第68話 セブンラビリンス2階層へ行こう
翔太が目を開けると、そこは草原だった。エルドベルグは体感時間で午後19時程。日もすっかり暮れていたのに、2階層は現在太陽が燦々と照り輝いている。
7階層は、エルドベルグと時間帯も一致していたのに、2階層はそうではないらしい。
「主よ。お待ちしておりました」
気が付くとテューポが臣下の礼をとり佇んでいた。
「遅くなってごめんよ。それで『七つの迷宮』の指輪に認識してほしいものはどこ?」
「はっ! あちらでございます」
テューポは恭しく翔太達の後ろを指さす。肩越しに後ろを振り返り、あまりの馬鹿馬鹿しさに絶句する。
翔太のすぐ後ろの草原は見渡す限りの魔晶石で埋め尽くされていたからだ。流石にこれを全部認識するのは不可能だ。唇をピクピクと引きつらせながら、周囲を注意深く観察する。
すると、魔晶石以外にも翔太の直ぐ近くに水たまりの様なものがあった。これも凡その予想はつく。
「テューポ。これ全部は認識できないよ。寝ずに認識しても、数か月はかかりそうだ」
「ご心配には及びません。主が魔晶石のあるこの2階層に来ていただいた時点で、その点は解決しているのです」
「う~ん。どゆこと?」
「はい。僭越ながら愚案を述べさせていただきます。
以前も申しました通り、私は『七つの迷宮』の全機能を掌握いたしました。
今から私が『七つの迷宮』の指輪の認識吸収の機能を一時的に活性化いたします。すれば、数分で全て吸収できましょう」
「な~るほど。それで僕はどうすればよい?」
「主は、指輪を掲げていただくだけで結構でございます」
「了解。じゃあ、この悪魔を守ってね」
「御意!」
メリュジーヌは状況が理解できないのか、終始ポカーンとしていた。そんな、メリュジーヌをテューポは一瞥し、彼女の前に出る。明らかに顔には強い嫌悪感が滲んでいる。
テューポ達『七つの迷宮』の住人にとって悪魔は翔太を拷問した身の程知らずの愚かな種族。内心では、助けたくなど微塵もないのだろう。
「じゃあ、テューポお願いね」
「はい。それではいきます」
「はいよ~」
翔太は見渡す限り大地を埋め尽くしている魔晶石に向けて指輪を掲げる。
「吸収!」
テューポが指をパチンと鳴らすと、指輪が振動し大気を揺らす。
異変は翔太の近くの地面がパラパラと剥がれ、上空へ舞うことから始まった。
徐々に指輪の振動が大きくなっていき、大気は渦を為す。その渦が徐々に大きくなり、魔晶石もろとも空中に出現した渦に吸い込まれていく。ありとあらゆるものを丸呑みにしたその渦は翔太の指輪に向けて神速で接近し、吸い込まれていく。
吸い込む際の途轍もない衝撃に腕がもげそうになる。ステータスが2万後半代になってもこれだ。仮に、2000代前半ならどうなっていたかを考えると背筋が凍る思いがする。
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5分ほどで翔太の前には草木一本すら生えていない広大な更地が広がっていた。指輪に吸収されたものには、魔晶石は当然だが、それ以外のものも多々含まれていたように思える。
具体的には、このアースガルズ大陸の様々な構成要素だ。おそらく水たまりのようなものは海からとって来たものだろう。
兎にも角にもテューポとの約束も終了した。後はルネの事だけ。
「ご苦労様。テューポ」
「はっ!」
テューポは翔太の礼に感激してか言うべき言葉も失う。相変わらず、オーバーリアクションな柱だ。
「それでさ。ルネはどうしてる?」
「ルネ様は『七つの迷宮』の7階層の客間でお休みでいらっしゃいます」
「そう」
ルネはもう寝てしまった。起こすのも可哀想だ。ジャンの死について話すのは明日以降にしよう。
情けない事に、今すぐ話さなくて済むという事実にほっとしている自分がいた。心はまるで死んだように起伏はないのに、肝心のルネにジャンの死を伝える事だけは躊躇われる。それは最後に残った翔太の甘い心が必死の抵抗をしているようでもあった。
「ルネの今後についてテューポはどうすべきだと思う? 僕としては養子にでもしようと思ってるんだけど」
ジャンの死は馬鹿で愚かな翔太のせいだ。ルネの幸せに翔太の全てを捧げなければならない。
もっとも本来ルネはモーズリー男爵と一緒に暮らす方が幸せなのだろう。
しかしグラシルの騒動が起きてしまい、モーズリー男爵も今や貴族派の標的の筆頭だ。モーズリー男爵なら命の心配は全くと言ってよいほどないが、ルネはそうもいかない。仮に恨まれてもルネは翔太が保護するのが一番なのだ。
「主がそれを望むのならば私達はそれを全力で支えるのみ。」
やはりテューポは翔太が最も知りたい事については何も答えてはくれない。それは翔太がすべて決めなければならないこと。そう無言のうちに示すだけだ。
そうだ。正直、養子にする事はもう決めている。そして、ルネためにもう地球の土を踏まない事も。テューポに聞いたのも翔太の選択が間違いではないと言ってほしかったからかもしれない。このごに及んで卑怯な自分に吐き気がする。
「うん。お願いします。明日にでも僕からルネにジャンの死を伝えるよ。そして、僕が引き取る事も。
彼女には友達も必要だ。色々学ぶ必要もあるだろう。教育機関等に通わせる必要があるね」
「ルネ様が通う教育機関でございますね。直ぐに手配致しましょう」
「そうだ。あとさぁ、ポーション、薬草、死回避転移の指輪と転移道具などをニュクスと、アイテールで売りたいと思ってるんだけど、僕だけで作るのは骨が折れそうなんだよね。いい案ないかな?」
「私と眷属契約を結んだ魔物達には、《鍛冶》スキルや、《魔道具作成術》のスキルを持つ者が少なからずおります。
炎鬼達神王やその直属の眷属は私を介して主とパスがあります。昨日の晩、刹鬼を含む数名が倒れたとの報告がありました。おそらく、《錬金術》を取得した者と思われます。その者達に作らせてはいかがでしょうか?」
(た、助かった。僕一人で数十万のポーションや薬草を作るのは事実上無理だ。出来たとしても、今後の僕の予定がすべてこれらの作成で埋め尽くされる。そんなのは御免だよ。
またセツキさんがババを引くみたいだけどそういう星に生まれたと思って諦めてもらおう。とにかく、これで僕も自由に動ける)
「へ~、それが本当なら助かるよ。お願いできる?」
「勿論でございます」
「あと2つほど相談があるんだ。まずは、ニュクスでの医学の発展について。回復薬だけにいつまでも頼るのも何か癪だし、それに伝染病などは医学の発展は不可欠だよね。何か言い案ない?」
「人間族に対する医学の知識はすでに指輪に記憶されております」
「記憶されている? 僕、医学なんて知らないよ。どゆこと?」
翔太は只の高校生だ。医学など殆ど知るはずもない。
「主が吸収なされた電子機器にすでに情報が含まれていたといいましょうか……」
「電子機器? ん~、あぁ! スマホか?」
「はい。左様でございます」
(そういえば、僕クイズゲームに嵌ったときに、スマホにいろんな電子書籍アプリをダウンロードしてたよね。それに確か入っていたような気がする。そういや、すっかり忘れてたよ。他にも阿呆みたいにダウンロードした記憶があるから結構役立つかも)
「なら、ニュクスにさっそく試験的に導入してみてもらえる?」
「承りました。主よ」
「じゃあ、これが最後だよ。ニュクスとアイテールの冒険者ギルドの加入の件についてさ。デリックさんがこの件で会談を望んでいる。会談の席自体は設けてあげて。
でも、実際にギルドに加入するかの判断はテューポと炎鬼さん達にすべて任せる。僕に構わずニュクスの最善となる方法を選んでね」
「了承いたしました」
「それじゃあ、そんな感じでお願い。
僕は今日の所は、エルドベルグに戻るよ」
「イエス・ユア・マジェスティ!」
胸に手を当て、頭を垂れるテューポに軽く右手を挙げて、『七つの迷宮』のコントローラーを操作し、キャメロンの宿屋に戻る。
今日の全ての予定が完了した。後の事は全てオマケだ。メリュジーヌの目を見つめると何を勘違いしたのか、恥じらいがぱっと咲く。大変鬱陶しい。
「さあ、約束だ。僕の魔力の半分を上げるよ。それを持って行って冥界でもなんでもとっと帰ってよ」
翔太の冷たい言葉に見るも無残にしょげるメリュジーヌを無視して、ベッドに横になり、メガネを外す。
「あ、あの……」
「何?」
「また、あちきを召還してくれマスカ?」
「さあ、僕は【悪魔召喚】のスキル上げをしているだけだし……」
(まあ、確かに、スキルの性能の把握は重要だ。スキル所持者の意思で特定の被召喚悪魔を呼びだせるかも実験する価値は十分すぎる程ある)
「そうだね。君を次も呼び出すにはどうしたらよいの?」
全身から喜びが迸らせながら、メリュジーヌは答える。
「はい! あちきの身体の一部を主様がもち、あちきも主様の魔力を込められた持ち物を持てば主様とあちきの間にはパスができマス。そして次の召還にあちきの身体の一部を触媒に用いレバ――」
「了解。なら君の髪の毛一本頂戴」
メリュジーヌは毛髪を1本抜き翔太に渡す。その毛髪をアイテムボックスにしまい、アイテムボックスから先日買った時計を取り出し魔力を込める。実験に使うには、少々もったいないが、これくらいしか渡すものはない。まあ、次に会ったときに返してもらおう。時計をメリュジーヌに渡し目を閉じる。この悪魔っ子には用はない。
「主様失礼いたしマス」
メリュジーヌがベッドに寝ている翔太に覆いかぶさり……。
唇に柔らかな感触がした途端、体内から凄まじいほどの魔力が根こそぎ奪われ、そのまま翔太の意識は闇の中に溶け込んでいく。
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