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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第一部 覚醒編
17/285

第16話 迷子の子供を面倒をみよう(7)

 ハワードに連れて行かれたのは上流区の領主の館の隣にある巨大な屋敷だった。どう見ても普通の貴族ではない。もうどうにでもなれだ。話の流れからしていきなり殺されることはないだろう。

 

 屋敷の正面の豪華なドアを騎士の一人が開くと中から、青と白を基調とするドレスを着用したエミーと同じ金色に輝く腰まで垂れるほど長い髪の美女が飛び出して来た。

 彼女はハワードの腕からエミーをひったくり、強く抱きしめる。

 エミーが幸せそうに寝息を立てているのを見て心底ほっとしたのか、床にエミーを抱いてペタンと座り込んでしまった。


「エレナ様、お久しゅうございます」


 ヴァージルが頭を優雅に軽く下げる。翔太が目を丸くしている傍で二人は勝手に話を進めていく。


「ヴァージル? 貴方がエミーを保護してくれたのね。ありがとう」


 周囲の騎士達の様子とヴァージルの存在からそう判断したらしい。

 ケトの件で引け目のある翔太は自分が話題に上らないと判断しほっと胸を撫で下ろす。だが、空気の読めないヴァージルがそれを許さない。


「いいえ、此処にいる冒険者のショウタさんが、エミー様を保護しました。私は彼に雇われて一日護衛していただけに過ぎません」


 エレナは翔太の足の爪先から頭の天辺までマジマジと見る。


「エミーを保護してくれてありがとう。ショウタ。おっと、ここでは失礼か。すぐに、客間に案内する。詳しく事情も聴きたいし。

 ハワードとカルロは私について来て。他の者はエミーの捜索ご苦労様。ありがとう。感謝する」


 エレナの言葉に騎士達とヴァージルは全員、片膝をつき臣下の礼をとる。仕方なく翔太もそれに習った。

 その後、赤い豪華なカーペットが敷き詰められた客間に案内される。その部屋は様々な煌びやかな装飾品が壁に飾られ、素人目でも途方もない金が掛けられている事わかった。部屋に置かれている家財道具も翔太が人生で見た中で最も豪華であると自信を持っていえる。どうやら、エミーはお嬢様等というレベルではなさそうだ。

 




 ソファーに座るように指示されエレナの向かいにヴァージルと共に座る。ハワードはエレナの後ろに控えた。

 エレナの腹心らしき如何にも貴族らしい煌びやかな衣服を着こなす老齢の文官がハワードの横に佇んでいる。この文官の翔太を見る目はかなり鋭かった。

 だがあまり腹は立たない。この文官はエミーが無事なのを見て安堵で泣きそうになっていたから。それだけ大事なエミーをこんな遅くまで連れまわした翔太に良いイメージを持っていないのは保護者ならば当然だ。


「まず、自己紹介からだな。私の名前はエレナ・ミルフォード・ビフレスト。このビフレスト王国第一王女だ。そして、この気難しい面構えの老人が、カルロ・メンドン。私の秘書だ。ハワードは――もう自己紹介は済んでいるようだな」


「ショウタ・タミヤです。よろしくお願いいたします」


「ん? 苗字を持つという事は君も貴族なのか?」


 翔太が苗字を持つと知った途端、エレナは身を乗り出してきた。


「いえ、貴族ではありません」


「そうか……」


 エレナは翔太の返答にやや失望の入った表情を浮かべていたが、すぐに表情を元に戻す。


(それにしても、エレナさんがビフレスト王国第一王女? という事は、エミーはお姫様? フィオン、レイナといいエミーといい、僅か一日で二か国の王族に会うなんてどうかしている。僕って何か憑いているの?)


「ということは、エミ―もお姫様なんですか?」


 翔太がエミ―を呼び捨てにするとカルロにまるで親の敵かのような形相で睨まれた。対してエレナとハワードはあまり気にした様子はない。だが今後人前では『エミー様』と呼んだ方が良いだろう。


「そうだ。エミーは我がビフレスト王国第三王女、エミー・ミルフォード・ビフレストだ。


「エミー様はそんな事一言も言ってくれませんでした。それを知っていればそれなりの対応をとれたのですが……」


「それは私達のせいだ。王族だと知れれば(さら)われる可能性が飛躍的に増す。エミーにはミルフォード・ビフレストの名は身内にも決して言ってはならないと口を酸っぱくして教え込んでいる。幸いにもエミーはまだ社交界のデビュー前だ。名前はともかく、顔を知る者は王族と一部の騎士に限られるからな。

 それに――あのエミーの顔を見ればどれほど可愛がられていたかがわかるよ。ありがとう。礼を言う」


「ありがとうございます。でも礼を言われる程の事は何もしていませんが」


「君は謙虚な男だな。とにかく、エミーが世話になったのだ。君とヴァージルには十分な礼をさせてもらう」


 エレナはこの言葉から翔太がエミーを保護した事について謝礼を催促していると判断したらしい。


(王女様壮絶に勘違いなさってらっしゃる。謝礼なんかより、エミーにあげたペンダントの件を許してくれるだけでいいや。それが一番難問なんだけどね。特にこのカルロという御老人が烈火のごとく怒り狂うと思うし――)


「ありがとうございます。でも本当にお気を使わないで結構です。御礼を貰うつもりは端からありません」


 エレナの外面の良い顔が僅かに緊張する。

 翔太が謝礼を断った事で他の意図があるのではないかと勝手に判断しているようだ。王族とは面倒な生き物である。


「そういう訳にもいかん。王族の面子もある。

まあそれは後にしよう。まずは、詳しい経緯を話してもらえるか?」


(ヴァージルさんに説明させては駄目。正義感が異常に強いこの人の事だ。ブルーノさんの事まで話しかねない。そうすればまたややこしいことになる。これ以上面倒事に頭を使いたくない。さっさと話して宿屋キャメロンに帰ろう)


 案の定、委細を話そうとするヴァージルより先に話を始める。恨みがましい視線をヴァージルが向けて来るが見事にスルー。


「僕が中流区のストリートを歩いていたらエミー様とぶつかりました。事情を聴くと迷子らしいのでギルドで親御さんの捜索の依頼をしました。

 その後、僕は昨日エルドベルグに訪れたばかりなこともあり、エミー様を誘って都市を一緒に見学することに――」


「少年、ちょっと待て! ギルドへ預けておけばよかったではないか。私達も冒険者ギルドへは夕方には出向いていたのだ。そうすればこれほど大事にはならなかったのだぞ!」


 エレナの側近の老人が口を挟んでくる。


(まあ、そうだよね。これは完全な僕のミスだ。謝るしかない)


「それについては申し開きするつもりはありません。申し訳ありませんでした」


 翔太が素直に頭を下げる。


「カルロ、今はショウタの話を聞いているのだ。脇から口を出すな」


「申し訳ありません」


 エレナは側近の老人カルロを諌めるとすぐに無言となった。エレナに咎められた事が原因というよりは、翔太が素直に頭を下げたので怒りが若干収まったからだろう。また怒りが湧き上がったらすぐにでも突っかかって来ると思われる。


「ショウタ。すまない。話を続けてくれ」


「はい。エルドベルグの中流区を見物していたら今日はやけに人が多いことに気付きました。出店の店員に聞くと、四年に一回のアームレスリング大会が開かれているようなので、見物をしようという事になり――」

 

 今度はエレナが翔太のアームレスリング大会の言葉を聞くと、目を輝かせながら言葉を遮って来る。


「そうなのだ。今日は、アームレスリング大会だった。エミーの件がなければ私とハワードが出場することになっていたのだが……。残念だ。実に残念だ。なんせ今回の賞品はすべて発明王の渾身の出来らしいしな。手に入れられればどれほど我々の――」


 ゴホン!


 カルロが咳払いをする。ハワードも呆れている様子だ。


「姫様。どうせ私達が出ても賞品は獲得できなかったでしょう。お忘れですか? 未だ嘗て人間族があの大会で賞品を得たことはありませんよ」


 エレナも苦い顔をして頷く。


「それはわかっている。だがな。今回の賞品は特別なのだ。噂では精霊のペンダントが賞品に入っているらしい。おそらく下位の精霊だろうが、使役できるのは大きい。単なる契約魔法を使えるのとは強さも能力も桁が違う」


 この言葉を聞いて翔太は何とも言えないいたたまれない気持ちになる。隣に座るヴァージルも嫌な汗をだらだらと流していた。


 ゴホン!


 再びカルロが咳をしてハワードも自分が話を脱線させていることに気付き頭を下げた。


「すまん。話をつづけてくれ」


 エレナに促され話を再開する。


「話を続けます。会場に着きましたら、エミー様が他人の試合を見るだけではなく、僕達の試合の応援もしてみたいとおっしゃられたので、僕とヴァージルさんが出場することになりま――」


 また翔太の言葉が途中で止められる。まったくもって話を脱線させるのが好きな王族だ。


「ちょ、ちょっと待て! 君達も参加したのか? ヴァージルはともかく君は怪我しなかったか?」


 翔太とヴァージルはどちらもこのエレナの失礼な発言に眉をひそめる。


「はい。全くの無傷です」


(というよりは僕が他の選手を破壊しまくってたんだけどさ。クラシャー――ショウタ・タミヤだものね)


「そうか。それは良かった。エミーの我侭のせいで怪我を負わせたのでは目も当てられん。だが、運が良かったな。あの大会は見た目程生易しいものではない。力のない者が出れば一生モノの怪我を負うこともあり得るんだ」


(この王女様。一応僕達の事を心配してくれているようだし、見た目よりもずっといい人なのかも。

 切れ長の大きな青い目とかホント綺麗なんだけどかなり冷たいイメージが付き纏う人だ。だから正直僕は苦手だったけど少しイメージが変わったよ)


「はい。運よく無事試合を終えることができました」


 翔太のこの言葉にヴァージルは心底呆れた様な視線を向けて来る。ヴァージルと翔太の様子に違和感を覚えたのか、エレナは疑問符を頭に乱舞させていた。


「だが、それならなぜもっと早くギルドハウスへ戻らなかった? エミー様がお休みになられる程大会会場にいる必要もあるまい?」


 カルロが再び怒りの表情を浮かべた。カルロからすれば、エミーの事も考えずに、自分の大会観戦という趣味を優先させた翔太達が許せないのだろう。このカルロの怒りも十分すぎるくらい理解できる。それがわかるからこそ、翔太の口は重くなり、上手く説明できなくなる。


「はあ、僕もそうしたかったのですが、成り行きでギルドに戻れなくなりまして」


「貴様、儂を馬鹿にしているのか? 成り行きとはいったい何だ? それはエミー様よりも優先すべき事だったのか?」


「いえ、それは違います。エミー様の意思を一番に優先した結果です。え~と、それは――」


 翔太の煮え切らない発言にヴァージルが堪り兼ねたのだろう。ついに横槍を入れて来た。


「カルロ様。私達が今の時間まで大会会場へとどまった理由はショウタさんにあります」


「その少年に? どういう理由だ?」


 まさかブルーノの事まで全てぶちまけるつもりか? これ以上事情をややこししてもらっては困る。

 そんな翔太の意図を読んだのかヴァージルは翔太の耳元に口を近づけ小声で囁いて来る。


『ショウタさん。私が上手く話します。全て私に任せてください』


『ブルーノさんの事、絶対に話しちゃだめですよ。もし言えば僕は貴方を決して許しません』


 翔太のこの言葉の意図はもう面倒事に巻き込まれたくはない。ただそれだけだった。だがヴァージルはそれを少し別の意味に勘違いしたらしく、顔を赤らめて躊躇(ためら)いがちに頷きカルロに話始める。


「単刀直入に言いますと、今回の大会優勝者はショウタさんです。ショウタさんはエミー様の安全の観点から準決勝を棄権するつもりでした。

 ですがエミー様がどうしてもショウタさんの試合を見たいとおっしゃられましたので、ショウタさんが知り合いの獣王国のフィオン様にエミー様の警護を頼みました。私もフィオン様がついていただけるなら安全と判断し、最後の試合までエミー様と観戦した次第です」


 今度はエレナ王女お得意の話途中止めのスキルは発動されなかった。代わりにエレナ、ハワード、カルロ、三人とも無表情で石の様に固まってしまっていた。


(この程度でフリーズしないでよ。エミーにあげたペンダントの事を知ったらどれほど狼狽するんだろう。くそ! 胃が痛む)


「「「…………」」」


 誰も一言も話さない。静寂に耐えられず翔太は恐る恐る言葉を発する。


「あ、あの――?」


「あ、ああ、すまない。ヴァージル、私の聞き間違いかもしれないが、ショウタが大会に優勝したと聞こえたのだが?」


 一応、王族の面目を保ったというところか。三人の中でエレナが一番最初に覚醒した。


「はい。第十回の優勝者はショウタさんです。マクドナフ様との激闘の末、優勝しました」

 

 ヴァージルのマクドナフの言葉にさらに戦慄するエレナ。


「マ……クドナ……フだと?」


 エレナは顔面蒼白となっている。それはハワードもカルロも同じ。


(こう)()――マクドナフ様の事ですか? あの御仁は才能だけみれば現獣王と同じく突然変異体です。とても普通の人間が勝てるもではありませんよ」


 ハワードが弾かれたようにヴァージルの言葉の内容を否定する。


「エレナ様、私がそんな見え透いた嘘を言う人間にみえますか?」


 ヴァージルはエレナの正面を向き、真剣な視線を向ける。


「…………いや、嘘ではないな。ヴァージルは嘘をつけるような器用な人間ではない。それにそんなすぐばれる嘘をつくメリットなどどこにもない」


 エレナは翔太の全身を改めて舐めまわすように眺める。


「そうか。あの大会に人間が優勝したのか。それならば、今の時間までかかったのも十分理解できるな。ん? という事は精霊のペンダントを得た可能性があるということか?」


 翔太があぶら汗を流しながら答える。


「はい。準優勝の賞品として取得しました」


 エレナの目がギラギラと野獣のように光る。


「ぜひ、譲ってくれ! どうしても私達には精霊のペンダントが必要なのだ! 金は魔法局に掛け合えば1億G、いやその倍の2億Gまでなら出すことができる」


「僕はもうあのペンダントを持っていません」


「くそ! すでに先を越されたか。あのペンダントが他国に、いや反国王派の貴族共に渡ればかなりの脅威となる。マズイな。すぐに対応策を考えねば」


 翔太の返答に肩を落としつつ呟くエレナ。


「その事なんですが、僕はエレナ様方に謝らなければならない事があります」


 翔太の真剣な表情に話の重大性を察したのか、エレナ、ハワード、カルロでさえも翔太の言葉を静かに待つ。


「僕は精霊のペンダントをエミーにプレゼントしました」


「「「プ、プレゼント?」」」


 エレナ達三人はもはや翔太の話について行けなくなったらしい。オウム返しに聞き返す。


「はい。プレゼントしました」


「あれをタダで妹に与えたのか? 君、正気か? あのペンダントの価値が分かっていないのか?」


「価値ですか……」


(エレナさんはあのペンダントの作成者の意図を全く理解していない。皮肉だね。エレナさんが手に入れるよりもあれほど横暴だったブルーノさんが手に入れた方が作成者は遥かに喜ぶ。だって説明書の最後のページには、『親愛なる女性への贈り物』とあったんだ)


 翔太に失望の眼差しを向けられエレナは不機嫌なしわを眉間につくる。


「言いたい事があるならはっきり言え」


「ではお言葉に甘えます。失礼ですがペンダントの価値をわかっていないのはエレナ様の方です。貴方はあのペンダントを兵器か何かと勘違いなさっておられるのでは?」


「君こそ精霊を使役するという事がどういう事かわかっていない。精霊魔法では成し遂げられない様々な奇跡を実現するんだ。下位の精霊であっても精霊のペンダントを持つ者は一般魔導士2000人の連隊にも匹敵する。これを兵器と呼ばずして何を呼ぶ」


 翔太は鞄から説明書を取り出し該当ページを開き、テーブルに置く。


「この本のここのページを呼んでください」


「これは精霊のペンダントの説明書か? 一日数十分間の物理攻撃、魔法攻撃無効と、即死トータル三回無効の効果が付与? こ、この非常識な効果は……」


「それでは次に最後のページを開いてください」


 エレナは翔太に言われた通り説明書の最後のページを開く。


「『このペンダントは親愛なる女性への贈り物に最適です』だと?」


 エレナにも作成者の意図が分かったらしい。驚きのあまり言葉が出てこないらしく無言で最後のページをじっと眺めている。


「おわかりになりましたか? このペンダントの本来の用法は所持者の身を守る事。それだけです。精霊の使役もその目的達成の一手段にすぎません」


「せ、精霊のペンダントを護身用だと。ふざけている。どんな化物からの襲撃を想定している? このペンダントの出鱈目な効果なら仮に戦場のど真中に放り出されても生き延びるぞ」


 エレナは自分だけの世界に潜ってしまい爪をガジガジと噛みながら俯いてブツブツと呟いている。

 ハワードがすまなそうな視線を翔太に向けて来た。

 カルロも同様だ。彼の目には既に翔太に対する敵意は欠片もなく消え去り代わりに暖かな光が灯っている。ハワードとカルロはエミーがよほど大切なのだろう。エミーにペンダントを贈った理由が護身用という事に納得している様子だ。


「それで少年が我々に謝らなければならない事とは? 今の話だけでは少年が謝る必要を私には感じないのだが。むしろエミー様の身を案じてもらいこちらが礼をいうところだろう」


 俯いて爪を噛み思考の渦に呑まれているエレナの代わりに、カルロが話を進めてくれた。ハワードも軽く頷く。


「それはあのペンダントに宿っていた精霊に問題があるんです」


 警戒状態のケトを見たことがあるハワードが思いつくに至ったらしい。


「あの白い子猫、精霊か? しかもあの精霊は――」


「はい。あの白い子猫はハワードさんの想像通り、光の精霊『ウィル・オー・ウィスプ』です」


 翔太のこの言葉をあらかじめ予想がしていたハワードとそんな事にそもそも興味がないカルロは殆ど翔太に対する態度を変えなかった。おそらくハワードもカルロもエミーのために行動した翔太を責める気などさらさらないのだろう。二人に翔太の気持ちを理解してもらえて少しだけ気持ちが軽くなった。

だが――。


「あっははははははは!」


 エレナは狂ったように笑い始めた。この部屋にいる者全身の視線がこのエレナの突然の奇行に集中する。暫らくの間、声を上げて笑った後、エレナは表情を突然消した。


「すまない、ショウタ。君という存在が全く私には理解できない。正直に話すとね。私は君が謝礼目的でエミーに近づいたと思っていた。目的は金か、地位かのいずれかだとね」


 ヴァージルがこのエレナの発言に反発しようと立ち上がりかけたがエレナがそれを手で制する。


「わかっている。そんなわけがない。この大陸最強クラスの精霊――光の精霊『ウィル・オー・ウィスプ』を召喚可能な精霊のペンダントなどとても金で買えるような代物ではない。仮に買えたとしても天文学的な数値となる。それに釣り合う謝礼など我々に払えるはずもない。

 同時に地位や名誉でもないだろう。そのペンダントをもって、我が国の魔法局にでも駆け込めば、好きな地位と名誉が与えられるはずだからな。金でも地位でも名誉でもない。では一体君の目的は何だ?」


「僕の目的? それはその説明書に書いてあったはずですが」


「き、君は本当に国宝級のアイテムを、知り合って一日足らずの少女の護身用のために持たせたのか?」


 エレナは金魚のように口をパクパクさせていた。


「はい。それが本来の用途ですし。それに、エミー様、ちょこまかして少し目を離すと遠くに行ってしまいます。確実にまた今日のような事があると思いましたので、その予防のためです。あのペンダントがあれば精霊が家族の下に送り届けてくれるでしょうから」


 相変わらず脳が事実を受け入れることを拒否しているエレナを押しのける様に、ハワードとカルロが翔太とヴァージルの前に身を乗り出してくる。


「そうか、少年もわかってくれるか。そうなのだ。エミー様はあの通り好奇心が旺盛な方でな。迷子になるのも今日が初めてではない。その度にどれほど我々が肝を冷やした事か」


 カルロは苦渋の表情を浮かべる。


「ご心中お察しします」


 翔太も今日1日エリーの面倒を見てカルロの苦悩が嫌というほどわかり、ガッシと意気投合し手を握り合った。ハワードはそんな翔太とカルロの様子に苦笑いを浮かべながら、脱線しかかった話題を元に戻す。


「ショウタ殿の謝らなければならない事とは、光の精霊が強力過ぎることだな?」


「はい。フィオンに聞いたところ、あの『ウィル・オー・ウィスプ』はその気になれば人の手足を復元させたり、街の一つや二つ一瞬で消滅させることも可能らしいんです」


ハワードもカルロもこれには絶句していた。エレナもピクピクと頬を引き攣らせる。


「なるほどな。大体事情が呑み込めた。するとエミー様の契約精霊が光の精霊と周囲に知られると権力闘争や戦争などに利用される危険性がある。だからそれを隠す必要があるということか」


 年の功故かカルロは瞬間的に翔太の言いたい事を理解し説明する。


「はい。これもフィオンからのアドバイスなのですが、ウィル・オー・ウィスプ――ケトは、エミー様と意思の疎通が利くようです。

 ですから、人前では力を使わないようにケトに命じるようエミー様に普段から言い聞かせておけば問題はないでしょう。一見白い子猫にしか見えませんしね」


「違いない。では儂はエミー様に普段から言い聞かせる役目を負う事としよう。ハワードは信用おける者のみに事情を話せ。ケトの正体が判明しそうになったときに動いてもらう」


 カルロが力強い笑みを浮かべ、ハワードもそれに答える。


「はい。承りました」


 エレナは頬を膨らませている。自分を差し置いてカルロとハワードが勝手に話を進めてしまった事に対し怒りがあるのだろう。

 だがエレナは途中で話を放棄してしまった。この事に対する自責の念故か、成り行きを黙って見守っている。


「エミーに関し勝手な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 最後に翔太は頭を深く下げる。こうする事は最初から決めていた事だ。気まずくて何も話せそうもないエレナを気遣って、カルロが答える。


「いや、謝罪しなければならいのは我々の方だ。今日はエミー様が大変迷惑を掛けた。すまない。

 それにな。エミー様が今後社交界に出た後反国王派の貴族から襲われる危険性も捨てきれなかったのだ。ケトのおかげで少なくともエミー様の命は安全だ。それだけでも我々家臣としては大助かりだ。代表して礼を言う」


 カルロも翔太に頭を下げる。ヴァージルが目を白黒させていることからも、カルロが人前で頭を下げる事は珍しいのだろう。

ハワードも頭を深く下げて来る。

 頭を下げられることに慣れていない翔太としては大層息苦しい。もうエミーの事でやり残している事はない。退出すべきだろう。


「じゃあ、そろそろ僕は御暇(おいとま)させていただきます」


「ショウタ、妹のエミーの事礼を言う」

 

 翔太がソファーから立ち上がって一礼をすると、エレナが心苦しそうに御礼の言葉を言ってきた。翔太も簡単な挨拶をして屋敷を出る。

 当初ヴァージルも翔太と一緒に帰ろうとしていたがエレナに話があると引き留められたので一人で帰ることになった。

 


 大変お待たせしました。今後できる限り早く投稿します。もう少しで加筆を加えるつもりです。ご期待いただけたら幸いです。

 ではでは!

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