17
どのくらいの時間、俺と雛姫は抱き合っていたんだろう。
夏服になってお互い半袖のシャツとブラウスしか着てない。
薄い布越しに感じる彼女は俺の理性を試すような凶悪さだ。
男と違ってなんつー柔らかい体をしてんだ!
雛姫はさっきから体を硬くしたままだしずっと緊張してるんだろう。
そろそろ離さないといけないのはわかってるけど、もう少しこうしていたい気持ちが勝って離せない。
照りつける陽光がジリジリと熱かった。
日本人の黒髪って夏に死ねっつってるようなもんだよな。
雛姫の髪は茶色だけどそれでもけっこう熱いんじゃないだろうか。
そう気づいて俺がわずかに身を離すと、身じろぎした彼女は顔をあげた。
――が即座に照れたように顔をそむける。
うわ!もうこれどうしたらってくらい可愛いんですけど!!
「お、お弁当、食べない?少し早いけど」
「お、おう」
うぉ、緊張がうつる。
ぎこちなく返事をしたはずが、俺から離れる雛姫の手を思わず掴んでしまった。
なにやってんだ、俺!?
「西嶋くん?――」
「航平。……ってか悪ぃ、なんか名残惜しかった」
彼女の手を離して俺は弁当の入ったカバンを掴むと日陰に移動する。
中天近くに移動した太陽のせいで短くなった塔屋の陰に座ると、隣で雛姫が弁当の用意を始めた。
俺はポケットから携帯を取り出して時間を確認する。
と、メールが届いていたのを思い出し、受信メールを見てみれば――。
『祝、復縁!俺の分のお弁当残しておいてね』
巽からのメールに脱力する。
復縁て……別れてないっつうの。
「メール?――がどうしたの?」
「んー、巽が弁当残しててくれって」
「成山君が食べる分も作ってるから大丈夫」
くすくす笑うその態度にさっきまでの緊張は見えない。
こんなふうに俺の側でずっと笑っててくれないかな。
なんて思う今の俺の頭の中はどうしようもなく色ボケてるんだろう。
ん?巽のメールまだ続きがあるな。
気づいた俺は再び携帯に視線を落とした。
『これ昨日もらった安在さんからのメール。もし復縁できてないならこれ見て自信つけるといいよ』
読み進むうち俺は携帯の小さな画面に目を近づけた。
『成山君の言うとおり合格発表の日に西嶋君と話をしていたのはわたしです。あれが西嶋君を好きなったきっかけだと思います。でも西嶋君は気づいていないので黙っていてください』
はぁ!?なんだよ、これは!
『合格発表のときに航平がナンパした女の子、覚えてるよね?あの子が安在さん。やっぱり俺の睨んだ通り安在さんは航平のことが好きで告白をOKしたんだね。どう、航平。俺ってすごいでしょ?』
「千里眼巽」と締めくくられてある。
何が千里眼だ。
それにあのときも現場見てて冷やかしてきた巽に言ったけど、ナンパなんてしてねぇしっ!!
や、んなことはどうでもいい。
「西……航平君、準備ができ――」
「雛姫」
「え、はい?」
きょとんとする雛姫に俺は携帯の画面を見せた。
「これ、どういうことだ?なんで俺より先に巽の奴が雛姫の本心聞いてるわけ?」
「本心?……なんの話?」
質問の意味がわからない様子で俺の携帯に顔を近づけた数秒後。
「成山君に黙っててって言ったのにぃ~」
「言ったのにー、じゃないっ!こういう大事なことはまず俺に言ってくれ。なんで巽が先なんだ!」
「これは成山君があまりに鋭くて誤魔化しきれなくなったのっ。不可抗力だもん。それに西嶋君に振られるってずっと思ってたからちょっと弱気になってたし、そういうときに「好きなの?」って聞かれて、つい言っちゃったっていうか」
「はっ!?俺に振られるってなんで?振られるなら俺のほうだろ?雛姫からすれば俺と泰治がつるんで馬鹿にしてるように映っただろうし」
違うというように雛姫が首を振った。
「木戸君は西嶋君を脅してでもいうことをきかせるって言ってたから――」
そうだった。
雛姫は泰治が誰かと俺を陥れる話をしていたのを聞いてたんだ。
ってことは――アレを雛姫も聞いてるんじゃないのか!?
「え?まさかあいつ、俺の汚点を人に話してたとか」
「汚点?」
「あ、や……なんでもない」
彼女の反応からそこまでは知らないとわかって俺は安堵した。
「えーと、俺が脅されて告ったからって、なんで雛姫を振ることになるわけ?」
無理やり話を戻すと雛姫はだってと口を開いた。
「強制された告白で好きでもない人とつきあったって苦痛なだけでしょ?だからいつ振られるんだろうって怖かったの」
まあ確かに好きじゃなかったら考えるかもな。
でもよっぽど受け付けない相手とか友達にしか見えない相手じゃなければ、せっかく彼女ができたしともかくつきあってみよう、とか思う奴多いと思うけど。
そういう考えに至らない雛姫は「ともかく」ってのができないタイプらしい。
数学を一からやり直そうとした時も思ったけど、ほんと生真面目っていうか不器用っていうか……そこも可愛いからいーんだけどさ。
「俺、巽にすぐに気づかれるくらいバレバレな態度取ってたみたいだぞ」
俺が別れたがるってのは完全に雛姫の取り越し苦労だ。
だって俺は告って一時間以内に雛姫を好きになってたわけだし。
「わたしも好き好き光線が出てるって成山君に指摘された」
俺たちは視線を見交わし同時に呟く。
「「全然気づかなかった……」」
最初に笑ったのは俺だっただろうか。
なんだよ、全部お見通しだったのは巽ってことか?
ひとしきり笑った俺は側にいる雛姫に目を向けた。
視線に気づいたらしい彼女が笑いをおさめる。
「今度から悩んだら俺に言って。他の奴に相談されんのは嫌だ。それから航平、な」
とっさなときはまだ「西嶋君」となるらしい呼び名を改めるよう言うと、雛姫はくすぐったそうな様子になって微笑んだ。
「はい、航平君」
絶対、雛姫のこと大事にしよう。
はにかむ雛姫にそんな想いが自然とわきあがった。
気持ちのまま俺が雛姫に近づくと彼女は一気に顔を強張らせてしまう。
うーん、こっち方面時間かかりそうだなぁ。
俺は大いに興味があるけどここは雛姫に合わせるほうがいいのか?
少し悩んで俺は考えるのを放棄した。
ま、いいか自然で。
ちゅ、と彼女の頬にキスをして俺は身を離した。
お、真っ赤になった。
リトマス紙なみの反応だな、これ。