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一縷{いちる}

作者: 飛鳥弥生

『一縷』

{いちる}


 ――飛鳥弥生


「おう、もうそんな時期か」

 強さを増した午後の日差しの照る縁側で、染みだらけの老人が潰れた声で怒鳴った。碁盤を挟んだ向かいで腕を組む頭の禿げた老人が「ああ?」と、やはり大声で返す。染みだらけの老人は夕刊をめくり『第四十二回サマーチャンス宝くじ』とある見出しを突付いた。

「うむ、チャンスくじか。しかし、わしはな、運なんぞ若い時分に使い切ってしもうたわい」

 二人はお互いの顔を見合うと、金の総入れ歯をぎらつかせて、がははと笑った。

 禿げた老人が、碁仲間の染みだらけの老人の芳しくない容体を聞きつけたのは、それから一週間後の夕食時であった。鰓の張った嫁の日課である井戸端会議のお披露目で、禿げた老人はそれを知った。

「あのおじいちゃん、まだ九九歳よ。まだこれからって時なのに、ねえ?」

 鰓の張った嫁に対し無愛想な夫は「んん」とだけ返した。禿げた老人はかびた寝具に潜り込み、隙間から差し込む明かりを頼りに、一枚の紙切れを眺めていた。先日の対局の帰りに、なけなしの小遣いで一枚だけ購入したチャンスくじである。

 一月後、染みだらけの老人が他界し、それを追う様に禿げた老人は発作的な心筋梗塞で倒れた。

 事切れる直前、禿げた老人は駆け付けた夫婦に向け握り締めたくじを突き出して「……ど! どうじゃ?」と軋るように叫んだ。夫婦は小刻みに首を振り、滑るように病室を後にした。ドアが閉まると同時に禿げた老人はひゅーと息を吐き、それが彼の遺言となった。

「……順番待ちは五万人、診察を受けられるのは十二年先だそうよ」

 鰓の張った嫁の独り言に無愛想な夫は「んん」とだけ返した。

『第四十二回サマーチャンス宝くじ。一等「治療」はなんと五本! 組違い「診察」は二十本――』


 ――おわり

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い!オチが秀逸。 近い将来に本当に起こりそうw 起承転結もきちんとあり、サクサク読める良作だと思います。 [気になる点] 難しい漢字があり文章はテンポよく進むのにそれで止まってしまうの…
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