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10 雛姫視点

「安在さん。突然で驚くと思うけど好きです。俺とつきあってください」


わたしが期待した「もしかして」は数日とおかずにすぐにやってきた。

でも目の前にいるのは本当に西嶋君かな?

2年以上、彼とは接点がもてなかったのに、いきなり「呼び出し」そして「告白」なんて有り得ないと思うの!

わたしはぼやける視界に目を凝らす。 

うーん、裸眼じゃわかんない。

ちょっと近づいてみようかな。

「西嶋君?――本当に?」

正真正銘、本物の西嶋君ですか?

わたしは更に目を凝らして西嶋君であろう人を見上げる。


よし、ここはしつこいくらいに確認してしまおう。

「3年2組、西嶋航平君」

「はい」 

返事をする声は西嶋君で、さっきより近くなった相手はまだぼやけるけど、やっぱり西嶋君な気がする。

思った瞬間わたしは後ろに飛びのいていた。

あんなに間近に西嶋君がいたのって合格発表のとき以来だ。

きゃあぁぁ、ありえないくらいドキドキする。

裸眼でよく見えてなくてこれだから、コンタクト買ったあとはまともに彼を見れないかもっ。

「どうしよう……本物だった……」

わたし、本当にこの告白をOKするつもり?

こんな調子じゃ心臓破裂死するんじゃないの?

「やっぱり……無理かも」

ううん、弱気になっちゃ駄目。

西嶋君の彼女に一瞬でもなれるんだからここはもう開き直れ、わたし!


「安在さん?」

「あ、はい、なんでしょう?」

「や、なんでしょうじゃなくて――俺、返事聞いていいかな?」

「そ……そうですね。すみません」

いけない。

返事しなきゃだった。

「よろしくお願いします」

そう言ったわたしの返事が西嶋君にはよく聞こえなかったみたい。

もう一回言ってって言われちゃった。

わかりやすい別の言い方がいいのかな?

「はい」とか?

でもそれじゃ短くない?


「よろしくお願いします?」

いい返事が思い浮かばなくて結局同じ言葉を馬鹿みたいに繰り返す。

伝わった……かな?

あれ、頭押さえちゃった。

「聞き間違いだな。もう一回聞いていい?」

わたし、滑舌が悪いの?

ここはよくわかるようにお辞儀もつけてみよう。

「今日からよろしくお願いします。西嶋君」

さすがにちゃんと伝わったよね?

顔を上げると西嶋君が固まっている。


そのせいでわたしは気がついた。

そうか、西嶋君はわたしに断ってほしかったんだ。

木戸君に脅されてわたしに告白してるんだもの。

OKなんてされても困るだけか。

でもごめんなさい。

木戸君の思い通りにはさせたくないし、わたしもあなたの彼女になりたいの。

短い間でいいから隣にいさせて?

その間に、もし彼女になれたらやってみたいって妄想してたことできるだけたくさんしてみたい。

だから――。


「あの、西嶋君。今日から一緒に帰りませんか?」

「え?」

「せっかく彼女になったんですから恋人同士っぽいことがしたいです」

「あ、……ああ――うん」

戸惑う様子の彼を見たわたしの胸がチクリと痛む。

やっぱり困らせてるなぁ。

「じゃあ昇降口で待っていてください。教室にカバンを置いたままなので取ってきますね」

いまのはなかったことに、って西嶋君に言われるのが怖くて、わたしは急いでその場を後にした。


ちょっとだけ。

少しの間だけ。


教室でカバンを取ったわたしは昇降口に向かいながら何度も繰り返す。

西嶋君が別れたいって言ってきたらすんなり受け入れるから。

あなたのことが好きだって言って、困らせたりしないようにする。

でも別れた後、友達になってもらえないかな?

そのときはそう尋ねてもいいですか。





* * *





「眼鏡持ってないの?」

シューズロッカーの前でわたしは、毛糸を虫と勘違いした自分の勘違いを呪いたくなった。

普段やらないような無理をしたら大失態をやらかすと言ったゆんちゃんたちって、わたしのことをよくわかってるよね。

「かければ?さっきまで俺、睨まれてるのかと思ってたし」

ごめんなさい!

そんなつもりまったくないの。

ただ西嶋君はわたしに眼鏡が似合わないって言ってたから、あなたに眼鏡姿をあまり見せたくなくて――。 


とにかくここは話をそらしてみよう。

「コンタクト、片方なくしてしまって週末に新しい物を作りに行くつもりですから」

「うん。でも眼鏡かけないと危なくないか?目、かなり悪いんじゃないの?」

うわーん、話をそらせないぃ。

西嶋君は心配してくれてるだけのに頑なに拒むのもなぁ……。

うう、わかりました、かけます。

恥を忍んで。

「なんで顔隠すわけ?」

だから似合わないの!

最初にそう言ったのは西嶋君だもんっ。

好きな人の前じゃ可愛く見られたいっていう乙女心をわかってよぅ~。


泣きたい気持ちで恐る恐る西嶋君を見れば、

「いつもと違って優等生っぽくなるけど別に変じゃないじゃん。やっぱ怪我したら危ないしコンタクト買うまでかけてるほうがいいって――」

普通にそう言われた。

ええ!?

似合わないって言わない?

なんで?

驚いたわたしだけど、更に彼から驚きの発言があった。

「日常生活に支障きたしてるだろ、安在の場合」

「安在さん」から「安在」に変わった!?


「呼び捨て……」

やだやだ、嬉しい~。

気を許してくれたのかな?

なんだか西嶋君に近づけたって気がする!

「ごめん、つい。安在さんでした」

「呼び捨てがいいです。でも、できれば名字じゃなくて名前……雛姫って――」

言ってしまってからハッとした。

わたし、舞い上がってなんて大胆なこと言っちゃったんだろう!!

そう思うと顔が熱くなってくる。

西嶋君、引いてない?

つきあったばかりでもう彼女面してるって思われたらどうしよう。


「名前……?や、いきなりハードル上げすぎ。そこは安在で。それから安在も俺への敬語やめて。同い年だし」

「うん、わかった」

良かった、引いてないみたい。

ホッとするわたしは西嶋君が口を押さえるのを見た。

「かわ――」

カワ……ってなに?

皮?……違うか。

なんだろう。

よくわからなくて彼に目を向けた。

あ、もしかして――。


「川?」

暑いから泳ぎたいとかそういう話?

ていうかこの辺りで泳げる川なんてあったかな?

それにわたし、水泳苦手で浮くぐらいしかできないの。

だから川だとどんぶらこっこって流されてっちゃうと思う。

「や、なんでもない。それより俺、電車通なんだけど安在は?」

「わたしも」

「そ、んじゃ帰ろう」


話題を変えたのは会話が続かない奴って呆れたから?

わたしは西嶋君の隣を歩きながらおろおろと話題を探す。

えと、何を話せばいいんだろう?

趣味?好きな食べ物?得意な教科?……って一問一答ですか!?

ううん、そこから話を膨らませれば!

――そんな芸当わたしにできるの?

いまだって西嶋君の横に並んでるってだけでドキドキして、どんな話を振ればいいかわからないのに!


その時わたしは西嶋君から視線を感じた。

なに、何?

やっぱりわたしとじゃつまんないとか思ってる?

それとももう別れ話とか!?

「西嶋、君……なにかな?」

「えー……なんでもない」

ビクビクとわたしが尋ねると西嶋君は首を振った。

よかった。

別れ話じゃなかったみたい。


「もしかしてつまらない?」

だけどそれならわたしが思い当たるのはこっちしかない。

「わたし、話もしなかったもんね。き、緊張して何を話したらいいか。あっ、でも緊張って言っても困ってるとかじゃなくてね。男の子とこうやって並んで歩くとか初めてだから……って、ああぁ何言ってるんだろう、わたし」

もうやだ。

緊張したら余計なことまでしゃべっちゃうのは、あの頃と全然かわってない。

わたし、なんでこんななのかな――恥ずかしい。


「話って別になんでもいいと思うけど」

なんでも?本当に?

昨日なにをしてたとか、テレビの話とか、そゆのでいいの?

え……「はいどうぞ」って言われても――うん、じゃあ頑張ってみる。

「一言ですまさないで話題を膨らませてね」

「努力します」

そう言った西嶋君の口調がからかってるみたい。

わたしはいっぱいいっぱいなのに西嶋君は余裕なんだ!

わたしばっかりどきどきしてるのがなんだか悔しい。


「なんで敬語なの?わたしが使うのヤダって言ったくせに」

「話してんじゃん、俺たち。無理しないでこんなんでいいんじゃないの?ずーっと話してなきゃいけないってわけでもないし、沈黙になったときは別にそれでもいいと思うけど」

西嶋君の言葉にわたしは驚く。

「もしかして西嶋君、ここまで沈黙だったのも全然気にならなかったの?」

西嶋君と何を話そうとか、つまらない子って思われてない?とか、ずーっとグルグルしてたわたしって……。


「え?安在気になんの?」

沈黙が続けば誰だって気になるでしょう!?

「そりゃ嫌いな奴とだったら沈黙は気まずいけど。俺、一緒にいる奴と空間を共有してる空気とか好きなんだよな」

知らなかった……西嶋君って我が道を突き進むタイプなんだ。

だけどねえいまっ、「嫌いな奴とだったら沈黙は気まずいけど」って言ったよね?

で、西嶋君はわたしといても沈黙を気にしてなかったんだよね?


うわぁい。

わたし、西嶋君に嫌われてないんだ。

そう思うと自然に顔が綻んでしまう。

「そっかぁ」

それにあなたの好きなことが一つ知れたよ。

空間の共有ってそんなこと考えたこともなかった。

うん、でもそうだね。

一緒にいるってそういうこと。

あなたが好きだっていうこの空気をきっとわたしも好きになると思う。


西嶋君の隣を並んで歩きながら、わたしの体から緊張が嘘のように解けた。

自然体でいていいって言ってくれた気がしたから。

「西嶋君って駅からどっち方面の電車に乗るの?」

肩から力が抜けたとたん、わたしはすんなり彼に話しかけることができた。

「ん、俺?俺は――」

さっき西嶋君がわたしを呼び捨てにして近づいてくれた分、わたしもこうやって少しずつ近づいていきたいな。

チラと見上げる彼の横顔をわたしは目に焼きつけた。



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