第17話 後始末はマジで面倒くせぇ! (1)
ショウは目の前の動けない中域の怪物を見下ろしている。身体中を暴れまわっていた憤怒と憎悪はショウの中から綺麗サッパリ消失していた。
逆に眼から鬱陶しい程液体が流れるという不可解な現象と言葉で言い表せない感情が生じショウを著しく混乱させている。
とっくの昔に右拳は下ろしている。とてもそんな気分ではない。それに先ほどの中域の怪物の言葉には疑問がある。少なくともその言葉の意味を聞くまでは殺す事はしてはならない。冷静なショウがそう告げる。
みっともなく目から溢れ出ている液体を右腕で軽く拭い精神を落ち着かせる。このような醜態をみせたままでは話もできない。
「おい、テメエは一体なんだ?」
ショウは不機嫌なしわを眉間につくりながらも中域の怪物に尋ねる。自らの感情を制御し得ない事がどうしょうもなく歯痒いのだ。これではまるで本当に餓鬼のようではないか。その事実がさらにショウを不愉快にさせる。
そんなショウの様子を目にして、中域の怪物は僅かに面食らったような表情をさせた。だが、それは一瞬だ。再び、皮肉に表情を歪めショウを見上げる。
「さあな……教えてやる義理もねぇな」
中域の怪物は、さも可笑しそうな声色で答える。その表情と返答がさらにショウの怒りの念を押し広げる。
「……テメエ、死にてぇのか?」
そのようなショウの態度とその言葉に、皮肉さを含んだ微笑が中域の怪物の口角に浮かぶ。
「はっ! 俺を殺さねぇのかよ?」
その小馬鹿にしたような口調に、ショウの額に縦に太く青筋が張る。
「テメエ……マジ殺す」
そうは言ったものの一向に殺す気になれない。拳すら握れない自分に内心で盛大に毒づきながら、冷静になれと自分自身に言い聞かせる。そうだ。中域の怪物を殺せないならもう此処に居る意味もない。すぐに去るべきだろう。
勿論、中域の怪物に今後中域で暴れるのを止める事を約束させる必要がある。だが、目の前のこの太太しい男が素直に聞くとも思えなかった。儀式契約でもすれば手っ取り早いのだが絶対に契約を結びやしないだろう。
ショウが自分の世界に入っていると、中域の怪物がしたり顔になる。
「やっぱ、餓鬼だな」
「ああ?」
ショウは目じりを吊り上げるが、中域の怪物は馬鹿にしたようにニヤニヤしながらショウに視線を向けて来る。
「餓鬼、お前、何か俺に頼みがあるんじゃねぇのか?」
「俺は餓鬼じゃねぇ! ショウだ。それに頼みじゃねぇ!! これは命令だ!!」
なんとも子供じみた返答になってしまうショウ。もう無茶苦茶だった。どうも目の前の男の前ではいつもの自分を保てない。中域の怪物は最後には腹を抱えて笑い出してしまった。
「くくく……くははははは! お前……くくくっ……マジで餓鬼だな。いいだろう。その命令言ってみな!」
ここで怒れば中域の怪物を付け上がらせるだけだ。怒鳴りつけたい気持ちを何とか押さえつけ、中域の怪物を睨み付けながら口を開く。
「二度とこの中域に入るな!」
「嫌だね!」
ショウの命令を間髪入れずに否定する中域の怪物。
「テ、テメエ――!」
「餓鬼に指図されるいわれはねぇよ。俺に指図できるのは俺の主だけだ」
(此奴、遊んでやがる。言いようにあしらわれてんぞ、俺!)
「……なら、テメエの主は誰だ?」
どの道、からかわれている。もうこの際だ。最後まで中域の怪物の言葉に乗ってやることにした。主がいるなら、その主と直接交渉した方が手っ取り早い。まだ目の前の怪物よりは話が通じるだろう。
だが、このショウの問に急に笑みを顔から消す中域の怪物。その中域怪物らしからぬ真面目くさった顔に疑問が雲のごとく沸き起こる。
「……俺の主は……いねぇな」
(こ、こいつ……どこまで俺を虚仮にすれば――。クソ! なぜこんな奴を殺せねぇ?)
「テメエ、どうあっても中域で暴れるつもりか?」
このショウの言葉で、中域の怪物の真面目な硬い表情が再び元の皮肉めいた笑みに変わった。その事実にどこかほっとしている自分に命一杯の罵倒を浴びせながら、中域の怪物の言葉を待つ。
「いや、条件がある。とても簡単な条件だ」
(大方、配下に入れか、さもなくば、奴隷にでもなれとか言うつもりだろう。此奴完璧に俺をおちょくってやがるからな。無理難題吹っかけて来るのは間違いねぇ。もちろん、そんな話に乗る気などさらさらねぇがな)
「一応聞いてやる。条件とは?」
心情的には聞くまでもなく否定したかったが、仮にショウが簡単に実行可能な条件である場合も万が一ではあるがあり得る。
(それにしても、なぜ、戦いに勝った俺がこんな条件を飲まなければならねぇ。此奴を殺せれば話は簡単なのによぉ)
そればかりはどうしょうもない。中域の怪物の奇怪な言葉を聞いてから敵意が全くわかないのだ。頭を潰さんと拳を握ろうにも力が入らない。ショウの身体はどうなってしまったのだろうか。一抹の不安を抱えながらも、中域の怪物に視線を向ける。
怪物は少年のように無邪気に微笑みつつ口を開いた。
「俺の主になりな。それが条件だ。簡単だろ?」
「簡単じゃねぇ! 誰がテメエの主に……など…………は? 俺が……テメエの……主になる?」
「相変わらず、異常事態になると理解力が低下する奴だな。俺様が配下になってやるってんだ。有り難く思いな!」
嘲笑かと思われるほどの歪んだ笑をショウに向けながら、ヨロヨロと立ち上がる中域の怪物。立ち上がるだけの力が回復したらしい。
改めて間近で見ると筋肉の鎧に覆われている2mを超える巨躯は中々迫力がある。ショウならともかく、貧弱翔太なら一目見ただけで震えあがる事だろう。
「ちょ、ちょっと待て! 俺はテメエを配下になど――」
「ああ? 今のお前に他に選択肢などあると思ってんのか? もう少し頭使え」
中域の怪物が小馬鹿にするような声色でショウの声を遮る。ショウの怒りのメーターは当の昔に振り切れていた。
「テメエ、やっぱ殺す!」
中域の怪物の力が回復した途端ショウの敵意が戻った。拳も固く握れる。戦闘態勢をとるが、中域の怪物は肩を竦めてそんなショウを見下ろしている。そして、右腕をショウの前に向けて来る。ショウは警戒心をマックするにする。しかし――。
「アゼルだ。よろしくな」
「…………」
右手を差し出されるが、それが握手を求められていると理解できず、呆けて突っ立っているショウを見て、中域の怪物――アゼルは大きなため息を吐ながら、ショウの右手を無理や掴んでブンブンと振る。
あまりに馬鹿馬鹿しくも奇異な事態の流れに、ショウの頭は完璧にショートしてしまったのか、暫らくは何も考えられなくなっていた。
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やっと、ショウは事態を冷静に考察できるようになってきた。
まず中域の怪物――アゼルをショウの配下にしなければ、アゼルは中域で暴れ続ける。そして、ショウはアゼルを殺せない。理由は良く分からない。だが、殺せないのだから仕方ない。
とすれば、ショウがとるべき手段は、アゼルを配下にして中域の秩序を回復するか、それとも、配下にせずに中域を見捨てるかの2択しかない。
そのうち、中域を見捨てるのは愚作だ。理由は2つ。
一つ目は、デリックの信頼を失う事だ。デリックには今日中に始末をつけると豪語してしまった。それを今更怪物を殺せません。理由は分かりません。これでは済まされないだろう。少なくともショウに対するデリックの信頼は地に落ちる。デリックとはベルゼブブの討伐が完了するまで協力していかなければならない。デリックはこのアースガルズ大陸最大の勢力と言っても過言ではない冒険者ギルドの支部長にして、史上4番目のSSSクラスの冒険者だ。この世界では途轍もない発言力と権限をもつ。
加えて、数日しか関わっていないが、デリックは極めて有能だ。常に十分な情報を収集、分析してから行動し、自らができないと判断した事は決してしない。そしてその強さの溝をその頭脳と経験で埋めていく。この男の協力が得られるか否かで、ラシェルの安全は、数十倍は違うのは間違いあるまい。
二つ目が、炎鬼達の信頼を失う事だ。ショウの見たところ、炎鬼達もデリック同様非常に使える奴らだ。何よりもあれほど優秀な部下が下についているのだ。それを束ねる炎鬼達の実力は想像するに容易い。だが、一番炎鬼達を欲しい理由は別にある。それは、単にショウが炎鬼達を気に入ったからだ。配下を重視する奴は嫌いではない。少々頭は堅そうではあるが、配下を駒にしか考えない奴よりはずっとよい。ショウはかつて配下を、命より大切なはずの友でさえも駒扱いしていたような気がする。その反動かもしれない。
以上から、アゼルを配下にせざるを得ない。アゼルはショウにとって摩訶不思議な存在だ。戦っても殺せない。そんな存在は殆ど欠片も残っていない過去の記憶の引き出しを探ってもいやしない。アゼルが何を考えているのかは不明であるが、今のところショウに危害を加える意思はないようだ。大体、最初からアゼルはショウを殺すつもりはなかったように思える。闘いの中でも終始手加減をされていた。
無論、正体不明な上に、非常識に強く、なにより、ショウを終始イラつかせる存在である。信用は全くといって良いほどできない。今は様子をみるべきだろう。
甘くなったものだと自嘲しながら、アゼルにエルドベルグへ戻る事を告げる。デリックに事態が収拾したことを伝えるためだ。
アゼルはショウの言葉に軽く頷き、腰のブラウン色の鞄から巨大な黒ローブを取り出し身に着け、再びフードを深くかぶる。ブラウン色の鞄はアイテムボックスだろう。
ショウもアゼルの阿呆に何度も殺されかけて、上半身が裸も同然だ。しかも、翔太自慢のミスリルと黒龍の鱗のローブもボロボロで原型をとどめていない。いくら翔太が馬鹿でも流石にショウの存在に気付くかもしれない。気付いた場合の対策もそろそろ練っておくべきだ。ショウもアイテムボックスから黒色の上着とズボンを取り出し着込む。
ショウは無言で歩き出すが、アゼルも後を黙ってついて来る。ショウとしてはアゼルにはさっさとどこか他の場所に行ってほしかったのだが、どうやら最後までついてくる様子だ。
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魔の森浅域は上級、中級、下級の魔物でごった返していた。だが、全ての存在が戦う気力を失い、呆然と荒野化した中域に視線を向けている。
中級と上級魔物は自ら住んでいた場所が一晩でぺんぺん草一つ生えない荒地となった事実に絶望し、下級魔物は自らが立ち入る事すら許されない聖域が消滅した事に恐怖する。
人間にしかみえないショウとアゼルが近くを通っても魂が壊された様に身動き一つしない。奈落の闇に突き落とされるかの様な表情を張り付かせながら、呆然と破壊尽くされた中域を眺めるだけだ。
慈悲など皆無なショウとアゼルは、それを見ても何も感じない。その中を悠然と歩を進め魔の森浅域を出る。
浅域を出たショウ達は、見張りと救助隊の駐屯地に到着した。声でもかけられるかとも思ったが、彼らは誰もが遠方にある中域付近に視線を向け話し込んでおりショウ達に気付く者はいない。ショウ達が傍を通り過ぎると、周囲の冒険者達の話し声が耳に飛び込んで来た。
「お、おい、さっきのあれ、一体何だ?」
蒼白い顔をした短髪の男の冒険者が呟く。
「闇神エレボスと龍神ラントヴェッテルの戦い……?」
一人の女性の冒険者が擦れる声を発する。
「だよな~、なんで俺今日クエスト受けなかったんだろ。こんな神様同士の戦いの現場に駆り出されるなんて……」
身体を僅かに震わせながら、死霊のように血の気が引いた男性の冒険者が言葉を発する。
「まったくだ。みろよ。あの深域の絶壁に大穴開いているぜ。どうやったら、あんなことができんだよ――」
「仕方ない。神様のやる事だ。俺達に理解し得るものでもないだろうさ」
「だな。唯一の救いは俺達があの悪夢の現場にいなかった事だ。マジで見張りと救援隊に配属されて助かったぜ」
「支部長、今中域付近に怪物がうろついているから、その討伐に凄腕の冒険者を向かわせるとか言ってたよな。彼ら……全滅か……」
「ああ、運が悪かった。まさか神様同士のドンパチがあるとは……。中域に住まう怪物もろともお陀仏だろうよ」
この話の内容からすると、多少面倒な事になったようだ。凄腕の冒険者――ショウが死亡していると他の冒険者達が考えているからだ。確かに、あの荒野化した中域を見ればショウが生きているとは誰も考えまい。多少、ショウが生きていることの説明が面倒そうだ。だが、デリックの事だ。何とか切り抜ける事が可能だろう。
そう考えつつも、アゼルとともに、駐屯地を後にした。
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「よう。アル!」
「ショ、ショウタ。無事だったか。良かった。本当に良かった」
アルは若干涙ぐみながらもショウの背中をバンバン叩く。ショウもアルに心配をかけたと礼をいう。アゼルは終始ニヤニヤしながらアルとショウの姿をみていた。何が面白いのだろうか。全く何を考えているか良くわからない奴だ。
「突然、魔の森中域上空に神様が現れて戦争おっぱじめやがってな。全く、神話じゃあるまいし。
なぜ、こうも近頃のエルドベルグ近隣は物騒なんだ。あり得ない事ばかり起こりやがる」
門衛であるアルは、エルドベルグに何かあれば、それに対応する義務がある。だから、今回の魔の森の中域の惨状は肝を冷やしたのだろう。
「まあなぁ。だが、もう当分面倒事は起きねぇと思うぜぇ」
「あんがとよ。そう信じることにするよ」
アルに別れを告げてエルドベルグに入る。アゼルがやけに嬉しそうであった事がやけにショウには癇に障った。




