第95話 エルドベルグ辺境伯と悪巧みをしよう(2)
話を進めよう。今日もまたやる事は多いのだ。
「次は貴族の一斉摘発が終了した後の話です。
下流区民の住民の住居の確保の件です。エルドベルグからニュクス――商業都市――ケーリュケイオンまでを結ぶ道は森林が生い茂り、冒険者以外が立ち入るのを拒んでいます。
そこで、歩道の確保が必要となります。それを利用できないかと」
「待てくれ! ニュクスというとあの魔の森中域にできたという噂のいかれた国か?」
「はい。ニュクスのトップが僕の知り合いなんです」
『知り会い』という言葉に、デリックが顔を顰めた。
『知り会いじゃあねぇだろう!』と言う事かもしれない。
「そうか。そうだったのか。話を逸らさせて悪かった。
それでエルドベルグからニュクス――商業都市――ケーリュケイオンまでの森林を伐採し、その木々を、エルドベルグの下流区民の住民の住居の材料とするわけか?」
「はい。僕のニュクスの知り合いに頼み込んで、ニュクスの国民にその木を伐採し、エルドベルグの直ぐ脇にでも家を建てようかと思っております。魔物がいなくなった以上、高い城壁はいりませんからね」
「何から何まで済まないな。本来は我々がしなければならないのだが、今は――」
深く頭を下げるユーグの言葉を遮る。これは翔太の貴族達に対する復讐も兼ねている。感謝されると若干罪悪感が湧く。
「今は犯罪を犯した貴族達の一斉摘発の件に全力を注いでください。おそらくそれが一番難題でしょうから」
「ありがとう。そう言ってもらえると俺も助かる」
「次が産業の件ですが手っ取り早く金を稼げるのは、二次産業。即ち、製造業です。具体的には衣服などの繊維工業用機械、医薬、化粧品などの化学工業、木造製品などの製造業などでどうでしょうか? 後々に、特産品としての食料品、ビールなどの飲料製造業なども増やしていけばよいと思います」
「二次産業か。しかし、エルドベルグは冒険者中心の都市。その技術と知識が我々にはない」
この問題も解決は可能だろう。おそらく、ニュクスには二次産業系のスキルを有する者が多数いる。理由も粗方の予想がつく。
『七つの迷宮』があれほどいかれた発展を遂げたのがヒントだ。今まであまり疑問に思わなかったが、現代地球の高層ビルの風景やコンビニなどの技術は普通に考えれば再現不可能なものだろう。『七つの迷宮』は確かに所持者の認識を下に作成される。だが、それにも限度があるはずだ。大体建築工学の細かな知識など翔太にはない。それに、あのニュクスの商業都市――ケーリュケイオンには表面上は現代地球に限りなく似せてはあるが、ありえないような科学力がいくつも用いられていた。大体、魔道具と機械の融合など現代地球の技術では無理だ。
つまり、『七つの迷宮』の機能で召喚した翔太の眷属のスキルと知識だろう。特に、テューポ達は神様だし、そのテューポ達の眷属達が翔太達現代地球人よりも科学力がないとは到底思えない。おそらく、建築工学のスキルを有する眷属達の知識と翔太の魔力によりあの出鱈目な状況を再現したのだと思われる。
もっとも、そう考えると疑問も残る。映画やアニメ、ゲームなどは翔太の知識に依存していた。元々、テューポやその眷属には映画やアニメ、ゲームなどには興味がなかったのか、それとも――。
兎も角、この建築工学系、産業生産系、機械工学系のスキルを有する者達から、スキルをラーニングしてそのスキルをニュクスの者に使える様にすれば、今回の問題はクリアできる。使えなくても指輪の様な魔道具にスキルを付与すれば済む。
二次産業の製造機械をニュクスの住民が造り、それをエルドベルグへ貸し出せばよい。利益が出たら相当の賃貸料を受け取ればよいのだ。
「それも、ニュクスから製造機械を貸し出すことによりクリアできると思います。機械の中身は機密事項なのでプロテクトをかけさせてもらいますが、この産業が軌道に乗るまでは賃貸料はいりません。軌道に乗ったら、僕の知り合いのニュクスの幹部の人達と独自に交渉してもらえればと思います」
「……しかし、わからねぇ。なぜ、俺に、いや、このエルドベルグにしてくれる? 異世界人のお前にはそこまでする義理などないだろうに」
「いや義理はありますよ。僕が異世界召喚され困るに困っていたときに、この都市は僕に生きるすべをくれました。出会いをくれました。それは僕にとってかけがえのないものです。ですからこの都市には返せない程の義理もあります」
これは本心だ。確かにブルーノやエレナなど散々な目に遭わされた事もあった。
だが、ラシェルに会えた。フィオンと会えた。レイナと会えた。ヴァージルと会えた。ガルト達にも会えた。彼らに会えなければとうの昔に翔太は死んでいるか、よくて店の下働きを続ける事になっていただろう。それに宿屋キャメロンも、喫茶店ブリューエットも、ガルトとディヴのカヴァデール店も愛着がある。もっとエルドベルグが良い方向に変わればと常々思っていた。
だから、彼らに引き会わせてくれたこの都市には翔太は恩がある。言うまでもなく、力を貸す理由には貴族達に対するジャンの死の復讐も加わるわけであるが。
「そうか。そういう理由か。ショウタの気持ちは有り難く受け取っておくぜ。俺は全力でこの都市をより住み易くしてその恩に返すまでだ。
これでお前と俺はエルドベルグ復興のパートナーというわけだ。よろしくな!」
「ええ。よろしくお願いします」
ユーグが右手を差し出してきたので翔太もそれに右手で応じる。
その後、ユーグ、デリックとエルドベルグ復興計画について練り直す。ユーグもデリックもまるで子供のように目を輝かせながら計画について話し合っていた。翔太も話す事は全て話した。あとの詳しい話はそのときになってからだ。なお、デリックに冒険者ギルドについても調べて欲しいと頼まれる。理由は言わなかったが、おそらく翔太が過去に報告したスパイの件だろう。勿論了承した。
ユーグとデリックはまだ話があるようなので先に退散することにする。暇乞いをするというとデリックから、午後の護衛のクエストがあるから、午後14時にギルド前に集合してくれといわれる。現在は午後11時半。かなり話し込んでしまったらしい。
一礼して外に出ると、ロニーまでついて来た。
ロニーとはオーク殲滅戦で馬車の中で少し話したに過ぎない。それもほぼ説教だったと記憶している。その後も、メガラニカの城門前でロニーを脅したりあまり良いイメージを持たれてはいまい。それでも見送りをしてくれるロニーは生真面目を通り越して要領が悪いと言うほかない。
門の前で一礼して去ろうとすると、呼び止められた。
「ショ、ショウタ。お、お前にはオーク殲滅戦でも、今回のエルドベルグの件でも大変世話になっている。だからその礼を踏まえて今度私に何か奢らせてくれ!」
「はい?」
壮絶にドモリながら、真っ赤になって俯くロニー。対して、翔太もまさかロニーに食事に誘われるとは思ってもおらず思考が完全停止し、突っ立っていた。
「だ、だから私が奢ってやると言っているのだ」
「は、はあ。お構いなく。オーク殲滅では僕の方が失礼な態度をとったと思いますし、エルドベルグの件では僕の好きで動いているだけですから」
「そ、そういう訳にはいかん」
「いえいえ、本当にお構いな――」
「いつ暇だ?」
とうとう胸倉を掴まれ、血走った目で尋ねられる。この混沌とした状況について行けず、されるがままに答える翔太。
「……明後日の夕方なら開いています」
ロニーは胸倉を掴んだ手をはなして、顔を紅潮させながらもそっぽを向きつつ答える。
「じゃ、じゃあ、明後日の17時に宿屋キャメロンに迎えに行く」
ブリューエットのバイトは明後日まで休みだ。本当は明後日の夜はバイトをするつもりであったが、店長に護衛の疲れもあるだろうからその日は休むように言われたのだ。
「了解しました。お待ちしております」
ロニーは逃げるように屋敷の中に姿を消す。