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破の集い

自らを酒咲(さかさき)イサリと名乗った女性は、戦闘後、リリコのガイドになると提案してきた。


「あんな雑魚キャラに殺されそうになっちゃってるんだから、君って私達のルールとか全然知らないでしょ?」

「は、ルール? なんだそりゃ。順法の心でも持ってろってことかよ」

「ぷっ、キャハハハ。そんなの死刑になった君には欠片もないでしょーが」

「…………」

「で、どうするの?」


 イサリは見透かしたように問いかけてくる。

 リリコの頭の中は、例えるならあらゆる疑問という名の具材を投入した闇鍋みたいなものだった。自分がどういった現状にあるのか、どうしてイサリに死刑になったと見破られたのか、あの暴漢じみた男はなんだったのか。

 

 そして右の前腕に彫られた『1』の数字。なぜこれが刻まれていると、残り一月しか生きられないことになるのか。


「……ったく」


 どうせ独りで考えても知識がない以上、判りようがないし、あんな異常なものを見せつけられて平気の平左で日常生活を送ろうにも無理がある。

 そもそも、これからどうしていこうか――明確に決めているわけでもない。

 せいぜいボロアパートに帰って飯を食べるか寝るぐらいか。


「ついてくよ。これでいいんだろ」

「キャハハ、決まりね」


 甘言とも取れるイサリの誘いでも、自分が置かれた状況を知らなければならないとリリコは思い、乗ることにした。


「じゃ、さっそくだけど行こっか。ついてきて子猫ちゃん」

「……なあ、ところであんたが丸焼けにした野郎だけど」

「んー?」

「野郎は放っておいてもいいのかよ」

「うん。そのままだけど」


 人ひとり焼死させておいて、さも当たり前のように言うところが普通じゃない。おまけに笑顔まで見せてくるし。


「……人避けだっけか? それを発動してた本人がくたばったら、また人が湧いてくるんだろ? 路地裏とは言え焼死体が転がってたら大事になっちまうんじゃねえのか」

「だから平気だって子猫ちゃん」

「なんでだよ……てかその呼び方いい加減にしやが――」

「だってほら、もう燃えカスも残ってないし」


 声を荒げようとしたところで、イサリが顎で男が倒れた地面を指した。

 その方をリリコが向くと――まあ当然のように、イサリにとって都合がいいように、そこには、男の骨一つすら残っていなかった。


「…………おい、何したよ」

「燃えカスの方が勝手に消えただけ。あ、別に風で飛んでったわけじゃないから。私と話してるうちにファーって消えちゃったんだよ」

「にわかには信じられんけどな」

「信じられないからこそ不機嫌になるんだよ。それより、自分が今どんな状況にいるのか知りたいんでしょ?」

「…………」


 本当。何も判らないという落ち度は、これでもかと言うぐらい自分への逆風になってくれる。


「チッ」

「気が済んだみたいね、キャハハ」


 不快な笑い方をして「じゃ、行こー」とイサリはリリコを先導する。

 手を引っ張られ、日が照る大通りへと戻ってきた。

 案の定大通りには、いつも通りの日常を言外で表すように人と車が行き交っている。数分前までここが無人と化していたとは思えない光景。それを肌身で実感できる。


「で、これから俺はどこにつれてかれるんだ?」


 手を引っ張られたままリリコはイサリに訊いた。なんだかリードで繋がれた犬みたいな状態だが、そこは頑張ってスルーに徹する。


「んー? どこって、い・い・と・こ」

「なんだよその思わせぶりな言い方はよ。……まさか俺を水商売の道具にでもしようって考えてんじゃないだろうな。俺は下心しかねえ野郎共の相手なんざごめんだぜ」

「……ぎく」

「おい! なんだよその馬鹿みてえにわかりやすいリアクションは!?」

「さ、さあなんでもないよー、きゃはは」

「声が上擦ってんじゃねえかよ! てめえ、離せ! 離しやがれ!」


 冗談じゃないと掴まれていた腕を振りほどこうと、リリコは乱暴に振るった。しかし、どういうことか華奢なはずのイサリの腕力の方が上回っていて、分断できない。


「くそっ、なんでこんなアマ一人の力なんざに勝てねえんだ……」

「キャハ、そりゃあ君、か弱い子猫ちゃんだからだよ」

「だからその呼び方をやめろっつってんだよ! 俺はなあ――」

「まー判ってるよ。君、前は男だったんでしょ」

「な――」


 驚愕の感情移入によってリリコの力が減退する。さらに見破られる自分の秘密。加熱した怒りが冷水をひっかけられたように治まり、再び犬みたいに引っ張られる状態になった。


「……どうして本当は男だって判ったんだよ」

「一人称から推して知れるよ。語気も荒っぽいし」

「いや、それだけじゃ証拠不十分だろ。性別適合手術を受けたわけでもあるめえし」

「だろーね。子猫ちゃんの場合、性別と体が合致しているのに女になったことになっちゃうからね。てかまずお金持ってなさそうだし」

「悪かったな、金欠女で」

「キャハハ、まーそれもこれから行くところの印象次第では解決するかもしれないけど」

「…………」


 マジで風俗に連れてかれるんじゃないのか。そうリリコは邪推し、後ろで顔をしかめた。

 取りあえず、自分が今どんな状況にいるのか――この事実は判ると明言しているので、不承不承ついていっているのであるが。


 正直、この酒咲イサリという女。半信半疑どころか、二信八疑の割合で疑っていた。


 異常にこちらの個人情報を知り尽くしているということもあるし。


 と、


「この先だよ。信号を突っ切って左に折れるとあるよ」


 イサリが車の行き交う車道の向こう側――歩道を指して言った。


「……ふうん」

 

 確かに、彼女が示す先には目印となるような紫色の立て看板がある。今いる場所が住宅密集地ということもあって、その建物は異様に目立ち、異彩を放っている。


「さ、行こ行こー」


 青信号になり、相変わらず引っ張られていくスタイルで車道を横断する。

 一般人の歩行者とすれ違い、そして、


「ほい着いた。ここだよ」


 イサリの歩みが止まり、遅れてリリコもストップした。


「おい……ここって」


 遠巻きで見えなかった立て看板の文字が、近くに来てはっきりと読める。


 スナック『(やぶり)の集い』。紫の下地に妖艶さを彷彿とさせる黄色いフォントで書いてある。


「やっぱり風俗じゃねえか! てめえ最初から俺をハメようとしてたんだな!!」

「や、ちょっと待ってって。プ、プリーズウェイティングフォアヒューミニッツ?」

「ヘタクソな英語でごまかしてんじゃねえぞ! 余計胡散くせえじゃねえか!」


 冷めていた怒気がここに来て一気にヒートアップしてきた。「水商売させるのか」と言った時、急にきょどったのはどうしてかと思ったら、まさかド直球で連れてくるとは。


 これから女の自分がどんな扱いを受けるのかと思うと、さすがに冷静にはなれなかった。


「もしかしててめえの炎も手品かなんかか、え? あの男ともグルで俺をここに来させるために、わざと倒れてくれたとかじゃねえのか?」

「そ、それは違うね。うん、絶対違う。君は私と同じ地獄連行人(ヘル・テイカー)で、生きるためにあの男のような敵と戦わなきゃならなくて……ね、キャハハ?」

「言葉尻がアホみたいに弱弱しいぞ。竜頭蛇尾ってやつか? 言っとくが俺は今まで騙してきた連中みたいに引っかかる輩じゃねえからな」

「う、嘘じゃないってー。場所はあれだけど君は本当に――」

「じゃあ扉にかかってる『開店準備中』って札はなんなんだよ!! 俺を野郎共に接待させるための準備かよ。おら、これ!!」


 と、リリコは扉にかかっている札(無論、これも妖艶なフォント)をひったくろうと、扉に近づいた。


 瞬間。


「さっきからうるさいよ!! いい加減にしな!!」

「ごあっ!?」


 いきなり眼前の扉が開き、リリコの顔面に直撃した。男に追われている中で倒れた時は、胸が先に触れたおかげで難を逃れたが、今回は前屈みになっていたことが災いし、もろ顔面ヒット。


「ってええ……」

「アンタか! さっきからギャーギャーギャーギャー駄々こねる糞ガキみたいに喚いてたのは!」


 扉を開け放した人はどうやら女性のよう。齢五十代に見えるにも関わらず、かなり威勢のいい声をお持ちのようで、叱咤すると同時にリリコの胸ぐらを掴み、睨んできた。


「クソ騒ぎなら余所でやんな! こっちは店の準備でいろいろと忙しいんだよ!」

「……んだと?」

「迷惑をかけた分際で口答えする気かい!? アタシはね、人に迷惑をかける奴は嫌いだが、それ以上に嗜められても反省しない奴が大っ嫌いなんだよ」

「俺だって好きでここに来たわけじゃねえんだぞ! あいつに……つれて来られたんだよ」

「はあ、あいつ?」


 首の皮ごと胸ぐらを掴まれて動けない中、リリコは目線だけで諸悪の根源を示す。

 激昂する女性はその方向を見やり、そして、


「あらイサリじゃないのさ。もう仕事のカタはついたのかい」


 一気に声が豹変した。


「ま、まあね。ぶっ倒したのはただの雑魚だったんだけど」

「だけど?」

「ちょっと新しい子を見つけちゃって……キャハハ」

「……ああ、そゆこと」


 それだけでイサリが言わんとすることを理解したのか、女性は胸ぐらを離しリリコを解放した。

 突き放すように離したので、その勢いでリリコは尻餅をついてしまい……無様。


「アンタもそうならそうって最初から言いなさいな。無駄にギャーギャー騒ぐから、ただの営業妨害かと思ったじゃないのさ」


 苦笑を交えて言う女性。全く悪びれる様子もなく、「ねえ」なんてイサリと目を合わせて頷き合っている。


 理不尽すぎる。


「……俺がこのイサリとかいう女に風俗に連れてくんじゃねえのかって訊いたらきょどったんだよ。そりゃ誰だってヒステリックに騒ぐだろうが」

「ははっ、確かにここはスナックだけど、別にアタシもイサリもアンタを従業員にしようなんて思っちゃいないさ」

「……は?」

「普通に客人としてもてなそうってことさ」

「…………」


 チラリとリリコはイサリを見た。一瞬彼女と目があったが、いわゆる明後日の方向という名の快晴の空に視線を変えて完全スルー。


「あっははははははは」


 気まずい空気に刺激を入れたのは、勘違いをした女性の呵々大笑だった。


「なんだいなんだいそう言うことかい」


 女性はリリコの強く頭を叩いて、言う。


「痛いことして悪かったねえ。別にアンタを取って食おうってわけじゃないさ。まあどうせ行くところもないんだろ。この店にはアンタみたいな境遇の奴がたくさんいるし、ちょうどいいだろうさ」

「……俺と同じ境遇?」

「まっ、立ち話もなんだ。ともかく中に入りなさいな。アタシは仕事を邪魔する輩は嫌いだが、それ以上に客をもてなさない自分の方が大っ嫌いさよ」

「…………」

「ん、どうした? 自分が置かれてる状況を知りたくないのかい?」


 イサリと同じようなことを言ってくる。この威勢のいい女性もおそらく――否、確実に自分とイサリと同じ側にいるのだろう。それをイサリはなんて言ってたか……そう。


地獄連行人(ヘル・テイカー)ってやつか?」

「そうそれさ」

「……ああ」


 頷き、リリコは立ち上がった。

 女性は店の脇に立ち、扉を引いて待機する。


「ようこそ、破の集いに。アタシはアンタを歓迎するよ」

「……ふん」


 俯きながらも、リリコは店に入っていった。 



 

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