生存4-2/3日目.地下フロア
地下へと続く階段は、途中にドアなどはなく、ただただ同じ風景が広がっていた。降り始めてからそろそろ数時間だろうか。
時間を確認するため腕時計を見てみたが、数十分しか経っていなかった。いつまでも変わらない風景というのは、人間の時間感覚を狂わせる。
早く下まで着かないかと思っていたら、ようやく1つのドアが見えた。ドアには何かのマークが大きく書かれている。
そのマークが示す意味はよく分からないが、おそらく立ち入り禁止的な意味合いなのだろう。しかし、岩波はそのマークを見て神妙な顔をしている。
「バイオハザードマーク……気を付けろよ。この先は危険な病原体がある」
岩波が声のトーンを落として言った。危険な病原体とは、最近話題になったエボラウイルスなどのことだろうか。
「へぇー、なんで分かるんですか?」
「このマークがあるのは……いや、説明してる暇はない。さっさと行くぞ」
本宮がそう言ってドアノブを回そうとするが、ドアノブはびくともしない。なかなか回らないドアノブに本宮は苦戦しているが、鍵が掛かっているようなので開かないだろう。下手をすればドアノブが壊れてしまうかもしれない。
そんな本宮を止めようとドアに近付くと、ドアの横に何かあるような気がした。もう少し顔を近付けてみたら、それが何かの端末だと分かる。
暗くて見えていなかったが、ドアの横に何かの操作端末が設置されていた。おそらく、これでドアのロックを解除できるはずだ。
そういえば、本宮を止めるのをすっかり忘れていた。声を掛けようとしたが、声を掛ける前に本宮はため息をついてドアノブから手を離した。諦めたようだ。
「ダメだ、開かない」
その発言を聞いて、岩波は呆れたといった感じでため息をついた。
「アホか。ロック解除しないと開くわけないだろ」
岩波の方もドア横の操作端末に気付いていたようだ。後ろにいたオレ達は気付いたのに、ドアの真ん前にいた本宮が気付かないとはこれいかに。
本宮は操作端末をライトで照らしたが、ドアは暗証番号式でロックされていているようだ。番号を知らないオレ達にはどうしようもない。
「参ったな。上に戻れば奴が待ち伏せでもしてるんだろう……せめて横谷が生き残ってれば解除できたんだが」
横谷と聞いて思い出したが、確かに彼は便利そうな端末を腕につけていた。あの端末があればドアのロックを解除できたのだろうか。
何にせよ、彼は死んだ。暗証番号が分からない以上、ここから先に進むことはできない。本宮の言う通り、上にはあの怪物が待ち構えているだろう。
絶体絶命の窮地に追い込まれた時、岩波が口を開いた。
「あー、お前ら、俺に感謝しろよ?」
「はぁ?」
岩波はそう言うと、口角を片方だけ釣り上げながら何かをポケットから取り出した。ポケットから出てきたのは横谷が付けていた端末と同じ物のようだ。
「なんでこれをお前が持ってんだよ」
「予備だ。隊長から渡されたのさ」
隊長はもしもの時のために、横谷と岩波の2人に端末を渡していたらしい。本人いわく、もっとも信頼できる部下に隊長が渡したというが、それは置いておこう。
おかげで先に進めそうだ。もっとも、先に進んだ所で出口があるのかは謎だが。
岩波が手に持っていた端末を操作端末に差し込むと、差し込んだ方の端末に左から数字が表示されていく。
気のせいだろうか、どこかのスパイ映画で見たような……
「よし、暗証番号が分かった。[2719]だ」
岩波は端末を回収すると、操作端末に暗証番号を打ち込んだ。ほどなくして、操作端末から『通行を許可』という機械音声が発せられた。
電力供給を断たれたのになぜ動いているのか謎だったが、これだけ大きなビルだ。予備電源か何かがあって、それを使っているのだろう。
ドアの向こうから機械音が聞こえ、ドアが自動的に上へ開かれる。自動で開くのなら、ドアノブをつける意味がない気がするのだが。
よく考えてみれば、危険な病原体があるドアを暗証番号入力だけで開けることができるのは、セキュリティーが薄い気がする。そういえば、この本社ビル内では日本の法律が一部適応しないらしく、重火器を持った警備員が大勢うろついているいうのをニュースでやっていた。そんな警備体制だから、ここの警備が薄くなったのだろう。
ドアの向こう側は真っ白な廊下が続いており、奥には広い部屋のようなものが見える。
ドアの前で足を止めていると、上の方からギリギリ聞き取れるレベルの小さい音が聞こえた。地上からはだいぶ離れているので、相当大きな音でないと聞こえないはずだ。
そんな音を出せるのはあの怪物ぐらいだろう。
「……行こう。ここで止まってたら奴が来ちまう」
本宮はそう言うと、白い廊下に足を踏み入れた。本宮はオレ達を気にせずずんずん1人で進んでいくので、急いでオレ達も本宮を追いかける。
何だろう、デジャヴだろうか。この廊下は前にどこかで見たことがある気がする。必死に記憶を辿ってみるが、思い出せない。
中間あたりに来たところで、オレ達3人が入った自動ドアが閉まった。振り返ると、壁の一部がオレンジ色に光っているのが見える。
これもデジャヴなのか、とてつもなくまずいことが起きる予感がした。
オレンジ色のひかりをみて思い出した。これは映画〈バイオハザード〉で登場したレーザートラップだ。
壁はだんだん強い光を放ち始めている。突然、警告音が鳴り出した。
『侵入者感知、侵入者感知。排除を開始する』
その機械音声と共に、一本のレーザーが壁と壁の間に放たれた。そのレーザーは結構なスピードでオレ達に迫ってくる。
これが映画通りのレーザーだとしたら、触れた部分は瞬く間に切断されるだろう。
「あの出口まで走れ!!」
本宮の声で全員走り出すが、出口を目前にして足がもつれ、盛大にこけてしまった。気付けばレーザーは網目状になっており、避けようがなくなっている。
前を見ると、本宮が出口まで走り抜けてオレがこけたことに気付いたようだ。岩波が見えないが、すでに脱出したのだろう。
もう一度後ろを見てみる。レーザーは残り数メートルの距離に迫っていた。
さすがにこれは死ぬ。絶対死ぬ。
そう思った瞬間、オレの右手は肩が外れそうになる程引っ張られ、出口の向こう側まで投げ飛ばされた。オレの体が出口を抜けると、同時に出口のドアが固く閉ざされた。
おそらく、岩波がオレを助けてくれたのだろう。
「た、助かった……あれ? 岩波さんはーーーー」
本宮は、固く閉ざされたドアの向こうを呆然と見つめていた。部屋の中を見回してみるが、どこにも岩波の姿はない。
いや、いないはずない。オレを投げ飛ばした後、絶対に出口を抜けたはずなんだ。彼なら、絶対に……
だが、どれだけそう思っても、閉ざされたドアの隙間から流れてきた赤いそれは現実を物語っている。
「まさか……そんな……」
「………………」
こうして、オレと本宮以外は全員死んだ。