第二章 「大和の皇子」 六話
……意識の覚醒と共に、斐比伎が一番始めに感じたのは、「寒気」であった。
(……う……さむい……)
半濁した意識のまま、斐比伎は寝返りを打つ。何やら、頭の後ろがやかましかった。誰かが言い争っているような声がする。
「……なんという、乱暴な事をするんじゃ!」
聞き覚えのある、甲高い声が響いた。少年のような、この声には聞き覚えがある。
(……少彦名……?)
目を開け切らぬまま、斐比伎は眉を顰めた。
「斐比伎に何かあったらどうするっ」
「--寝てるだけだよ、その嬢ちゃんは。そう心配すんなって」
ひどく気楽そうな声が返った。どうやら、青年らしき者の声のようだが--まったく聞き覚えがない。
「しかし、いつまでたっても目を覚まさぬではないか」
「これくらいでどうにかなってるようじゃ、とてもじゃねーがこの先乗り切れねーぜ?」
「しかし……」
「ほれ、大丈夫。嬢ちゃんはもう気がついたよ。なあ?」
青年は大声で叫んだ。最後の「なあ?」は、どうやら斐比伎に対して発せられた物らしい。
(誰よ、馴れ馴れしい……)
寝起きの斐比伎はやや不機嫌だったが、それでも意を決して身を起こした。大きなあくびを一つして、丸い眼をぱっちりと開く。
「なに、ここ……」
半分寝惚けたまま、斐比伎はぼんやりと呟いた。頭を巡らして、周囲の様子を見渡す。
自分が寝ていたのは、どうやら小さな小屋のようだった。壁面には編んだ竹竿が立てかけてあり、笠などが吊るされている。
片隅には煮炊き用の土器が散らばる土間もあり、そこでは一応火も焚かれていた。
この、狭い小屋の中にいる人間は、三人。
斐比伎と、少彦名と--見たこともない男。
「……誰よ、あなた」
斐比伎は怪訝そうに言った。
「--俺か? 俺の名前はなあ、五十猛」
名乗った男はにかっと笑った。