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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第二部 建国と変貌編
201/285

第94話 エルドベルグ辺境伯と悪巧みをしよう(1)


 ギルドハウスの入口付近でデリックが翔太を待っていた。ヴァージルは受付で冒険者の対応をしており、そもそも翔太に気付いていない。好都合だ。今ヴァージルに会いたくはない。

 デリックと簡単で御座なりな挨拶をしてから、デリックに連れられ領主の館へ向かう。門衛はデリックを見ると顔色を変え、屋敷の中に駆けこんで行った。相変わらず、デリック効果は凄まじい。

 屋敷に案内されるがデリックの支部長室以上に質素な屋敷だった。いや、質素というよりも、あるもの(・・・・)で一面が埋め尽くされた屋敷。それが一番この屋敷を形容するのに相応しいだろう。あるもの(・・・・)とは人類が生み出した最も崇高な存在、人類を人類たらしめている存在。

 即ち――本。

 確かに、屋敷自体は広大な面積はあるのだが、莫大な書物を置くための本棚で埋め尽くされ、まるで図書館のようだ。この屋敷の人物がどのような者かわかってしまい、頬が緩む。どうやら翔太と気が合いそうだ。

 やはり、本棚だらけの応接室へ通される。翔太とデリックが部屋へ入ると、ソファーに座っていた40代前半程のブラウン色髪に髭を生やしたダンディーなおじさんが立ち上がる。そのおじさんの後ろには見知った顔があった。ロニーだ。翔太は最初、ロニーを男性とばかり思っていたがどうやら女性だったようだ。と言うよりも、どの角度から見ても女性にしか見えない。しかも凄まじく綺麗な女性だ。

 ロニーに視線を向けるとプイッと顔を背けられる。地球では女性にこの手の態度をとられるのには日常茶飯事。だからどうってことはないが、多少はへこむ。


「どうもお初にお目にかかります。ショウタ・タミヤです」


「私はこのエルドベルグの領主――ユーグ・マグネスだ。よろしく頼む」


 ユーグのこの言葉にデリックが目を見張っている。それに疑問が雲のごとく沸き起こる。だがそれはすぐに判明した。


「な~んてな~、やっぱこういう形式ばった挨拶、俺苦手だわ! デリックさん、ショウタ少年もさあ、座って! 座って!」


 一人称も『私』から『俺』になっている。デリックと話があう理由がわかってしまった。やたら馴れ馴れしいし、とても貴族とは思えない。

 進められるがままにソファーに座る。


「それで本当にエルドベルグを変えられるのか?」


「はい。それではご説明いたします――」


 昨日、デリックの前で話した事と同一の内容を説明する。エルドベルグの領主――ユーグは目を輝かせながらも翔太の話に聞き入っていた。


「産業都市……しかも、下流区民を使った都市の活性化! 仮に実現できればエルドベルグそのものが変わる」


 興奮で顔を上気させるユーグ。


「次がこの計画を実現する上での課題です。

 まず、下流区の建築物撤去の問題です。下流区民の住居を一方的に奪うわけですから、住居の確保が先決となります。これには僕に心当たりがありますので、近日中に取り掛かりますよ。その後、下級区の一斉撤去するわけですが、これが今回の課題の中で一番難物です」


「その通りだ。下流区は区民大半にとっては地獄に等しい場所ではあるが、一部の裏組織にとっては天国なのさ。なにせ、殺人、強盗、強姦、窃盗などの罪を犯し放題なのだからな。それに、ここで、巷に流れている薬物なども作られているとの情報もある。裏組織の連中にとっては、決して手放したくはない場所だろう。そいつ等が黙って見ているわけがない。それに――」


 先ほどとうって変って苦渋の表情となり、言葉を絞り出すユーグ。感情がコロコロ変わる人だ。こういう所も人間として好感が持てる。


「貴族達の反対ですね。失礼ですが、貴族達の中には裏組織と関わりのある者が間違いなくいます。その者達からの圧力があると思われます」


「そうだ。あの屑共! 俺のやる事に一々ケチ付けて来やがって! どこまで俺の足を引っ張れば気が済むんだ! 自分では(まつりごと)の一つもしねぇくせに!」


 ユーグは前のテーブルに拳を振り下ろす。部屋に鈍い音が響き渡る。ユーグの言う通り、問題は蛆虫貴族。ここからは、デリックにも強力を仰がねばならない。

 もっとも、デリックは冒険者ギルドの支部長。表だって動けないかもしれない。翔太はデリックに視線を向けると、デリックは頷く。


「ユーグ! 俺から貴族達に手を回しておく。心配するな! 俺が押さえ込んで見せる」


「だが、デリックさん。アンタは貴族であると同時に、冒険者ギルドの支部長だ。ギルドに迷惑がかからないか?」


 ユーグは諦めにも似た表情をとる。もしかしたら、今まで何度も改革を試みようとしたのかもしれない。だがデリックはニカッと笑顔を顔一面に浮かべる。


「いんや~、冒険者ギルドは何も魔物との闘いのためだけの組織ではない。G、Hクラスの低クラスの冒険者達は雑務依頼が中心なのさ。エルドベルグが巨大商業都市に生まれ変われば雑務依頼は明らかに増加する。それに中堅クラスの冒険者も荷物の輸送という恩恵がある。

 それにな。そうなれば、冒険者達にとっても都合がいい事があるのさ。ケーリュケイオンで売られている死回避・転移の指輪はその性能からすれば安いが、それでも30万G、初心者冒険者の1か月分の給料だ。とても最初は手が出ん。 そこで、エルドベルグの商業都市で、低クラスの冒険者達が雑務依頼や護衛依頼で金をため、死回避・転移の指輪を買ってから冒険探索に乗り出す。こうすればうまい具合にすみわけができるわけだ。そうなれば、このエルドベルグとケーリュケイオンは間違いなく冒険者達の楽園楽土となる。

 昨日中にエルドベルグの冒険者の幹部達に話したが、説得するまでもなく全員話に飛びついて来たぞ」


「そ、そうか。しかし、裏組織の者達とその圧力を受けた貴族共はどうする。デリックさんでも説得には応じるとは思えんぞ」


「問題はそこだ」


 デリックは意味ありげな視線を翔太に向けてくる。


「裏組織のメンバーとその裏組織と関わりのある貴族の特定は僕に任せてください。テューポの配下には《隠密》スキルを持つ者が数多くいます。テューポ経由で情報を集めさせます」


「……頼む。助かる」


 デリックが若干頬をピクピクさせながらも頭を下げる。《隠密》スキルの機密性を考えれば当然と言える反応だ。翔太はさらに話を続ける。


「問題はむしろその先ですよ。この前のグラシルの武装蜂起事件の際に思い知らされた事があります。貴族達の中には平民の財物、酷い場合には平民という人そのものを自らの所有物と勘違いしている輩がいます。平民に富が集中するということは、それだけ貴族達との富の差がなくなると言う事です。その際に、力尽くで奪い取るなどという輩が出ないとは限りません。いえ、きっと出るでしょう」


「全くその通りだ。耳が痛いよ。これの解決策は勿論――」


 ユーグは口角を吊り上げる。やはり、頭の回転の速い人との会話は楽しい。


「はい。エルドベルグの統治機構の改革です。一気におやりになられたらよろしいかと」


「統治機構の改革ねぇ。益々面白くなってきやがった。

それでショウタ少年には考えがあるんだろう? 是非教えてくれ!」


「まず、エルドベルグの権力を三つに分けます。立法、司法、行政です。

 立法から説明します。これが全ての一番の要です。立法はエルドベルグ市民を縛る法を作る機関です。この法は刑法、民法、商法など、様々な体系化されたもので、一切の権力はこれに反する行動はとれません。同時に、後で説明する行政の行動もこの法の下でしか許されません。つまり――」


「俺達貴族達人間による支配ではなく、法による支配というわけか……」


 本当にユーグの理解力は抜群だ。デリックとロニーが話に全くついて来れず狐につままれたような表情をしている事からも、ユーグがこのアースガルズ大陸では逸脱した存在だという事がわかる。


「そうです。では立法の組織構造です。まず、エルドベルグの法を作る機関として議会制を採用します。立法はエルドベルグの最高意思決定機関です。貴族の権力を剥奪するわけにもいかないでしょう。ですから、貴族院と民政院の2院を設置します。この貴族院は貴族達の中から選挙により貴族達が選びます。一方の民政院はエルドベルグの大半を占める平民の中から平民自身が選挙により選びます……あれ? ユーグさん?」


 ユーグが難しい顔で考え込んでいた。


「ショウタ少年、一ついいか?」


「は、はい。何でしょう?」


「君は異世界人か? それとも俺と同じく『統治王――グラブ・ハピ』の書いた『統治』を読んだのか? ショウタ少年が話した内容は『統治王――グラブ・ハピ』の書いた『統治』と類似している」


 ユーグに翔太が異世界人であることを話してよいものかとデリックに視線を向ける。


「此奴になら話して構わない。知識欲以外人畜無害な奴だし、口は異常に堅い。ロニーもユーグの命なら逆らうまい」


 デリックに軽く頷きユーグに向き合う。


「僕は異世界人です」


「そうか。そうか。異世界人か。なら、素人の民政院や貴族院に法案の提出が出来るとも思えないのだが、その変どうなのだろう? この『統治』の本には当り前のごとく話が進んでいて、その所が詳しく書いていないんだ」


 翔太が異世界人であることに驚きよりも歓喜の表情を顔面に漲らすユーグ。


「実際に法案を考えるのはユーグさん達行政です。行政が考えた案を立法が造ったものとして提出し、審理にかけ、可決したものが法となります。そしてその法をエルドベルグ市民全てが閲覧し、その法の許す制限内で行動するわけです」


「そうか。そういうことか。行政が法の細かな案を作り、それを立法に提出しお伺いを立て作成する。そういう事か?」


「まあ、立法権を持つのはあくまで議会ですので、民政院や貴族院が独自に法案を作り出すことも議会制度が定着し、成熟すればできるようになると思います」


「素晴らしい! 俺達行政は、議会の作った法の枠内でしか行動を起せない。だが、俺達の行動は結構臨機応変な対応を迫られることが多いぞ。特に伝染病などが蔓延したり、飢饉でこのエルドベルグに食料が入って来なくなったりな。一々、法案を作るのを待っていたら間に合わない。これはどうするんだ?」


「先ほども申しました通り、あくまで行政は議会の作った法の枠内でしか行動できません。これを裏っかえせば――」


「議会の作った法に反しなければ一定の行動も許される。

とすると、議会が作る法の内容は、その年や事件ごとの具体的なものではなくある程度漠然とした抽象的なものでなければならないわけだな?」


「その通りです。行政が一年毎に決めるのは予算の決定です。行政が決めると言っても、エルドベルグ市民の税金で行政は動くので、その最終決定は市民にあるべきでしょう。ですので、議会の了解を求める事にします」


「予算の決定か。すげえなぁ。こりゃあ、デリックさんの言う通り本当に変わるぞ。つ、次お願いする」


「最後が司法です。法によりすべてが決まるのですから、この司法が腐ると全てが終わります。それに、今のエルドベルグの現状を考えてもらえればお納得いただけると思います。

 ですので、司法の職員になるためには、唯一一切の例外なく貴族、平民問わず極めて難解で公正な試験を受けることによりなることができることとします。勿論、この試験においては不正や賄賂などもっての他です。ただし、実際に司法職員となったときの身分保障は絶対的なものとします。具体的には給金は三権の中で一番高額とし、他の権力により職を剥奪されることはない。こうする事により、司法であることそのものにプライドを持たせ、賄賂等を受けにくくする。ただし、司法が暴走するのを防ぐため、行政と立法の両者で一定のコントロールを及ぼします。ですが、貴族達の圧力がありますのでそのコントロールはかなり注意深く考える必要がありますが」


「司法職員の貴族、平民からの登用。しかも、賄賂、不正が挟まない公正な試験による登用制度。確かにこれが実現すれば、司法は他の権力から独立する。これが『統治』の本の中での『司法の独立』という意味か? あの本わかりにくすぎんぞ――」


「はは。こんな所でしょうね」


「最高だ! マジで最高だ! 統治機構についても勿論だが、貴族、平民からの難解な試験による選抜とその身分保障は大変参考になる。そうすれば、自らの職業に誇りを持てるしなぁ。

エルドベルグは変わる。しかも劇的に!」


 デリックとロニーは手を固く握り合う翔太とユーグにドン引きしていた。話に全くついて来れなかったらしい。


「話を戻しますね。今回の裏の組織との関わり合いのある貴族はもちろんですが、殺人、強盗、強姦等の重罪を犯した貴族にはここで退場してもらった方が良いと思います。

 お許しをいただければ、テューポに言って調べさせ証拠を提出させます。その上で、一斉摘発をすれば宜しいかと。おそらく、司法は汚れに汚れているので、ほぼ全員挿げ替えが必要となります。そこで――」


「司法の職員の登用試験をするわけか」


「はい。司法の機能を試すうえでも最適ではないかと考えます」


「だが、問題はあるぞ。恥ずかしい話だが、エルドベルグの法律は貴族に甘すぎる内容となっている。なにせ、平民を殺しても罰金で済むような内容だからな」


 ジャンの事を思い出し翔太の顔に一瞬強い狂気が灯る。ユーグはそんな翔太に目を細め口角を吊り上げる。理由は分からないがこのユーグと言う領主はエルドベルグの貴族という存在を恨んでいる節がある。翔太がこの統治の改革案を用いたのも貴族達に対する復讐の意味もある事をもしかしたらユーグは理解しているのかもしれない。


(僕の持つタブレットに六法全書と基本的な法学書が入っていた。あれだけでは情報量も少なく、チンプンカンプンかもしれないが、参考にはなるだろう。細かな所はこの世界の人達が構築していけばいいよ。それ以上は僕には超えた領分だ)


「僕の世界の法律の文書を提出いたします。臨時的にそれを代用するのはどうでしょう?」


「ほ、本当か? それは助かる! この国の退化した知識などより異世界の知識の方が優れているのは明らかだ。それを解読すればこのエルドベルグも生まれ変われる」


 玩具を与えられた子供のように喜色を顔一面に張らすユーグ。


「では、明日にでも提出いたします」


「しかし一斉摘発か……これが最後のチャンスかもしれんな」


 デリックも眉をピクリと動かす。ロニーも額に冷たい汗が流れている様子だ。


「以前もこのようなことがあったのですか?」


「ああ。俺がまだ二十歳そこそこだったころだ。エルドベルグを良くしよう。皆が住みやすい都市としよう。そのように、俺達と志を同じくする者達で貴族達の一斉摘発を断行しようとした。

 もっとも見事に失敗しこの有様だ。そのとき、俺の親友も暗殺された。だから、これは俺の……いや、俺達の夢であり託された義務なんだ」


「一斉摘発の実働部隊には僕も入りますから問題ありませんよ。ユーグさん達とそのご家族には護衛も付けます。だから心配はいりません」


「おい、おい。ショウタも出るのか? 今ショウタ少年に何かあれば計画が瓦解しかねん。計画は貴族の摘発だけではないんだからな」


 デリックが苦笑しつつ、翔太の代わりに答える。


「ショウタの心配は無用だ。此奴を殺せる存在などアースガルズ大陸にはいやしない。それにギルドの方もショウタが動いた方が何かとやりやすい。特にうちのSSクラスの連中が動きやすくなる。

 寧ろ、ユーグやその仲間の方が心配だ。護衛を付けさえてもらえ」


 ユーグは目を瞑り暫らく思案していたが大きく頷く。


「わかった。言葉に甘えよう」


 



 知識チートのお話です。そろそろ、体力的に僕と俺の投稿をするのがきつくなってきました。少しお休みし虚弱に集中するかもしれません。

 では!!

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