第91話 久々の休暇を満喫しよう(4)
ギルドハウスに到着するとヴァージルはネリーに何やら仕事を任される。即急に取り掛からなければならない仕事だったらしく、ヴァージルはネリーに怨めしそうな視線を向けながらも、翔太に頭を下げてギルドの1階の部屋の奥に姿を消す。
支部長室へはネリーが案内してくれるらしい。ヴァージルのみしかできないような仕事などそう簡単にギルドに舞い込むものだろうか。あまりにもタイミングが良すぎるような気がする。若干の引っかかりを覚えつつ、支部長室へ着いた。
「ショウタ・タミヤ様がお越しになられました」
ノックをして支部長室へ入り、応接間へ行く。ネリーが支部長に恭しく頭を下げながら、ショウタが来た事を伝える。応接間のソファーの上にはデリックとバリーが座っていた。
正面のソファーに座る様に指示され軽く一礼をして腰を下ろす。ネリーがデリックとバリーの後ろに控える。
「おう。ありがとうよ。ショウタ、今回の事はご苦労だったな。特にヴァージルの事は礼をいう」
デリックが話を切り出した。
「いえ、僕も好きでやった事ですから――」
翔太が最後まで話す前に、バリーが身を乗り出し手を握ってきた。
「儂からも礼を言うぞ。嫁入り前の大切な娘なのだ。それをあのような豚共に傷ものにされるわけにはいかなかった」
バリーはヴァージルが無事で本当に嬉しいのだろう。若干目頭に涙緒を貯めていた。
「ははは。本当に無事でよかったです」
バリーは興奮気味にさらに身を乗り出す。もう半分立ち上がっている。
「なあ、ショウタ、儂の養子にならんか」
デリックが頬をヒクヒクさせる。そういう翔太も同様だ。養子とはあまりに突拍子もなさすぎる。ネリーに関しては真っ白になっていた。冷静に考えれば、貴族ではない翔太を一番格が高い公爵家の一員にしたいと言っているのだ。ネリーの反応がむしろ正常だ。
「おい、おい、おい、バリー、お前何考えている? お前もう当主じゃないだろ! お前の一存でどうにかなる話でもあるまい!」
バリーはデリックを見向きもせずに、さらに話を続ける。
「ふん、息子にはすでに伝えておる。事情を説明したが、奴も乗り気であったわ」
デリックが右手を顔に当て天を仰ぐ。心底呆れ果てている様子だ。ネリーは真っ白に燃え尽き白い灰になりつつあった。
「ありがたいお話ですが……」
このバリーの提案は非常にありがたい話だ。地球では何の価値もなかった翔太を、この異世界で認めてくれているだから。もしこの世界に残る決心を翔太がしていたのなら、受け入れていたかもしれない。
だが、翔太はまだこの世界に残ることを決めているわけではない。寧ろ今の気持ちは地球への帰還の方が遥かに強い。まだ、柚希や日葵達と永遠に別れる決心はつかないのだ。
そんな翔太の表情から拒否の返答を読み取ったバリーが、心底残念そうな表情を浮かべる。
「そうか。あの子のためにも、これが良い方法だと思ったのだが……ショウタ、もし、気が変わったらいつでも言ってくれ。スミス家にはその用意がある」
「はい。ありがとうございます」
翔太は心からの感謝を示すためバリーに深く頭を下げる。
「話を戻すぞ。ヘクターとアドルフ達から詳しい話は聞かせてもらった。ギルドハウスに悪魔が出たらしいな」
デリックが真剣な視線を翔太に向ける。翔太も気を引き締める。それに今のデリックの発言には考えなければいけない事が多い。
(まず、アドルフさんは無事だったらしい。この事実も僕が知らない事だ。
アドルフさんから聞いたという事はあの後アドルフさんが意識を取り戻した? 死んだ魚のような目をして人が生気を取り戻す何かがあったってこと?
まあ、何か起きていなければ、今僕が此処にいるわけがないんだけど……)
「はい。メガラニカ1階の悪魔は討伐できました。でも3階の会議室の悪魔の事は僕も良く覚えていないのです。会議室で意識を失ったら、エルドベルグの宿屋キャメロンの自分の部屋で寝ていましたので」
「ああ、3階の魔物はノア・アズマがエルドベルグ周辺に偶々来ていてな。彼女により討伐された。だから心配はいらない」
(ノア・アズマ? フィオンのお師匠様だよね。確かバリーさんが前に姿を消したと言っていたような……そんな都合のいい偶然なんてあるの? 釈然としないけど、嘘だとも思えない。だって、嘘をつくメリットなんて何もないもの)
翔太はデリックとバリーの様子を観察する。両者とも変わった様子はない。もし、嘘をついているなら表情の一つも変えるものだろう。
「はあ、そうですか。大丈夫ならいいんです。それで今日はどんなご用件でしょうか?」
アドルフ、ロニー、フローラが無事な事は聞けた。もうこの話題について聞くことはない。
「そうだった。これをみてくれ!」
デリックは数枚の羊皮紙をテーブルの上に置く。翔太はその羊皮紙を手に取って中身を見る。
いつの間にか薄ら笑いを浮かべていたようだ。口角が吊り上がっている。このふざけた文章を数行読むだけで怒りの臨界など、とうの昔に通り越していた。
(ラシェルを辱め、殺す? ブレイン? どうでもいいさ。どの道、ただで済ますつもりはないよ)
人間を殺せるのかという普段真っ先に考えるはずの当然の疑問さえも、今の翔太には思いつきさえもしない。あるのはこのふざけた計画を立案し実行しようした者に対する明確な殺意だけ。
意思とは無関係に殺気を周囲にばら撒いていたらしい。ネリーは顔色が悪くなり、後ろの壁にもたれかかっている。バリーも額から大量の氷のように冷たい汗を流す。
ピクリとも表情を変えなかったのはデリックのみであった。流石はSSSクラスの冒険者というところだろう。
「このブレインという組織の幹部共はビフレスト王国の首都――ビフロストに潜伏しているとありますが? 実際にはどうなのです?」
翔太は簡潔に知りたいことだけ尋ねる。ことはラシェルの安全に関わっている。この羊皮紙に書かれている事の実現だけは何としても避けなければならない。そのためにはこのブレインの幹部共を殲滅するしか方法はない。でなければ、今回のような事が何度でも起こるだろう。今回のように翔太が傍にいればよい。だがそれは不可能だ。このオーク戦でそれは骨身にしみた。
「それは間違いない。そして幹部の一人がビフレスト王立魔法学院に学生として潜伏していることまではつかめた」
「ん? そこまでわかっていて、なぜ誰だか判明できないんです?」
「ビフレスト王国、国王直属の《隠密》スキルを持つ者が密会場所に潜入した。その密会に王立魔法学院の学生でなければ知りえない情報が一度だけ出たらしい。そして、ブレインの手がかりは今のところそれだけなんだ」
(なるほどね。デリックさんが態々僕の前で国家級の機密事項であるはずの羊皮紙をみせた理由がわかった。次に彼が発する言葉も大体予想ができる。そして、それは僕には拒否しようがないことも)
「僕に魔法学院に潜入しろと?」
デリックに言わせるまでもなく、翔太から話を切り出した。ラシェルの事が絡んでいるからだろう。心が急かす。
「そうだ。ショウタにはビフレスト王立魔法学院の2階生に編入してもらいたい。
編入の目的はもちろんブレイン幹部をつきとめること。つきとめ次第捕縛し、国王直属の公安調査局の職員に引き渡してもらう」
(その程度のことなら僕でなくてもいいんじゃない? もっと、諜報活動に相応しい人ならごまんといそうだしさ)
「その役目、なぜ、僕なのです? 僕である必要が今一、不明なのですが……」
「これも諜報員からの情報でな。今回のブレインのバックには『悪魔』がいるらしい」
「っ!!?」
(悪魔……そうだよね。僕はなぜあれで終わりだと思ったんだろう。今回の事件はそもそも、ブレインの仕組んだことだった。そして、その実働部隊としてあの下種悪魔がいた。背後にもっと高位の悪魔がいてもおかしくはない。ラシェルを脅かしているのは結局のところ悪魔とういことか……)
翔太の目に極上の狂気が乗り移る。頭の中には悪魔共に対する憎悪しかない。ラシェルが絡むとこのように精神を抑える事が出来なくなる。ラシェルを不幸にする者の存在自体が許せないのだ。その理由は依然として不明だ。ラシェルは、道端で知り合ったただのエルフの少女に過ぎない。これは異常な事だろう。今まで、なあなあにしてきたが本気でその理由を考える必要があるかもしれない。それを知ることが柚希や日葵を地球に戻す事以外の翔太の唯一の義務のようにも思えていた。
翔太の張り付いたような笑いと纏う圧力がよほど応えたのか、ネリーは胸を押さえて蒼白になり唇がこわばっている。今にも床にへたりこみそうだ。
翔太もそれに気づき態度を元の人畜無害な状態に戻す。
「アズマさんは再び放浪の旅にでた。仮に、王都で悪魔が現れれば、今度こそアズマさんはいない。あの人がいない今、ビフレスト王国には、いや、人間種にはショウタしか頼れるものはいない。悪魔の討伐。お願いできないだろうか。この通りだ」
相変わらずデリックという人物は実直な人物らしい。ショウタを操るにはラシェルの事と、柚希、日葵、雪の情報の話をちらつかせれば一番手っ取り早いはずだ。エレナ等なら真っ先にそうするはずだ。
それなのにそれをせず、頭を態々下げる。この態度は本来、当り前の態度なのかもしれない。だが、人間には多数のしがらみがある。このような当り前の態度をとれないのが通常であろうし、デリックの立場になってみたら翔太もとれるかどうか疑わしい。
偶々、棚から牡丹餅で強さを得た翔太と比べ、デリックは今までゆっくり自らの力を蓄え、それに従って心の強さも得たものと予想される。それが翔太にはとても眩しく感じた。だから――。
「はい。是非、引き受けさせていただきます」
デリックは今までの真剣な表情を崩し、安堵の微笑をもらす。場の雰囲気が緩和されたせいか、ネリーとバリーも普段の姿に戻っていた。
「ありがとう感謝する」
再びデリックが頭を深く下げる。翔太は慌てたように、それを遮る。デリックのような人から頭を下げられるようなことはしていない。むしろ翔太が頭を下げて頼みたいくらいだ。今回のブレインの壊滅と背後の悪魔の討伐は柚希達を探す以上の優先事項だ。それをビフレスト王国が協力してくれるというのだ。これほど都合のよいことはない。
「いえ、僕こそ助かります。それで僕はいつから編入することになるのですか?」
「30日後だ。王立魔法学院の学長にはすでに書簡を送っている。手続きも時期に済むだろう」
「僕は30日後に王立魔法学院に行けばよろしいので?」
今までの話の流れからするとそうなるがどうも嫌な予感が翔太はしていた。デリックが何とも言えない嫌な笑顔を浮かべる。それはフィオンがたまに見せる笑顔だ。そして、この笑顔を見せたときはいつも途轍もない面倒なことが起こる。
「いや、ビフレスト王が7日後首都――ビフロストに帰還なされる。その際の護衛を頼みたい」
(思ったよりも普通だね。嫌な予感は僕の気のせい? まあ、この頃いろいろあり過ぎて、少し神経質になっているのかも……)
「わかりました。喜んでお引き受けいたします。それで僕のお願いなのですが――」
「わかっている。ユズキ・タミヤ、ヒマリ・ツキミヤ、ユキ・サイオンジの所在と地球とやらヘの帰還方法だろ。これはギルドと王国の総力をもってあたらせてもらう」
「あ、ありがとうございます」
立ち上がり頭を深く下げて感謝の意を述べる翔太。取り敢えず、これで翔太の目的の同時進行が可能となった。王国は全くといって良い程信用できないが、デリックは信用できる。デリックに任せておけばある程度の進展はするだろう。それだけの力と能力がある人だ。
「ははは。相変わらず真っ直ぐな奴だな。あの捻くれねじまがった奴と同じ……いや、なんでもない。そ、それでギルドクラスの問題が残ってたよな?」
何かを言いかけ取り繕うデリックに疑問が雲のごとく沸き起こるが、聞いても教えてもらえるはずはない。それに、ギルドクラスの昇格の件の方が気になる。
「ギルドクラスは今回のクエストで、また1クラスあがりCとなる。本当は直ぐにでもSSまで上げたいのがこちらの本心なのだがな……。
学院の生活が始まれば、潜入捜査で忙しくもなろう。その間はギルドの昇格試験は基本中止にしてもかまわない。だが、これはあくまでギルドからの提案なのだが、学院の余暇にギルドの昇格試験を受けてもらいたいんだ。頼めるか?」
「学園の余暇とは?」
「ああ。魔法学院は7日間サイクルで授業が進められる。そのうち休日が2日間というわけだ。このうち少なくとも1日をギルドの昇格試験に当ててもらいたいのさ」
7日間もあればラシェルの【超越級】の材料も手に入れることは可能だろう。むしろ、ビフロストへ出立するこの7日間の内にギルドの昇格試験を受けてくれと言われる方が困る。今から6日間集中して素材探しができるのだ。好都合だろう。
フィオンとレイナも数日後には獣王国ヤルンヴィドに帰還しなければならないと言っていた。とすればこの6日間が勝負なのだ。一日たりとも無駄な時間を費やしたくはない。
「了解いたしました」
「詳しい話はビフロストに到着してから再び話そう。今回は事が事だ。俺もビフロストに呼ばれている。何か不明な点があれば、すぐに俺が対応できるようにしておく」
「ありがとうございます。それでは僕はこれで」
もう話す事はない。翔太は話を切り上げて立ち上がり、一礼をする。デリックもバリーも丁寧に挨拶を返してくれた。




