第二章 「大和の皇子」 四話
既に何年も前に完成しており、自サイトなどに掲載している長編を、少しずつ分割しながら連載投稿しています。
前作「月傾く淡海」よりは、ややライトなテイスト(ラノベより)で、恋愛要素もあります。
全五章で、一章が約十話弱です。
二人の大和の皇子は立ち並び、消えゆく斐比伎の姿を見守る。
「……かわいい姫だったね、兄上」
斐比伎が去ってしばらくした後、星川がぽつりといった。
「--そうだな。……興味深い存在だ」
磐城は抑揚のない声で言った。美しすぎるその面は、ひどく表情が読み取りにくい。
「あんな元気な女の子は初めて見たよ。気位ばかり高い大王筋の姫や、ただとりすましているだけの采女達とはまるで違う」
星川は熱心に言った。磐城は、そんな弟を意外そうに見つめる。
「……そなたが母上以外の女を誉めるのを、初めて聞いたな」
磐城は揶揄するように言った。その途端、星川は顔を赤らめる。
……あの、初めて出会った「吉備の姫」がもたらした、新鮮な衝撃と感動。それの意味するものが一体何であるのか--この時の星川には、まだ、自分自身よく理解できていなかった。
一方。
自分達のいた建物へと急ぎながら、斐比伎は小声で少彦名に話しかけた。
「大和の皇子にしては、いい人達だったわね」
「……そうかのう」
少彦名は何故か渋い声で言った。
「そうよ! 素敵な方たちだっじゃない。私のこと助けてくれたし。私、大和の皇子って、もっと小憎たらしい連中だと思ってたわ。でも、全然違うのね。優雅だし、品高くて……とくに、磐城の皇子さま!」
斐比伎は胸の前で手を組み、夢見るように言った。
「お美しいわあ。あんな方、本当にこの世にいらっしゃったのね。『麗しき壮夫』って、ああいう方のことを言うんだわ」
斐比伎は磐城の優美な姿を思い出し、陶然と溜め息を漏らした。
「……人を見かけだけで判断すると、そのうちひどい目に遭うぞい」
少彦名は渋面で斐比伎の感動に水を差した。
「いいじゃない、憧れてるだけなんだから」
斐比伎はむっとしたように言った。
「……ああ、大和にいる間に、もう一度くらいお会いできないかしら」
「どうせ今夜の宴でまた見るじゃろうが」
「ああ、そうね! ……でも、どうせ遠くからお見かけするだけだわ」
一瞬斐比伎の顔は輝いたが、またすぐに萎れてしまった。
「……やっぱり、手の届かない御方よねえ」
「ふふん、残念じゃったのう」
「うるさいな! もう、あなたは引っ込んでなさいよ。そろそろ人に見つかるわよ」
斐比伎の言を受けて、少彦名は首を竦めながら襟の中に隠れた。
星川に教えられた通り進んできた斐比伎は、だんだんと、自分が歩いてきた道を思い出していた。この閑散とした小路を抜ければ、人通りの多かった元の通りに戻れる。
(今夜の宴には、何を着ようかな。思いっきり綺麗にしないとね。ええと、持ってきた中で、一番いい装束は……)
--歩を進めながら、浮き浮きと考え込んでいた時。
突然、斐比伎は首筋に激しい衝撃を感じた。
「……っ!?」
何が起こったのか、斐比伎にはよく分からなかった。
足の力が抜け、身体が傾ぐ。
(殴られた……!?)
首に感じた痛みから、ようやくそれだけを認知した途端。
--目の前が真暗になる。
「……っ……」
言葉にならない、呻き声を残して。
気を失った斐比伎は、そのまま地面に崩れ落ちた。