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鳴神の娘  作者: かざみや
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第二章 「大和の皇子」 二話


既に何年も前に完成しており、自サイトなどに掲載している長編を、少しずつ分割しながら連載投稿しています。

前作「月傾く淡海」よりは、ややライトなテイスト(ラノベより)で、恋愛要素もあります。

全五章で、一章が約十話弱です。

「えっ!?」

 驚いて斐比伎は振りかえる。すると、先程の声を合図にしたように、物影から数人の舎人とねりが飛び出してきて、あっという間に斐比伎を取り囲んだ。

「な、何よいったい……」

 斐比伎は呆然と呟く。そんな彼女に向かって、舎人の一人が不穏な声で言った。

「見かけぬ顔だな。娘、ここで何をしていた」

「……何もしてないけど」

「ふざけたことを言うなっっ」

 怒気も荒く叫ぶと、舎人は斐比伎に銅剣の切っ先を突きつけた。

「……っ」

 物騒なものを目の当りにして、一瞬斐比伎は怯む。

「ここがどこだか知っているのか?」

「しっ、知らないわよ」

 後退りながら、斐比伎は気強く言い返した。

「では何故こんなところをうろついている?」

「散歩してたら、迷子になっただけよ」

「……随分と陳腐な言い訳だな。間者にしては、頭の悪い女だ」

 舎人は嘲るように言う。それを聞いて、斐比伎は仰天した。

「間者ですってえ!? この私があ?」

 予想もつかぬことを言い出され、斐比伎は呆気にとられてしまった。

 しかし、彼女を見据える舎人たちの目は、とてもではないが冗談を言っているようには見えない。

「小娘といえど、容赦はせん。じっくり取り調べて、どこの手の者か吐かせてやる」

 舎人の顔は本気だった。彼は、斐比伎が間者であると頭から決めつけているようだった。

「冗談じゃないわよっ。私が間者だなんて!いい、よーく聞きなさいっ。私はき……」

『駄目じゃ、斐比伎!』

 「吉備の姫」と言いかけた斐比伎を、少彦名が鋭く制止した。襟の中に隠れた彼は、小声で斐比伎を諭す。

『こんなところで身分を明かしてはならん』

「……っ」

 斐比伎は悔しげに唇を噛む。確かに少彦名の言う通りだった。

 舎人達は、斐比伎をどこぞの間者と決めつけている。こんな状況で「吉備」の名を出せば、事態が更にややこしく悪化することは明白だった。

(……でも、じゃあ、どうすればいいっていうのよっ)

 舎人を睨み付けながら、斐比伎はいらいらと考える。反駁しなくなった斐比伎を見て、舎人は下卑た笑いを浮かべた。

「……観念したようだな。じゃあ、こっちへ来い」

 舎人の一人が、斐比伎の左手首を掴む。

 その瞬間、斐比伎の体内を、形容しがたい激しい嫌悪が突き抜けた。

「触らないでよ下衆っ!!」

 斐比伎は叫ぶ。同時に、彼女の指先から強い雷撃が放出された。

『斐比伎いかん!』

 少彦名は叫んだが遅かった。

 斐比伎の放った雷撃は、空気を焼いて舎人を打つ。

 雷に貫かれた舎人は、立ったまま失神した。

(しまった、つい……)

 我に返った斐比伎は、力の抜けた舎人の手を振り払った。支えを失った舎人は、そのまま木偶のように地面に崩れ落ちる。

 水を打ったような沈黙が、その場に満ちた。

(どうしよう、最悪だわ……)

 倒れた舎人を見ながら、斐比伎は暗澹とした気持ちで考えた。吉備国内でさえ、人前では決して見せてはならぬと戒められていた力を、大和宮殿の真ん中、しかも宮を護る舎人たちの前で顕してしまうなんて。

 一体、この場を、どうすれば--。

「ばっ、化物だぁっっ」

 沈黙を破ったのは、若い舎人だった。

「この女は、大和に仇なす大禍津日神おおまがつひのかみの使いだ!」

「化物!?」

「化物だっ」

「禍津の巫女だ!!」

 若い舎人の発した恐慌は、あっという間に周囲に伝染した。彼らは後退りながら、恐怖に満ちた目で斐比伎を凝視している。

(禍津日の巫女ですってえ!? 言ってくれるじゃないの!)

 あまりにも恐れられるので、斐比伎はだんだん腹立たしくなってきた。

 大禍津日神は、黄泉国から戻られた伊邪那岐神が、その穢れを祓おうと禊を行なった際に生まれた災禍の神霊である。

 斐比伎は確かに水の巫の異端だったが、決してそんなものと較べられる巫女ではなかった。

「禍津の巫女! 大和から消え失せろっ」

 舎人のうちの一人が、果敢にも斐比伎に銅剣を向けた。

「うるさいわねえっ! 誰が禍津よっ」

 斐比伎は舎人を一睨みする。気圧されて舎人は剣を落とし、腰を抜かして尻餅をついた。

『……のう。いっそ、禍津の使いのふりをして、奴らをけむにまいてしまわぬか?』

 少彦名が小声で言った。どうも、その口調には面白がっているようなふしがある。

「そんなことしたら、後でもっとややこしいことに……」

 斐比伎は苛々と返す。

 --その時だった。

「……何をしている?」

 突如、背後から第三者の声がかかった。驚いて、斐比伎は振りかえる。

(うわあ…………)

 瞬間、斐比伎は全ての状況を忘れて呆然と立ち尽くした。

 傍にある建物の回廊に、一人の美しい人が立っている。

「綺麗……」

 斐比伎は思わず声に出して呟いた。それが聞こえたのか、その人は微かに口元を緩める。

 その人が微笑んだ刹那、斐比伎は周囲に桜花の舞い散る幻影を見た気がした。

「……木花咲夜姫このはなさくやひめ?」

 斐比伎は呆然と見惚れて言った。真冬にそんな奇跡が起こせるのは、桜花の化身である、かの神霊でしかありえない。

「いや、違う」

 その人は落ち着いた声音で言った。解き下ろした長い黒髪をかきあげながら、斐比伎達の方へ近づいてくる。  その人が歩くたび、シャラシャラと足結あゆいの銀鈴が清らかな音を立てた。

(……え? 「足結い」の鈴?)

 ふと我に返り、斐比伎はその人を凝視した。よく見れば、「彼」はきちんと袴を履いているではないか。

 姫神もかくやというような、色白で端麗な面に惑わされてしまったが、彼は紛れもない「男」であった。

(……父様より綺麗な男の人なんて、初めて見たわ)

 斐比伎は斬新な衝撃を覚えた。確かに、豊葦原は広い。よもや、美の化身・木花咲夜姫と見紛う「男」がいようとは。

 彼は階段に近づくと、傍の欄干に、その細身で優美な体躯を預けた。

「……何をしていたのだ?」

 欄干にもたれたまま、彼は舎人に言った。

「こ、これは皇子さまっ……」

 舎人たちは一斉に畏まり、彼に向かって跪いた。

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