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死にたがり屋が殺し屋になった本当の理由

作者: はり

「どうしても死にたいの」

彼女はとんでもなく深刻そうな顔をしながら僕に言った。

「どうしても死にたくて、どうしてもどうしても死にたくて」

悲壮を滲ませる声で呟く彼女の瞳はうるうる濡れていて、僕はそれがすごく綺麗だなあなんて場違いな考えに浸りながら腕を組む。

「でもまだやり残したこととかいっぱいあるし、そう考えるとちょっと死ぬのためらっちゃったりして」

「やり残したこと?」

「うん。ほら、まだ私10代だし、やりたいこととかいっぱいあって。でも死にたいのすごく、すごく死にたい。だけどでも、やっぱ後悔とか、したくないし、けど、死にたいし、私、私どうすればいいのか」

やりたいことやってから死ねばいいだけの話じゃないかなあと思うけど多分彼女の抱えている悩みは僕のそんな適当な考えじゃ何も解決しないだろうし、だから僕はただ黙って彼女のふるふる震える肩をとんとん叩いて慰める。

「だっ て、だってさ、だってさあ、私さあ、今まで何回も何回も死のうと思って毎晩屋上から飛び降りたり線路落ちてみたり首吊ってみたり灯油かぶって火つけてみた り手首切ってみたり睡眠薬大量摂取したりしてんのにさあ、全然死なないの、絶対死なないの、生きてるの、おかしいよね、こんな死にたがって死のうとして死 にかけてんのにそれだけなの、私今、今生きてて、死ねない、死ねないの、死にたいのに死ねないの、おかしいよね」

「うーんそうだねえ、それはちょっとおかしいかもしれないねえ」

適当に相槌を打ってくあーっと欠伸。

「生 きたい生きたいって言ってる人はこんなにあっさり死んじゃうのに、死にたい死にたいって言ってる私は死ねないの。不公平だよね、不公平だよ絶対。だから、 これはおかしいって思って、よく考えてみて、ああそうか私まだやりたいこと残ってるから結局死ぬ直前に躊躇しちゃって死ぬことをやめちゃってるのかもしれ ないっておもって、そう、だからまず、まずやりたいこと全部やっちゃわなきゃって思ってるんだけど」

「うん、うんそっか。で、そのやりたいことってなんなの?」

「殺人」

「えー」

えー殺人? 死にたがりのくせにこの期に及んでまだ人殺したいの? それなら自分殺しちゃえば死ぬこともできるし殺人つまり彼女がやりたいこともできるわ けで彼女のお悩み同時解決一石二鳥でいいんじゃないかなあと思うけどそういえばさっき自殺しようとしても死ねないだのなんだの言っていたことを思い出して やっぱり僕って適当だなあとぼんやり痛感しながら口を開く。

「でももう今さっき45人殺したんだし十分じゃない?」

「だめ、だめだめ全然 だめ。殺し足りないの、私まだ殺し足りない、死ぬ前にもっと殺したいの、色んな人殺したい。いっぱいいっぱいたくさんの人どろどろのぐちゃぐちゃにしてか ら死にたい。こんな、クラスメイト全員殺しただけじゃ足りない、もっと大人とかもっと子供とかいろんな世代殺したい」

ついさっき殺したばかりの できたてほやほやの死体(男子・出席番号14番)の上に座り、完全に死者を冒涜しながらさめざめと泣いている彼女はどうやら随分な贅沢を望んでるみたい だった。子供はまだしも大人を殺すにはもっと腕をあげなきゃいけないだろうし、今の彼女には少し理想が高すぎるような気がするけれど、でもまあ夢はやっぱ り大きく持った方が人生楽しいだろうし、あーでもそうかーこの子人生楽しくないのか死にたいって言ってるくらいだし、と僕はできたてほやほやの死体(女 子・出席番号29番)の上に座って完全に死者を冒涜しながらぼやっと考える。それこそなにかそれをやることで生きてて良かったと実感できるような生きがい を見つけられたらいいのに。

「生きがいなら、あるよ」

ポケットから取り出したハンカチで、手や顔についた血と瞳から零れる涙を拭きながら彼女がぽつりと呟く。

「あるの?」

「殺人」

「わー」

わー人を殺すことが生きがいっていうのはなんだかいろいろすごいなあ。うーんでもちゃんと生きがいあるのに死にたいってことはやっぱり彼女の死にたいは相当の死にたいみたいだ。

「人殺してるときはね、死にたいっていう気持ち無くなるの、あー生きてるな私って思って、やっぱり死なないでいてよかったって思えて、すごい楽しい。気持ちい い。でもやっぱ、全部殺した後、虚無感っていうの、喪失感っていうの、なんかぼーっとして、なんでこの人たち殺した時私も一緒に死ななかったんだろうって すっごく悲しくなる」

「そりゃー困ったねー」

生きがいを感じるごとにタナトスも高まっていくわけか。なんていう悪循環。

うーむと唸ってなにか考えているようなふりをして、なにも考えていない頭が眠りそうになるのを抑止する。さてどうしようか、ここら辺で一つ提案しておくのもいいかもしれない。

「そのままだとただの殺人鬼だしさ、それを仕事にしちゃえばいいんじゃないの?」

「仕事? 人殺す仕事なんてあるの?」

「あるある。殺し屋とか」

「殺し屋……」

泣いたせいでじんわり赤く染まったうつろな瞳を僕に向け、彼女はかくんと、折れてしまった人形のように、小首をかしげる。 

「それでいっぱい殺して、満足して死ねばいいんじゃないかな。それでももし死ねなかったら同業者に殺してもらえばいいわけだし」

「…………」

「知り合いに殺し屋やってる人がいるんだけど、もし興味あれば紹介するよ。どうする?」

僕のその提案に、引っ込んでいた涙がまたじわっとその赤い瞳に浮かぶ。と思ったら彼女はぴょーんと僕に抱きついてきた。ふわっと生臭い死のにおいが鼻を掠め、彼女の髪についていた血がきらきら宙を舞う。

「ありがと、ありがと、私、私頑張る。頑張るよ、殺し屋やる、いっぱい殺す。それで、私も死ぬ。死ねるよ、後悔しないで死ねる。ありがとう。嬉しい、すっごく、嬉しい」

数分前の彼女からは想像できない、希望に満ち溢れた声。僕に抱きつく彼女の背中に腕をまわして、あやすようにとんとん叩く。

いやあ、本当に。

こっちとしても嬉しい限りですよ。




「―― え? ああはい僕のクラスメイトですけど。ついさっき45人殺して、はい、え? ああ僕のクラスメイトを。そうですそうです僕のクラスメイトが僕のクラス メイト45人殺したんです。そう例の彼女。ええすごかったですよ先輩があんなに彼女に固執してた理由がわかったっていうか、間近で見てましたからねー、あやうく僕も殺されるところでしたけど。毎晩徹夜で彼女の自殺止めて良かったですね報われましたね、彼女すごいやる気ですよ今。ええもう、死にたがりだけど 向上心すごいんで大分使えると思います。はい、あ、次ですか? あーなんかそういう仕事の人って正義感強そうで難しそうですね。あっいえやりますよちゃん と。あー、はいわかりましたー、じゃまたなんかあったら電話で。はいーお疲れ様でしたー」


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