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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第一部 覚醒編
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第1話 異世界に召喚されよう(1) 


 このお話も批判が強かった内容です。結構心がやられます。苦手な方は読み飛ばしてください。


 午前中の授業の終了を知らせるベルが鳴り、教室の中は、蜂の巣をつついたような騒音に満たされていた。田宮翔太(たみやしょうた)はバックを片手に飛ぶような速さで歩き出す。教室を出て心のオアシスである屋上へと避難するために。だが――。


「田宮! ちょっと来い!」


 がなりたてる蛮声が教室中に響き渡る。声の主は骨格ががっちりした大柄な少年――赤城大輔(あかぎだいすけ)だ。翔太が屋上に急いで移動しようとしたのも彼に絡まれたくなかったからだ。赤城の翔太を(あざけ)る顔を見ると胃にキリキリと痛みが走る。赤城は事あるごとに翔太をいびりまわす。今赤城の傍にいる坂上(さかうえ)卓也(たくや)と共に。


 坂上(さかうえ)卓也(たくや)はロン毛の茶髪で耳にピアスという渋谷などに生息していそうなチャラ男な外見の人物である。

 この人物は翔太にとってもっとも相性が悪い人物だ。直接翔太に暴力はほとんど振るってこないが、その外観から周囲の交友関係はかなり良いらしく、周囲に手を回し翔太を孤立させた。ただ殴られるならどうにか耐えられるが、友達が自分から離れていく事実は翔太を精神的にまいらせた。

 坂上はやや秋葉系よりである翔太が生理的に許せないらしい。もっとも翔太はオタクと言っても単にファンタジー系のネットゲームを好むに過ぎず、そんな人物などクラスに吐いて捨てるほどいる。

 翔太の顔が隠れるほど長いだらしのない髪と分厚い真ん丸メガネという如何にもオタクっぽい雰囲気のせいでそのように勝手に勘違いしているのだ。

 翔太が近づいて行くと赤城が話を切り出した。


「俺達二人分の昼食の注文をこのメモに書いておいた。直ぐにコンビニで買ってこい! 時間は10分やる。少しでも遅れたらわかってるよなぁ?」


「わ、わかったよ」


 恐る恐る了解をし、メモを受け取る。全くお金を渡そうともしない赤城に、またかと翔太は心の中で愚痴る。赤城達に昼食を買ってこさせられてお金が払われる確率は50%を切っている。さすがにもうこれ以上は限界だった。


「あ、あのお金……」


「ああ?」


 翔太の質問に赤城は額に青筋を張る。赤城達が払う気がないのは明らかだ。何を言っても無駄だろう。

 周囲から多数の嘲笑と侮蔑の視線が翔太へ向けられるのを感じる。胃がさらにキリキリと痛くなる。翔太は自分の机に自分のバックを置くと、その多数の視線から逃げ出すように教室を飛び出した。





 すぐに学校前のコンビニへ走っていく。遅れたら何をされるかわからないのだ。コンビニでメモに書かれた商品を買い終え、息を切らしながら校門をくぐる。下駄箱で外履きの靴から内履きの靴へと入れ替えているときに突然翔太に声がかかる。


「翔太君! そんなに慌ててどうしたの?」


 まるで日本人形のように美しさが整いすぎている少女が翔太を心配そうな顔でじっと観察してくる。彼女の名は西園寺雪、見た目はどう見ても中学生にしか見えないがこれでも翔太の一学年上である。彼女は翔太の姉――田宮(たみや)(ゆず)()の親友であり、翔太が高校一年の頃までは良く家に遊びに来ていた。


「何でもないです。少し急いでて」


 翔太の悲壮感漂う様子と手に持つ多量の食べ物が入ったビニール袋で思い至ったのか雪は真剣な顔で尋ねて来る。


「翔太君、昼食他人の分まで買いに行かされているの?」


「…………」


 雪のひどく神妙な顔つきに一瞬翔太は言葉に詰まってしまった。雪は沈黙を肯定とみなしたようだ。


「自分の分は自分で買う。それが当然! 翔太君が買いに行く必要なんてないよ。私が注意してあげようか?」


 雪はこの学園のマスコット的なキャラでありその人気は凄まじい。仮に彼女に危害を加えようものならほぼ学園の男女すべてを敵に回すと言っても過言ではない。それだけの発言力がある。

 しかし赤城達が雪に注意された程度で翔太への執拗ないびりをやめるとも思えない。かえって赤城達が激怒して雪や翔太の姉、(ゆず)()まで危害を加える恐れもある。それほど赤城達は信用ならない。それに翔太にはある疑惑がかけられている。翔太と関わる事で雪にまで迷惑をかけるのはごめんだった。


(雪さんやお姉ちゃんにまで迷惑かけるのだけは絶対に嫌だ。それならまだ殴られた方がまし。僕は痛みには慣れてるし)


「ありがとうございます。でも僕がジャンケンで負けただけです。それでは失礼します」


 雪に対する感謝で胸がふさがれたようになりながらもぎこちなくも礼をし、教室へ向けて駆けだす。





 教室に入り一番後ろの廊下側の席で群れている赤城達に買って来たビニール袋をそのまま渡した。


「田宮! 遅せえぞ! 2分の遅刻だ!」


 殴られると思い咄嗟に身構えるが予想に反して拳は飛んでこなかった。どうやら赤城達は自分達の話に夢中で翔太の事に興味がないらしい。

 これ幸いと直ぐに自分の机のある窓際の一番後ろの席まで行きバックを持ち直ちにこの伏魔殿たる教室から脱出した。





 屋上へ到着した。屋上は現在立ち入り禁止となっており清掃も行き届いていないのでかなりみすぼらしい。昼食をわざわざ屋上で食べようとする者など皆無だ。だからこの場所は翔太にとって学校における唯一の安全地帯となっている。


(ここに来るとほっとする)


屋上の所々ひび割れたコンクリートの床に初夏の光がまぶしいほど照りかえる。翔太はまばゆい夏の陽光に包まれながら今朝コンビニで買ったおにぎりを頬張った。教室内のジメッとした気持ちが嘘のように晴れ渡る。

十分リフレッシュした後教室へ帰り午後の授業のため席に着く。





 ホームルームが終了すると同時に翔太は自分の鞄を持って教室を出ようと速足で歩き出す。赤城達にまた捕まれば金をせびられるかもしれない。もう貸すお金はないのだ。だが運悪く呼び止められてしまった。


「翔太! まだ帰るな!」


 翔太は声のする黒板の方向に視線を向ける。20代後半のメガネを掛け、黒髪をお団子型にした女性が翔太に手招きをしていた。


 長谷川(はせがわ)(ここ)()――翔太のクラスの担任であり田宮家が営む剣術道場の師範代、祖父田宮玄斎の愛弟子でもある。

 180cmと女性にしてはかなりの高身長、切れ目の鋭い目に、スンと鼻すじの通った非常に整った顔、女性らしき凹凸の利いたボディーライン、すべてがそろっていると言っても過言ではない人物なのだが、いまだ独身であることが翔太の高校の七不思議の一つとなっている。翔太の見立てでは心菜の出鱈目(でたらめ)な強さとキツイ性格が問題ではないかと睨んでいる。

 翔太は心菜の下まで行き尋ねる。


「長谷川先生。何か御用でしょうか?」


「このプリント職員室まで運ぶの手伝ってくれ」


 心菜は決まりが悪そうな顔をしながら翔太にホームルームで余ったプリントを職員室まで運ぶのを手伝うように申し付ける。

 心菜とは翔太が2歳の頃からの長い付き合いだ。未だに翔太から苗字で呼ばれるのにも、敬語を使われるのにも慣れないらしい。よく敬語を使うなと訳が分からない注意をされる。

 だが翔太のクラスでの立場を考えればできる限り面倒事は避けたかった。心菜に憧れている生徒も少なからずいる。嫉妬に狂った学生からまた(・・)ストーカー疑惑を立てられてはたまらない。


「はい。わかりました」


 プリントをもって歩き出す。心菜の数歩後を従者のごとくついて歩く。心菜はそんな翔太にやや不満げな顔をしていたが翔太にはそんなの知った事ではない。とにかく学校では無難に乗り切るのが一番なのだ。

 職員室まで到着し、御礼にお茶でもおごってやると言われたが丁重にお断りした。





 教室へ戻ると赤城達はもう下校したようだ。ほっと息をついて、久々にゆっくりと下校する。昇降口で下履きの靴を履きかえ校門に向かうと、校門の前に今最も会ってはならない人物が待ち構えていた。


(しょう)ちゃん。一緒に帰ろう」


 翔太のクラスで唯一の親友にして幼馴染の月宮(つきみや)()(まり)がこぼれるような笑顔を浮かべながら翔太に視線を向ける。

 この翔太の親友を言葉で表すなら『日常性を超えて美しすぎる人』である。

腰までかかる大変色艶(いろつや)の良い黒髪、垂れ気味だが大きい目、鼻すじの通った美しい顔、類まれな美しい完璧なプロポーションを持つ。身長は女性の平均程だがそれがさらに彼女の魅力を引き立てている。しかも学力も学年で常に5番以内という完璧超人である。

 できる限り彼女を傷つけずに誘いを断ろうと言葉を選んで慎重に話す。


今日こそ(・・・・)は心を鬼にして誘いを断ろう。日葵ちゃんが絶対に行きそうもない場所に今から行くことにすればいいよね)


「ごめん。日葵ちゃん。僕今から駅前で新しく出たゲームソフト買ってから帰るつもりなんだ」


 日葵は少し思案すると、とろけそうなほど甘い笑顔を浮かべながら翔太の期待と真逆の返答をする。


「なら、私もついてくよ」


(一緒に帰る所なんて学校の連中に観られたら、またどんな噂流されるか……)


 翔太はあたふたしながらこの日葵の発言に対する対応策を模索する。だが、全くいい案は浮かばなかった。


「いやいや、日葵ちゃん、ゲームに全く興味ないでしょ。僕なんかに構うより他の友達と帰りなよ。有馬君達、昇降口付近にいたよ。ほらあそこだよ! もう少しでここに来るんじゃないかな」


 翔太が指を指す方向に数人の男女に囲まれて話に花を咲かせている有馬悠斗(ありまゆうと)がいた。

彼は黒髪で端正な顔立ちの品のよい美少年であり、180cm近くある長身に線は細いが余分な脂肪などそぎ落とした引き締まった肉体をしている。


 有馬はスポーツ万能で様々な部活やサークルの試合のヘルプに頻繁に出ている。また学校の成績も日葵とタメを張るくらいによい。こんな文部両道の怪物みたいな人物はやはりクラスでも中心的な役割を占めるものだ。クラスの行事を積極的に仕切っており教師の受けも極めて良い。さらにこのような完璧な人物を女子が放っておくはずもなく教室や校舎裏でしょっちゅう告白されているのを度々目撃する。まさに翔太とは正反対な人物である。

 

 有馬は翔太以外には非常に気がつくいい奴なのだろう。有馬は翔太をずっと毛嫌いしていた。その原因は目の前の日葵にある。有馬は翔太が日葵をストーキングしていると思い込んでいる。別にこれは有馬に妄想壁があるというわけではなく学校全体の認識として翔太が日葵に付き(まと)っていることは共通認識なのだ。

 もっとも日葵と翔太は幼馴染であり、それを理解してくれる人達も沢山いた。だがその翔太の理解者は翔太が高校二年に進級し暫らくして消滅することになる。


 高校二年に進級してから暫らくは翔太もクラスにうまく打ち解けていた。一年から同じクラスだったゲーム等の趣味を同じくする友達もいた。だが大切な親友なはずの日葵の存在が皮肉にもその翔太の平穏な生活を徐々に狂わせていった。


 日葵は内と外をしっかり分けるタイプの人間だ。内、すなわち、日葵の大切な人物とみなした者には一見過激とも言える積極的な態度で接する。一方、外、とみなした人物には一定の距離間を置く。

 もっとも、彼女の異常ともいえる高いコミュニケーション能力はこの事を決して他者に気付かせない。今までは翔太は中学二年から一度も日葵と一緒のクラスになったときはない。だから問題は生じえなかった。だが同じクラスとなって日葵の親友たる翔太に対する仕草や態度が他者にはかなり奇異に映ったらしい。


 勿論、翔太と日葵は幼馴染であることは周知の事実であったし、当初日葵の翔太に対する奇妙な態度はそこから来ているとクラスの全員が考えていたようだ。

だが日葵の翔太に対する他者には決して見せない態度やその距離感に周囲は唯の幼馴染の関係ではないとの妄想を抱き始めた。ここで日葵の相手が有馬のような完璧な人間ならば、恋人同士と勝手に自己完結して終わった事だろう。だが翔太はいかにもオタクっぽい外見であり、クラスでも暗い方だ。だから日葵の翔太に対する態度を恋愛感情と理解する者は一人としていなかった。

 そして翔太が幼馴染である事を利用して日葵を束縛しているとか、日葵を脅しているなどの非常にわかりやすい噂にすぐにクラス中が飛びついた。結果一人、一人、友達は翔太の下を離れていき、最後に残ったのは日葵だけだった。


 勿論翔太は日葵を全く恨んではいない。むしろこんな状態でも今までと同様に接してくれる日葵に感謝している。だからこれ以上日葵の評判を下げるような事だけはしたくなかった。


「なんで有馬君の話がでてくるの?」


 日葵は有馬と一緒に帰るように言った翔太にやや不満げな表情をしながら翔太をじっと見つめる。翔太は見つめられて、気まずくなり目を思わず逸らした。

 

 日葵はそんな翔太の様子を見て暫し思案していたが、突然何か閃いたような仕草をすると、今までの不満気な表情が嘘のように上機嫌となった。


「もしかして、翔ちゃん、嫉妬しているの?」


(嫉妬? 僕が? 違うよ! でもそんな事大きい声で言ったら……)


 翔太が恐る恐る周囲を見ると、案の定、先ほどの日葵の言葉を聞いていた下校途中の生徒のほぼ全員が汚物を見るような視線を浴びせて来た。


(やっぱり……マズイ、どうしよう? とりあえずここをすぐに離れなきゃ! でも話の途中で日葵ちゃん置き去りにしたらきっと傷つくし……。くそ! もうどうにでもなれよ!)


 周囲の敵意の籠った眼差しから逃れようと、翔太は状況判断を著しく謝ってしまう。


「日葵ちゃん、行こう!」


「う、うん」


 翔太は日葵の手を握って校門の外へ引っ張る。日葵は顔をリンゴの様に真っ赤にして、俯きながらも翔太について行く。すると、周囲の慌てたような声が翔太の耳にも飛び込んできた。


「おい、ヤバくねえか。あれ2年C組の月宮日葵だろ。無理やり連れてかれたぞ」


「ああ、同じクラスの月宮さんのストーカーだ」


「ストーカー? アイツが田宮か……。最悪な奴だな。とりあえず、ボコッとくか?」


「いや、変に揉めて怪我するのも馬鹿らしい。先生に知らせに行こう。アイツ普段ナイフとか持ち歩いているらしいぞ」


「ナイフ? イカレてんな。まあ、白昼から(さら)うくらいだからな……。あんな奴なんで退学になんねえんだよ」


 翔太は明日学校での自分の立場を考え、空腹の胃に吐き気がくるような不安に襲われた。学校を完全にはなれたので日葵から手を離し歩き出す。


日葵も文句を言わず翔太の後をついて来た。日葵には先ほどの学生達の会話は聞こえなかったようだ。耳が昔から良い翔太だからこそ聞こえたのだろう。ほっと胸を撫で下ろす翔太。




 久々にゆっくり話す日葵との会話を心から楽しんでいると向こうから一人の少女が翔太達の方へ歩いてくるのが分かった。その少女には見覚えがある。

 竹内(たけうち)(あおい)――ショートカット、黒髪の美少女であり、不良のような粗暴な性格をしている。クラスでは粗暴な性格にもかかわらずなぜか男子からの人気が高いという珍しい人物でもある。

 蒼は田宮家が営む武術道場の門弟の一人であり、日葵と同様翔太とは幼馴染の関係にある。祖父田宮玄斎の愛弟子の一人であり武術の天才らしく、過去に赤城達と揉めて素手でボコボコにしたという逸話がある。

 蒼との幼馴染関係は日葵よりも長く高校2年に上がる前までは良く話をしていた。だが、翔太がクラスでハブられるようになってからは、翔太が挨拶をしなくなったのを切っ掛けに蒼も無視するようになった。

もっとも、たまに蒼が機嫌悪い時は無視するなと胸倉を掴まれ脅されるのだが……。

 とにかく今の翔太にとって蒼は赤城以上に苦手な人物の一人だ。蒼が近づくにつれ心臓の動悸が早くなる。

 蒼は日葵と一緒に歩いている翔太を見て、一瞬刃のように鋭い目つきで睨み付けてくるが、直ぐに興味がなくなったように無表情となった。翔太はほっと胸を撫で下ろす。





 ゲームショップは日葵の誘いを断るための方便にすぎなかったので、欲しいゲームソフトもなかったがせっかくなので、P○4のファンタジー系のソフトを買いゲームショップを出る。


「翔ちゃん、何か食べてこうよ」


 誘いに迷う翔太。確かにこんなところをクラスの人間に見られたら、明日学校で想像を絶するようなイビリが待っているだろう。だが日葵とはもうしばらくどこにも遊びに行っていない。もしかしたらこれが最後となるかもしれない。そう考えると断る勇気など翔太にはなかった。


「うん。行こう! どこに行く?」


「スマイルバーガーなんてどう?」


「OK! そこにしよう」


 子供の様にはしゃぐ日葵を見て昔を思い出しほっこりとした気持ちになる翔太。ハンバガーとジュースとポテトのセットをお互い注文し会計を済ませ、それを受取り席に座る。

 日葵とこうして食事をしながら会話をするのも数か月ぶりだった。久々の家族以外のものとの食事は翔太をどうしょうもなく高揚させた。できるならば永遠にこんな時間が続けばよいのにと考えていたときその望みはシャボン玉のように呆気なく潰える。

 

 日葵の肩越しにクラスメイトの一人である美少年――有馬悠斗と目が合ってしまった。どうやら、有馬達もこのハンバーガーショップに来ていたようだ。自分の間の悪さを呪いながら有馬達が近づいてくるのを待つ。

 有馬達は男3に女4のハーレム状態だった。こんなに沢山の女の子を引き連れている人に文句言われたくはないと意外に呑気な感想を抱きつつ有馬達を観察する。全員が真剣な、(とが)めるような厳しい目つきをしていることからも用件は一つだろう。


「月宮さんを無理やりこんな所に連れて来やがって!」


 有馬の取り巻きの男子が翔太を刺すような視線で射ぬきながら咎める。彼の名は佐藤信二といい、翔太に事あるごとにこうして絡んで来る。あたかも自分がクラスの代弁者でもあるかのように。


「違うよ! 私から誘ったんだよ」


 日葵の必死な形相での言葉に有馬達は若干押され気味になるが、どうやら翔太が日葵を脅して言わせているとでも思っているようだ。女の子の一人が日葵に優しく諭すように語り掛ける。


「日葵、私達がいるからもう大丈夫だよ。ちゃんと嫌なときは嫌って言わなきゃ。ね?」


「だから、違うって!」


 日葵が声を荒げ反論するが周囲は聞く耳を持たないようだ。人間の思い込みってすごいなと場違いな感想を抱いていると非難が翔太に集中した。


「さっき、校門で田宮が日葵ちゃんの手を無理やり引いて行ったのを見たって、加奈が言ってた」

 

「俺も他のクラスの奴から田宮が月宮さんにしつこく付き(まと)って、月宮さん泣きそうだっって聞いたぜ」


 その言葉に有馬が激昂し翔太に射殺す様な敵意を向けて来る。


「田宮、幼馴染とはいえ、こんなところまで無理やりつき合わせるのは感心しないな」


 有馬の言葉に他の女の子達も同調する。


「田宮最低! 日葵ちゃん。こんな奴ほっといて私達と一緒にご飯たべよう!」


 日葵はもう何も話を聞いてもらえないと思ったのだろう。俯いて泣き出してしまった。その姿を見て有馬はすかさず日葵を慰める。相変わらずマメな奴だなと思いつつこの場を退散することにする。これ以上この場にいたら日葵にまで迷惑がかかると思ったからだ。

 席を立ち上がり、日葵に向けて頭を深く下げる。


「月宮さん。無理に誘ってごめんなさい。もう誘わないよ」


「しょ、翔ちゃん?」


 そういうと、踵を返し逃げるようにスマイルバーガーを後にした。




 気持ちが沈みつつ田宮家までついた。田宮家は巨大な道場と一体となっており、かなりの広い敷地を持つ。昔の武家屋敷のような家だ。玄関のドアを開けて中に入ると姉である田宮柚希と出くわした。

 柚希は外側にややはねたブラウン色の肩までかかる髪、周りの人々がはっと注目するほどの美貌、モデルも真っ青な引き締まった女性特有の凹凸の取れた美しいプロポーションを持つ。

 弟の翔太でさえも剣術の稽古の後などたまに頬を赤く染めるときがあるくらいだ。美しさだけなら日葵と同レベルと言えるかもしれない。だが、あくまで見た目だけだ。心菜と同様、性格がきつすぎて未だに彼氏の一人もできないらしい。

翔太にとっても柚希は大切な姉であると同時に決して逆らえない恐怖の対象でもある。


「あ……ただいま」


「おかえり」


 柚希がそっけなく答える。翔太はできる限り柚希と目を合わせないように、二階の自分の部屋へ行く。柚希とはこの数か月、挨拶以外で会話したことはない。これは柚希の学校での役職に関わる。柚希は翔太の通う高校――明成高校の生徒会長なのだ。


 翔太はクラスで日葵のストーカー的位置づけになった。その後ほどなくしてクラスメイトのほぼ全員に無視された。侮蔑の言葉も翔太に聞こえるように頻繁に浴びせられる。加えて赤城達に執拗にいびられる日々が始まった。

 そんな現状が続き他のクラスや他の学年にも翔太が秋葉系のキモオタだとか、根暗、陰険で毎日日葵にストーカーをしているなどの噂が急速に広まっていった。その噂のせいで姉の柚希に大変迷惑を掛けたことは分かっている。だから学校でも家でもできる限り関わらないようにしているのだ。これ以上姉に迷惑を掛けたくはなかったから……。


 翔太は自分の部屋へ入ると、ベッドの中に頭から突っ込んだ。もうクタクタだった。そのまま意識は深い闇へと落ちていく。




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