生存4-3/3日目.真相
どれほど時間が経っただろうか。数時間のような気もするが、実際はそこまで経過していないだろう。
オレと本宮は2人だけで巨大なガラス管が立ち並ぶ研究室のような部屋を歩いていた。
彼も覚悟を決めて来たのだろうが、まさかここまで被害が出るとは思っていなかったようで、酷く落ち込んでいる。
隊長や他の隊員が死んでも冷静を保っていた本宮だったが、岩波が死んでからずっとこんな感じだ。本宮と岩波は仲が良かったようだ。
沈黙が打破されないまま部屋の中を歩いて行くと、ここの職員の物と思われる日記を見つけた。その日記帳は大部分が血で汚れていたが、唯一汚れていない部分からあることが分かった。
この地下である研究が行われていたということだ。
死者の蘇生ーーーー
それは、実質不死に近い。この研究が完成していれば、医学界に、いや世界に衝撃を与えていたことだろう。
しかし、研究者たちはこの研究を進めていく過程で、あるウイルスを作ってしまった。
それが今回のパニックを引き起こした元凶、プロトタイプだという。このウイルスは空気感染こそしないが、これを直接的に血液に取り込むと感染するようだ。
感染者はたとえ死体であろうと蘇り、ある意味では研究は完成したといえる。だが、最大の欠点が2つあった。
記憶の喪失と衝動的な食人行動。
この2つのせいでウイルスは爆発的に広がって行った。
厳重な管理体制だったはずだが、どうしてウイルスが漏れたのかは分からない。それも分かると思ったが、そこから先は血で汚れてしまっており読解不可能になっていた。
本宮はそれを見て、いつの間にか破損していたガスマスクを外した。本宮の素顔を見るのはこれが初めてだ。
鋭い眼光にきりりとした眉。世間的にはこれをイケメンというのだろう。だが、右頬に大きな傷跡が付いており、ヤクザを彷彿とさせる風貌でもあった。
本宮は「そうか、これが真相か」と呟くと、岩波が最後に残した端末を取り出した。そして、なんの迷いもなく中央へと歩いて行く。
何をする気なのかと中央に歩いて行く本宮を見てみる。
本宮は中央にあったパネルに端末を差し込むと、何かの操作をし始めた。何をやっているのか、機械音痴なのでよく分からない。
「あの、何やってるんですか?」
「ここから脱出する。そのためにセキュリティシステムを全てシャットダウンさせるんだ」
その目付きから、本気でそれをやろうとしていることが分かる。どうやら、岩波の死から立ち直ったようだ。パネルの操作音がしきりに聞こえてくる。
本宮が手を止めた時、オレの視界は暗闇に包まれた。突然の暗転にあたふたしていると、中央から本宮の声が聞こえてきた。
「……すまん。セキュリティシステムじゃなくて、電源切っちまった」
「まじすか」
本宮ならやりかねないとは心のどこかで思っていたが、自信満々の顔でパネルを操作していたので、それは杞憂だと90パーセント思っていた。
こういう時、どういう顔をすればいいのか分からない。もっとも、暗闇なので見えていないだろうが。
「電源戻せるか試してみる」
本宮がそう言った時、オレはすぐさま止めようとした。下手すればいろいろやばい操作をしてしまうかもしれないからだ。
しかし、間に合わなかったようで、パネルの操作音が聞こえてくる。
「よし、これでつく……はずだ」
本宮が自分でやっていることなのに半信半疑で言うと、予備電源は戻った。オレはほっと胸をなでおろした。
ただ、何か聞こえてきてほしくない音声も聞こえてくる。
『自爆プログラムが発動されました。職員の方は、ただちに研究室から離れてください。繰り返しますーーーー』
「……逃げるか」
「……ですね」
本宮はそう言いながら走り出した。ほんと、一体全体なにやってくれてんだこの人は。
しかし、自爆プログラムとはまたベタな機能である。映画ぐらいでしか見ない設定だ。
『自爆まで、あと15分』
しかも猶予が非常に短い。これはエレベーターか何かを見つけないと間に合わないだろう。
不幸中の幸いというのだろうか、部屋の一番奥にはしっかりとエレベーターが設置されていた。エレベーターは無駄にハイテクな作りになっている。
「あれに乗って逃げましょう!」
「おう……ちょっと待て、これもパスワード付いてるぞ」
急いでいる時に限ってこれだ。二流映画並みにベタな展開である。いや、所詮現実なんてこんなものか。
本宮は焦りと動揺で震える手を動かして、端末を差し込み暗証番号を割り出した。暗証番号は〈11922963〉。無駄に長い。
本宮は暗証番号を急いで打ち込むが、急ぎすぎて番号を間違えた。ブーっという音が虚しく響く。
「早く! 急いでください!」
「そう急かすなよ、頑張ってるんだから」
もう一度打ち込むと、今度こそロックは解除された。エレベーターのドアが開かれる。
と、同時に後ろで鉄がひしゃげる音が聞こえた。振り返らずとも後ろに何がいるかよく分かる。
オレ達は後ろにいるそれを無視して、エレベーター内に駆け込んだ。これをやっても意味がないと分かっているが、閉じるボタンを連打してしまう。
ようやくドアが閉まり、体を浮遊感が包んだ。現在のフロアが上に表示されていたので見てみると、地下56階の部分が点滅していた。
続いて時計を見てみる。残り15分のアナウンスが入ってから3分が経過していた。このまま行けば間に合うだろう。
オレ達は脱出できて、あの怪物は自爆によって消滅する。現状でもっとも良いシナリオだ。
本宮は端末を使って何かをやっているが、今は気にしないでおこう。
オレ達が油断し切ったその時、見計らったかのようにエレベーターが大きく揺れた。その揺れでエレベーターはストップ。一体何が起きたのだろうか?
オレの思考がまとまる前に、エレベーターの床を刃が貫いた。それははじからはじへと進んで行く。
「まずい、あの化け物俺達を落とすつもりだ!」
本宮はそう言うと、エレベーターの天板を殴りつけて外した。腕を使って天板の外へ出ると、今度はオレに手を差し伸べてきた。
「掴まれ、早く!!」
オレは本宮の手に飛びついた。本宮はオレの腕をガッチリと掴み、片手だけで天板の上へと引き上げた。
オレが天板の上に出るのと、同じタイミングで数秒前に立っていた床は暗闇の底へ消えていった。そして、例の怪物がその姿を現す。
どうやって追い付いたのか謎だったが、壁に突き刺さっている怪物の刃を見て納得した。
しかし、ここからどうするというのだろうか。これ以上来れば、怪物もろともエレベーターが落ちてしまう。怪物に知能があるならこれ以上は来れないはずだが……
と思っていた時期がオレにもありました。エレベーターの破損など気にもとめず、容赦なくエレベーター内に刃を突き刺して登ってくる。あの怪物、完全に脳筋だ。
これ以上来られるとオレ達も落ちてしまうだろう。本宮は自動小銃の照準を怪物に合わせると、物凄い剣幕で引き金を引いた。それは、仲間の復讐に駆られているようにも見える。
発砲音が狭い中で反射する。本宮は自動小銃の弾を撃ち尽くすと、トドメだといわんばかりに手榴弾のピンを抜いて投げた。
オレ達の真下で激しい爆発が起こる。爆炎が天板の穴まで立ち上ってきたので、巻き込まれないよう身を引いた。
爆炎が収まったところで怪物の様子を見てみる。あれだけ喰らえば、さすがに倒れてもおかしくないはずだ。
だが、爆炎が晴れたそこには無傷の怪物の姿があった。
「くそっ、化け物め……!」
あの怪物、不死身なのか?
そう思ったが、よく見れば、刃が全身を包むように変形している。あれで銃弾や爆風を防いだのだろう。
部隊が総攻撃した時もあれで防いだのだ。銃弾や爆風を受けても無傷の硬度。どういう物質でできているのだろうか。
いや、そんな事を考えるのは後でいい。怪物は刃を元の形に戻すと、再び壁に刃を突き刺して登り始めた。
「……絶体絶命だな」
本宮が部隊の、そして岩波の仇を取れなかったことを悔やんでその場に膝をついた。もう、怪物はその無表情な顔を不気味に歪ませながら登ってくる。
本宮は諦めモード。武器の残弾数は0。
今までは武器や味方の助けもあって生き残ってきたが、今回は助けてくれる仲間も、武器もない。
「せっかく、真相まで見つけたのに……」
刃がエレベーター内を突き刺し、大きく揺れた。その時、何か重い物が落ちる音が足元で響いた。
見れば、本宮から譲り受けた拳銃が落ちている。そうだ、まだこれがあったんだ。
オレはそれをゆっくりと拾い上げると、こちらを睨む怪物に向けた。一発でどうにかしなれば、弾は防がれてしまうだろう。
全神経を拳銃の照準器に集め、胸にある赤黒く脈打っているものに銃口を向けた。あれが弱点という確証は無いが、オレは確信に似た何かを持っている。
銃声が一度だけ響き、空薬莢が地面や落ちた音が聞こえた。撃った瞬間目をつむってしまっていたが、怪物はどうなった?
おそるおそる目を開けてみると、そこには相変わらず刃を突き刺したままの怪物がいた。ーーーー完全に詰んだ。
オレはその場に拳銃を落とした。重い音が響く。
しかし、絶望しきったオレは何か違和感があることを感じた。
「怪物が……動かない?」
刃を動かす様子もなく、その場で完全に静止してしまっている。どうなっているのだろう。
刃が徐々に抜け始め、怪物の体は空中へ投げ出された。両側の壁に交互に当たりながら暗闇へと引きずり込まれていく。
倒したのだ、オレが放った銃弾で。
オレは死の恐怖から一気に解放され、思わずその場に倒れ込んでしまった。本宮は信じられないという顔でこちらを見ている。
怪物が落ちて数秒もせずに、エレベーターはまた動き出した。
「勝った……のか?」
「そうみたいです」
倒せたという実感がないが、今は倒した事実を喜んでおこう。
時計を見てみる。残り9分だ。
エレベーターは酷い破損具合だが、今まで通り動いている。間に合うはずだ。
オレは少ししかない時間を、十分に堪能することにした。