16
「安在、ごめんっ」
「西嶋君、ごめんなさい!」
同時に勢いよく言葉が重なって俺たちは目を見交わした。
え?なんで安在が俺に謝るんだ?
対する彼女もびっくりしたような顔をしている。
「泰治の口車に乗って安在に告白した」
「西嶋君が困ってるってわたし、わかってたの」
また同時に話して今度は二人とも黙り込んだ。
俺が困ってる?
……ってなにが?
数秒の沈黙にお互いが相手の言葉を待っていると気づいた。
「えーっと続き、俺から言わせてもらっていいか?」
安在がコクと頷いて手にしていた弁当のカバンを置く。
彼女が俺を見上げてくるのを見計らってスゥと息を吸い込んだ。
「俺、告ってからすっげ後悔したんだ。安在は全部知ってたんだし、こうなったいまさっさと俺と別れたいだろうけど――」
「え?」と小さく安在から声が聞こえた気がしたけど、俺にはかまってる余裕なんてなかった。
「俺、いまは本気で安在のことが好きだ。だからこのまま俺とつきあってほしい」
言えた、と思ってホッとした。
安在は茶色の瞳を大きく見開いて俺を凝視している。
が、その瞳が見る間に潤んで涙をこぼしたため俺は動転した。
「な、んで……泣くん――?あ、や……俺のしたことって最低だし、安在のこと傷つけてたよな。ほんとごめん」
「嘘……い?」
「え?」
「嘘じゃない?わたしが好きって本当?」
「絶対嘘じゃないっ」
これだけは間違ってほしくなくて強く言い切ると、安在は余計にボロボロと涙を流す。
ちょ、俺どうすればいいんだ!?
泣いている安在の前でなす術もなく硬直する俺は、また彼女の声が聞こえたため一言も聞き漏らすまいと耳を澄ました。
「信じられない……こんな夢みたいなこと――絶対ないって思ってた」
ひっ、ひっと嗚咽が混じる内容は俺には解読不能の暗号に思えた。
夢みたいなことは絶対ないって言い方を変えれば、俺とつきあうことが夢だったってことか?
……いや、まさかそんな――。
「西嶋君は無理やり告白させられたんだろうし、わたしがつきあうって返事をしたことは、きっと西嶋君を困らせてるんだろうなって思って――」
「困るっつうかオッケーされた直後は焦った。話したこともない俺となんでつきあう気になったのかわかんなかったし」
「やっぱり西嶋君、わたしのこと覚えてないんだね」
「は?俺、安在とどこかで会ってたか?」
全く記憶になくて安在に問うと、彼女は手の甲で涙を拭って頷いた。
「うん。2年前の合格発表のとき」
「合格発表?巽と発表を見に行って普通に帰ったけど」
「そのとき眼鏡を壊したわたしに優しくしてくれたの」
「眼鏡?」と俺が眉を寄せると安在は詳しく説明してくれた。
「えと、前を見ないで走ってたわたしが西嶋君に突進して、うまく西嶋君は避けたけど変わりにわたしは柱に激突したの。その時に眼鏡を壊しちゃって困ってたら、西嶋君は一緒に合格発表を見に行こうかって言ってくれてね――」
「え!?あのすごいインパクトあることしたのって安在だったのか!?」
俺は思わず声を張り上げてしまった。
彼女のことなら俺も覚えてる。
勢いよく柱にぶつかって眼鏡を壊すなんて、どんなギャグかと思ったくらいだし。
「インパクト……そ、そんな覚え方されてたの?」
安在が苦笑いのような表情で呟く。
あれを他にどんな言葉で表せと?
「や、でも今とイメージ違うだろ。もっと前髪がわさっと長くて、顔に合わないでかい眼鏡かけてた気が――うっわー、あれ安在だったのか。全然気づいてなかった」
「顔に合わない眼鏡?似合わない眼鏡、じゃなくて?」
安在が眉を寄せて眼鏡のことを尋ねてきたせいで、俺もまたその様子を怪訝に思った。
そういや安在ってやたら眼鏡のこと気にしてるけどなんでだ?
「はぁ?……確かにいま持ってる眼鏡の方が顔のサイズに合ったフレームだし、形も安在に合ってるとは思うけど――あの頃かけてたのってやたらレンズがでかくてフレームもぶっとくなかったっけ?」
「眼鏡に合ってない……?」
「ん、安在の顔と眼鏡のサイズは合ってなかった」
似合う似合わないで言うと、いま安在が持っている眼鏡のほうが俺は彼女に似合うと思うけど、それは黙っておいた。
安在は眼鏡が似合わないと勘違いしているから、気にするようなことは言わない方がいいだろう。
少しあって彼女がくすくすと笑い出した。
「そっか、そういうことだったんだ」
はい?俺にはどういうことかわからん。
でもどこか楽しそうに笑う安在はやっぱり可愛くて、その顔を見ているだけで俺の動悸が早くなっていく。
「あの眼鏡に前髪もあったしあれじゃ顔わかんねーって。安在、覚えてたんなら言ってくれればいいのに」
「だって入学しても西嶋君、全然わたしに気づいてくれなくて、自分から話しかける勇気を持てないままずるずると……」
「安在、一ついいか?」
「え?なに?」
「気づかなくても俺は悪くないと思う。もう一度言うけど最初会ったときは顔のほとんどが隠れてたんだぞ。で、入学した後の安在は別人みたくなってたじゃん!あれで気づけって無茶言うな」
人間、髪型や服装で印象が変わるけどまさに安在がそれだと思う。
だってどんなけ変わってるんだ!
入学当初から安在は、野郎の可愛い子チェックの中にいつも入ってんだぞ。
たいていの奴は安在のこと知ってるくらいの人気なんだ……ってきっと自覚してないよなぁ。
つきあってみてわかったけど、安在って自分のことを知らなさ過ぎなうえ、世情に疎いタイプだから。
まぁ俺も巽に言わせれば鈍いってことだし、人のこと言えねぇけど。
「同じクラスじゃなかったのに、西嶋君、高1の頃のわたしを知ってるの?」
やべ、と俺は口を噤んだ。
可愛い子チェックのことは安在に言わない方がいい気がする。
中にはランキングつけてた奴もいたし、そういうの聞いて気分いいはずないよな。
「あー……うん。――たまたまな」
って俺、嘘が下手すぎる。
これじゃ何かあるって言ってるようなもんじゃないか。
「たまたま?でもなんか……?――あ!もしかしてわたしがストーカーみたく、西嶋君のこと見てたの気づいてたの!?」
そう言った安在の顔が見る間に真っ赤になった。
はい?ストーカー?
「ご、ごめんなさい~!つい目が追っちゃっててね。気持ち悪かったよね。気づかれないようにこっそり見ようって思ってたのに……って、やだ、これって本物のストーカー!?違うから!家までついてったりとか、隠し撮りとかしてないしっ……!」
そこで安在はハッと表情を変えた。
そしてまたしても「ごめんなさいっ!」と俺に謝ってくる。
ちょっと落ち着け。
俺にはわけがわかんねっつうの!
「さっき眠ってる西嶋君をこっそり携帯で激写しちゃったぁ~。でもこれ一枚だけだから。ほんの出来心です。ごめんなさいー」
寝てる俺を激写?
ああ、そういや目が覚める寸前なんかカメラ音を聞いた気が――。
ぷるぷる震えて見上げてくる安在があまりにも萎れていて、俺はつい噴出してしまった。
こんなおもしろい一面もあるのか。
「なぁそれ、俺は喜んでもいいってことだよな?」
「は?……え?えぇ!?わたし、なに言っちゃったんだろう~。ああもう、いっつも緊張したりすると余計なこと言っちゃうの。恥ずかしすぎるー」
「なんで?俺嬉しいし」
「う、嬉しい?」
「だっていまのでわかったし。安在も俺のこと好きなら別れなくていいんだろ?」
あれ?なんか安在照れた?
「わたしがずっと、ずっと言えなくて、もう絶対言えないって思ってた言葉を、こんなにあっさり言っちゃうなんてぇ~」
や、なんか拗ねだしてる?
「そういえばさっきも全然自然に「好き」って言ってた。……ずるい~。西嶋君、なんで緊張したり照れたりしないの!?」
「ずるいって……あれでも俺、緊張して言ったんだぞ?」
振られるだろって絶望的なこと思ってたから、とにかく俺の気持ちわかってもらおうと必死だったし、そっちのが気になってたけど。
「西嶋君っ」
「はい!」
いきなり安在に強い口調で呼ばれた俺は敬語になってしまった。
「ずっと好きでした」
真剣な顔でなにを言ってくるのかと思っていた俺は告白に思わずほうけていた。
で、マヌケな質問をしてしまう。
「好きでした?過去形?」
「あっ、違う。ずっと好きです」
「今度は永久宣言?」
「あれ?なんで!?違うの!あ、……ううん、違わなくていいんだけど。ただ好きってこと伝えておかなきゃって――」
あわわとうろたえる仕草がなんとも……もうなんだこれ、激カワ。
俺はニヤケそうになる口をパタと手でおさえた。
あー、俺、安在にメロメロんなる気がする。
っつうかもうなってる気が――。
気がつけば俺は安在を腕に抱きしめていた。
やべー、俺、自分に正直すぎる。
嫌がられるかと一瞬頭をよぎったけど――もういい、かまうか。
俺は安在を抱く腕に力を込めて自分の方に引き寄せる。
「に、西嶋君?」
「航平でいい。――俺も雛姫が好きだ」
彼女のことを呼び捨てにすると、恥ずかしそうに俺の肩に額を押し付け顔を隠してしまった。
こういうところも可愛いなぁ。
「航平、君」
小さな声で俺を呼んだと思ったら、とってつけたように「君」とくっついた。
たぶん呼び捨てにできなくて言ってしまったんだろう。
そう気づいて笑ってしまった俺は、雛姫に頬を寄せるふりをして、初めて触れた彼女の柔らかな髪にこっそり口づけた。