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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第一部 覚醒編
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第14話 迷子の子供の面倒をみよう(5)


翔太が会場入りすると花にむらがるミツバチのように観客が一斉にワアーッと歓声を挙げる。鼓膜が破けるほどの声がビリビリ辺りを振動させる。

 すでに、会場入りしていたマクドナフが翔太に射るような視線を送って来る。翔太もマクドナフの視線に視線をぶつける。

この視線の衝突を見た観客の興奮は最高潮に達した。


「ショウタ! お前に頼みがある」


「頼みですか?」


「そうだ。次の試合お前に本気を出してもらいたい」


 翔太はこのマクドナフの言葉の真意を掴み兼ねていた。


(本気と言われてもね。本気を出したらこんな台、木端微塵だろうし。それよりもマクドナフさん、僕が手加減していたと気付いてた? 対戦相手ですら気付いてなさそうだったのに。僕とパラメータが近いからかな。確かに僕もマクドナフさんを初めて見たときに明らかに異常な強さだとすぐに気付いたしね。少しかまかけてみよう)


「じゃあ、そもそも台を変える必要ありますね」


 マクドナフはこの翔太の返答に喜びに震えている様子だ。


「やはりな。予想通り全く本気を出していなかったか」


「本気で出していなかったのは貴方も同じでしょう?」


 マクドナフは笑みを顔から絶やさずに静かに頷く。


「そうだ。本気を出したくても出せなかった。出せば相手を壊してしまうからな。

 兄者の命でこんな平和な大会に出ろと言われたときは退屈で死にたくなったが、どのみち戦闘でも本気は出せん。同じことだな。むしろ、今回はお前のような奴に会えた。それだけで運がよかった」


 マクドナフから狂ったような莫大な闘気が発生する。


(間違いない。この人僕と同じく抑えきれない程の力をもってる。やる気がない僕でさえ本気出せなくて多少欲求不満気味だったんだ。この人の発言を聞くところによると戦闘狂っぽいし、全力出せるのがよほど嬉しいんだろうね。

フィオンには世話になりっぱなしだし、フィオンの兄弟のストレス発散に御付き合いするとしますかね)


「僕もですよ。それで台どうします? こんなチンケな台じゃあ、お互い少し力入れただけで砕け散りますよ」


「違いない。おい、審判共! 俺達の力に耐えられる台を要求する。でなければ勝負が成立せん。俺は勝負を降りる」


 ここまで来たらとことんまでマクドナフに付き合うつもりだった。

 確かに、ブルーノから助けられた恩はある。それ以上に翔太はこの赤髪の獣人に強く引き付けられていた。この獣人には人を強く魅了するだけの何かがある。その何かに翔太は完璧にあてられていたのだ。


「僕達の力に耐えられるだけの台がないなら勝負するだけ無駄です。僕も勝負を棄権させていただきます」


 審判達は顔を見合わせる。おそらくこの手の要求は初めての事なのだろう。盛大に混乱している。観客達からも嵐のようなざわめきが会場を吹き荒れる。いきなり選手が条件を突き付け、満たされなければ棄権するとまで言ってきたのだ。当然であろう。


「た、大会の運営側に至急連絡とってみます。少々お待ちください」


「そんな必要ないわい!」


 腹に響く低く大きな声が響き渡る。声の主は観客の一番前の席からだった。その声の主に視線を向けたとき翔太は思わず息をのんだ。エルドベルグの武器屋カヴァデール店の親方――ドワーフのガルトだった。隣には若い店員もいる。両者とも他の観客と同様に顔を上気させている。

 運営側がガルトに近づいて行き何やら話し合っている様子だ。ガルトと話し合いが終わると、運営側が猫の獣人の司会者に何やら伝えている。

 翔太もガルトと目があったので軽く頭を下げた。ガルトはいつものような不機嫌な無愛想な顔に戻ったが、照れているのが丸わかりだった。

 猫の獣人の司会者が試合場の真中に行き音量拡張用のマジックアイテムに口を近づける。


「たった今、ビフレスト王国一の鍛冶師、ガルト様から決勝戦の試合の台の提供がなされることが決定いたしました。この試合台、なんと超人達の勝負のためにガルト様が以前に作成なされた試合台です。超人達が今まで現れなかったので(ほこり)を被っていましたが、今日、まさにこの日に解放されます」


 司会者の興奮気味の声色を纏った言葉に観客達も頬を上気させながら割れるような歓声を上げる。


「今大会運営スタッフが台を武器屋カヴァデールから至急取りに向かっております。台がこの会場へ運び込まれるまで十数分お待ちください。その間に、(くだん)の台の説明をさせていただきます。

 この台は全てがミスリル金属製です。肘をつく上部の版の表面は弾力性に富むウーツ鋼で作成されており、選手の腕を最大限保護します。これならば超人達の力にも十分耐えられるでしょう」


 猫の獣人の司会者が思う存分盛り上げたせいで会場は期待を多量に含んだ熱気に包まれていた。

 約十分後、試合場の真中には銀色の台がドンと鎮座していた。


「ついに世紀の一戦が始まります! 大会が開始されて40年、台が壊れるからとその変更を求めた事は皆無。ここで御断りしておきますが、今までの選手が弱かったのでは断じてありません。彼らは私達にその凄まじいパワーで感動を与えてくれました。

 ですが今回の試合はまさに超人同士の戦い! 人間、獣人という枠を超えた者達の戦いなのです! さあ、皆様共に歴史の見物者となりましょう!」


 会場に渦巻く声が一際大きくなる。どうやら紹介が始まるようだ。翔太とマクドナフは、銀製の試合台の近くに移動する。司会者はマクドナフに手を向ける。


「ご紹介いたします。一方は赤髪の獣人の美青年。闘いに身を置く者ならば名前を知らぬものなしの歴戦の勇者であり、獣王国ヤルンヴィドの獣王様の弟君でもございます。

 すべての試合を一瞬で決め決勝戦まで進出ぅ――! 赤髪の貴公子、マクドナフ・ダブリン・ヤルンヴィド――!」

 

 マクドナフが右腕をあげると、歓声が暴風の様に吹き荒れる。赤髪の美青年が腕を挙げて佇む姿は王者の威風を見せつける。

 マクドナフ様、キャ――、マジカッコイーとかいう黄色い声援も殊の外多い。司会者もポーとして顔を赤らめている。


(どう見ても、噛ませ犬は僕の方だよね)


 少し虚しくなっていると、司会者が翔太に手を向けて来た。


「もう一方は、突然彗星のごとく現れた期待の新人。経歴等すべて不明のミステリアスな少年です。ですがそのパワーは正真正銘本物! 彼との勝負で怪我を負わなかった選手は、二回戦に戦ったドワーフのビル様のみ。そのほか全員が手に骨折やヒビ等の怪我を負っています。今回もその強烈なパワーで相手を破壊するのか! 

 クラッシャー、ショウタ・タミヤ~~!」


(お姉さん。クラッシャーって……さすがに、それは酷いのではないでしょうか? どう考えてもヒールだよ)


 翔太も手を挙げると。マクドナフとは違った種類の耳がつんざくような野太い歓声が飛び交う。翔太の出鱈目な力に見せられた者達の声援であろう。黄色い声が全くと言ってよいほど聞こえない事に、心の中で涙を流しながら、エミー達に手を振る。

 エミーは白い子猫を頭に乗せながら、声を張り上げている。小さい声は回りの巨大な声援に掻き消されて全く翔太の耳には聞こえなかったが必死に応援してくれているのが分かった。ヴァ―ジルも大声を上げてくれている。翔太の応援をしてくれているのだろう。

 意外にもフィオンとレイナも翔太の応援をしてくれている様子だ。


(フィオン、レイナ、ありがとう。でも親族のマクドナフさん応援しなくていいの?)


 エミー達の声援でやる気を充電した後、再びマクドナフに向き合う。


「それでは、位置についてください」


 翔太とマクドナフは金色の台に肘をつけお互いの右腕を握り締める。ここからは今までの試合とは違う。正真正銘力と力のぶつかり合いだ。翔太とマクドナフはお互い厳しく睨みあう。翔太とマクドナフの出す殺気にも似た雰囲気に騒々しかった会場も徐々に静まり返り、そのうち、静寂が場を支配する。

 

 猫耳獣人の司会者もすっかりその雰囲気に呑まれている様子で、呆けていたが、すぐに意識を覚醒する。


「それでは、よろしいですね」


 司会者はゴクッと喉を鳴らし、翔太とマクドナフを見ながら右手を挙げる。ようやく始まるようだ。司会者は手を天に高く掲げ、それを――。


「レディ~~~ゴー!」


 翔太は右腕にすべての力を込める。マクドナフの右腕から途轍(とてつ)もない力が翔太の右手を銀色の台に叩き付けんと加えられる。翔太もそれに耐え逆にマクドナフ右手を台に叩き潰そうとする。翔太とマクドナフの力は完全に拮抗していた。


 ギシッ! ギシッ! ギシッ!


 銀色のミスリル性の台があり得ない悲鳴をあげる。


「う、嘘……。ミスリス製の台が(きし)んでる? そんな馬鹿げた力あり得るの?」


 普段五月蠅(うるさ)いくらいに解説する司会者はそう呟くと翔太とマクドナフの戦いに見入って一言も話さない。司会者にプロらしからぬ行動をさせる程、翔太とマクドナフの戦いは異常だった。全く両者ともピクリとも動かない。だがミスリル製の台から今にも壊れそうな(きし)む音のみが会場を満たす。

 会場の観客達は誰も彼も無言で二人の戦いに(まばた)き一つせず視線を送る。





 数十分ものぶつかり合いについに変化が見られた。僅かに翔太が押し始めたのだ。汗一つかかない翔太と異なり、マクドナフの額には玉のような汗が溢れている。

 おそらく、翔太とマクドナフは筋力では拮抗していた。だが体力は翔太が圧倒的に勝っていたのだ。マクドナフは最後の力を振り絞る。


「ふぬおぉぉぉぉぉぉっ!」


 マクドナフの最後の凄まじい力が翔太に襲う。翔太は僅かに押される。だが、翔太もありったけの力を右腕に込める。翔太の右手に闘気がみなぎり、そして――――


ドゴォッ!


 マクドナフは先ほどの力が最後のあがきだったようだ。翔太の渾身の力になすすべもなく、マクドナフの右手の甲は銀色の台に叩きつけられた。

 静寂が辺りを支配する。この静けさは翔太に豪雨の来る前触れのような感覚を抱かせた。


(またこの静寂か。前の試合と同じだね。だとすれば――)


 翔太は司会者に目を向ける。獣人の司会者は最初翔太と目が合っても無言であったが、やっと現実に戻って来た。


(この司会者の人、毎回呆け過ぎのような気がする)


 司会者は翔太に手を向け宣言する。


「勝者、ショウタ・タミヤ~~!!!」


 翔太は後からくる嵐を予想して自分の両耳を両手で塞ぐ。


『うおおおおおおおぉぉぉ~ッ! 』


 直後、かつてない程の歓声という豪雨が会場に吹き荒れる。


「いや~すごい戦いでした。大会始まって以来の激戦! 数十分の激戦を凌ぎ切り

第10回アームレスリング大会を制したのはショウタ・タミヤ選手です。皆様拍手を!」


 割れんばかりの拍手が会場に注がれる。マクドナフが右手を翔太に差し伸べてきた。さすがはマクドナフ。右腕はヒビさえ入っていないらしい。翔太も右手で握手を返す。


「今回は完敗だ。ショウタ! 俺がこうもあっさり敗北したのは兄者達以来だ」


 敗北したというのにマクドナフはどこか嬉しそうだった。


「あっさりではありません。僕もギリギリでしたよ」


「汗一つかいていない奴が何を言う! だが、俺もこれで自分が井の中の蛙だという事が実感できた。俺もお前もまだまだこれから伸びる。次はアームレスリングなどではなく、剣と拳で勝負しよう!」


「はい。ぜひ」


 翔太としては目の前の怪物みたいな強さの獣人と、ガチンコでやりあいたくはなかったが、礼儀として相槌(あいづち)を打っておく。握手を済ませると颯爽(さっそう)とマクドナフは会場を去って行った。相変わらず、やる事なす事すべてが絵になる人だ。





 お読みいただきありがとうございます。

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