っていた相手に、こんな事を書かれるのは今の扱いが慣れている翔太でも辛かった。

 蒼は翔太の凍りつくような視線に気付いたのだろう。直ぐに取り繕ってきた。


「お、俺じゃないぞ。本当だ。信じてくれ」


「そのマジック……」


 蒼は自分の手にもつマジックを見て顔を蒼白させ、おろおろし始めた。


「ち、違う。これは机に置いてあっただけで……」


(そんな苦しい言い訳しなくてもいいのに。僕ももう君を友達だとは思ってない。心なんて痛まないさ)


 翔太は鞄を机に置くと何かまだ言い訳をしている蒼を無視して教室の外の水飲み場へ行き、ハンカチを濡らして翔太の机まで行く。

 机の前には最悪なことに日葵がいた。日葵は奈落の闇に突き落とされるような表情をしている。それを隣にいる有馬が慰めている。


(いちゃつくなら、他でやれよ。もう僕を一人にしておいてくれ)


 翔太も蒼から書かれた事が何気にショックだったらしく、普段ならあり得ない事を考えてしまう。それを無理やり振り払い、濡れたハンカチで机を拭く。油性マジックは中々消えずある程度消えるまで十数分かかった。そこで日葵が死人のような顔で翔太に尋ねて来る。


「私のせい?」


「…………」


 いつもの翔太ならばすぐに違うと答えていただろう。だが蒼にされた事は翔太が思っていた以上に翔太の胸を抉っていた。だから何も答えず無言で机に突っ伏す。もう何も考えたくはなかったのだ。そんな普通ではない翔太を見て日葵は遂に泣き出してしまった。

 再び翔太に侮蔑の言葉が吐かれる。


(勝手にしろよ。もう何もかもがどうでもいい)


 いつまでも日葵は翔太の席を離れず泣き続け、有馬が慰めの言葉をかけ続ける。もういい加減限界だった。だからつい言ってしまった。


「悪いけど、いちゃつくなら、自分達の席でやりなよ! 鬱陶(うっとう)しい!」


 翔太の初めてともいえる冷たい言葉に日葵は泣くことすら止め顔から表情を消した。それを見た有馬が怒り狂う。


「田宮! せっかく月宮さんが心配してくれているのになんだ、その言いぐさは?」


(ふん。誰も頼んじゃいないさ……)


 周囲に有馬を応援する野次が飛ぶ。まるで翔太はクラスという怪物の中にいるようだった。翔太が机に突っ伏したまま動かないので有馬が翔太の胸倉を掴もうとする。


「もうやめて! これ以上翔ちゃんに意地悪しないで!」


 初めてともいえる日葵の悲痛な叫び声が教室中に響き渡り沈黙する。そして日葵は自分の席に戻って行こうとした。


(僕はバカだ……)


 罪悪感が体中を駆け巡る。弾かれた様に、翔太は立ち上がる。


「日葵ちゃん!」


 日葵が振り向く。日葵が無表情で泣く姿を翔太は初めて目にした。それは翔太の心に杭を刺す。


「ごめんね」


 翔太が謝ると日葵は初めて笑顔を見せた。少し気持ちが落ち着いた。


「ほら、お前ら、全員席につけ」


担任の心菜が入ってきて朝のホームルームが始まる。





 いろいろあり過ぎて授業がほとんど何も頭に入って来ない。だが冷静にはなれた。日葵のあれほど無表情で、悲しそうな顔は初めて見た。翔太と一緒のクラスにさえならなければあのような顔はしなかったのだろう。もう日葵の泣き顔を見るは嫌だ。いい加減日葵との仲も潮時なのかもしれない。今までは日葵に誘われると結局なんだかんだ自分に理由をつけて断らなかった。拒絶したことはなかった。だがもう明確に拒絶するべきだ。今回の事は良い経験だろう。

 ノロノロと授業で使った筆記用具を鞄に入れて教室を出ようとする。だが……。


「翔ちゃん! 一緒にご飯たべよう!」


 日葵から声を掛けられた。日葵はもう朝の死人のような絶望的な表情はなりを潜めていた。いつもの元気(げんき)溌剌(はつらつ)の雰囲気に戻っている。


(もう僕は日葵ちゃんを拒絶すると決めたんだ。今までなら最後に僕が折れてたけどもう絶対にだめ!)


「ごめん。日葵ちゃん。ちょっと、今日お腹痛くて今から保健室に行こうと思うんだ」


 できる限り彼女を傷つけずに誘いを断ろうと慎重に話す。


(せっかく誘ってくれたのに、ごめんね。日葵ちゃん)


「保健室? 大丈夫? 顔色も悪いみたいだし。熱でもあるのかな?」


 先ほど泣いていたのも嘘の様に日葵は翔太のいるところまで近づいてくると、本当に心配そうに翔太の直ぐ傍まで来ると翔太の額に自分の手を当てた。翔太は思わずドキリとしてしまう。日葵のこのようなスキンシップにはいつもドキリとさせられると同時に心が温まる。だが今回はこれで折れては駄目だ。それではまた同じ事の繰り返しなのだから。

 

 翔太は日葵にもう一度謝って屋上に避難すべく教室後方のドアへ向かって速足で歩き出す。だがそれがいけなかった。赤城がニヤニヤしながら右脚を翔太の前に急に出し転ばせようとしてきたのだ。しかし翔太は咄嗟にジャンプしてそれを避けてしまった。


「て、てめえ! 何避けてやがる」


 普通避けるだろうと内心で悪態をつきつつ赤城に視線を向ける。案の定、著しくプライドを傷つけられた赤城は烈火のごとく怒り狂い翔太の腹部に蹴りを入れる。翔太の身体がクの字に曲がり身体に鈍い痛みが走る。そのあとはただアルマジロのように丸くなって赤城の怒りが収まるのを待っていた。

 

 暫らく時間が経って蹴りが止んだので翔太はゆっくりと顔をあげる。すると泣き出して両手で顔を押さえている日葵とそれを(なだ)める有馬といういつもの見慣れた風景が目に飛び込んでくる。 

 おそらく赤城の翔太に対する暴行行為を止めたのも有馬だろう。有馬と赤城は同じ空手の道場に通っておりともに有段者らしい。段も有馬の方が高いから赤城も有馬には頭が上がらない。


 翔太はヨロヨロと立ち上がり辺りを観察する。ほとんどの者がストーカーたる翔太にも見せる日葵の優しさと、助けに入った有馬に対し賞賛の眼差しを送っていた。だが一人だけそんな日葵と有馬に刺すような視線を送っている者がいる。

視線の主は志賀神奈(しがかみな)、茶髪をポニーテールにした色白の美女だ。

 志賀は有馬と高校一年から同じクラスらしく非常に仲が良い。当初クラスの認識では有馬と志賀が付き合っていると考えていた。だが有馬の日葵に対する強烈なアプローチにより、現在日葵と志賀が有馬の争奪戦をしているとの認識に変わっている。有馬も特段否定しないからクラスではそれはもはや確定事項だ。


 翔太は教室に立ち込める茶番に正直うんざりしていたのですぐに教室から出ようとする。

 教室からは心配させた日葵と助けた有馬に対して翔太が一言も詫びなかった事を非難する声があがる。散々蹴られた翔太に対する心配を全くしないクラスメイトに心底呆れながら屋上へ向けて廊下をひた走る。

 




 二階から三階へ上がる階段に差し掛かった時、一人の少女とぶつかった。お互い尻餅をつく。


「いてて……」


「ごめんなさい」


 少女にすぐに頭を下げ目の前の少女に視線を向ける。


「っ!?」


 竹内蒼。翔太が今もっとも会いたくない人物だった。逃げるようにして階段を駆け上がる。


「翔ちゃん! ちょっと待って!」


 なにやら後ろから声が聞こえたが翔太は無視して全速力で階段を登る。





 屋上のドアノブに手を掛けるとドアの向こうから人の声が聞こえてくる。翔太が耳を澄ますと扉の向こうから途切れ途切れの言葉が飛び込んで来る。


「あなた……翔太……こと……二年……私‥‥なった……」


(お姉ちゃん? なぜお姉ちゃんがこんなところに?)


 一人の声色が姉――(ゆず)()だった。翔太には全校生徒の模範であるべき生徒会長の柚希が立ち入り禁止の屋上にいることが意外であったし、なによりも柚希の口からまだ翔太の名前が出てくる事が一番意外だった。


「……無理……クラス……柚希さん……根が深……」


「……‥」





 会話の内容は全く判別できない。話が終わったのだろう。屋上の扉の方に柚希達が向かってくる足音がしたので思わず荷物の陰に隠れる。

案の定、一人は姉の柚希だった。もう一人は翔太のクラスメイトの丹野(たんの)(わたる)

 180cmを超える長身、金髪で色白の美しい容姿はとても日本人とは思えない。それもそのはず。噂では彼の父はイギリス人らしく金髪も地毛である。丹野は柚希と同じ生徒会の役員であり、ここが屋上であることを除いては一緒にいても別段珍しくはない。


 翔太は二人の足音を過ぎ去っていくのを確認し胸をホット撫で下ろす。翔太は残りの時間を屋上という名のオアシスで精一杯満喫した。





 授業開始が近づいて来たので重たい足を引きずるようにして教室へ向かう。翔太が教室へ入ると予想した通りに日葵から声を掛けられた。

日葵は心配で、心配でたまらないという雰囲気を全面に押し出して翔太に尋ねてくる。


「翔ちゃん。大丈夫だった?」


 翔太は頷き直ぐに自分の席へ速足で移動しようとする。だが……また捕まった。


「おい田宮! お前さっきの昼、助けてもらった悠斗とあんなに心配してくれた月宮さんに礼の一つも言わず教室から出ってただろ? 何調子に乗っちゃてるの?」


 有馬の取り巻き佐藤信二だ。赤城達もニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて翔太を見ていた。


「ご、ごめん」


「はぁ? 俺に謝ってどうすんのよ? 悠斗と月宮さんに謝れよ!」


(またこのパターンか……)


「有馬君ありがとう」


 翔太が頭を下げると、気にするなと手をヒラヒラさせてきた。次に日葵に向き直る。


「日葵ちゃん。御礼言わなくてごめんね」


 翔太が日葵に向けて頭を下げると日葵は顔を引き攣らせて、すぐに明日から世界が消えるような悲痛の表情を浮かべる。それを翔太に対する嫌悪の表情と捉えたのだろう。佐藤が嫌な笑顔を顔に張り付けながら責めの言葉を吐く。


「日葵ちゃん? 何お前馴れ馴れしく名前で呼んでんだよ! 月宮さんだろ?」


翔太はキリキリ胃が痛むのを意識しながら、どうやってこれを切り抜けるかを考える。


「つ、月宮さんごめんなさい」


 翔太が日葵にペコリと頭を下げると日葵は泣きそうな悔しそうな顔をして下を向いてしまった。それを見て有馬が即座に日葵を慰め始める。このよくわからない茶番が早く終わるのを翔太は自分の席に腰を掛け待つ。


「はい。はい。はい。授業はじまるよ! 席について!」


 次の歴史の授業の担当教師が教室に入ってきたらことからこの茶番が完璧に終わりを告げた。翔太は胸を撫で下ろしいつものように窓の外を眺めた。

 




 授業が終わった。次は音楽の授業なので、音楽室へ移動しなければならない。速く移動しすぎると今までの経験上、赤城達に捕まる危険性が高い。だから翔太は机に突っ伏してクラスメイト全員が教室からいなくなるのを待つ。

暫らくしてクラスには数人しかいなくなっていた。そこで突然の来訪者が現れる。翔太に近寄る複数の足音が聞こえる。その足音が近づいてくるにつれ翔太は亀のように手足が縮む思いがした。 

 恐る恐る顔を上げると長谷川(はせがわ)(ここ)()が冷たい目で翔太を見下ろしていた。長谷川のすぐ後ろには雪と姉の柚希もいた。不穏な雰囲気を感じながらも長谷川の言葉を待つ。


「翔太お前に少し聞きたい事がある。ちょっと職員専用室まで来い」


 この言葉で翔太に対する侮蔑の視線と言葉が飛ぶ。おそらく昨日の日葵に対するストーカー騒動が原因で呼びだされるのだと考えたのだろう。心菜の傍に居る雪も被害者の一人であるとでも思っているのかもしれない。

だがその言葉に雪は目じりを険しく吊り上げながら周囲を睨み付ける。いつもニコニコしている人形のような雪の初めてともいえる表情をみて全員が無言となり静寂に包まれた。

 長谷川達のただならない雰囲気に何か不味い事をしてしまったのかと不安になりながらも頷いて席を立ちあがる。


 もうすぐ次の授業が始まりそうなのだ。本来なら教室には翔太以外には数人しかいないはずだった。それが通常だ。だがその日その教室には12名が存在した。その12名の思惑はそれぞれであったが、その時まさに予定調和のごとくその場所に存在してしまっていた。


 一番先にその異変に気がついたのは翔太だった。心菜の後をいつものように視線を床に向けながら歩いていたからだ。翔太の目に教室の床がぶれていき一面が黒い闇で染まる光景が飛び込んできた。


「え? 何これ?」


 翔太はこの闇から逃げようと顔を上げ教室の出口を見る。もしかしたら翔太がそのまま何も考えず出口に向かっていたら回避できていたかもしれない。

しかし、翔太の目の前には姉の柚希と雪がいた。柚希には碌な思い出しかないがそれでも大切な姉だ。雪も昔から翔太を可愛がってくれる優しい先輩だ。彼女達を置いて自分だけ出口に駆ける事などできはしない。

 そして心配そうに翔太に視線を向ける日葵が目に飛び込んできた。


(嘘……なぜ日葵ちゃんがいるの?)


 そのとき翔太は爆発しそうな焦燥を覚えて無意識に日葵に手を伸ばした。だがその手は日葵に届くことはなく翔太を奈落のような闇の中に引きずり込んでいったのである。






 お読みいただきありがとうございます。

 一度読んだ方はご要望があればできる限り応じますので私のメッセージボックスか感想にでも放り込んで置いていただければ幸です。

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