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駅まで通学路は生徒が帰り道に買い食いできる駄菓子屋がある。

俺と安在がその前を通ったとき見慣れたリュックが見えた。

俺はそれを横目で見つつも通り過ぎる。

けれどすぐに安在が気がついた。


「あの、西嶋君?」

「なに?」

「後ろの人……」

「あ、俺のことは気にしないで」

「本人もそう言ってるし――って気になるわぁ!巽、おまえ一人で帰るって言ってなかったっけ?」

「一人で帰ってるところにたまたま航平と安在さんが来たんだよ。で、これまたたまたま俺の前を歩いてるだけ。わぁびっくり」

例のごとく棒読みで言われても説得力がない。


「西嶋君のお友達だよね」

「成山巽、18歳。スリーサイズは内緒。よろしく、安在さん。眼鏡かけると女教師みたいでいいよね。いろいろ想像がかきたてられる感じ」

おいこら、そこでグと親指を突き出すな。

「はい、よろしくです。成山君」

で、安在は意味わかってない……と。

天然か、天然なのか?

ベタなギャルゲー設定並みのキャラだったのか。

けどその設定、俺も嫌いじゃな……ゴホン。


巽が俺に向かって笑う。

なんだ、その「すべてわかってます」的な生ぬるい目は。

「え?なに安在さん。俺も一緒に帰ってほしいって?わかった。安在さんがそこまで頼むならご一緒しましょう」

いきなり独り言を言って、すまして俺の隣に並ぶ巽を覗き込むように見上げる安在は、クスと笑って眼鏡の奥の眼差しを俺に向けてきた。

「面白いね、成山君って」

「えと、こいつも一緒でいいのか?」

「うん」


「あ、航平。俺、本屋寄っていい?女の子雑誌も置いてあるし安在さんも行きたいよね」

駅前の本屋を目にした巽の足は既にそっちに向かっている。

「おまえは漫画を買いたいだけだろうが」

「学校帰りの寄り道は高校までの特権でしょ。満喫しようよ」

「成山君いつも漫画読んでるけど好きなの?」

「漫画は日本の文化でしょう」


本屋に入ると巽は漫画コーナーに一目散に消えた。

俺は安在を見下ろし雑誌の並ぶ棚を指差す。

「あっち安在が読むようなのがあるんじゃないか?」

とはいえ、俺は女の読むファッション誌なんてまるで興味もない。

所在なげに安在の後ろに控えていると、それに気づいたのか棚を移動した彼女は、ふと料理雑誌の前で足を止めた。


「西嶋君、明日お弁当作ってきてもいい?」

「え?」

「それ一緒に食べたいなって思って……だめ、だった?」

「や、俺いっつも学食かパンだから嬉しいけど」

「ホントっ?」

ぱぁ、と顔を輝かせる彼女に俺の胸がまたしてもドクンと跳ねる。

なんだこの嬉しくてたまらんって顔は。

さっきまでの笑顔も可愛いけど段違いじゃないか。

俺の心臓がドクドクと脈打ち始める。

ヤバイ、これはヤバイぞ。


「あのね。それから今度の日曜日、もし暇だったら一緒に図書館で勉強とか……ほんとに暇だったらでいいの」

「じゃケー番とメアド交換しとく?」

これ以上深入りはやめろともう一人の俺が叫ぶのに、なんで連絡先聞いてんだ!?

どうして携帯を取り出してしまうんだ!?

冷静になって考えろ、俺。

話したこともなかった子と俺がつきあうことになって、しかも彼女はなんかやたらと積極的で、そのうえ俺の言葉にいちいち嬉しそうな顔になるって……ありえないっ!

夢よりありえないだろっ!!

でも。

「いいの!?」

って、一段と綻ぶ安在の笑顔は現実に俺の目の前にあって――。


「二人して連絡先交換してるの?俺も混ぜてよ。ハイ、安在さん赤外線」

書店の袋を手にほくほくと俺たちのところへ来た巽が素早く携帯を取り出した。

「ちょ、俺のがまだだっつの!」

「え、航平。俺のケー番ゲットしたかったの?早く言ってよ」

「おまえのなんてとっくに知ってるわ!」

「二人ともほんとに仲がいいね」

くすくす楽しそうに安在が笑い出す。



彼女に落ちない男がいたら見てみたい。

なんて可愛い顔で笑うんだろう。

もう嘘でも夢でも何でもいい。

告白してからたった1時間ばかりで、俺は彼女に完全にノックアウトされた。




* * *




次の日学校に行くと、俺と安在がつきあいだしたことは既に広まっていた。

一緒に帰るところを見ていた奴がいたし当然だ。

友達に冷やかされたけど肝心の泰治は俺に何も言ってこなかった。

それは俺が約束どおり安在を振ると信じてるからだろうか。





昼休みになって屋上で安在が弁当を広げた。

赤・黄・緑とカラフルな彩りで見るからにうまそうだ。

「おいしそうだね」

おい、巽。

その台詞はおまえじゃなくて俺が言うんじゃないか?

「本当?成山君も食べてね。たくさんあるから」

んで、さりげなくおまえのおばさんが作った弁当を俺によこすな。


「体育のあとの空腹ってハンパないんだよね。じゃ、遠慮なく」

「俺より先におまえが食うなよ。っていうかこれは返す。おばさん泣くぞ?」

「だから航平食べてよ。たまには学食やパンじゃなくて手作りのお弁当が食べたいでしょ?」

「俺は安在のを食べる」

「もー、わがままだな。じゃこれは安在さんにあげるね」

「え?わたしが食べるの?」


そこからは巽と奪い合うようにして弁当を食べた。

だってうまい。

彼女が作ったからだという欲目を抜きにしても本当においしかった。

それを素直に伝えると安在はまた俺が好きになった可愛い笑顔を浮かべた。

聞けば彼女は料理や菓子作りが好きで、大学も家政学科のある大学を目指しているらしい。


「ふーん、じゃ安西さん、航平と志望校離れちゃうね。家政学科のある大学って女子大でしょ?航平、理系に強い大学狙ってるよ。因みに俺は将来ネコ型ロボット作って、ネズミにも負けないストロングキャットにするつもり」

「西嶋君は理系クラスだしわたしは文系だもん。進学先が違うってわかってるしそれに――」

言いかけて安在は口を閉ざす。

「それに?」

俺が促すと彼女は微かに笑って首を振った。

「ううん。いまから先のこと考えたって仕方ないよね」


もしかして受験に失敗するとかか?

それは笑えないしシャレにならないだろ。

それとも目指す大学のレベルが高くて不安だったりすんのかな?

あ、だから昨日、日曜に図書館で勉強しようって言ってきたのか。

てことは色気のカケラもない誘いだったわけだ。

デートっていうより勉強会だったんだなと俺が勘違いを正したところで、弁当を片付けた安在は次の科目の当番らしく先に教室へ帰っていった。

翻る彼女のスカートの裾を見つめてしまったのは、中が見えかけたからではけしてない。


「いま、もうちょっとだったのになーとか思った?このスケベ」

巽が首に手をかけのしかかってくる。

やめろ、暑い。

「んなわけあるか。つうかおまえどこ見てんだよ。」

「俺も健全な青少年だから。それにしても安在さん。性格悪い子には見えないよね。お邪魔虫の俺がいても嫌な顔一つしないし。――そうか、航平はそこまで愛されてないのか。もしかして航平より俺に惚れた?俺がいい男すぎるばっかりに……航平、振られるんだね」

俺はグイと巽を押しのけた。

「つきあいだしたばっかなのに縁起でもないこと言うな!」


「木戸にどう言い訳する気なの?」

前置きなく巽に突っ込まれて俺は、う、と言葉を詰まらせた。

「正直に安在さんが好きになったって言って、2、3発ボコられておしまいにすればいいでしょ?」

なんで俺が安在のことを好きになったってこいつにばれてんだ!?

「いや、もうばればれでしょう。6年目のつきあいだからね」

巽がしれっと答える。

俺の心を勝手に読んで会話しないでくれ。

ちょっとビビったぞ。

つうか、俺、そんなにわかりやすく顔に出てんのか?

てことは安在の前でも好き好きオーラ出まくり!?

それはさすがに恥ずかしすぎるだろう。


軽く咳払いして俺は表情を引き締めた。

「やっぱ落ち着けどころはそこしかないか」

泰治のことを思い出すと気が重い。

「この学校の七不思議がまた一つ増えたよね。安在さんが航平の彼女になったことにみんな驚いてたし」

「俺、騙されてんのか?」

「いままで誰に告白されてもOKしなかったのは、自分のことが好きだったからって思えばいいんじゃない?」

「そんな自惚れ野郎になりたくない」

ぽん、と巽が俺の肩を叩いて頷いた。


「いまのままでいようね、航平。この先なにかあったら骨ぐらいは拾ってもいいよ」

「俺が安在に振られんの前提かよっ」

突っ込みを入れた俺は金網にもたれて空を仰いだ。

「泰治の安い脅しに乗って告って――断られるって思ってたってのは言い訳だろーな」

でも安在がOKするなんて本当にこれっぽっちも思ってなかったんだ。


「あっちーなぁ。衣替え、来週からだっけ」

「そう」

話題を変える俺に合わせて巽が頷く。

安在のことや泰治との約束のことに、これ以上触れないでくれるのがありがたかった。

きっと俺が本当のことを安在に話せば間違いなく振られるだろう。

けど彼女を好きになってすぐに嫌われるってのはさすがに辛い。

だからもう少しの間だけ夢見ててもいいかな。

溜め息が出そうになるのを堪え、俺は眩しい太陽から目をそらした。



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