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14 雛姫視点

その日、3時間目が終わる間際に携帯電話にメールが入った。

成山君からだ。

先生の目を盗んでこっそり内容を確認すると。


『航平が屋上で討ち死に中』


討ち死に?

今日、西嶋君の姿が見えないなって思っていたけれど、ずっと屋上にいたの?

でもなんか変……西嶋君ってこんなふうに授業をサボるタイプじゃないと思うの。

もしかして何かあったのかもしれない。

ちょうど4時間目は自習になってるし、お弁当持って様子を見にいこうかな。

わたしじゃ力になれなくてもせめてお弁当で元気になってくれたらいいもの。


休み時間になってわたしがお弁当を持ちながら、親友二人に屋上に西嶋君がいることを伝えたら、彼女たちはニヤニヤ笑いで「いってらっしゃい」って送り出してくれた。

その目、やめて!

成山君もいるはずだし屋上で二人っきりになるわけじゃないんだからねっ。


「あ、来た来た安在さん。俺、ちょっと別の漫画取りに行ってくるから」

わたしが休み時間になったら行くって返信してたから、成山君は来るのを待っててくれたみたい。

漫画を手にいそいそと塔屋に消えてしまった。

本当に漫画が大好きなのね、成山君って。

彼を見送っていたわたしは視線を足元へ向け、かぶりつくようにしゃがみこんだ。

なんって無防備な寝姿なの、西嶋君っっっ。


風に揺れる黒髪にわたしはそっと手を伸ばす。

ちょっと固めの髪なんだ。

うねうねした茶色いネコっ毛のわたしと正反対で、本当に真っ黒で羨ましいなぁ。

まつげも結構長いし……スリーピングビューティ!!

あ、違った。

スリーピングキュート?

笑顔も可愛いけど、寝姿もいつもと違って油断した感じが……しゃ、写真!今度こそ写真撮らなきゃ!!


プライバシーって言葉が頭に浮かんだけれど――ごめんなさぁい~、誘惑には勝てませぇん。

一枚だけにするから許してっ。

カシャ、って電子音に西嶋君が目を覚ますんじゃないかって、慌てて携帯をポケットにしまう。

その判断は正しかったみたい。

だって西嶋君が目を開けたもの。

わたしを見てびっくりしたように飛び起きちゃった。


「あ、起きた?おはよう」

「安在?なんでここにいるわけ?もしかしてもう昼!?」

「ううん、まだ。成山君にメールもらったの。西嶋君が屋上で討ち死にしてるからって――寝不足?それとも気分悪いの?」

体調が悪いなら保健室に行ってるはず。

それをしないのはきっと別の理由だよね。

でも何かあったのって尋ねても答えてくれない気がした。

だからわたしは直接的な言葉を避けて尋ねて反応を見ることにした。

「ちょっと気分的にダレてサボってただけだから。それより巽は?」


確かに誰だって気分が乗らない時はあるけれど……信じていいのかなぁ?

西嶋君の顔を見ても嘘か本当かよくわからない。

ここはやっぱりもう少し様子見が必要ね。

「別の漫画を持ってくるって教室に行っちゃた。すぐ戻ってくると思う」

日陰にお弁当の入ったカバンを置くと西嶋君が不思議そうに目を向けてくる。

「何してんの?」

「少し早いけどお弁当の用意。うちのクラス、次は自習になったからわたしもここにいる」

「や、いくら自習でも教室にいないとマズイだろ」

「じゃあ西嶋君は?――何かあったの?」

わたしだけ教室に帰らせようとしてる気がして、様子見のはずがついズバリ突っ込んで尋ねてしまった。


彼は少しあって笑顔を浮かべる。

「わかった。ちゃんと授業受ける」

「西嶋君、わたし授業に出てとかそういうつもりじゃなくて――」

「ちょっとヤなことがあって不貞腐れてただけだから」

「嫌なこと?」

「ん。でも寝たら復活した」

「ほんとに?」

「ほんとほんと」 

「嫌なこと」をわたしに話してくれる気はないんだ――。

そう思うと悲しかったけれど仕方ないって思い直した。

西嶋君にとってのわたしは要らない彼女だもんね。


そういえばつきあってもう二週間が経つけれどわたしはいつ振られるんだろう?

「ありがとな」って言って荷物を持ってくれる西嶋君は、いつもどおり優しくて変わらないから……わたしにはその時がいつなのか全く予想もつかないの。

もうすぐ?

それともまだ先?

西嶋君と並んで階段を下りながら、そんなことを考えていると気分が落ち込んでくる。


「安在」

2階に降り立ったところで彼に声をかけられ、わたしは暗い気持ちをなんとか無視して顔を上げた。

「なに?」

「放課後、ちょっと話があるんだけどいいかな?」

ドキリとした。

わたし、予知能力でもあったかな?

西嶋君の話って別れ話しか思い当たらない。

「話って?いまじゃ、駄目なの?」

「ん、大事な話だから」

わたしの馬鹿……今ので余計に確信しちゃったじゃない。

とうとう言われるんだ。

「そ、そっか」

やだ、泣きそう。

泣いたら西嶋君を困らせるのに。


そこへほのぼのとした声が割って入った。

「あれ?自主休講はもう終わりなの?もっと青春を謳歌しようよ」

漫画を手にした成山君はわたしたちを見て珍しく表情を変える。

「どうしたの?」

成山君って実はけっこう鋭い人だって最近知ったの。

だからわたしは必死に取り繕った。

「なんでもないよ?あ、じゃあ西嶋君。4時間目が終わったらいつもみたいに――」

西嶋君の背後から近づいてくる人に気づいてわたしは言葉を失った。

相手が木戸君だったからだ。

昇降口でのことがあってから彼の顔を確認したから間違いない。


なんでこっちに近づいてくるの?

まさかまた、西嶋君に意地悪なことしようって思ってる!?

彼は嫌な感じの笑みを浮かべ西嶋君に目を向けた。

「よぉ航平、もしかして授業サボってたのは彼女と校内デートするためか?」

「安在、巽と先に教室戻ってくれ」

西嶋君がわたしを背中に隠すのと同時に成山君がわたしを呼んだ。

「行こっか、安在さん」

「え?あ……うん」

でもこのまま放っておいて大丈夫なの?

なんだか様子が変だもの。


そう思っても背中を向けている西嶋君の表情は見えないし、ここに残れる雰囲気でもない。

後ろ髪を引かれながらわたしは成山君のほうへ歩みを進めた。

「ちょっと待って、安在。俺、面白い話知ってるんだけどさ」

そう言ってチラリと西嶋君を見る木戸君の目がどこか愉しげだ。

「黙れ、泰治。――巽、安在連れてけ」

木戸君の腕を掴んだ西嶋君の声音が変わっている。

いつもからは想像もつかないほど低い声に驚いて、わたしは反射的に彼を見上げた。

「なんだよ、俺が悪者みたいじゃね?俺はただ真実を安在に教えてやろうとしてるだけだろ」

「黙れっつってんだろがっ!」


ああ、そういうことか。

木戸君の台詞にわたしはやっと理解した。

きっと木戸君は自分の思惑通りことが運ばす、なぜか西嶋君がわたしとつきあってるから、全部ばらしてこの関係を壊そうとしてるんだ。

西嶋君だって彼に脅されて告白したなんてわたしに知られたくないんだろう。

だから木戸君を止めようとしてるのね。

放課後別れ話を切り出すつもりだったんだろうし、余計なことを知られず穏便に別れたいってところなのかな。


この辺りが引き際でいいのかもしれない。

睨み合う二人を見ながらわたしはそう判断した。

二人が喧嘩になる前に幕引きはわたしがしよう。

「はっ、必死だな。安在、よく聞けよ。こいつがおまえに告ったのって――」

「知ってる」

その言葉に3人が一斉にわたしを見たのがわかった。

訝るように眉を寄せている西嶋君にわたしは笑ってみせる。

「全部知ってるよ、わたし」

こんなに驚いた顔をした西嶋君を見るのは初めてかもしれない。


涙が浮かんできそうになるのを堪えてわたしは両手を拳に握った。

「大事な話は人のいない場所でするものだよ、木戸君?」

木戸君を見据えると彼は一瞬顔色を変えたけれど、すぐに愛想笑いを浮かべる。

ただその眼差しはわたしが何を知っているのかと探っているのがわかった。

「安在?なに言って――」

「ネタならあるんだけどな?」

あの日、彼が使ったキーワードを意味深に言ってやる。


震えるな、わたし。

ここで木戸君に気迫負けしたら終わり。

ほら、今度こそはっきり顔色を変えたじゃない。

ここで彼の弱みを握っておいて、今後西嶋君に手出しさせないようにしておかなきゃ――。



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