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日曜日、待ち合わせたのは図書館の入口だった。

俺と安在は中学こそ違うけど隣の学区だったらしい。

二人の家は自転車で20分ほど離れていただけだった。



待ち合わせは午後からにしようかと俺が言うと、彼女は午前中からがいいと言ってきた。

お弁当を持っていくから近くの緑地公園で食べようとか言われたら……俺が頷かないわけないだろう?

待ち合わせた時間より早く着いた俺はそわそわと安在を待つ。

ピロリロリンと携帯が鳴ったため確認すれば、『自転車置き場に着きました』という彼女からのメールだった。


えーと、これはもうすぐ図書館に着くという連絡か?

俺は自転車置き場に向かう。

弁当を持っているなら大荷物だろうと思ったからだ。

図書館を回りこんだところで俺は安在とちょうど出会った。

「っはよ」

って、なんじゃこりゃぁ!

私服姿の安在を初めて見た俺はとっさに朝の挨拶をしつつも内心叫んでいた。


「おはよう、西嶋君。びっくりした。もう着いてたんだね」

彼女は俺を見て驚いた顔を笑顔に変えた。

フリルチュニックにハーフパンツなんて、よく見るファッションなのに彼女が着るとどうしてこうも違って見えるんだ。

なんか薄い素材で程よい腕の透け感とか、パンツから覗く素足とか。

グッジョブ!

……でもこれ、見ていいのか?


ついでに言えば、学校ではおろしている髪のサイドをゆるく編みこんで、後ろはふわふわのまま流すようにヘアアレンジしてある。

もうこれ持って帰りたい。

か、可愛すぎる。

「どうかした?」

はっ、うっかりまた見惚れていた。

「や、眼鏡してないしコンタクト買ったんだなって」

「うん、昨日」

「安在が気にするほど眼鏡変じゃなかったけどな」

「ホント?眼鏡嫌いじゃないの?」

「嫌いも何も俺、目はいいからかけないし」

「そういう意味じゃなくてね?」

「うん?あ、伊達眼鏡とか?服とコーディネートしてかけてる奴いるけど、俺、そういうのはしないな」


なによりそこまでおしゃれじゃない。

今日だってジーンズに黒T、アウターがわりのシャツって、男にありがちな面白味もない服だと思う。

一応、シャツは一番のお気に入りを選んだけど。

ん?なんか安在の顔が困惑してないか?

ひょっとして俺の今日の服装どっか変とか?

やばい、どこがおかしいのかさっぱりわからん。

色か?組み合わせか?

……俺、安在の横に並んでいいんだろうか?

一抹の不安を覚えつつ、そんなことはおくびにも出さない俺を、巽あたりが見たらいいカッコしいだと笑いそうだ。

笑いたいなら笑え。

俺も男だし彼女の前じゃちょっとはカッコつけたい。


「荷物、かして。持つ」

「え、あ……いいよ」

「弁当とかあって重そうだから」

ん、と手を出しながら安在が気を遣わなくてすむような、もっと気の利いた言葉を言えたらいいのにと思う。

迷うような素振りの後、彼女に差し出された大きなカバンはずっしりと重かった。

「うわ、重っ」

「ご、ごめんね。参考書とか入ってるから。あ、勉強道具は別のカバンに分けて一緒に入れてるだけだから、それをわたしが持てば――」

「じゃなくてよくこんな重いもん持ってここまで来たよなって思って。けっこう力持ちなのな?」

肩にひっかけ来た道を戻る俺の後を、彼女が小走りに追っかけてくる。


「西嶋君、カバン出してってば」

「図書館まですぐじゃん。それより弁当のメニュー何?」

「唐揚げと出汁巻き卵と牛肉のアスパラ巻き――」

「アスパラの牛肉巻きだろ」

「あれ?そう言わなかった?」

「逆言った。アスパラは昨日食ってうまかったやつだ。唐揚げと出汁巻きは別の日に入ってたよな。俺、好きなんだ」

「あ、よかった。やっぱり好きなんだ」

「え?」

「だってそれ、お弁当に入れてったら先に食べちゃったし好きなのかもって。やった……当たってた」

ふふ、と笑う安在を見ながら俺は驚いていた。

そんな些細なこと見てんのか。

なぁ、こんなこと言われたら勘違いすんだけど。

もしかして俺のことが好きなんじゃないかって。

「っぁ……」


図書館の中に入ると連日の暑さからか冷房がきかせてあった。

「涼しい~」

彼女の声に俺は我に返って開きかけた口を閉じていた。

おいおいおい、俺いま何を確認するつもりだった?

まさか俺のことを好きかどうか尋ねるつもりだったのか?

冷静になれ、俺。

まずそれはない。

数日前、初めて話した男のことが好きなわけあるか。


じゃあ、なんで俺とつきあうことをオッケーしたんだって思うけど、それを尋ねる勇気は俺にはない。

彼氏っていう響きに憧れがあったとか、とりあえずつきあってみたとか、きっとそんなとこだろう。

告白してすぐ振られなかったのは、これまでの奴と違ってちょっとは俺に興味を持ってくれてるってことかもしれない。

でも合わなきゃすぐに別れるとか思ってたりしないだろうか。 

……なんて自分の考えにヘコんだ俺ってどんだけヘタレなんだか。






図書館には学習室というのが設けられていて、そこなら少しくらい声を出しても書架とは離れているので問題はない。

あまり広い部屋ではないから席は早い者順に埋まってしまうけど、午前中から出向いてきたこともあってまだ空席の方が多かった。

4人掛けの机に俺が向かい合わせに座ろうとしたところで安在が俺の服を握る。

「隣」

「え?隣?」

もじもじとなんか恥らってるけど。


で、次の瞬間。

「数学教えてもらっていい?ぜんっぜんわからないの。中間、赤点だったのに期末も赤点とっちゃう。このままじゃ留年かも……」

あ、なるほど。

赤点暴露が恥ずかしかったのか。

「留年?そこまでひどいの?」

「ひどいんです。だってどこがわからないのかもわからないのー」

ははは、たまにいるよな、そういう奴。

これってもしかして中学からやり直しパターン?

遠い目をした俺を見て安在が萎れたように言う。

「馬鹿でごめんなさい~。西嶋君の受験勉強の邪魔したくなかったけど、期末の赤点を避けれるくらいに叩き込んでください」


というわけで俺の右隣に安在が座って勉強開始。

このほうが右利きの彼女の書いたノートが見やすい。

んで、目の前に参考書と教科書がドンと重ねられた。

「気のせいか、高1と高2の時の教科書まであるけど?」

「どこからわからなくなったのか突き止めようと思って。躓いたところからやり直せばなんとかなるでしょ?これでも中学までは数学わかってたの」

そうか。

原因究明するのか。

文系なら入試で数学は不要だったりすることもあるのに、根が真面目なんだなぁ。

まあでも、中学からやり直しは避けられそうだ。






「西嶋君、お茶。はい、どうぞ」

「ありがと」

図書館の隣にある緑地公園のベンチで弁当を広げ、俺は手渡された茶で喉を潤した。

二人の間に並べた弁当は今日もうまそうだ。

唐揚げをとってもりもり食べていると、彼女はペコンと頭を下げてきた。

「ヤマまで張ってくれたし期末、なんとかなりそうです」

「そりゃ良かった」

「関数とか証明とか自分の苦手なところもわかったのも嬉しい。ほんとにありがとう」

「受験に数学いんの?」

「選択で省けるけど。でもまったくわからないまま卒業したくなかったの。西嶋君の教え方わかりやすかった。おバカなわたしでもわかったもん」

「安在、馬鹿じゃないって。たぶん苦手意識が先立ってるだけじゃん?問題こなせば大丈夫だと思うけど」

「ホント?よし、じゃあ頑張る。でも午後からは受験勉強もしなきゃね」

箸を持ちながら両手を拳に握る安在は、このままずっと勉強をするつもりだけのようだ。

ちょっと公園を息抜きに見てまわるとか、そういう彼氏彼女のデートっぽいことはやっぱないわけか。

「そういや安在ってどこ志望?」

「わたし?んーとね――」

お互い第一志望の大学を言い合えばけっこう近いことが判明し、後は他愛もない話で昼食は終わった。



図書館に戻ったところで安在は建物の外にあった自販機で、俺がいつも飲んでいた紙パックの苺ミルクを買って、数学を教えてもらったお礼と奢ってくれた。

「なんで苺ミルク……」

「え?だってよく飲んでるから」

もしかして見られてたのか!?

俺とのつきあいが長い巽は慣れてるけど、他の友達にはコレ買うと笑われるんだ。

女かよって。

まさか、安在もそんなこと思ってたりしないか?


「西嶋君って甘いの、好きなの?」

「けっこう。うちの母親と姉ちゃんが甘い物好きで、普通んちよりケーキ食べる頻度は高めじゃないかな。俺はどっちかってぇと甘さ控えめなケーキが好き」

「お姉さん、いるんだ?わたし、弟」

「ああ、俺も弟いる。俺、3兄弟の真ん中だから――ありがと、もらう」

ちゅー、と苺ミルクを飲んだ俺は、物言いたげな視線に気づいて彼女に目を向けた。


「お菓子、作ったら食べてくれる?」

「食べる」

即答した俺に安在は嬉しそうに笑う。

「甘さ控えめ、ね?」

「ん。けど、弁当とかお菓子とか材料費バカになんないだろ?今日も弁当食べといていうのもなんだけど無理ない程度で――」

「もしかして迷惑だった?」

とたんにしゅんとする彼女に俺は大きく首を振った。


「それはないっ。弁当はうまいしお菓子だって食べてみたい。そこは誤解なしで!! ただ、毎日はやっぱ悪いってか……材料費だけでなく、弁当作るのに早起きしなきゃいけないだろ?」

見上げてくる目はまだ納得しきってないように見える。

どうにかわかってもらおうと俺は言葉を続けた。

「受験生なんだしその時間を勉強か睡眠に充てたほうがいいと思う。だから時々で充分」

「せっかく彼女なのに」

少し口を尖らせてるのは拗ねてる?

それがまた可愛いってアリか?

「せっかく彼女なのに」ってのは、「彼女っぽいことがしたい」と同意だろうか。

それなら俺だって彼氏っぽいこと……ていうかつきあってるっぽいことしたいぞ!

そういうこと俺が望んでも引かれないかな?


「あの、さ。もっかい公園戻って散歩――」

「え?」

あ、やっぱり引かれた。

あくまで彼女っぽいことがしたいだけで、俺とどうしたいってわけじゃないのか。

すみません、調子乗りました。

「――とかはしたくないよな。勉強しに来てんだし」

「行く」

「へ?」

「行きたいっ」

耳と疑った俺だけど、見下ろす安在の顔が嬉しそうに破顔したから、聞き間違いじゃないんだろう。

うっしゃ、と気持ち的にはガッツポーズをしながら俺も笑う。


苺ミルクを一気に飲み干した俺は紙パックをゴミ箱に捨てると彼女を振り返った。

空の弁当箱や水筒が入ったカバンと自分のバッグを纏めて持ち、空いた手を差し出してみる。

こんな大胆なことができたのは、きっと彼女とデートができることに有頂天になっていたからだ。

「繋いでく?」

でも嫌そうな素振りを見せたらすぐに手を引っ込めよう。

……やっぱり根はヘタレだ、俺。

「うん」

照れくさそうな顔をしながらも伸ばされた手を握って、俺はその柔らかさに本気で驚いた。

強く握ったら折れるんじゃないか、これ。

しかも彼女の緊張が俺にも伝わってきて……うっわ、今更ながらにこっぱずかしいっ。


「な、なんか照れるね」

「言うな」

「あ、ごめ……」

「余計に緊張する」

「嘘、西嶋君も緊張してるの?沈黙へいきなのに」

「それとこれとは別」

歩き出した俺に彼女は一瞬遅れてついてくる。

ちらと彼女を見れば俺を見ていたのか目が合った。

互いに勢いよくそらしてもう一度窺うとまた目が合う。

そのせいで二人して噴出していい感じに力が抜けた。


「西嶋君の手おっきいね。公園まわってる間、繋いでていい?」

そんなのいいに決まってるっ!

どれだけ彼女は俺を喜ばせる気なんだろう。

返事の代わりに繋いだ手に少し力を込めると、俺の隣で安在はありえないほど可愛く笑った。



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