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鳴神の娘  作者: かざみや
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第二章 「大和の皇子」 三話

既に何年も前に完成しており、自サイトなどに掲載している長編を、少しずつ分割しながら連載投稿しています。

前作「月傾く淡海」よりは、ややライトなテイスト(ラノベより)で、恋愛要素もあります。

全五章で、一章が約十話弱です。

「皇子!?」

 斐比伎は驚き、彼と舎人達とを見比べる。

 自分を凝視する斐比伎を一瞥し、彼は曖昧に笑った。

(確か、大和の皇子は三人いらしたはずだわ。白髪の皇子は異形のお姿でいらっしゃるから、この方とは違うとして……それじゃあ、背格好からして、今年十九におなりの、磐城の皇子様……)

 斐比伎はしげしげと、皇子を眺めた。

 今夜、祝いの宴で遠くからお目にかかるはずだった「日継の皇子」。よもや、このような場で出会うことになろうとは--。

「いえ、怪しい女が宮の中をうろついておりましたので、取り押さえようといたしましたところ、女が暴れまして……」

 舎人の一人が奏上する。

「怪しい女? ああ」

 皇子はちらりと斐比伎に目をやり、そのまま言を紡いだ。

「離してやりなさい。その娘は、私の新しい采女だ。おかしなものではないよ」

「采女? しかし、皇子様……」

 舎人は困ったように斐比伎を見やった。斐比伎の身につけている装束は、どう見ても采女のものではない。それに彼女は、不審者として問い質されるに充分な事態を巻き起こしたばかりだった。

「その子は、私のものだと言っているのだ。わからないか?」

 口調は穏やかだったが、皇子の声には、有無を言わさぬ凄味があった。命令しなれた声。

優雅に見えて、静かな威厳を漂わせる、その物腰。

(成程、これが『日継』なのね……)

 斐比伎は感心して皇子を見ていた。

 僅かな会話を聞いただけで、斐比伎には、彼がただの美しい優男ではない事が分かった。

 この皇子はその身体に鋼のような強さを、その心に鋭利な刃のような鋭さを持っている。

 しかも彼は、何故だか斐比伎を助けてくれようとしているのだ。

「皇子様……」

 舎人は困惑しきった様子で狼狽している。

 --その時、新たな人物が建物の奥から出てきた。

「兄上のご命令だよ。逆らうのかい?」

 華やかな笑顔を浮かべて現れたのは、品の良さそうな少年だった。

「これはっ……星川の皇子様……」

 舎人の顔に更なる驚愕が浮かぶ。

 星川の皇子は、にこやかな笑みをたたえたまま舎人を見渡し、兄皇子の傍らに立った。

(星川の皇子? この方が……)

 斐比伎は、並び立つ二人の兄弟を見比べた。

 弟である星川皇子は、斐比伎より一つ年下の十五歳だったはずだ。少女のような優しい面差しと華奢な体躯は兄によく似ていたが、彼はきちんと角髪を結っていたため、始めから少年であることが判別できた。

「これ以上兄上のご不興を買わないうちに、立ち去ったほうがいいと思うけど」

 星川は、悪戯っぽく舎人たちを脅す。彼にとってはただの冗談だったが、舎人たちはその一言で考えを決めてしまった。

「わかりました、皇子様方。それでは我らは、これで下がらせていただきます……」

 代表の舎人がそう言うと、彼らは斐比伎を気味悪そうに見ながら、その場から立ち去っていった。

「……(ふう)」

 下がっていく舎人たちを見て、斐比伎はとりあえず息をついた。そんな彼女の様子を眺め、磐城の皇子が口を開く。

「君は……どこかの姫だね?」

「あ……」

 斐比伎は一瞬口ごもった。ごまかそうかと思い、そのすぐ後に考えを改める。いくらこの場をとりつくろったって、今夜の宴に出れば、すぐに正体など分かってしまうのだ。

 それに、この人たちは、斐比伎を悪いようにはしないだろう。--何となく抱いた直感でしかないが。

「……はい。吉備加夜族の王、建加夜彦の娘、斐比伎と申します。皇子様方、お助けいただき、ありがとうございました」

 斐比伎は身分を名乗り、丁寧に礼を述べる。

「……そうか。吉備の……」

 磐城の皇子は呟き、何か考え込むような仕種をとった。

「皇子さま? 何か--」

「……いや。先程の雷の力、見せてもらったが……君は巫女姫だね」

 磐城はまっすぐ斐比伎を見つめて言う。

(あ、やっぱり見られてたんだ……)

 斐比伎は心の中でそう思った。気がついてみれば、雷に打たれて失神した舎人が一人、未だ倒れたままになっていた。

「はい。水の巫です」

 斐比伎ははっきりと告げる。その瞬間、斐比伎を見つめる磐城の双眸に鋭い光が走った。

「そうか……吉備には珍しい」

 磐城は呟くと、目を伏せたままふと笑った。

 その、酷薄めいた笑みが何を意味するのか--今の斐比伎にはまるで分からなかった。

「迷子になられたんだよね、斐比伎姫」

 黙り込んだ兄の後を受けるように、星川皇子が明るい声で言った。

「あ、はい、皇子様」

 斐比伎は恥ずかしそうに答えた。どうやら、騒ぎの一部始終を両皇子にしっかり目撃されてしまっていたようである。

「ここは、王族の棟なんだ。見慣れぬ者がうろついていたら、さっきのような騒ぎになっ

てしまうんだよ」

(あ、それでなんだ……)

 星川の言葉を聞いて、斐比伎はようやく納得した。考えてみれば、自分はとんでもない事態を引き起こすかも知れないところだったのだ。

「申し訳ございません、皇子様方。本当に、ありがとうございました」

 斐比伎は改めて頭を下げる。彼らのとりなしがなければ、一体どうなっていたか。考えるだに恐ろしい。

「そんなに畏まることはないよ。それより、戻り方が分からないのだろう? 誰か人をつけさせようか?」

 星川は面白そうに言う。斐比伎は慌てて首を振った。

「いいえ、皇子様。そこまでの御気遣いには及びません。行き方をお教え下されば……」

「そうかい? ……ええっと、吉備王達のいる棟だよね。そこをまっすぐ言って、右に曲がると……」

 前方を指さしながら、星川は手早く帰り道を斐比伎に教えた。

「分かりました。それでは、磐城の皇子さま、星川の皇子さま、これで失礼いたします」

 最後だけは吉備の姫に相応しく優雅に挨拶し、斐比伎は足早に彼らの前から立ち去った。

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