12 雛姫視点
部屋中に服を並べてとっかえひっかえしながらわたしは鏡の前で悩んでいた。
チェックのシャツと7部丈パンツを自分にあてながら鏡を見て首を振る。
「ちょっとカジュアルすぎ」
じゃあリボンキャミにカーディガンを引っ掛けてスカートにしてみる?
でもこのキャミ、胸のとこ思ったよりも開いてたんだっけ……。
「さ、誘ってるみたい」
ならこっちのノースリとボーダー重ね着して……なんか地味。
ええと、このワンピは?
で、腰んとこベルトで締めて大人っぽくせめてみて――図書館で勉強するのに大人っぽくせめてどうするの、わたし!!
明日の図書館デートに着ていく服を選んでいたわたしは溜め息を吐いた。
もう、どれがいいんだかわかんなくなってきちゃった。
西嶋君の好みってどんなだろう?
フェミニン?カジュアル?セクシー?
えーん、わかんない。
好きなおかずは学校でお弁当食べてる時になんとなくわかったけれど、女の子がどんな服装してるのが好きかまでは――。
ベッドにある携帯からメールを告げる電子音が鳴った。
誰だか確認してみると……あ、成山君だ。
そういえばアドレスとか赤外線で交換したもんね。
初メールにちょっと驚きつつわたしは携帯を開く。
『航平の好みは控えめフェミニン。因みに俺はチラ見せが好き。だって男の子だもん。んでチラ見せは航平にもかなり有効』
メールを読んだわたしが、ふっと笑ってしまった。
成山君、面白い人だって思っていたけれどメールまで楽しい。
「男の子だもんって」
くすくす笑いながらわたしはベッドに腰をおろした。
まるでわたしが明日の服装に困ってるのを見てたみたい。
でもいいこと聞いたかも。
西嶋君の好みは控えめフェミニンか。
ってことはあまり女の子ちっく過ぎるのもよくないのね。
それでチラ見せ……けどチラ見せって?
見えそうで見えないきわどい感じってこと?
思わずリボンキャミを見てわたしは悩む。
成山君もメールで「男の子だもん」って言ってるくらいだし、やっぱりこういうのが好きなのかなぁ?
わたしだって弟がいるし、男の子がどういうものかちょっとはわかってる。
わかってるけど――初デートでこれを着る勇気はわたしにはありませぇえんっ!!
そのときふとわたし目にフリルのチュニックが目にとまった。
「これ……よくない?」
胸のところと裾がフリルだけれどそこまでブリブリしてないし、薄い生地だから中に一枚キャミを着るとしても、腕なんかはうっすら見えるよね?
ちょっと透けちゃうっていうこんな感じのほうが、チラ見せも直接的じゃないしいいかも!
じゃあこれに合わせるのはこっちのハーフパンツでどうかな?
あ、いい感じ。
勉強するんだし自然に可愛い感じがいいなって思ってたの。
あとは勉強の時に髪が邪魔にならないようにサイドを編みこんで……。
鏡の前で服を合わせ、髪型の想像をしてみたわたしは頷く。
うん、ばっちり!
成山君が教えてくれた西嶋君好みの控えめフェミニンに近い気がする。
さっそく成山君にお礼の返事をしなきゃ!
ベッドに座りなおしたわたしは携帯を手にすると成山君にお礼のメールを送る。
そのまま携帯を閉じかけ、思い直して手を止めると小さな画面を見つめた。
西嶋君にもメール送ってみようかな。
つきあってから毎晩、一通だけメールを送ることにしてみたの。
でもいつも返事は一言か二言だから、やっぱり迷惑なのかなぁなんて頭をよぎって送るのを躊躇ってしまう。
いーや、迷うなわたし。
これもつきあってる間だけの特権なんだから!
それに西嶋君は短くても必ず返事をくれる人だもの。
本気で迷惑だったら返事なんてこないと思うの、うん。
『西嶋君は苦手な食べ物ありますか?よければ教えてください。それからこれまでのお弁当に苦手な食べ物を入れていませんでしたか?』
送信ボタンを押してからわたしは携帯電話を折りたたむ。
目下わたしの目標はもう少し砕けた文章でメールを送ること。
西嶋君といてもまだまだ緊張しちゃって、そのせいか文章まで硬くなっちゃうのが情けないなぁ、わたし。
部屋中に並べていた服を片付けたわたしは、明日着ていく服をハンガーにかけた。
これでよし。
あとは明日の勉強道具一式、と机から受験勉強用の問題集をピックアップしていたわたしは、数学の教科書に指が触れて手をとめた。
中間が赤点だったのを思い出して顔を顰める。
期末も赤点だとやばいぞー、って先生に冗談っぽく言われたけれど、このままじゃ笑えない状態になりそうだしどうしよう~。
文系クラスなのになんで数学があるの、と泣きたくなったわたしはぺかんと脳裏に西嶋君が浮かんだ。
理系クラスの西嶋君はきっと数学は得意よね?
そういえば昇降口で木戸君の話を聞いちゃったとき、お友達の人が西嶋君って教え方が上手って言ってなかった!?
わたしもわかりやすく教えてもらいたい……ていうかもらっていい?
ううん、ここは教えてもらうべきなんじゃないかな!?
わたしは迷ったあげく、受験用の問題集の上に数学の教科書を積んだ。
ついでに1、2年の頃の教科書と参考書も引っ張りだしてカバンに詰め込む。
ダメ元で持っていこう。
西嶋君が受験勉強を優先したいって言ったら諦めればいいんだし。
明日の用意が完了したところで携帯が鳴った。
西嶋君からの返信だ!
今日はいつもより長めの返事だといいな。
期待してメールを開く。
『ないから大丈夫』
7文字……今日の返事も昨日までと変わらずまた短文でした。
め、めげないもんっ!
* * *
図書館の自転車置き場でわたしは西嶋君に到着メールを送信し、前籠から大きな荷物を取り出して肩にかけた。
参考書とか入ってるし重い~。
図書館の入口に向かうため建物を回りこんだところで、向こうからも人が来ていたのか危うく正面衝突するところだったけれど、相手が素早く立ち止まってくれたのでかろうじて免れる。
「はよ」
声に顔を上げて相手が西嶋君だったためわたしは驚く。
「おはよう、西嶋君。びっくりした。もう着いてたんだね」
わたしも早めに家を出たつもりだったんだけどな。
メールしたから迎えに来てくれたとか?
まさかね。
自転車に忘れ物でもしたのかな?
でもなぜかフリーズしちゃってるのはどうして?
「どうかした?」
「や、眼鏡してないしコンタクト買ったんだなって」
「うん、昨日」
なんだ、眼鏡じゃないから気になっただけなのね。
「安在が気にするほど眼鏡変じゃなかったけどな」
「ホント?眼鏡嫌いじゃないの?」
「嫌いも何も俺、目はいいからかけないし」
「そういう意味じゃなくてね?」
「うん?あ、伊達眼鏡とか?服とコーディネートしてかけてる奴いるけど、俺、そういうのはしないな」
……えーとこれってどういうことなんだろう?
西嶋君はわたしの眼鏡姿が変じゃないって言ったよね。
それに目は良くて眼鏡も嫌いじゃないっぽい?
前にも話していておかしいなって思ったけれど、わたしなにか誤解してるとか?
「荷物、かして。持つ」
「え、あ……いいよ」
「弁当とかあって重そうだから」
ん、と西嶋君が手を出す。
あれ?
もしかして……ううん、もしかしなくても西嶋君がここに来たのは、忘れ物を取りに来たんじゃなくて、わたしを迎えに来てくれたのっ!?
でもこれ重いのよ?
迷いながらわたしが彼の掌を見つめると、少し手を持ち上げてやっぱりカバンを渡すよう促された。
やだ、こんなことされたらわたし、本物の彼女みたい!
う、嬉しすぎて眩暈しそう。
胸中で叫びながら肩にあった荷物を西嶋君に渡したとたん。
「うわ、重っ」
「ご、ごめんね。参考書とか入ってるから。あ、勉強道具は別のカバンに分けて一緒に入れてるだけだから、それをわたしが持てば――」
「じゃなくてよくこんな重いもん持ってここまで来たよなって思って。けっこう力持ちなのな?」
微かに笑ってそう言った西嶋君にわたしが見惚れていると彼は踵を返して歩き出す。
出遅れたわたしは彼を追っかけて、カバンを出してと言ったけれど話をそらされちゃった。
気にしないようにって気遣ってくれてるんだろうな。
その後、わたしが数学を教えてって言ったら、西嶋君は午前中いっぱい使って教えてくれた。
恥を忍んで中間が赤点だったって暴露した捨て身作戦がよかったみたい。
高1から順を追って教えてくれる西嶋君に何度見惚れそうになったことか。
そんな浮かれたわたしでも理解できちゃうくらい、西嶋君の教え方はとってもわかりやすかった。
ちょっとでもわたしがわかんないって顔をすると、よりわかりやすく式を展開してくれたり、もう一度説明しなおしてくれたり。
おかげでどこで躓いたのかもわかった。
わたしのノートに彼の書いた数式や文字がたくさん残ってる。
だからノートは一生の宝物にするって決めた。
心にためてる宝物とは別に、形に残る宝物ができちゃった!
メールの返信も消さないようロックをかけてるけれどノートのは直筆だもん。
レア度が違う気がするの。