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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第一部 覚醒編
13/285

第12話 迷子の子供の面倒をみよう(3)

 それから翔太は一回戦、二回戦を順調に勝ち進んだ。やはり一番苦労したのだが手加減の仕方だ。

 一回戦はスキンヘッドの屈強な大男だったが加減が分からず台に相手の手の甲をめり込ませ骨にヒビを入れてしまっていた。相手に謝ると額に油をたらしながらも気にするなと笑顔で言ってくれた。

 二回戦の相手はドワーフ族の小柄の男だった。やはり腕は丸太の様に太い。しかも今まで戦ってきた選手と比べるとパワーの桁が違った。だが瞬殺なのは変わりない。もっとも今までで初めて相手に怪我をさせずに終わらすことができた。ドワーフ族がそれだけ頑丈なのか二回戦にもなって翔太にも加減がわかってきたか。そのどちらかであろう。

 観客は翔太の瞬殺劇に毎回気持ちを高ぶらせ、会場入りをするだけで雪崩のような歓声が響き渡る。

 エミーは翔太の勝利に大変ご満悦の様子で終始はしゃぎまくっていた。ヴァージルと翔太は最初目も合わせず、エミーを介して関わるだけになっていた。

しかしお互いムキになるのが馬鹿馬鹿しくなって、途中から元の和気藹藹した様子に戻っていた。特にヴァージルが二回戦の翔太の勝利に自分の事の様に喜んでくれた事は大層嬉しかった。





 次の準決勝は30分後だったのでお腹が空いたエミーのために屋台で食べ物を買いに行く。道行く人が翔太を指さして何やら話している様子だ。大勢から侮蔑の視線を向けられるのは慣れているが、このような憧れの視線を向けられるのには慣れていない翔太にとって居心地はこの上なく悪かった。

 菓子パンのようなお菓子を買って早々とエミーとヴァージルの下へ戻る。

 席にはエミーとヴァージルの他に数名の男達がいた。ヴァージルと話しているのは、金髪の美青年だった。綺麗な青い目はヴァージルと近しい人間であることを思わせる。そして、後ろにはボブが控えていた。

 翔太が近づいて行くと綺麗な青い目の青年は嫌悪の表情を浮かべ顔を顰める。


「ヴァージル。こんな平民風情と一緒にいるというのはどういう訳だ? 君も私の許嫁ならもっとその自覚をもってくれ!」


(へ~、この人がヴァージルさんの許嫁か。確かにお似合いの二人だね。日葵ちゃんと有馬君みたいだよ。性格も有馬君そっくりだったら面倒だ。

この人口悪そうだし、エミーの教育上よろしくない。簡単な挨拶をしてエミーを連れて席を外すこととしよう)


 翔太は金髪のイケメン青年に向き直り、頭を軽く下げる。


「初めまして僕の名前は――」


「私は平民の名前を聞く趣味はない。私は今愛しのヴァージルと話しているんだ。愛し合う私達の会話を邪魔するとはどういう用件だ?」


(愛しのヴァージルって……やはり、有馬君モドキだね。とっとと退散しよう)


「それは申し訳ありません。では直ぐに席を外します。エミーおいで、ヴァージルさんが話終えるまであっちで僕と一緒にこのお菓子でも食べよう!」


 頭を下げてエミーの手を引くと頭の良いエミーも状況を察したのかコクンと頷く。一目見て平民とわかる翔太と一緒にいるからか、金髪の貴族の青年達はエミーも平民と扱っている様子だ。翔太だけではなくエミーに対しても侮蔑の視線を投げかけて来る。

 エミーが貴族か平民かは分からないが、いずれにせよこの状況はエミーにとって悪い影響しか与えない。翔太は直ちにこの場を去りたかった。


「ヴァージル。またね」


 エミーがすれ違いにヴァージルに名残惜しそうに挨拶をする。しかしこれがいけなかった。


「貴様、平民の分際でヴァージル様を呼び捨てで呼ぶなど、どういう用件だ? 事と次第によっては許さぬぞ!」


 青年の従者の男達が一斉にエミーに対して剣を抜く。


「ひっ!」


 エミ―の小さな悲鳴が翔太の耳にも届く。エミーの恐れのたっぷり入った声を耳にしたとき一瞬翔太は憤怒で我を忘れそうになった。

 幼い子供に武器を向ける? それは駄目だ! それだけは駄目だ! 翔太の全てがその行為を拒絶する。この拒否感は倫理観からではない。もっと深い、深い翔太の根幹に関わるもの。決して翔太が譲れない(コア)

 荒れ狂う憤怒に身を焦がしながら瞳をヴァージルに向ける。ヴァージルは呆然と立ち尽くしているだけでピクリとも動かない。ヴァージルに動く気配すらないと悟った翔太はヴァージルに心底幻滅する。


(コイツ等本当に同じ人間? 僕は彼らがもうゴブリン程度にしか見えない)


 取り巻きの従者達は楽しそうに剣をエミーの目の前にぶらつかせる。エミーは震えながら翔太の手をきつく握った。

 ボブは面白そうにニヤニヤと吐き気がするような笑みを浮かべつつエミーが怯えるところを観察している。

 金髪の青年は犬に向けるような嫌悪の表情をエミーに向ける。

 そのふざけた光景を網膜に写し出し翔太は――。


「子供が怯えます。剣を下してもらえますか」


 剣とエミーの前に翔太は割って入る。そして向けられた剣の先を左手で掴む。

取り巻きの従者は剣を翔太の手から外そうするが固く握られてピクリとも動かない。


「き、貴様、離せ、離さんか!」


 剣の刃の部分を掴まれているという異常事態に剣を掴まれている従者以外の従者達も驚愕に顔を染めると同時に殺気だつ。

 翔太に向けて剣を正眼に構えたり、上段に構える。

 だが翔太はそんな従者達の行為をあざ笑うかのように剣をさらに強く握り締める。


 バキッ! ベキッ! メキョッ!


 剣が徐々に握り潰され鉄屑に変わっていく。


「~~っ!?」


 剣を持つ従者の一人が声にならない悲鳴を上げながら腰を抜かしてペタンと床に座り込む。翔太の手から大量の血が溢れる。ノルアドレナリンが過剰分泌されているせいか痛みは全くと言ってよいほど感じなかった。  

 従者達は勿論先ほどまで余裕の表情を崩さなかったボブも目の前の光景を見て蒼ざめ鼻から口元へ震えが走っている。

 貴族の金髪の青年も目の前の異常事態と翔太から発せられた人外の殺気に蒼白になり唇がこわばっている。

 翔太が金髪の青年に視線を向けるとそれを庇うようにヴァージルが前に出た。


「ま、待ってください。ショウタさん」


(全く、実にうまいタイミングで止めてくれる。僕を怒らせるには本当絶好のタイミングですよ。ヴァージルさん)


 翔太はヴァージルに氷のように冷たい視線を向ける。

 ヴァージルは翔太を見てビクッとしたように身体を強張らせた。翔太の心の底から軽蔑した虫を見るような眼差しを向けられたからだろう。彼女のような家柄も容姿も良く、何の不自由もした事がない女性はこのような侮蔑の眼差しを向けられた事もないのではないだろうか。でもそれくらい許してほしい。その眼差しを受けるだけの罪を犯したのだから。


「ヴァージルさん。貴方は僕に先ほどギルドカードの件で不正をしたから許せないとおっしゃった。ですがこんな子供に剣を向けて脅す行為は違法にも不正にもならないので?」

 

 ヴァージルが口を開こうとするが、一歩早く金髪の貴族の青年が代わりに返答する。


「当り前だ。その平民の娘は公爵家の令嬢たるヴァージルを呼び捨てにしたのだぞ! 許されるわけあるまい。その子供にはそれなりの罰を受けてもらう。衛兵詰所に引き渡す。直ぐにこちらに引き渡せ」


 震える声でヴァージルを押しのけるようにして前にでてエミーを指さす金髪の貴族の青年。指をさされたエミーは身体を小刻みに震わせる。

翔太の表情に怒り以外の感情――明確な焦りが混じった。青年はそんな翔太の様子をみてニヤリと口角を吊り上げる。


(こんな子供を衛兵詰所に? 拷問でもする気? マジ狂ってる! ヴァージルさんに関わるのはヤバイという僕の本能は正しかったんだ。最初に護衛を断っていればこんな事にはならなかった。僕のせいだ)


「ブ、ブルーノ、貴方はなんてことを!」


 ヴァージルが金髪の青年――ブルーノを諌めようとするが……。


「くく……あはは……ヴァージル! ヴァージル! ヴァージル! ヴァージル!」


 翔太は狂ったように、ヴァージルの名前を唾でも吐き捨てるように叫ぶ。金髪の青年ブルーノは翔太の意図が分かったのか、怒りで身を震わせていた。


「き、き、き、貴様ぁ!」


 ブルーノはつかみかかるように翔太に怒鳴った。


「これで僕も呼び捨てにしましたよ。この子よりも僕の方が、罪が重いはずだ。衛兵詰所でもなんでも好きな所へ連れて行ってくださいよ。ただしその代わりこの子は許してください。もしこの子まで危害を加えようとするなら僕は貴方達をここで叩きのめします」


「マコンキー公爵家次期当主の私に向かって何たる無礼、許し難し。今ここで剣の錆にしてくれる!」


 ブルーノが剣を抜き翔太へ突きつける。目が本気だ。どうやらやる気らしい。

勿論、殴るつもりはない。殴ったら確実に殺してしまうから。今の翔太の身体能力なら少し剣で切られても死にはしないだろう。最悪エミーさえ無事ならばそれでよいのだ。エミーは翔太の後ろでズボンの裾を不安そうに震えながら握っていた。

 だが思わぬところで助けが入った。


「やめろ。剣を収められよ」


 身体中にキズのある赤髪の獣人、マクドナフがブルーノに鋭い眼光を向けていた。


「獣人の方か……これは我々人間の問題、口を挟まないでもらおう」


 ブルーノは一瞬戸惑ったが、さすがは貴族というところだ。臆することなく翔太に切りつけようと上段に剣を構えた。


「その者達は私の大切な友だ。私の名前は、マクドナフ・ダブリン・ヤルンヴィド。私の友への攻撃は私への攻撃とみなすがよろしいか?」


 マクドナフのフルネームを聞いたとき、ブルーノの顔が引き攣った。従者たちも顔面蒼白になり口ぐちに話を展開し始める。


「『ヤルンヴィド』? 獣王国の王族だと? なぜ王族が従者も連れないでこんな大会に出ているのだ?」


「今年の優勝アイテムは発明王の最高傑作らしいからな。それほどのアイテムってことだろう」


「この者達に手を掛けてはまずくはないか? 下手をすれば国際問題に発展するぞ」


「ああ、獣王国を怒らせれば下手をすれば家の取り潰しだ」


 どうやらかなりの大物らしく、従者はもはや翔太とエミーに手を上げる気はないらしい。ブルーノも憤激で手を震わせながらも剣を鞘に納めた。


「おい、行くぞ!」


 ブルーノはヴァージルの腕を掴んで翔太達から離れていく。ヴァージルは嫌がってもがいているようだが、もはやヴァージルに全く興味を失った翔太にはどうでも良いことだった。そんなことよりも、やらなければならない事がある。翔太はエミーに向き直り、しゃがみ込んで震えるエミーに優しく語り掛ける。


「大丈夫。もう怖くないよ」


 エミーは弾かれたように翔太に抱き付き泣き出した。エミーを軽く抱きしめて頭を撫でてやる。暫らくして落ち着いたようだ。直ぐに泣き止んだ。そして翔太の左手を心配そうに見る。


「ショウタ、手の怪我大丈夫?」


 そこで初めて自分の怪我した左手を見る。大量の血で血だまりができていた。直ぐにハンカチできつく縛って血止めをする。次に昨日買った中位ポーションを三本飲んだら傷も痛みも完全に消失した。


(ポーション飲んだら、もう治っちゃったよ。この世界のポーションってどれほど高性能?)


 次に助けてくれたマクドナフに向き直る。


「マクドナフさん。助けていただきありがとうございます」


 深く頭を下げる翔太。


「構わない。私もあのような輩は見るに堪えなかった。それに少年にこんなところでリタイアしてもらっても困る。決勝で私と対戦してもらわねば」


 翔太は申し訳ない気持ちで一杯になった。次の試合は棄権をしようと思っていたから。翔太にとって試合などもうどうでも良い。もともとヴァージルに無理やり参加させられたにすぎない。一番の目的はエミーの警護だ。先ほどの連中が再び翔太の試合中にエミーを襲うとも限らない。相手にはヴァージルもいるのだ。エミーはヴァージルに懐いている。ホイホイついて行って、衛兵詰所なんて事態はごめんだった。


「すいません。僕はこの子が心配なので次の試合棄権しようと思っています」


 翔太がそう言い頭を下げる。だが、マクドナフも翔太のその発言を予想していたのか、とても自然な裏のない微笑を浮かべていた。

 

「それは心配いらん。私の兄がもうすぐ私の応援のためここにやって来る。その子供の面倒は兄に頼むとしよう。兄は腕の立つ冒険者だ。先ほどの輩など相手にすらなるまい」


 翔太はこの申し出を非常に嬉しく感じたが、やはり見ず知らずの者に震えるエミーを預ける気にはならなかった。どうやって断ろうかと頭を振り絞っていると、マクドナフの兄が到着したらしい。マクドナフが手招きしている。その人物を見たとき、翔太は口をあんぐり開けて硬直した。


(フィオンとレイナ? マクドナフさんの兄ってフィオンだったの?)


そう。マクドナフが手招きして呼んだのはフィオンとレイナだったのだ。


「兄者、こちらだ」


「よう、マクドナフ、久しぶり。ん? ショウタじゃねえか? お前マクドナフと知り合いだったのか?」


 マクドナフも翔太とフィオン達が知り合いだった事に驚きを隠せないらしい。驚きで目を大きく見開いていた。

 その後フィオンに事情を簡単に説明する。


「ショウタ。あれほど、人間の貴族とは関わるなといっただろう」


 溜息まじりにフィオンは呟く。そうなのだ。初日に夕食の席でその事はしつこいくらいに忠告を受けていたのだ。


「ごめん。フィオン。まさか、ヴァージルさんが貴族だとは知らなくて」


 その言葉にフィオンにしては珍しく困惑している様子だ。

 

「貴族でもヴァージルは特別だぞ」


「――僕には同じ貴族にしか見えなかったよ」


 嘘を言っても仕方がないので正直に答える。仮にヴァージルがフィオンにエミーを預かると言ってきたとしても渡してもらっては困るのだ。それで衛兵詰所行きなど目も当てられない。


「俺にはヴァージルがそんな事をするような奴には見えんがな……何か事情があるんだろ」


「そうよ。ヴァージルさんは子供に酷いことをするような人ではないわ」


 レイナもすかさずフィオンに賛同する。


「本当に申し訳ない。僕はフィオンやレイナの様にヴァージルさんを信用できない。エミーに酷い事をする可能性が少しでもある者はすべて排除したいんだ」


 翔太の真剣な様子に思いが通じたのだろうか。フィオンはまた暫らくいつもの瞑想をしていたが、エミーの警護と警護中にはいかなる者もエミーには近づけない事を約束してくれた。レイナは最後まで納得してはくれなかったが、今の翔太にそんな事をかまっている余裕などない。最悪の事態になってからでは遅いのだから。





 すぐに、準決勝の時間になった。


「フィオン、レイナ、エミーをよろしくね」


「おう。頑張れよ」


「任せて! 勝ちなさいよ! そんな奴こらしめてきなさい」


 力強いフィオンと機嫌を直したレイナの応援を受けて翔太は試合場へと向かう。

 試合場にはすでにボブがいた。最初に会った時のような余裕はボブになかった。ボブは蒼ざめた顔に血管が膨れ上がり血の気の引いた唇を固く結んでいる。身体も小刻みに震えている。先ほど翔太が剣を握り潰したように自らの手がグチャグチャに潰されるところを想像しているのかもしれない

 ボブは怯えているエミーを見て喜んでいたのだ。本来ならただで済ましたくはない。だが翔太が怒りに任せてボブを痛めつければその報復が翔太ではなくエミーへ向かう可能性は極めて高い。いつの時代も狙われるのは力のない者と相場は決まっている。それにエミーに血生臭い所はできる限り見せたくはない。

 だからボブには想像の中の世界でせいぜい苦しんでもらおう。


(ボブを痛めつけたいだなんて、僕、異世界に召喚されてから微妙に性格が変わって来ているような気がする。おそらくあのゴブリンを殺したときからだね。あの時から僕の何かが変化した)


「ボブさん。よく逃げなかったですね。そこは心から賞賛しますよ。僕なら絶対に逃げている」


「お、俺はあの子供には何もしてない。ただ見ていただけだ」


 必死な形相で言い訳をするボブに翔太は口角を吊り上げる。それを見たボブの顔が引き攣った。


「でも、エミーが剣を目の前にちらつかされて泣きそうになっているのを、さも嬉しそうに見ていたでしょう? 僕がそれを許すとでも?」


「…………」


 ボブは恐怖で歯をガチガチ言わせている。

 アナウンスが流れる。猫型獣人の女性の司会者が今から行われる試合にもならない一方的な蹂躙劇を盛り上げる。


「皆さん。御注目ください。一方の2mを超える巨人はマコンキー公爵様の次期当主、ブルーノ様の騎士、ボブ・マッキノン様。ボブ様は男爵様でありながら、圧倒的ともいえる力で勝ち進んできました。この準決勝もまたその常識外れたパワーを見せてくれるのか。

 もう一方の一見非力にも見える少年がショウタ・タミヤ様。すべての戦いで相手に怪我を負わせなかったのはたったの一回だけ。まさにデストロイヤー、本大会の台風の目でございます」


 紹介が済むと試合会場は、まるで戦場のような騒音に包まれる。


「ショウタ! 頑張って!」


「頑張りなさいよ。ショウタ! 負けたら承知しないわよ」


 エミーとレイナの声が聞こえる。手を振るとエミーはブンブンと翔太に手を振り返してくれた。それにほっこりとした気持ちになる。この試合で一番大変なのは力の加減だ。気を抜けば腕ごと簡単に引きちぎる。特に眼の前の相手には心情的に手加減をすることは難しい。


「ボブ、平民ごときに負けることは許さん。苦戦することも許さん」


 ブルーノの声が聞こえたので翔太は目だけ移動しブルーノを探す。ブルーノは、丁度エミーとは正反対の観客席にいた。ブルーノの近くには従者の者達はいるが、ヴァージルはいなかった。急にエミーが不安になる。思わずエミー視線を向けると、案の定ヴァージルがエミーの直ぐ傍に坐っており、フィオンと何か話している様子だ。内心で舌打ちをしつつ、視線をボブに戻す。


「ボブさん。あなたの御主人、あんなこと言っていますよ。苦戦することも許さないらしいですね」


 ボブは青白い顔を通り越して、まさに死人の顔となっている。

 司会者が再び話始めた。


「それでは、準決勝がはじまりま~す。ボブ様、ショウタ様位置についてくださいね――」


 翔太は右肘を台につける。だがいつまでもボブは動こうとしない。


「あの――ボブさん? 位置についてもらいたいのですが……」


 ボブもやっと覚悟を決めたのか。恐る恐る、右肘を台につき、翔太の右手を握る。その右手はガタガタと小刻みに震えている。獣人の司会者もその異常さに気付いたのか、沢山の疑問符を頭に浮かべていた。


「それでは、よろしいですね。レディ――ゴー!」


 司会者の声と同時に、翔太は最大の加減をしてボブの右手の甲を台に叩きつける。


 バキッー!!


 会場に耳がビリビリと震えるほどの音が響き渡る。


 やはりボブ相手に加減は難しかったようだ。ボブの右手が完全に木製の台にめり込んでしまった。だがこれなら右手の骨折くらいで済んだはずだ。それくらい我慢してもらおう。それこそ最高位のポーションを数個飲めば数時間で完全回復だろうし。

 ボブはもう完全に戦意を喪失している。折れた右手を押さえて幽鬼のような青い顔で震えていた。

 会場は人知れず時を刻んでいる時限爆弾みたいな静けさがあった。確かに翔太の試合はいつも試合が終わると皆が無言となる。だがいつも数人の声はするものだ。それがこの準決勝に限っては会場から一言すら聞こえなかった。

 不気味な静寂に多少の不安は覚えつつも司会者に視線を向ける。


「司会者さん。僕の勝ちでいい?」

 

 司会者はやっと、夢の世界から現実に戻ってきたようだ。震える声で宣言する。


「ただいまの準決勝、ショウタ・タミヤ様の勝利です!」


 次の瞬間、時限爆弾が爆発したかのような歓声が雪崩のように会場を押し寄せる。予想していたよりもあまりにも巨大な声に面食らう翔太。

もう用はないので、ボブや司会者に一瞥もせずに翔太は会場を後にする。翔太がいなくなると同時に徐々に会場は、歓声の渦から本来の喧騒レベルまで落ち着きを取り戻していった。

 準決勝に勝つと賞品がもらえるらしいので受付で受け取る。準決勝の賞品はお洒落なペンダントのマジックアイテムだった。


(このペンダントどうみても女性用だよね。優勝賞品以外は全て事前に公開されているらしいし、ブルーノは許嫁のヴァージルさんにあげるつもりだったのかも。そんなくだらない求愛行動のためにまだ年端のいかない子供をいたぶろうとするなんて……)


 改めてブルーノとヴァージルに反吐が出そうになるのを何とか抑える。まだエミーの傍にはヴァージルがいるのだ。下らない争いでエミーを怖がらせたくはない。エミーはまだ子供なのだから。

 ペンダントの説明書らしきものがついていたので高速で流し読みをする。最後のページに親愛なる女性への贈り物に最適とあった。うんざりしながらパタンと説明書を閉じる。


(よくもまあ、こんな規格外の性能のペンダントを作ったものだ。何が信愛なる女性への贈り物へ最適だ……こんなの貰ってどんなリアクション取ればいいのさ)


 翔太が心底呆れるほどこのペンダントはふざけた性能を有していた。

 第一の性能、物理的、魔法的ダメージを一日数十分間無効とする。

 第二の性能、トータルで三回以上即死のダメージを無効化。ただし即死無効化の場合三回目でペンダントは砕け散る。

 第三の性能、精霊を召喚しペンダントに固定化し使役する。


(これはエミーにあげよう。あのブルーノ達が僕とエミーがマクドナフさんの友達というだけで大人しくしているとも思えない。特に彼らは僕に今回面目を潰されたんだ。そして奴は僕が一番嫌がる事を知っている。

 これらを総合して考えるとエミーが今後ブルーノ達に狙われることは十分あり得る。このペンダントを準決勝で得たのは最適だったかも)




 お読みいただきありがとうございます。

 

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