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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第一部 覚醒編
12/285

第11話 迷子の子供の面倒をみよう(2)

 すぐに、エントリーを受付で済ませた。参加には5万Gが必要だった。ヴァージルが翔太の分まで出すと言ったが丁重にお断りする。ヴァージルに借りを作るのは危険だと本能が告げていたからだ。

 受付のお姉さんはヴァージルと翔太をみて大方冷やかしのカップルの参加とでも思ったのだろう。散々ジロジロと翔太とヴァージルを眺め廻し、ハッと鼻で笑った。ヴァージルはそれが大層気に入らなかったらしく、先ほどからずっと不満を口からブツブツ垂れ流して鬱陶しいことこの上ない。

 


 会場は広場に張られた巨大なテントだった。巨大なサーカスのような場所といえばわかりやすいと思う。巨大テントへ入ると内部は闘技場をイメージしたような構造になっている。具体的には円状の試合場を取り囲むように観客席が存在した。

 観客席に入り観戦しやすい前席を確保する。

 ヴァージルと相談し試合以外はエミーの傍を離れないこととした。どうせ予選で敗れるのだから心配はいらないとは思うが、二人同時にエミーから離れてまた迷子になられても困る。

 受付で配られた分厚いアームレスリング大会のルール規約を高速で流し読みする。ステータスが上昇したせいか、最初は訳が分からなかったこの世界の共通語であるアースガルズ語の文字の意味が数十ページも読むと理解できるようになっていた。数分で全て読み終え情報を頭に入れる。

 要約すると次のようになる。まず参加者をA~Dまでの区分に分けたうえで予選を行う。一区分の単位がこのテントのスペースの関係から120~130名だ。Aの区分から順番に勝者を決めていき4人まで絞り込む。Aが決定したらBへ、次はC、Dへと移行する。

 さらにA~Dまで総勢16名を決定する。その16名で決勝トーナメントに進みその勝者が優勝となる。

 ヴァージルは区分A組、翔太はD組であり、二人同時にエミーから離れるという最悪の事態は避けられた。





 A組の予選が始まるようだ。ヴァージルは全身から迸るほどの凄まじい気合を身に纏い予選の試合場へと向かっていってしまった。予選で落ちる気満々の翔太にはこのヴァージルのやる気は少々胸焼け気味だった。

 どうやら始まるらしい。ヴァージルは現在、円形の試合場の丁度真ん中におり、エミーに手を振っている。



「ヴァージル頑張って!」


 エミーの可愛らしい声は辺りの喧騒にかき消されてしまう。しかしヴァージルはおそらく聞こえたのだろう。潤んだ目でエミーを見ていた。その目の潤んだヴァージルを見て顔を赤らめる巨漢の男達。実にシュールな光景である。

 

 試合はかなり見所があり、アームレスリングをよく知らない翔太にも十分楽しめた。エミーは『いけー』だの『やれー』だの少女とは思えない勇ましい言葉を終始連発している。この手の試合を見るのがかなり好きらしい。将来立派な蒼二世になれると翔太は心の中で合掌する。翔太の中での将来のエミー像が悪女であり、蒼二世となった瞬間だった。

 

 ヴァージルは翔太の当初の予想に反しすぐには負けなかった。なんと最後の8人の中に入れたのだ。この8人の中から決勝トーナメントへ行けるのはたったの4人だけである。


「頑張ってぇ――」


 エミーが腹の底から精一杯の声を張り上げる。

 ヴァージルはエミーを目ざとく見つけて両手をブンブン振ってくる。エミーから力をもらいモチベーションを極限まで上げているようだ。

 肝心のヴァージルの相手は20代前半くらいの身体中に傷がある赤い髪の男だった。耳があるところからしてもフィオンと同じ獣人だろう。

 他の選手には悪いが観客の視線のほぼすべてが、ヴァージルと赤髪の選手に注がれていた。

 一方は目覚めるばかりの美しい金髪の美女、もう片方は他とは明らかに異なる凄まじい威圧感を振りまく赤髪の男。期待するなと言う方が無理な話だ。

 だが観客の期待に反し勝負は一瞬で終わった。審判の合図とほぼ同時にヴァージルの右手の甲は台の上についていた。

 その瞬間、凄まじい歓声が空中を伝播しながら揺れ動くように耳に届く。あまりの力の差に呆然とするヴァージルに視線すら向けずに立ち去る赤髪の獣人の男。

 




 エミーと翔太の席へ戻って来たヴァージルは顔に悔しさを滲ませていた。


「エミーごめんなさい。負けちゃいました」


「ヴァージル、私のために頑張ってくれたんだよね? ありがとう。大好き!」


 エミーはヴァージルに抱き付いた。その天使のような仕草を見て翔太も思わず心がほっこりする。これを狙ってやっているなら冗談じゃなく本当に将来最高の悪女になると思う。案の定、ヴァージルも感動で打ち震えている。そんな様子のヴァージルに少々引き気味になりながらも自分の番まで試合を見学した。


 


 翔太のD組となった。力に自信のない翔太はエミーには悪いが全くやる気がなかった。怪我しない程度にさっさと負けて見物する方に回ろうと考えていたのだ。

 翔太は試合場へ向かう。審判のお兄さん達がいたので彼らにエントリー番号と名前を告げると翔太の試合場所を教えてくれた。試合場所はヴァージル達が座る場所から、正反対に位置する。これなら無様な試合をみせても問題ないと内心でホットしながらも指定場所に到着する。

 翔太の相手はマッチョの黒髪、短髪の男だった。両腕は丸太の様に太い。こんなのに力一杯握られたら手が砕けるのではないかと若干不安になりながらも、お辞儀をして挨拶をする。


「ショウタ・タミヤです。よろしくお願いします」


 案の定、大男は翔太を見ると刺すような眼差しを向けて来る。


「バップだ。坊主、そんななりでアームレスリングなんてできるのか? この大会は遊びじゃあないぜ。人生掛けてる奴もいるくらいだ。棄権しな。怪我するぞ」


(この人、僕の心配してくれてる? 結構いい人かも)


 ルール規約によるとこの大会は四年に一回しか開かれない重要なイベントらしい。しかも、試合のルールに沿っている限り腕を折ろうが、握り潰そうが構わない。加えて、この大会に出ているのはこの日のために日々鍛錬している者か、普段力があり有り余って仕方ない猛者だらけ。そんなわけで、一般の参加など皆無に等しい。この目の前の男は態々(わざわざ)翔太の身体を心配してくれているらしい。


「そうしたいのは山々なんですが、お嬢さまのご命令でして……」


「そ、そうか。それはいらん忠告だったな。すまん」


 バップは捨て犬を見るような哀れみの眼差しを翔太に向けて頭を下げてくる。


(僕みたいなのに頭下げるだなんて、この人滅茶苦茶いい人ぽい)


「いえ、こちらこそご心配していただきありがとうございます」


「お嬢様にカッコ悪いとこみせれられないんだろ。お前の全ての力を振り絞ってこい。だが俺も手加減はしない。全力で相手してやる。怪我しても恨むなよ」


 バップの眼差しが再びダーツのように鋭くなり翔太に向けられる。その眼差しに逃げたくなるが、一人前の男の扱いをしてくれたバップに報いるべく睨み返す。

 地球ではいつも半端者扱いでバップのようなまともな扱いを受けたことがなかった。だから一人前に扱ってもらって嬉しかったのだろう。だがそれが翔太の判断を誤らせる。

 どうやら始まるようだ。

 審判が翔太達のところに来る。翔太とバップはお互いの右肘を戦場である小型の台につけ、右腕を握りあう。


「ショウタ、頑張って――!」


 エミー声が遠くで聞こえたような気がした。


「お互い、準備はよろしいですね。レディ――ゴー!」


 開始と同時に翔太はまず様子みで右手にほんの少し力を入れてみた。その瞬間……。


 ドゴォッ!


 耳がビリビリ震えるような轟音が会場全体に鳴り響く。

会場のほぼすべての視線が音の方へ向けられ、今までの喧騒は嘘のように静寂に包まれる。

 バップは右手から血を流し多量の汗を額に浮かべながら苦悶の表情を浮かべている。翔太に手の甲を打ち付けられた木製の台は砕けて破片が辺りに散らばっていた。仮にこれが鉄製の台であったら手は間違いなく潰れていただろう。木がクッションになり上手く手首の骨のヒビと手の甲の骨折程度ですんだのだ。

ザワザワと再び潮騒のようにざわめく話し声が翔太の耳にも飛び込んで来る。


「う……そだろ? あの力、アイツ人間族か? んなわけねえよな……」


「台が……木端微塵に壊れてやがる。一体どんな馬鹿力だよ」


「ランキング上位のバップが予選落ちだと? 一体何の冗談だ?」


「あの赤髪の獣人。それにあの餓鬼、今回は波乱だらけだな」


 観客、選手よりも一番驚いていたのは翔太だった。


(……この力はステータスが上昇したから? もし全力をだしてたらバップさんの腕引きちぎってたかも……)


 翔太は最悪の事態を想像し、顔を真っ青にしていた。


 バップはすぐにポーションを取り出して飲み干す。痛みで青白かった顔は数個のポーションを飲むことにより赤みが戻る。怪我を負ったはずの右手を動かして動作を確認しているところから察するに八割方回復しているようだ。


「俺の完敗だ。ショウタとか言ったな? お前、竜人族か? 見たところ獣人族にはみえんが……」


「いえ――僕は人間です。たぶん」


 翔太が自信なさそうに言うと、バップはそれを聞いて僅かに戸惑いをみせたあと、実に愉快そうに大声で笑い出した。

 呆気にとられた周囲の視線がバップに集中する。

 子供のようにあどけなく笑った後、翔太の気まずそうな様子に気付いたのかバップは翔太に握手を求めて来た。


「いや――すまん、すまん、つい嬉しくてな。

 正直、俺は人間という種族の限界を感じていたんだ。どれほど日々鍛錬しようと、肉体を痛めつけようと、いつもベスト4止まり。竜人族や獣人族に勝てやしなかった。

 だが先ほどの試合でわかった。お前さんのパワーは奴らに引けを取っていない。どうやってそれほどのパワーを手に入れた? できれば教えてほしいのだが?」


 そう聞かれても困る。翔太にも今のふざけた力の原因を完璧に把握しているわけではない。はっきりしていることはステータスが上昇した。それだけだ。

翔太が言い淀んでいるのを別の意味で勘違いしたバップが訂正する。


「言いたくないなら構わない。そうだな。秘術を他人にそう簡単に教えられるわけもないか……。兎も角だ。お前のおかげで奴らに勝つ事が可能だという希望が見えた。感謝する」


 バップはそういうと翔太から視線を外し、試合場を退出してしまった。

 以後4回の試合が行われたが翔太が苦心したことといえば手加減の仕方だった。なんせ、ほんの少し力を入れただけで木製の台を部分破壊させてしまうほどだ。

 翔太のこの出鱈目な(パワー)を見て勝てないと判断した参加者二人が辞退し、肩透かしを食らった状態になってしまった観客からは盛大なブーイングが雨霰のように降り注いでいた。

 




 ヴァージルとエミーがいる席に戻ると、エミーが翔太に抱き付き翔太のお腹に顔を埋める。


「ショウタ! すごい! すごい!」


 見上げるエミーに笑顔を向けながら頭をグリグリと撫でる。猫のように気持ちよさそうにするエミリー。


「ショウタさん! あの試合どういうことですか?」


 予想通りヴァージルに突っ込まれた。翔太自身にもわからないのだ。聞かれても答えようもない。


「どうと言われましても……」


 ヴァージルは鬼のような形相で翔太を睨む。翔太がステータスを何らかの方法で誤魔化していたとでも思っているのだろうか。翔太もこのヴァージルの鬼気迫る様子に若干の戸惑いを覚える。


「昨日のギルドカード作成のとき、私の記憶が正しければショウタさんの筋力は4に過ぎなかったはずです。確かに一般人と比べればかなりの高値ですが、あんな化物じみた力を出せるわけがない」


「はあ……。今日レベルが上がりましたので」


 翔太のこの言葉は火に油を注ぐようなものだった。マシンガンのようにヴァージルは翔太に詰め寄る。


「レベル? レベルが上がったくらいであの力を得たとでも? この私がそんな見え透いた嘘で納得するとおもっているのですか?」


「そ、そんなこと言われましても、僕にも何が何だか……」


(こ、怖いよ、ヴァージルさん。目が座ってる……)


「ヴァージル?」


 そんなヴァージルを見てエミーは翔太の後ろに隠れながら不安そうな声をあげた。ヴァージルもハッとなってゴホンと咳払いする。初めて周囲の目がヴァージルに向いている事に気付いたらしい。


「取り乱してしまい申し訳ありません。ですがステータスの不正改ざんは違法行為です。それもかなり重い。ショウタさんがそのような事をする方だとは思いませんでした。残念です」


(ヴァージルさんって思い込みが激しい人なんだね。面倒臭い)


「ちょっと待ってください。そもそもギルドカード作ったのはヴァージルさんじゃないですか?」


「能力変化の薬を服用しつつギルドカードを作成すれば可能です」


 ヴァージルの決めつけた様な態度にこの手の理不尽に耐性のある翔太もイラついて来た。


「それにその不正改ざん行為はステータスを低く見積もることも入るので?」


「そ、それは確かに能力を低く見積もることには前例がありませんが……」


「ヴァージルさん。もう少し冷静になってください。大体能力を制限して僕に何のメリットが?」


「討伐義務を免れるためとか?」


「僕はHクラスの冒険者です。討伐義務もへったくれもないでしょう」


 この難癖のようなヴァージルの発言のせいで翔太の不満も徐々に積もり積もってゆく。

 ヴァージルもこの翔太の口調に潜む静かな怒りに気おくれしたようであった。 


「っ……確かにメリットはありません。低く見積もること事態を不正行為と言ってよいのか確かに微妙なところですし……でも一応この件は上に報告させていただきます」


「どうぞ、勝手になさってください」


 翔太は表情を消し投げやりな態度でヴァージルに接する。予想外の翔太からの冷たい返答を受けたヴァージルも意地になってしまったようだ。プイッとそっぽを向いてしまう。


「ショウタ、ヴァージル。仲良くしなきゃ駄目だよ」


 エミーが泣きそうな顔で翔太とヴァージルを相互に見上げる。

 確かにヴァージルの態度には腹が立つが、それが原因でエミーのような子供を不安にさせていいはずがない。

 今日のエミーの護衛が終わればもうヴァージルと深く関わる事もないだろう。

翔太はヴァージルへの態度を元の温和な状態へ戻す。


「すみません。ヴァージルさん。つい厳しい口調になってしまいました」


「こちらこそ、決めつけてしまって、申し訳ありませんでした」


 ヴァージルも翔太の意を組んでくれたようだ。翔太に頭を下げる。もっとも顔は全く納得していないようであったが……


「不安にさせてごめんね。エミー」


「許す~!」


 しゃがみ込みエミーの目を真正面から見て謝ると翔太とヴァージルに満面の笑みを浮かべるエミー。

 ほっこりとした気持ちになったところで、ベスト16の紹介のセレモニーがあるので試合場まで来るように係員に伝えられる。

そこで翔太は試合場まで足を運ぶ。




 試合場に行くと、係員に中央に移動するように言われた。そこには屈強な15人の男達が集まっていた。どの人物も地球では見たこともないような独特の危険なオーラを醸し出している。内心ではかなり気後れしていたが、できる限りそうは見えないようにする。


「ゲッハハ! おいおい。D組はこんなお子ちゃまに負けたのか? あり得ねえ雑魚さだな」


 翔太を見て金髪の2m以上もある大柄の男が気持ちの悪い笑顔を張り付かせながら侮蔑の言葉を発する。

 翔太以外のD組の代表者が殺気立つ。バップを侮辱されて怒り心頭なのだろう。その強さと人格からバップには信望者が数多く存在することが窺えたから。


「馬鹿が。そこの少年はあのバップさんに勝ったのだぞ! 雑魚なわけがあるまい」


 同じD組の選手が耐えきれなくなり反論を口にする。


「バップ? ゲッハ! こんなちんちくりんに負けるなんてな。強いというのは噂に過ぎなかったようだな。それとも金でも積まれたか~?」


「なんだと貴様っ!!」


 翔太のみならずバップにも侮辱の言葉を吐いた金髪の大男に殺気の籠った物騒な視線が集中する。だが大男はその多数の視線に全く気にもした様子がない。


「お前その少年の試合見ていなかったのか?」


 赤毛の獣人は金髪の大男を鼻で笑い、馬鹿にしたような見下す態度をとる。


「て、てめえ!」


 その態度に金髪の大男は額にすごい青筋をむくむく這わせる。

 そこで、司会者から選手の紹介が始まった。わかった事は、赤毛の獣人の名前は、マクドナフ、翔太に侮辱の言葉を述べて来た大男の名前はボブというらしい。

 翔太の紹介をすると観客席から《うおおおおおおおぉー!!!》という一際大きな歓声が沸き上がった。翔太の試合を見た人々だろう。

 ボブがすごい形相で睨み付けて来るのを見て、『マジで止めてほしいんですけど!』と心の中で絶叫していた。

 上手く勝ち進めば、ボブとは準決勝で、マクドナフとは決勝であたることになる。





 お読みいただきありがとうございます。

 昨日投稿できなかった分、今日は数話投稿いたします。

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