第28話 魔道具を作ろう(2)
店員のお姉さんにディヴは少し店を出ると告げて、カヴァデール店を出る。翔太も後に続く。
ここは中流区ではあるが、限りなく下流区に近いストリート。ヴァージルが襲われた通りだ。ヴァージルを守れなかったときのことを思い出し、沈む気持ちを押さえつけつつ、ディヴの後を付いて行く。
ディヴが一軒の建物の前で止まった。その建物は円形をしており、三角の屋根を持つ建物だ。この建物を一目見た翔太の感想が『つくし』だった。
ディヴが家の中に入り、翔太も家の中に足を踏み入れる。家の中は色々なものが散乱していた。服、下着、中には生物の死骸のようなものもあり思わず顔を顰める。
ディヴは居間らしき部屋へ入って行く。その部屋は薄暗い窓がない部屋であり、ランプの光が幾つもの壺のようなものを映し出していた。
いろいろな種類のツボが置いてあり、中には何とも形容し難い匂いのする紫色の液体もあり、思わず咳き込んでしまう。
部屋の中心には、一人の美しい女性が椅子に座ったまま寝ていた。その女性は黒色のドレスに長い黒色の髪をしており、お伽話に出て来る魔女のようだ。歳は心菜と同じ20代後半ほどだろう。
「カサンドラさん。起きてください」
ディヴが魔女の様な女性――カサンドラをゆすると、億劫そうに瞼を開け、ギロと視線をディヴと翔太に向けた。
「ディヴ? いい気分で寝てたのに……よくもまあ叩き起してくれたね」
「カサンドラさん、仕事以外いつも寝ているじゃないですか。そんなに寝たら脳みそふやけちゃいますよ!」
「ふん。大きなお世話。それで用件はその坊や?」
カサンドラは欠伸をしながら大きく背伸びをする。くびれたウエストに黒いドレスはこの上なく似合っており、背伸びによりその豊満な胸が揺れ動き、独特の色気を醸し出している。
一つの動作、動作が大変色っぽい人だなと変な感心をしながらもカサンドラに頭を下げ挨拶をする。
「ショウタ・タミヤです。よろしくお願いします。
この度は作業を見させていただく許可――」
「ああ、いい。あたしはそんな堅苦しいのは苦手なの。それにしても、ディヴ、こんな坊やが本当に凄腕の《鍛冶師》なの? あたしにはとてもそうは見えない」
「間違いなくエルドベルグ一、いや、おそらくアースガルズ大陸一の《鍛冶師》ですよ。僕が保障します」
カサンドラはこのディヴの返答に目を白黒させていたが、大声を上げて笑い始めた。
「あっははっはは! それは面白い冗談ね。このちんちくりんがアースガルズ大陸最高の鍛冶師? 《鍛冶師》もずいぶんレベルが下がったんじゃない? ガルトさんも腕がなまったぁ?」
ディヴはガルトを悪く言われて怒るのかと思ったが、全くその様子はない。元々口の悪い人なのだろう。
「わかります。一見そう見えるんですよね。ですが《鍛冶師》では歴史上、ショウタさんを超える方は今までもいないですし、これからもでません。私が保障します」
「そ、そう。まあディヴに保障されてもねぇ。それで、私の仕事を見学したいとかいうふざけた事ぬかしているようだけど?」
カサンドラは自信ありげのディヴに目を丸くするが直ぐに翔太に鋭い眼光を向ける。
「は、はい。仕事をしているところを見学させてください。お願いします」
「別に減るもんじゃないし、構いやしないけどねぇ。《鍛冶師》はどうだかしらないけど、見ただけで理解できるほど甘い仕事じゃないよ?」
「わかっています。是非お願いします」
翔太の決死の様子に肩を竦めるカサンドラ。
「わかった。わかったわよ。じゃあ、今日だけあたしの助手に入って。助手と言っても変に手伝われても足手纏いになる。あたしは非力。重いものの上げ下ろしをしてもらう」
「はい。喜んで!」
翔太の有頂天にも喜ぶ様子に苦笑しながら、カサンドラはついてくるようなジェスチャーをする。
ディヴに礼を言いカサンドラについて行く。
2階の比較的大きな部屋へ入るとムワ~という独特の薬品の匂いが嗅覚を刺激する。顔を顰める暇もなくカサンドラに壺を持つように言われる。カサンドラが嫌らしい笑顔を張り付かせている。翔太が壺を持てないと思っているのかもしれない。何ともまあ、性格が捻じれている人である。
勿論、翔太にとって、壺など羽のようなものだ。壺を軽々と持ち上げる。
「カサンドラさん。この壺どこに置けばよいですか?」
カサンドラは面食らってぽかんとしていたが、すぐに翔太に指示を送る。
「あそこの部屋の隅にある壺の傍において。代わりに、空の壺があるからここまで持って来て」
翔太が空の壺を持ってくると、竈の様な場所に置くように指示される。壺を置き、カサンドラを観察する。
壺の中に、青々しい草や毒々しい紫色の草、粉のようなものを次々入れて行く。良く分からないドロッとした液体のようなものも入れて行き、適温で混ぜ合わせる。
数時間カサンドラはそれをただ繰り返した。翔太には何をしているのかチンプンカンプンであった。だが、一つの動作も見逃さない様にカサンドラの作業を注視する。
火の温度は細目に調節され、壺の中身を混ぜるのも一定のリズムがある事が素人目にもわかった。
2時間ほどで例のスキルラーニングの負荷が襲った。予想はしていたので、別にそれほど驚きもしない。カサンドラを騙すような形で、スキルラーニングをしてしまった事に多少の罪悪感が湧いたが、憧れの迷宮作成のためという強烈な誘惑に呆気なく翔太の中から消え去った。
翔太はトイレに行くといい席を外し、ギルドカードをポケットから取り出す。
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スキル
《魔道具作成術(第4――最上級)》
■説明:
適切な素材を用いれば特質級の魔道具まで作成可能
特質級までならば素材からできる魔道具を予測することが可能
特質級までなら作成したい性能の魔道具から素材を選択可能
特質級までなら魔道具のクラスを識別可能
■必要使用回数:0/16
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(ほとんど、スキル《鍛冶》と同じだ。違うところは『※ただし魔法の奇蹟を付与する事はできない』の文言が消えている事くらいかな。まあ、マジックアイテムを作るんだし当り前だよね。ごめんなさい。カサンドラさん)
心の中で猛烈に謝罪しながらも、カサンドラの作業の観察を再開する。壺の中身は真っ赤な赤色の液体で満たされていた。この液体は見たことがある。十中八九、ポーションだろう。
その後、カサンドラは30分間壺の中身を混ぜ合わせていたが手を止める。どうやら完成らしい。
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【ポーション】
■クラス:上級
■説明:使用者の治癒力を向上し体力(生命力)を回復する薬。
■性能:4度(中度)以下の傷を治すことが可能。
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(【上級】のポーションということは、アイテムショップで売られている『上級ポーション』ということかな? でも、このポーションの作成は剣と違って量産はできない。スキルのレベルアップをするにはあまりにも不向きだ。他に、何かスキルを上げるのに最適な魔道具はないかな? 怒られるかもしれないけど聞いてみよう。うう……怖い)
「カサンドラさん。僕に魔道具作成を手伝わせてほしいんです。お願いします」
なり振り構わず頭を深く下げる。正直、頭を上げるのが怖い。素人の翔太に見学されるのすら不快な様子だった。手伝わせてくれと言っても、納得してくれるとは到底思えない。
「……何か理由があるようね。あたしは別に構わないよ。人手はあって困るもんじゃない。だけど、軽い気持ちでいるなら直ぐに帰りな!」
「いえ、軽い気持ちでは断じてありません!」
テューポに頼めば、『七つの迷宮』に工房をすぐにでも設置することができる。つまり、一人でもできそうではあるのだ。だが、そうする気にはなれない。ガルトやディヴと知り合うことにより、翔太は一生涯の経験をさせてもらった。友情に近いものをガルトやディヴと築く事が出来た。
この異世界に来て思い知った事がある。それは、一人では何もできないという事。人の繋がりは何よりも尊重しなければならないという事。
もちろん、日々の生活で性に合わない人や、翔太を傷つける存在は沢山これからも出て来るだろう。だが、それが怖くて逃げていてはいけない。傷つきながらも関わらなければならない。もっとも、現在それを実行に移せているとは全く思ってはいないが……実際にヴァージルの件では翔太は逃げている。
「口だけなら誰でもいえる。身をもって示しなさい」
「は、はい!」
気のせいかもしれないが、最初に常にあったカサンドラの刺々しさが消えているように見える。少し嬉しい。
「じゃあ、まず見習いの作業から。薬草の調合だよ。薬草とポーションの違いは分かる?」
《魔道具作成術》をスキルラーニングした結果、【第4――最上級】までの知識は頭にすでにあったかのように引き出すことができる。完璧にカンニングであり気まずすぎるがこの際我慢である。
「ポーションも薬草も『使用者の治癒力を向上し体力(生命力)を回復する薬』という点では同じです。違いは、薬草はポーションの前段階、つまり、カサンドラさんが作成していた壺の材料の一つです。その薬草をさらに精製し、複数の種類の薬草を一定の条件で混ぜ合わせたものがポーションです。ですので、効力はポーションよりも数段落ちます。加えて、薬草は飲み薬としての効力は薄く、また桁外れに苦いため、付け薬として用いられます。以上です」
最初の冒険者の稼ぐ金などたかが知れている。宿屋等の宿泊代金を差し引けばほとんど残らないのが通常だ。だから、新米冒険者は薬草を買う。翔太は運よくフィオンがおり、金を借りられたという事情があったから、ポーションを買う事が出来ただけだ
「へぇ~~、知識だけはあるみたいじゃない。その様子だと薬草の作り方も知ってそうね。材料と器具は其処の上の台にある。あたしがポーションを作る間に作れるだけ作っておいて」
(マジでありがたい。薬草なら数分で作れる。カサンドラさんのポーションの作成は、3時間ほど。3時間もあれば数十個作れる。スキルの等級上げにはもってこいだ。
これなら、今日中に【第6級――神級】にまで上げられるかもよ)
翔太は早速指定された台の前にいき、薬草を作り始める。
まず材料だ。アドビ、コハウラタケ、ヤドキリだ。これを、順番に、すり鉢で磨り潰す。磨り潰す際には、力加減が大事だ。磨り潰しすぎると、薬効が薄くなる。エルドベルグの高級アイテムショップで売られている薬草は見たことがあるが、磨り潰しすぎて、薬効が本来の60%近くしかなかった。また、薬草の加える順番も大事だ。アドビ、コハウラタケ、ヤドキリの順で処理しなければならない。この順番を誤ると、薬効はないに等しくなる。
以上を踏まえて、すり鉢で磨り潰して行く。2分程で薬草が出来上がった。
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【薬草】
■クラス:上級
■説明:使用者の治癒力を少し向上し体力(生命力)を回復する薬。
■性能:3度(中小度)程度以下の傷を治すことが可能。
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(完成第一号だ。武器のときもそうだったけど、最初の1個完成した後って、ジーンとくるものがあるよね。でも、3度(中小度)って一体何? カサンドラさんが作ったポーションも4度(中度)ってあったし。まあ、時期にわかるよね。
ではドンドン行こう! なんか燃えてきたよ)
カサンドラがポーションを作り終えるまで、92個の薬草を作った。その結果、予想通り、【第6級――神級】まで等級が上がる。《鍛冶》スキルと比べて上げやすくて助かる。この調子なら直ぐに【第8級――深淵】まで上がる事だろう。
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スキル
《魔道具作成術(第6――神話級)》
■説明:
適切な素材を用いれば神話級の魔道具まで作成可能
神話級までならば素材からできる魔道具を予測することが可能
神話級までなら作成したい性能の魔道具から素材を選択可能
神話級までなら魔道具のクラスを識別可能
■必要使用回数:44/64
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薬草の内訳は【上級】が32個、【希少級】が36個、【特質級】が20個、【伝説級】が4個であった。
このなかで、最も高いクラスの【伝説級】は以下のような薬草だった。
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【薬草】
■クラス:伝説級
■説明:使用者の治癒力を向上し体力(生命力)を回復する薬。
■性能:6度(大小度)以下の傷を治すことが可能。
1時間攻撃を受けてもダメージが3分1減少する。
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(薬草がポーションの回復力に勝っちゃてるよ。それに、『1時間攻撃を受けてもダメージが半減する』? これ、どう考えても異常だよね)
カサンドラは、翔太の作った薬草をみて、最初目を皿のようにして驚いていたが、顔を朱に染めて怒り始めた。このようなリアクションは全く予想しなかった翔太は著しく慌てる。
「お前さん、魔道具作成のプロね? こんな薬草、あたしでも作れない。あたしを試したってところかな? 正直言って、気に入らない」
「いえ、そんな事は……」
「じゃあ、どんなつもりだったの?」
(どうしよう。誤解するのも当たり前だよ。すぐに納得するガルトさんが特殊なんだと思う。
なんとか誤解を解かなきゃ。今の僕の状態を話して信じてくれるかな? 無理だよね。カサンドラさん、ごめんなさい。僕嘘つきます)
「僕、冒険者なんですが、ギルドカードを作成した際に、生まれつきスキル《魔道具作成術》を持っていることに気付いたんです。それも、なぜか《第5級――伝説級》を持ってました。
ですが、生まれてから一度も使った事がなくて、使い方が分からなかったんです。カサンドラさんの作業姿を見れば使い方がわかると思い見せてもらいました。作成するのは本当に、今日が初めてなんです」
カサンドラは無言で考え込んでいたが、翔太に鋭い目線を向ける。
「なるほどね。所謂天才というやつか……。別に、お前さんのような奴はそう珍しくはないよ。気に入らないのは確かだけど理解はした。疑って悪かった」
「い、いえ。こちらこそ、ちゃんと説明もしないで、申し訳ありませんでした」
異世界に来るまでは嘘一つつけなかった。いや、ついても直ぐばれていたのに、いつの間にか、平然と嘘をつけるようになっている。翔太も荒んだものである。
「もうスキルの使い方もわかっただろう? お前さんに教えられることはあたしにはないよ。今日お前さんが作った【薬草】は全部お前さんにやる。だから、もう帰ってくれない?」
(そうだよね。そうなるよね。でも僕は……)
「カサンドラさん! もう少しだけでいいです。貴方の傍に居させてください!」
極めて真剣な顔で頭を深く下げる。カサンドラは、唖然としてまじまじと翔太の顔を見つめるが、突然赤面した可憐きわまる女の顔に変わった。その様子に疑問を覚えつつも、そのカサンドラの姿が少女のように可愛くて思わず翔太も顔を染める。
だが、これがさらに話をややこしい方向へ運んでいく。
「お、お、お、お前は何を言っているんだ? あ、あたしの傍に居たいなど……お前さんとあたしはまだ知り合ったばかり――」
「知り会った期間など関係ありません。僕はカサンドラさんの傍に居たいんです」
カサンドラの言葉の意味する事は不明だが、ここで彼女と縁を切られるのはマズイ。ガルトと関わって武具を作成し思い知った。翔太はありとあらゆる意味で暴走気味だ。このアースガルズ大陸での常識が欠落していることは自分でも重々承知している。クラスの高いアイテムを作り、それらが出回り世界に強い影響を与え、そのアイテムを求めて戦争にまで発展するなどという馬鹿馬鹿しい事態もあり得ないとは言い切れない。ストッパーの役目をする人物が各方面で翔太には必要なのだ。
「あ……う……ん。あたしはかまわないけど……」
カサンドラは火が出るような顔色になりながらも、ボソリと呟く。
「ありがとうございます。僕、とても嬉しいです」
法悦の笑みを浮かべつつ、カサンドラに視線を送る。
「あ、あたしは少し用事を思い出した。工房は勝手に使っていい」
まるで、逃げ出すように速足でカサンドラは工房から出て行ってしまった。頭の上にクエスチョンマークが飛び交うが、気を取り直して作成を開始することにする。
今はもう午後17時だ。今日はいろいろあり過ぎて少し眠いのだ。あと2時間程作成したら帰る事にしよう。