第133話 大蠅との契約
【村正】を受け取り、腰のベルトに装着しているジュリアに《解析》をかける。
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ステータス ジュリア
レベル 20
才能 80
体力 648
筋力 627
反射神経 534
魔力 5
魔力の強さ 4
知能 28
EXP 2764/10000
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(本当なら、【深淵級】を渡したいところではある。だが、翔太の記憶を認識できない今、危険な兵器を与えてジュリアが自爆なんてザマになるのは御免だ。【村正】も【超越級】レベル2。十分すぎる程の力がある。まあ、現にこれだけ強くなってんだ。下種共の玩具にはならんだろうさ)
時間もない。ロロットの保護はジュリアに任せて、このままゼブル・マホニーの元へ行き奴から間者の名前を聞き出す事にする。
本心ではジュリアには、『七つの迷宮』に避難してほしかったが、それをすれば、間者が気づき、ロロットとジュリアの息子の命が危険になる。それは御免だ。
ジュリアがエア達の居る部屋の扉を開き中に入り、ショウを振り返る。扉が完全に閉まるまでジュリアの女神のように美しい顔をただ眺めていた。
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扉が閉まり、来た道を戻る。2階ほど階段を登り、ロロットが襲われかけた部屋へ入り、割れた窓から外に出る。数度の跳躍で、学校の校庭に着地する。
校庭には貴族と兵士共が山のように積まれており、その上にキースが座っている。聞かずとも事情は読み取れる。財物の物色に飽きて性欲でも生じた貴族共がその欲望を満足させようと校庭に寝かされているコウド国民に襲いかかったが、ことごとくキースによって返り討ちになったという事だろう。キースは人の山の上で座禅を組み、瞼を閉じている。
キースはショウに視線を向けたがすぐに興味なさそうに、目を閉じてしまった。キースは途轍もなく整った造形の顔に、青髪のショートカットの絶景の美女だ。普通にエルドベルグの街中でも歩けば男達からの熱い視線が雨霰のように注がれることだろう。だが、凡そやる気のない三白眼に、顔が半分隠れるほど長い前髪のせいで、彼女の魅力は十分に引き出せていない。加えて、行動はガサツで女らしさの欠片も見られない。要は、自爆しているのである。これでは男は寄ってはくるまい。この色気の欠片もない女に今後連日数時間とはいえ恋人ごっこに付き合わされると思うとげんなりする。
巨大蠅――ゼブルは校舎の下駄箱の下の床でしょぼくれていた。ショウを見ると、目を潤ませながら懇願する。
『お願いします! 元の身体に戻してください。いえ、それが無理なら他の動物でもいいです。犬でも! 猫でも! ネズミでも! この蠅の姿だけは絶対に嫌だぁぁ!』
「そうかぁ? 結構似合っていると思うぞ」
『似合ってませんよぉぉ~! 何でもしますから助けてくださいぃぃ!』
ゼブルはかなり追い詰められている。丁度良い。今の此奴にショウの提案を断れるだけの根性はあるまい。
「そうか、ならチャンスをやる。もし、俺の問に全て偽りなく答えたら、人間自体には無理だが、人間の姿には戻してやる」
『に、人間の姿に!!? ホントですか!!?』
「ああ。勿論だとも」
『答えます! なんでも答えます! 人間の姿に戻してくださいぃぃ!』
時間も押している。すぐに、スキル《契約》を発動し、《眷属契約》と《儀式契約》の2枚の契約書を空中に発現させる。
ゼブルは仲間さえ躊躇なく裏切るようなゲスイ奴だ。信用などミジンコ程もできない。《眷属契約》と《儀式契約》で雁字搦めに支配するしかない。
このようなゲスイ眷属など正直御免なのだが、今は緊急事態だ。何よりこのまま事態を放っておけば、ジュリアに危害が加えられるかもしれない。仮に、ジュリアが貴族共に攫われ犯されでもしたら、攫った貴族派の貴族共を皆殺しにする程度で生じた憤怒と憎悪が収まるとはとても思えない。この際だ。ジュリアのためならゲスイ眷属だろうが受け入れてやる。
《儀式契約》の内容は以下のようにした。
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契約内容
〇ショウタ・タミヤとゼブル・マホニーは以下の契約の成立を条件に眷属契約を結ぶ。
『ゼブル・マホニーはショウタ・タミヤ、ショウタ・タミヤが大切に思う存在、ショウタ・タミヤを大切に思う存在にいかなる危害も加える事も出来ない。また、ゼブル・マホニーはショウタ・タミヤに偽りを述べられず、その問いを拒めない』
詳細条件
〇条件1 ゼブル・マホニーはショウタ・タミヤの意思に反するいかなる事もすることはできない。
〇条件2 ゼブル・マホニーはショウタ・タミヤにいかなる危害を加える事も出来ない。
〇条件3 ゼブル・マホニーはショウタ・タミヤが大切に思う存在にいかなる危害を加える事も出来ない。
〇条件4 ゼブル・マホニーはショウタ・タミヤを大切に思う存在にいかなる危害を加える事も出来ない。
〇条件5 ゼブル・マホニーはショウタ・タミヤに絶対服従であり、如何なる命も拒めない。
〇条件6 ゼブル・マホニーはショウタ・タミヤに偽りを述べられず、その問いを拒めない
〇条件7 ゼブル・マホニーは正当な理由なく他者にいかなる害も加えてはならない。正当な理由の内容はショウタ・タミヤの基準に従う。
〇条件8 ゼブル・マホニーはショウタ・タミヤにニュクスとアイテールに潜む全ての間者の知る限りの情報を即座に教えなければならない。
〇条件9 条件1~7にゼブル・マホニーが反した場合には何の力もないただの蠅に戻る。
〇条件10 ゼブル・マホニーは条件1~8に反しない限度で自由意思を持つ。
〇条件11 本件契約は条件8が成就されたのが確認されてから成立する。
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《儀式契約》の契約書をゼブルにみせるが、流し読みするだけで契約を結ぶと叫ぶ。よほど蠅の姿が嫌だったものと見える。唯一の懸念はゼブル・マホニーの蠅の身で血判が押せるかであったが、ナイフで腕を一本切りつけて、触覚で判を押させた。
『儀式契約書』の中の文字が発光し契約書が上空へ飛び静止する。条件8と条件11から、ゼブルがニュクスとアイテールに潜む全ての間者の情報を教えれば契約は成立する。
「じゃあ、ニュクスとアイテールに潜入している間者の情報について教えろ。
包み隠さず言えよ。仮にテメエがそれに背いたらこの契約は成立しない。つまりテメエは一生蠅のままということだ」
『はい。話ますぅぅ!!』
「まずはニュクスからだ」
『ニュクスの間者は冒険者ギルドの職員と冒険者にいます。奴らにニュクスの動きを逐一監視させていました。名前は――』
名前は数十人にも及んだ。その半分がエルドベルグのギルド職員であり、ショウと面識がある者も多数いた。まあ、ヴァージルとネリーがリストになかっただけでよしとすべきだろう。
冒険者はほぼ知らない者達だ。ただ、SクラスとAクラスの冒険者数名の名前が挙がっているのには正直驚いた。Aクラス以上の冒険者といえば、地位も名誉も財産も十二分に得ている者達だ。今更、無能な貴族共の下で屈辱的なスパイの真似事をするメリットなど何もないはずだから。
地位、名誉、財産以外の他の理由があるのかもしれない。理由は予想がつくが――嫌悪感を覚えながらも、ゼブルに尋ねる。
「ニュクスとアイテールの間者についてどうやって従わせた?」
ゼブルは言い淀んでいるがすぐに話始めた。予想敵中だ。
『俺は間者のとりまとめしかやっておりませんので詳しい話は分かりません。ですから、次から話すことはあくまで噂の域を出ません』
この契約は偽りを述べられない。この発言は真実なのだろう。
「時間もない。早く言え」
『全部ではありませんが、ギルドの職員も冒険者も代々我々上位貴族に逆らえないような平民や下級貴族だけを間者に選んでおります。
男ならば妻子を攫い人質にとり、女ならば難癖をつけて無理やり借金を負わせ、倡楼に売られるか間者になるかの選択をさせます』
「下種共が……それで人質された妻子の無事は保証されているのか?」
『そ、それは……』
「これは契約だ。これ以上言葉に詰まれば契約が成立しないぞ」
『ひ、人質の妻が美しかった場合は上位貴族の妾に、並以下だった場合は闇の倡楼で働かされるか、兵士達の慰み者に。
噂では慰み者になる方がまだましらしく、歳が幼い場合や男の場合は、炭鉱の強制労働でほぼ全員――』
「死亡しているという事か……」
『はい』
「……それでテメエはこの噂を聞いてどう思った?」
仮に、このような噂の内容を肯定するような下種ならもう救いようがない。眷属契約が結ばれ次第、殺す事にする。
『……吐き気がしますね。確かに俺も平民から搾取はしましたが、人質など取りません。あくまで力ずくです。この力で財も女も手に入れて来ました。搾取されるもの――弱者がすべて悪い。弱者は何をされても文句は言えない。私はそう父上から習いました。
しかし、人質など力の優劣とはもはや関係がない。これは俺の今までの生き方に反します』
良く分からない思想を持つ奴だ。ショウとは大分考え方が違う。納得はできないが理解はできる点はある。弱い奴が悪いという点だ。奪われたくないのなら強くなれ。そうすれば奪われない。その代わり、奪う以上は力を示せ。
要は、姑息な手で来ないで実力をみせてみろと言う事だろう。確かに、ゼブルは部下を殺し、仲間も裏切り、自分の女を他者に売るような屑中の屑だが、ゲームについてショウが『いかさまをした』、『卑怯だ』などとは言わなかったし、卑劣な手は一切使わなかった。寧ろ卑怯な手を使ったのはショウの方だ。多少は救いようがあるのかもしれない。
それにしても、ゼブルのような脳筋に間者のとりまとめをやらせるなど貴族は本気で馬鹿の集団だ。こんなクソ共に一時的とは言え虚仮にされるとは――全く、翔太は度し難い。
ニュクスの全ての間者は記憶した。次は、アイテールだ。
「次はアイテールだ」
『アイテールは、ニュクスとやや異なります。アイテールを占拠した後、その支配権を取得すること条件に間者をしている者達だけで構成されています』
(救いようがないな。アイテールの間者が以後どんな運命をたどるかはある意味見ものだ)
「そいつ等の名前と計画を教えろ」
『了解しました。まずは計画です。アイテールにはブルーボトル伯爵の指揮の下、数日の内に攻め込む算段がついていました。襲撃時間は寝静まった夜です。ですが、今晩にアイテールの殆どの住人が意識不明となるとの情報が間者からもたらせられました。そこで、予定を急遽前倒して、攻め込んだ次第です』
すでに、ゼブルはブルーボトル伯爵に『様』を付けていない。一応自分の立場を理解しているらしい。
「理解した。それで、ブルーボトル伯爵の黒幕は? 伯爵程度の下っ端では、こんな大それたことは計画できねぇだろう?」
『それは……俺にもわからないのです。俺の領地マホニー領はプラマラの上部にあります。ブルーボトル伯爵からアイテールなる平民が治める国に攻め込むことになり、間者のとりまとめをせよとの命を受けました。我が、マホニー家は代々ブルーボトル伯爵家に仕えて来た家系です。疑問など覚えるはずもなく、間者のとりまとめを行っていました。従って、間者の目的等は把握しておりますが、黒幕といいますと……』
(出たよ。命令にただ従います思想。この、脳筋野郎~ちったぁ自分の頭使って考えろよ。兎も角、黒幕はブルーボトルに直接聞くしかねぇな)
「じゃあ、次、間者の情報を聞かせな」
『はい。間者は――』
ショウの知らない名前が殆どだったが、ショウが把握している狐火の約半数がこのアイテール襲撃に関わっているらしい。そして、ショウの予感は悪い方だけはやけに当たる。遂さっき聞いた名前があった。
エアの副官――ドミニク・コローと、聖光教会の宣教師ギデオン・オブリだ。他にエアの部下らしき者達もいた。どうやらエアは裏切られたようだ。
「エアの副官――ドミニク・コローと、聖光教会の宣教師ギデオン・オブリの目的は?
貴族派に力を借りて占領を完遂しても、あとあと貴族派に全部吸い上げられて終わりだろう? 奴らのメリットが見えねぇよ」
『宣教師ギデオン・オブリの目的はアイテールが有する神々の武具にあります。
奴は、アイテールに布教する事をうたい文句にしてはおりますが、聖光教会から神々の武具・魔道具の収集の神託をうけた教会の先兵です。つまり――』
「アイテールがどうなろうが知った事ではないとうことか……」
『その通りです。宣教師ギデオン・オブリを代理者とする教会との密約で、貴族派が勝利したら、ジュリアという名の女の持つ神の武器とアイテールに存在する神の武具の10%を教会に寄付する事が決定していました』
「…………」
ややこしい事をしてくれるものだ。 聖光教会が今回の事件の黒幕の一人だったという事をテューポ、マイリーキー、ベヒモス辺りは極めて重く見る。
これが人間種の貴族共ならば、テューポ達は無視していたことだろう。人間と元人間種同士の闘いに過ぎず、テューポ達の面子も潰れはしなかった。ジェイク達に丸投げしていたはずだ。だが、アイリス神の神託で動く者達ならば話は変わってくる。神徒の行動は例え力がなくても神の意思だ。そして、宣教師の今回の行いは、アイリス神がテューポ達の神々の勢力に正面切って喧嘩を売って来たに等しい。しかも、盗賊のようなゲスイやり方でだ。既に、テューポ達の面子は粉々だろう。
確実にこのままでは戦争となる。戦争といっても、闘いが成立するとも思えない一方的な蹂躙劇だろうが――。
アイリス神もテューポ達の出鱈目さ加減は分かっているはずだ。近いうちにコンタクトをとってくるはず。
迷路のように複雑な思考の渦に呑み込まれているショウにゼブルは戸惑いがちに話をかけて来る。
『あの――』
「続けろ。次はエアの副官――ドミニク・コローの目的だ」
『ドミニク・コローを中心とする狐火の元王権派の者達の目的はこのアイテールそのものです。即ち、貴族派の占拠後に貴族派の一派としてこのアイテールを治めること』
「ん? 元王権派に過ぎないドミニク達がなぜ、貴族派の一派になれるんだ? 高額な税をアイテールに課して搾取でもするのか?」
『いえ。アイテールに今ある財物と目ぼしい人材を奴隷としてブルーボトル伯爵が採取し、その後は、ドミニク達が治める事が決定しております』
「ほう。強欲でセコイ貴族派共にしては珍しく太っ腹じゃないか?」
『貴族派も勢力を拡大するべき必要があるのです。
王国の神童にして、王国史上最強と言われた第一王子アゼル・ミルフォード・ビフレストがエルドベルグで発見されたとの情報がありました。この情報が流れたことにより、今まで貴族派であった者達が大量に王権派に流れる危険性が出て来たのです。オールディス家が、アゼル王子の帰還が真実ならば王権派につくと明言したことにより、その傾向は顕著になっています。
ですので、後々の王権派との戦に参加する事を条件に、貴族派の一派として認められます』
貴族派の正式な一員となれば、王国が要求する税以外納めなくてもよくなる。
先々日書類を処理している際に、このアイテールの特産品の募集のアイディアを多数見る機会があった。
短納期生産を可能にした縫製工場によって作られる様々な種類の洋服。ビールやケーキ、コーヒー、お菓子などの現代地球でしか食べられないような美味しい食料。魔道具と科学が融合した結果生まれた家電。
これらは全て特産品としてすぐにでも売り出す事が可能だ。だが、技術をただで流すなど阿呆のする事だ。だから、洋服や食料のような技術が模倣しようもないものに限定してショウは許可の判を押した。
このようなアイテールは凄まじい技術力、科学力、生産能力を持つ。このアイテールで生産した物資を他の領地に売る事により、莫大な利益を上げることも可能だろう。ドミニク達がその気になれば、連日ビフレスト王国一の豪遊をする事もできる。
(だが、今まで地位も権力も捨てて王権派のために働いて来た奴らがなぜここに来てこんな暴挙に出た? 財と権力だけが原因だとはとても思えねぇ)
「ドミニク達の他の目的は? それだけだと矛盾が多すぎる」
『『狐火』は元々王権派。即ち、王族のために動いてきました。それがその王族の一方的ともいえる指示で、他国の国民になる事を強制され、しかも、その国では貴族がない国になる可能性がある。それが貴族である奴らには許せなかったらしいのです』
(エアがあれほど貴族の存続に固執していたのはこのせいか。エアに悪いが、今回の事件は貴族という制度自体が時代遅れだという事を端的に示している。
反乱分子に甘い顔などできない。奴らには死など生ぬるい厳罰が待っている。だが、エアの奴。知れば落ち込むだろうな。一晩付き合ってやることにしよう)
勿論、今のショウにはジュリアがいる。少なくとも当面、他の女を抱く気にはなれない。一晩酒を飲むのに付き合ってやると言う意味だ。
「大体事情把握した。これでお終いか?」
『いえ最後があります。先ほどの話は一般騎士達の目的です。『狐火』副団長――ドミニクの目的は別にあります』
「別の目的?」
悪寒がする。この肌がピリピリする感覚は間違いなく良くない事だ。
『そうです。副団長のドミニクは『狐火』第三隊隊長に激しい劣情を抱いております。ドミニクは我々に、貴族派のアイテール制圧後に第三隊隊長をドミニクの専属の奴隷とすることを内密に要求してきました。もっとも、『奴隷ではない、愛だ!』とかほざいてましたが。
このように今回の『狐火』の貴族派化は、ドミニクが第三隊隊長を手に入れたい一心で起した事といっても過言ではありません。今回、決起した『狐火』の団員は上手く乗せられたのです』
ゼブルは詳細に説明するが、ショウにとって重要な事柄は一つだけ。
「その『狐火』第三隊隊長の名は? もしかして……ジュリアか?」
『そうです。ジュリアです。お知り合いでした――ひっ!?』
「じゅ、ジュリアを……奴隷化だと?」
ジュリアがドミニクの奴隷となる? 今のショウには、ジュリアがドミニクに抱かれる事はもちろん、キス、いや、手を握られる事も我慢ならない。五臓六腑が煮えくり返る。耐えられない程の激痛を伴う程の怒りが暴風雨のように吹きまくる。
もう聞くことは聞いた。ニュクスとアイテールの全ての間者の情報は得た。あとは、身の程を知らずに――人の大切な存在に手を出そうとした愚者にそれ相応の報いを与えるだけ。
「これで終わりだな?」
『は、はい。俺が知る事はこれで全てです』
その途端、ショウと、ゼブルの身体が金色に輝く。契約が成立した。同時にショウには眷属契約執行の義務が生じている。
「では、眷属契約を始める」
ショウは魂の海にいる。その魂の大海にゼブルの紫色の極小の魂が入り込んでくる。すぐに、紫色の魂を隔離する。良い機会だ。以前から試したい実験をする事にする。どうせ、ゼブルだ。別に魂が変質して怪物ができたらそれまでだ。契約に反しない。
ゼブルの魂に、ショウの真紅の魂をゆっくりジワジワと混ぜて行く。透き通るような純白の魂の白竜と比較して、ゼブルとショウの魂の集合体は紫と赤が混ざり合いいかにも毒々しい。大分眷属契約に慣れて来たのか白竜の時とは比較にならない程の短時間で、魂は巨大な塊になった。あまり肯定したくはないが、ゼブルとショウは魂の相性がいいのかもしれない。すぐに、魂は白竜のときの2倍程の大きさになる。
さて、ここからが実験だ。この巨大ゼブル魂にショウの魂に記憶されている際限のない欲望を混ぜ合わせる。最初、今ショウに縦横無尽に暴れ回っている憤怒を使おうと思ったが、あまりにも力が強すぎて、巨大ゼブル魂は一瞬で崩壊しそうだ。それでは契約違反となる。
そこで、ショウにとっては比較的欲求が少ない食欲を混ぜる事にする。所詮は実験であり、なんでも良いのである。ショウの真紅の魂から食欲の一部を分離し、巨大ゼブル魂に混ぜ合わせる。すると、巨大ゼブル魂は徐々に濃密になって行く。次第に、紫色の球体に真紅のまだらが入った魂が形成される。それは、今までの眷属契約で見た魂の濃度とは比較にならない程のものだ。実験は成功した。
ゆっくりと、ゼブルの蠅の身体に魂を戻していく。蠅の身体は崩壊し、魂に合致した肉体もゆっくり再構成される。
アイテール――コウドの学校の昇降口には、金髪の如何にも生意気そうな少年が寝ていた。確かに顔は良い。かなり美しい。だが、色眼鏡で見ているせいか、どうしても否定的な感想しか出てこない。具体的には、生意気そう、見るかに頭が悪そう、脳筋などなど。もっとも、寝ているだけで性格がわかるはずもない。こうした感想が自然と湧いて来るのは、ゼブルの素晴らし性格のたまものだと思われる。
眷属契約は相も変わらず疲れる。【体力】と【魔力】をゴッソリ持ってかれたようだ。