生存4-1/3日目.2時間前
部隊のほとんどが死ぬ2時間前、オレ達は渋谷駅に続く道を歩いていた。奴らは朝日が出ている間はそれほど活動しないらしく、あまり危険はない。本宮に渡された拳銃を使う機会はなさそうだ。
こんな簡単に東京都を脱出できるのなら、もう少し早くこの部隊と会えればよかったのに。
そう考えていると、オレの前にいた部隊の1人が腕に着けている電子機器を操作し始めた。小型だが、何か地図が表示されておりハイテクなことになっている。日本の技術も上がったものだ。
その隊員は何かを確認すると隊長に耳打ちをした。
「隊長、このスピードで行くと間に合いません」
「分かった。もう少しペースを上げるぞ」
かなり小さい声だったのでよく聞き取れなかったが、どうやら時間が押しているらしい。
心なしか、前の隊員が焦っているように感じる。回収時間に間に合わなければ脱出できないのだろう。
渋谷駅まであと数十分辺りまで来た時、少し先の方で飛行機のエンジン音が聞こえた。部隊もその音に気付いたようで、全員が上空を見上げている。
オレもつられて上を見てみると、旅客機ではない大型の飛行機が飛んでいた。それを見た隊長は
「横谷、あれは何だ? 爆撃機が来るなんて作戦内容になかったぞ」
「少し待ってください、HQに連絡を取ってみます……ダメです、繋がりません」
横谷が無線機を手に持ちながらそう言うと、部隊に不穏な空気が流れた。オレは上空を通過して行った飛行機を目で追ってみる。すると、何か黒い物体が降下してくるのが見えた。あの飛行機から落ちたようだ。
「あの、なんか落ちてきてますよ?」
「なに? ……本当だ。リーダー、何か落ちてくるぞ」
黒い物体はみるみるうちに地面に近付いていく。近付いてきて分かったが、黒い物体は結構大きいようだ。
黒い物体は地面に落下して轟音を立てる。落下の衝撃でアスファルトが砕け散ったが、黒い物体には傷一つ付いていないようだ。
黒い物体は、何かのケースのようだった。漆黒に塗られた箱は太陽光を受けて黒光りしている。
部隊が黒い物体に注目していると、空気が抜ける音が響き、黒い物体の側面が上にスライドされた。何が出てくるのだろうか。
それを見た隊長は自動小銃を黒い物体に向けて構えた。特にかけ声はなかったが、部隊員も全員手持ちの武器を構える。オレも一応内ポケットから拳銃を取り出した。
濡れた足で鉄の上を歩くような音が聞こえ、黒い物体の中から出てきたのは……人だ。
いや、人の形をしているだけで、ほぼ化け物である。足は獣のそれと似ており、両腕には見るからに硬そうな大きい刃が付いていた。胸には赤黒く脈打つ心臓のような物が見え隠れしている。
その怪物はオレ達を視認すると、ゆっくりと足を前に出した。
「撃てぇぇぇ!!」
隊長の合図で一気に引き金が引かれた。銃声が辺りに響く。オレは耳元で鳴る爆音に耐え切れず、耳を塞いで体を屈めた。
そんなオレの様子を気にすることなく、射撃は全員の弾倉が無くなるまで続いた。黒い物体に目を向けてみると、あちこちに銃痕が付いているのが粉塵越しに分かる。この分なら、あの怪物は蜂の巣になっているはずだ。
「どうだ!?」
銃撃で散った粉塵が晴れ、怪物のいた場所がかすかに見え出した。5人の隊員に緊張感が漂っている。
オレが屈んだまま黒い物体の方を注視していると、顔に何か生暖かいものが掛かった。オレはそれが何か確認するため、手で顔を拭ってみる。拭った手を見てみると、赤い何かで染まっていた。
下を向いていた目線を前に向けると、隊長がいた位置にはその下半身だけが勢いよく血を噴き出していた。地面には隊長の上半身が内臓をむき出しにして落ちている。
「た、隊長ーーーー」
横谷が叫ぼうとした次の瞬間、魚の頭を切り落とす時のような音が聞こえ、横谷の頭はオレの足元に転がっていた。横谷の光を失った目がオレを見つめる。
「う、うわぁぁああ!!」
オレは思わず絶叫していた。腰が抜けてしまい、足が思うように動かない。
目の前の怪物に、瞬く間に2人が殺されてしまった。残っている3人は思考が追いつかないのか、空弾倉の銃を構えたまま呆然と立ち尽くしている。
その中の1人がようやく銃の弾倉を替え、後ろの2人に叫んだ。
「岩波、本宮、俺はここでヤツを食い止める! 早くそこの男連れて逃げろ!」
「……任せた、おい! 行くぞ!」
オレは言われるまでもなく走り出していた。腰が抜けたと思っていたが、簡単に走ることができた。後ろからは銃声が聞こえてくる。
道の角に差し掛かったところで背後から悲鳴が聞こえてきたが、誰も振り返らなかった。
この数分で、3人も隊員が死亡してしまった。あの怪物はそれほど強いというのか。
角からそっと覗いてみると、怪物はゆっくりとこっちに近付いてきているのが見えた。
「と、とりあえず建物の中に隠れましょう!」
オレの意見で、3人は近くにそびえ立っているターミナル薬品製造会社のビルに入ることとなった。ターミナル薬品製造会社は日本で一番成功したと言われている会社だったが、このパニックで本社が崩壊してしまったようだ。
入口はやはり開かないので、本宮が自動ドアのガラスを叩き割って中に入った。
ロビー内には何人もの人が倒れており、至る所に血液がかかっている。大会社といえど、奴らの前には無力だったらしい。
死体があるとなると、奴らも少なからずいるはずだ。警戒して進まなければいけない。
中は電気が付いていないので薄暗く、死角が多い。非常に危険だと思ったが、本宮が自動小銃に付いていたライトのスイッチを入れた。ライトは小さいが、意外と広範囲を照らしてくれる。
「ーーーーで、どうする? これだけ広ければ、どこかに隠れられると思うが……」
本宮がオレと岩波に聞いてきたが、今のオレにそこまで判断する勇気はない。ここはやはり、軍人である岩波が何か言うのを待とう。
「……とりあえず、あのバケモンをまかないことには始まらない。どこかに隠れよう」
岩波の判断で、このビルの中に隠れることとなった。オレ達がかたまって廊下を歩いて行くと、非常階段がうっすらとだが視界に入った。
本宮がドアノブをゆっくりとひねり、オレ達の方を向いて無言で開けてもいいか確認してくる。もちろん、岩波もオレも首を縦に振った。
本宮が勢いよくドアを蹴り開けると、岩波もそれに続き非常階段内の安全を確保した。非常階段は窓がある分廊下よりは明るい。
だが、上に続く階段はテーブルや何かの器具で塞がれており、とても登れる状態ではなかった。オレが何かを察知して閉じられたドアに耳を当てると、例の足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてくる。
鍵はかけてあるが、人間を骨ごと簡単に切り裂く刃だ。鉄のドアなど問題ではないだろう。
「下に行くしかなさそうだな」
本宮はそう言うと、キープアウトと書かれているテープをナイフで切断し、地下へと続く階段へ慎重に足をかける。それに続き、岩波とオレもゆっくりと降りていった。