第13話 迷子の子供の面倒をみよう(4)
観客席へ戻るとフィオン、レイナ、エミーの他に案の定、ヴァージルがいた。
エミーがすごい勢いで抱き付いてくる。
「ショウタ、強い! 強い!」
翔太に抱き付きながらも飛び跳ねるエミー。
「ありがとう。エミー!」
翔太は抱き付く小動物のようなエミーの頭を優しく撫でる。エミーは目を細めて気持ちよさそうにしていた。
ヴァージルがすかさず翔太に何かを言おうとする気配があったが、完全無視してフィオンに向き直る。ヴァージルの今にも泣き出しそうな悲しそうな顔に少し心が痛んだが、もう彼女と関わり合いになるのはごめんだった。
「フィオン、レイナ、エミーを見てくれていてありがとう」
あえてヴァージルを除いたことにフィオンは僅かに眉をひそめたが、翔太に話を合わせてくれた。
「まったく問題ねえよ。どうせマクドナフの試合を観戦するつもりだったんだ。どこで見たって同じさ。それにエミーの嬢ちゃんとの観戦もかなり楽しかったぜ。なあ、レイナ」
「そうよ。エミー、始まる前から、『いけ~~』、『やれ~~』とか言うんだもん。見てて可愛かったわ」
フィオンとレイナの言いたい事もわかる。エミーとの観戦はとにかく見ていて微笑ましい。目をキラキラさせながら、小さい手を振り上げて応援するさまは天使のようだ。
そこでフィオンが話題を変え、呆れたような表情をみせた。
「それはそうと、ショウタ、お前どんどん化け物じみてくるな」
「フィオン……一応僕も気にはしてるんだからあまり言わないでよ」
翔太が頬を引き攣らせるのを見てフィオンは慌てて自身の言葉を訂正し始めた。
「すまん。すまん。別にそう悪い意味で言ったんじゃあねえんだよ」
「いや、別にいいよ。ホントの事だしね」
フィオンがまだ何か言いたそうにしていたがスルーして床に膝をつき抱き付いているエミーに視線を合わせる。
「エミー、君にプレゼントだよ」
エミーに後ろを向かせ先ほどのペンダントを首に掛けてやった。フィオン、レイナ、ヴァージルまでその行為に唖然としていた。
だが逆に翔太にはこのフィオン達のリアクションが理解不能だった。
「どうかしたの?」
翔太がフィオン達に素朴な疑問を投げかける。
「お前、そのペンダントいくらするかわかってるのか?」
そのような事、この世界の生活が短い翔太にわかるはずもない。
「いくらするの?」
「この大会の準優勝賞品だからな。発明王の作品だし、本来金で買えるようなアイテムでもない。おそらく最低でも数千万Gはするだろう」
「数千万G! マジ?」
「大マジだ!」
「それはすごい! 良かったね。エミー! そのペンダントかなり貴重らしいよ」
翔太からもらったペンダントを見ながら嬉しそうにクルクル回るエミー。
フィオンは翔太の行為に呆れ果てているのだろう。肩をすくめて『もういいや、勝手にしてくれ』と呟いていた。
エミーにペンダントの説明をしよう。
説明書に書かれていたうちで、エミーが知っておかなければならないのは精霊召喚だけだ。物理攻撃無効と即死回避の方は身に着けてさえいれば自動的に発動されるらしいから。
取説によればペンダントの持ち主が精霊を召還し契約する。契約した精霊はペンダントを構成する《精霊石》という奇跡の金属と同化し、以後精霊の核となる。
ちなみに契約の仕方は簡単。身体の一部に血液をつけてペンダントの宝石部分につける。身体の一部は通常髪の毛が用いられる。つまり髪の毛に血液をつけてペンダントの宝石部分に付着させればよい。
「エミー、チクッとするよ」
「うん。わかった」
エミーから髪の毛を一本抜き取る。意外にもエミーは大人しくしていた。好奇心の旺盛な子だ。これから始まることが楽しみで仕方ないのだろう。顔が興奮で上気している。
(エミーから血液を採るなど僕にはできない。僕の血液でも大丈夫だよね。血液はあくまで触媒に過ぎないって書いてあったし)
翔太が自分の親指に刀で小さな傷をつけ、血液をエミーの髪の毛につける。そして、その髪の毛をペンダントの宝石につけようとしたとき――。
「精霊と契約をするのは待ってもらおう!」
僕は声のする方に首を傾ける。ブルーノ達だった。
翔太がたっぷりと非難の含んだ目をヴァージルに向けるが彼女も想定外だったのか、狼狽の色を隠せていない様子だ。
「まだ何か?」
「そのペンダント、こちらに渡してもらおう!」
フィオンもレイナも許嫁であるはずのヴァージルでさえもブルーノの奇行に唖然としていた。エミーはブルーノ達が恐ろしいのか再び翔太の後ろに避難する。
「これは僕が先ほどの戦いで得た賞品です。貴方に渡す道理はない」
翔太の呆れ果てた声色にブルーノは悪鬼の如き形相となる。そしてブルーノの怒気に反応し再び従者達も殺気立つ。
「いいから渡せ! お前にそのペンダントを持つ資格などない」
従者の一人が叫ぶ。アイテムにすぎないペンダントに持つ資格も糞もあるはずないだろう。従者達は剣の柄に手を掛け身構えている。
「あの~、この世界の貴族というのは盗賊の真似事もするんですか?」
阿呆すぎるブルーノの言葉にもう呆れを通り越して笑い出したいのを必死でこらえる翔太。この翔太のあからさまの侮辱の態度に憤激するブルーノ。
「貴族を盗賊だと? 何たる無礼! 貴様にはそのペンダントを私に渡すべき理由がある」
「それは?」
「先ほど貴様が壊した剣の代わりだ」
確かに翔太は従者が持つ外見だけはやけに豪華な剣を素手で握り潰していた。
「――なら、お金で弁償します。いくらですか?」
あの程度の剣ならいくら高くても数十万Gに過ぎないだろう。
しかし、ブルーノはその翔太の言葉を待っていましたとばかりに得意気にふざけた金額を提示する。
「2000万Gだ。1Gたりともまけるつもりはない」
「2000万G? 僕が素手で握り潰したような剣が?」
「そ、そうだ」
さすがに無理があるのは重々承知なのかブルーノも僅かに言い淀んでいた。
この世界において平民は貴族に尽くすためだけの存在。貴族の言う事には絶対服従。どんな理不尽も受け入れなければいけない。このようなお馬鹿な思考回路なのだろう。
「そんな理不尽が許されるとでも?」
その翔太の言葉を予想していたのかブルーノは口角を吊り上げる。
(まさか許されるのか? 仮にそうなら比喩ではなくマジでただの盗賊だ。しかも、自身に正当性があると信じ切っているだけ盗賊よりもよほど質が悪い)
「すぐにエルドベルグの司法局に貴様へ2000万Gの支払いを求める訴えを提訴するつもりだ。
貴様のような平民と、マコンキー家次期当主の私、司法官がどちらを信用するかなど考えるまでもない。
仮に払えなければ奴隷の身分となるぞ。だが私も鬼ではない。貴様がそのペンダントを渡すなら提訴しないでやっても良い」
眼球をだけを真横にいるフィオンに向けると顔を歪めていた。どうやらこのブルーノのいう事もあながち坊ちゃんの戯言ではないらしい。
(こんなくだらないやり方がブルーノやヴァージルさん達貴族のやり方ってわけね。
エミーの件が済んだらとっととエルドベルグをとんずらしよう。お尋ね者になっても今の僕なら逃げ切る事は可能だろう)
この鉄火場のような状況にエミーは遂にクスン、クスンとしゃくりあげ始めた。そして翔太が首に掛けてやったペンダントを首から外した。
「エミー。それは僕が君にあげたものだ。それは君のだよ。持ってなさい。ね?」
エミーは泣きながら首を横に振る。エミーの涙を見て、ヴァージルとレイナの意識が覚醒した。
「ブルーノ! あなたって人は!」
ヴァージルが親の仇でも見るような視線をブルーノに向ける。
(ヴァージルさんが怒っている。
さすがに許嫁とはいえこの理論が荒唐無稽だと判断できるだけの冷静さは持ち合わせているらしい。そこまで腐ってはいないか。少し安心した)
フィオン、レイナだけではなく周囲で傍観していた観客からも咎める視線がブルーノに集中していた。だがブルーノはそんな事には気にも留めはしない。
「ヴァージル。そのペンダントはそんな平民の娘になんか相応しくない。君のような美しく高貴な女性にのみ相応しい。そのペンダントは君のものだ」
「ふ、ふざけないで!」
周囲の観客達は非難の目をヴァージルにも向けヒソヒソと小声で話始めた。
正義感の強いヴァ―ジルにとって幼い子供からペンダントを不当に取り上げる片棒を担いでいるとみなされるのは屈辱以外の何者でもあるまい。ヴァ―ジルには心底同情する。
「翔太に貰った物なら何でも嬉しい。だからこれいらないの」
ここで翔太が無理にペンダントをエミーに押し付けても彼女は喜ぶまい。寧ろ罪の意識等から強いトラウマを残すかもしれない。ここは甘えておくべきだろう。それに心の籠っているものならエミーはなんでも喜ぶだろうから。
翔太はエミーからペンダントを受け取る。
「わかりました。本当にこれで提訴しないでもらえるんですね?」
エルドベルグを離れる気満々の翔太にとって訴えなどどうも良いが、エミーの罪悪感だけは消しておきたかった。
「少女の事よりも自分の心配をするとはな。見下げ果てた奴だ! 所詮は平民ということか。
良いだろう。私の懐の大きさに感謝するがよい。貴族の名に誓って取り下げる事を約束しよう!」
ブルーノは周囲の非難の目とヴァージルの凍てつくような視線にやっと気づいたのか、ゴホンと咳払いをして翔太の手からペンダントをひったくる。
「ふざけないで!! ブルーノ、貴方自分が何をしているか理解しているの?」
ヴァージルの凄まじい剣幕に圧倒されながらもブルーノは自身を正当化する言葉を紡ぐ。
「も、勿論だよ。ヴァージル。これは正当な権利の行使。君もアイツが私の従者の剣を握り潰すのを見ていただろ?」
「ええ、見ていたわ」
ブルーノはその瞳に安堵の色を滲ませる。
「そうだろう。こいつは私が従者に与えた剣を握り潰した。その正当な対価は払われるべきなのだ」
此奴は真正の愚者だ。ヴァージルに真に惚れてるんだろう? なら彼女をもっと見ろ。理解しろ! 今の彼女の凍えるような冷たい顔を一目見れば彼女に幻滅していた翔太でもその意思を推し量る事ができる。
「貴方の従者が幼い少女に難癖をつけて剣で切りつけようとした。そこをショウタさんがその暴挙から守ろうとして貴方の従者の剣を握り潰した。
もしもショウタさんを訴えるのなら私が証人として全て証言する。私も公爵家、信用性ならあなたの家にも決して負けはしない」
ヴァージルの真意にやっと気付いたのかブルーノは狼狽し始める。
「ば、馬鹿な。私がそのペンダントを得ようとしているのは君のためなんだ! そんなことをすれば、私だけじゃなく君さえも責任の一端がある事になる。何らかのお咎めを受けるぞ!」
ペンダントの件は見たところ完全にブルーノの独断だ。ヴァージルが責めを負う事はないだろう。だがこの暴論にヴァージルは乗っかるようだ。
「望むところよ。私に責任の一端があるのは間違いないしね。
むしろ幼馴染の貴方との関係が変わってしまうのが嫌でずるずると引き伸ばしていた私が一番悪い。そんな卑怯な私が優しかった貴方をこれ程までに変えてしまったから……」
「わ、私は変わってなどいない!!」
ブルーノは声を張り上げる。その行為だけで自ら肯定しているようなものだ。
「ブルーノ……本当に気付いていないの?
じゃあ聞くけど昔の貴方は少女に剣を向けたりした?
平民だと人を馬鹿にしたことは?
貴族だと威張り散らしたりしたことは?
人を陥れたりしたことはあった?
なかったでしょ? 昔の貴方は心の優しい人だった」
ブルーノの足が小刻みに震えている。
「…………」
無言で俯き視線を床に固定するブルーノ。
「もうはっきりさせましょう」
「はっきり……させるとは?」
ブルーノはヴァージルの言葉に顔を上げる。その顔は感情が消失し、まるで能面のようだ。
「もうとっくに気付いているんでしょ?」
悲しそうな瞳でヴァージルはブルーノを見る。
「だから私はそれを聞いている!」
ブルーノの声が観客室に響き渡る。
「私は貴方を好きではないし、好きになれそうもない。幼馴染以上の感情がどうしてもわかないの。
これは貴方が変わる前からずっと同じ。だから貴方が変わってしまったのは私のせい」
「そ、そんなはずはない。君は私を好きなはずだ!」
「いいえ、私は貴方を好きじゃない」
このヴァージルの言葉を聞いて、ブルーノは今にも泣き出しそうな子供の顔に変わった。
「う、嘘だよな?」
「本当よ」
「私は君にとってどうでもよい人間……なのか?」
ブルーノの声は擦れ今にも消え入りそうだ。
「いえ、貴方は私の大切な人よ。それは間違いない。
だから私は今までこの事を貴方に言えなかった。でもそれはあくまで幼馴染として大切な人。それ以上でも以下でもないの。ごめんなさい」
ヴァージルは真剣な顔で頭を深く下げる。
ブルーノはゆっくりと床に崩れ落ちる。両目より涙がはらはらと流れ落ちる。
最初小声だった声は次第に大きくなっていく。
何だろう? この昼ドラのようなテンプレ的展開は?
今までマグマのように煮えたぎっていた怒りは急速に冷めてくる。
怒りが消沈した理由はこの出来の悪い恋愛小説のような痴話喧嘩に心底馬鹿馬鹿しくなった事も勿論ある。だがそれ以上にブルーノの気持ちが多少なりとも理解できてしまったこともあったのだ。
中学時代、翔太も日葵に対し今のブルーノのような感情を抱いていた。ブルーノ以上に狂わんばかりの恋慕を抱いていた。だがすぐに日葵が翔太に幼馴染以上の感情を持っていない事に気付き呆気なく諦めた。
なんの努力もせずに諦めた翔太と違い、ブルーノは足掻き続けたのだ。ブルーノの方が男としてはいくらか増しといえるかもしれない。
もっとも、やり方は全くと言ってよいほど賛同はできないし、エミーを傷つけようとしたことは決して許しはしないが。
人盛りができていた観客も単なる痴話喧嘩と理解したのか翔太達から離れて行ってしまった。
散々泣きはらしたあとブルーノはペンダントを翔太に返し、再びヴァージルに向き直る。
「ヴァージル、一つ聞いていいか?」
「何かしら?」
「そこの男がお前の好きな奴なのか?」
実に面倒な事を聞く人だ。ヴァージルがこの手の話題に過剰反応するくらい幼馴染なら察してほしい。
「ショ、ショウタさん? す、好きなわけがないでしょ! まだ知り合って一日足らずよ!」
ヴァージルはドモリながらも顔を紅潮させて必死で否定する。
このヴァージルの姿は見る者を現実とは逆の想像に駆り立てる。どう考えてもこれは逆効果だろう。案の定、レイナの翔太を見る目が心なしか冷たい。フィオンもドヤ顔で翔太の背中をバンバン叩いてきた。
「そうか。
おい! 貴様。名前は何という?」
ブルーノはヴァージルの一連の様子から勝手に自己完結してしまったようだ。
翔太に視線を移動させ尋ねて来る。
「ショウタ・タミヤです」
「そうか……いろいろすまなかったな」
翔太の返答を待たずにブルーノは従者を連れてそそくさといなくなってしまった。
まさか謝罪されるとは思ってもいなかった。翔太はただあまりのブルーノの変わりように面食らってしまい目を白黒させていた。
「ヴァージルさん達の事情、フィオン、知ってたんだね? だからあんなに冷静だった……」
翔太がジト目を横にいるフィオンに向ける。フィオンは気まずそうに、翔太に耳打ちしてくる。
「前に相談は受けてたんだ。ヴァージルから誰にもいうなと口止めされててな。すまん」
「一人で疑ってた僕がまるで馬鹿みたいじゃないか。軽い自己嫌悪だよ。全く……ああ、ヴァージルさんになんて謝ろう」
そんな翔太をみてフィオンは終始ニヤニヤと口元を緩めていた。
「それは心配いらんと思うぞ。それよりもたった一日でどうやったんだ?
お堅いヴァージルのこんな姿初めて見るぞ」
翔太と視線が合うとヴァージルはホオズキのように顔を赤らめて俯いてしまった。確かにこれでは勘違いされるのもわかる気がする。
ヴァージルは日葵とどこか似ている。とにかく周囲に勘違いされる態度を無意識のうちにとるのだ。
だいたいヴァージルと出会って一日だ。加えて翔太はヴァージルに好かれるような事など一つもしてない。むしろ嫌われるようなことしかしていないのだ。恋愛感情など沸くはずもないだろう。
だがそれを今のフィオンに話しても時間の無駄だ。
軽い溜息を吐きながら、ヴァージルの傍まで歩いて行く。
「ヴァージルさん」
「は、はい!」
ヴァージルは弾かれたように翔太に向き直る
「ごめんなさい。僕はさっきまでエミーに危害を加えるのではないかと貴方を疑っていました」
翔太の謝罪にヴァージルが今までにないほど真顔になる。
「かまいません。そう疑われるだけの態度をとってしまいましたから。それに、ブルーノが私のせいでエミーを傷つけたのは事実です」
ゴホン!
エミーの前でもうこれ以上この手の暗い話はするなという無言のプレシャーを咳払いとともにレイナから受け、慌てて翔太とヴァージルはエミーの存在を思い出した。今日限りとは言え保護者失格だ。
翔太とヴァージルがエミーに近づいて頭を撫でてやると、キャッキャッとはしゃぎ翔太達の周りを飛び跳ねる。翔太とヴァージルが仲直りをしたのがよほど嬉しかったらしい。
エミーの無邪気な笑顔に癒されながら、ペンダントを再びエミーの首にかける。
そしてエミーの髪の毛をもう一本拝借し、翔太の人差し指に刀でほんの小さな傷をつける。血液をエミーの髪につけ、宝石に接触させた。
突如としてエミーを中心に眩い暖かな光が辺りを包み込む。
光が消え去った後エミーの頭に一匹の愛らしい白い子猫がちょこんと乗っていた。
「にゃ――」
エミーが恐る恐る頭にいる猫に手で触れ腕に抱きかかえる。
腕の中にいる白い子猫に目をキラキラ輝かせるエミー。
子猫の頭を撫でたり、頬ずりしたりしている。どうやらエミーにとって新しい友達ができたようだ。
このエミーの反応に対し周囲の反応は二種類に分かれた。
まずレイナ、ヴァージル達の女性陣。愛らしい真っ白い子猫にエミーと共にきゃあきゃあ、言いながら戯れている。遂に女性達の間で、一人一分という密約が交わされたようだ。
これに対し、出現した精霊にドン引きしていたのはフィオン達ベテラン冒険者である。
「火、水、風、土、雷、氷、闇のどれでもねえ。とすると、これは光の精霊『ウィル・オー・ウィスプ』だよな……上位精霊じゃねぇか! レナルドのジジイ! こんな国宝級のアイテム、大会の景品なんかにすんじゃねぇよ」
「フィオン、あの子猫すごいの?」
「すごいってもんじゃねえ。アレは光の精霊『ウィル・オー・ウィスプ』、誰もが認める上位精霊だ。
光の精霊に力を借りるのは精霊魔法でさも珍しいんだ。光の精霊を使役しているなんて聞いたこともねえよ」
そう言われても、どう凄いのかイメージが掴みにくい。もっと具体的に聞いてみる事にしよう。
「僕にはその凄さが全くと言っていいほど理解できない。もっと具体的に教えてもらっていい?」
「おうよ!
まず、この大陸には火、水、風、土、雷、氷、光、闇の八属性の精霊がいる。中で最も格が高いと言われるのが光と闇の精霊だ。
この光と闇の精霊だけは精霊王が存在しない。その代わり、光の精霊の直属の主は光の神といわれている。つまり、神獣であるディートと同格か、属性的にはそれ以上というわけだ。獣王国でしか力を振るえないディートと比べて、エミーの嬢ちゃんさえいれば力を振るえる光の精霊の方が遥かに使い勝手がいいだろうよ」
「ん~、光の精霊が貴重なのは理解できたんだけどさ。実際に何ができるの? 僕にはにゃあにゃあ鳴いている子猫にしか見えないんだけど」
フィオンは翔太のこのセリフを聞いて右腕で頭を抱えて天を仰ぐ。顔一面に玉のような汗を浮かべている。
「はは……知らないって幸せだよな……」
「あ~! その言い方少し傷つく」
僕の冗談に律儀にもフィオンは動揺し取り繕う。
「い、いや、すまん。別に否定的な意味の言葉じゃない。本当にそれほどの力なのさ」
「うん。それで?」
「光の精霊の知られている能力は3つ。
一つ目は超絶回復能力。欠損された手足でさえも再生させることができるとされている。だが、この能力でさえ次の能力から比べれば付録に過ぎん。
二つ目は光を利用した広域探知・探索だ。光が届く場所ならほぼどこでも探索可能だ。
最後は光の反射を利用した能力。最強クラスの攻撃力があり、回避はほぼ不可能といってよい」
要は光エネルギーを利用した攻撃ってとこだろう。確かに光の速さで生物が動けるはずもない。更に探知能力もあるとなれば圧倒的といえる。
フィオンは更に説明を続ける。
「過去に光の精霊と契約したエルフの魔法使いがこの二つ目の力を利用した魔法を開発した。それがこの大陸の最強魔法だ。昼間しか使えないという難点はあるが、過去に一個師団1万5000人を焼き尽くしたとされる出鱈目な威力の広域殲滅魔法だ。
光の精霊と契約した程度でそれだ。光の精霊自体を使役したら同等以上の事がほぼ間違いなくできる。
つまりだ。エミーは街程度なら簡単に滅ぼせる力を得たという事になる。どうだ? やばさがわかったか?」
地球で言えば少女個人に核兵器のスイッチを持たせたようなものなのだろうか。なるほど。確かにこれはヤバイ。
「ねえ、フィオン。ペンダント、エミーにあげちゃって不味かったかな? 彼女のためにならなかったりする?」
フィオンも少し思案した様子であったが、エミーが子猫と戯れる姿を暫らく見てから再び翔太へ視線を戻す。
「いんや、エミーなら大丈夫だろう。かえって、戦争とは無縁の人間が得てよかった。国になんぞ渡ったら、一気にパワーバランス崩れそうだしな。ただ、エミーの保護者には一応説明しておいた方がいいな。光の精霊であることは隠しておかないと、今までの生活が送れなくなるかもしれん」
「わかったよ。僕から説明しておく」
そうしている間についに決勝戦の時間となった。翔太は試合場へ向かう。
お読みいただきありがとうございます。
投稿まで期間がかかってしまいすいません。できる限り投稿はしていきますのでよろしくお願いいたします。
近い内に《僕と俺の異世界漫遊記――裏》も投稿します。詳しくは活動報告にかいてありますので気になる方は見ていただければ幸です。
(当面の執筆の遅さはこれでご勘弁いただけないかと思います)