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「安在さん。突然で驚くと思うけど好きです。俺とつきあってください」

高3の初夏。

受験生の俺がなぜ学年一美人と名高い彼女に告白しているのかというと――。






(こう)(へい)~、仇とって仇!」


幼馴染みの(やす)(はる)に泣きつかれたのは今日の昼休みのことだ。

泰治とは幼稚園から一緒で小学生の頃まで毎日のようにつるんでいたが、中学からは疎遠になり同じ高校に進学したはずが、その頃には話をすることもなくなっていた。

高3で数年ぶりに同じクラスになって、また話をするようになった泰治が、ずっと密かに片想いを続けていたらしいと知って俺は単純に驚いた。

女の子に興味があったのかと。

いや別に変な意味じゃない。

昔は女の子より仲間と遊ぶ方が好きだったという意味だ。


泰治が片想いしていたのは隣のクラスの安在雛姫(ひなき)

俺も彼女は知っている。

茶色のふわふわの髪や肌の白さは異国の血を引いているせいだとか、そのせいかスタイルがよく特に胸がでかいだとか、これからの体育の授業が水泳に変わるのが楽しみでならないだとか。

ともかく男の邪心……ではなく憧れの的の彼女は文句なくきれいだ。

しかも彼氏がいない。

とくれば男が放っておくはずもなく彼女はすこぶるモテていた。

泰治もその一人だったようだ。


またすごいところに手を出したなと思いつつも俺は尋ね返す。

「仇?」

「見下すような顔されて無理って――ひどくね?あんな子だと思わなかった。男の純情踏みにじりやがって」

屋上で食後の苺ミルクを飲んでいた俺は、隣にいた(たつみ)と顔を見合わせる。

「泰治、安在が告ってくる男を振るのはいつものことだ」

俺がズズ~っと紙パックの中身を飲み干し言うと巽も頷く。

「それはもはやこの学校の七不思議のひとつ――」

「にはなってねぇから!」


俺が素早く突っ込みを入れると巽は、済ました顔で読みかけていた少年漫画に視線を落とした。

泰治と疎遠になったかわりに中学から仲良くなった巽は、ちょっと変わり者だが俺の親友だ。

面倒臭がりで何を考えているかわからないところもあるのに、なぜかこいつといる時が一番楽だった。

巽とも同じクラスで俺は休み時間こいつの他、数人の友達と過ごす。

泰治とはこれまでの空白の数年のせいか、つるむことはなくなってしまった。

が、こんなふうにときおり話しかけてきたときのなつっこさは昔の彼を思い出す。 

「で、木戸君。航平に仇とってってどういうことですか?」

漫画から顔もあげずに巽が促すと泰治は一瞬ムッとしたような顔をした。

(巽~、人と話すときはせめて顔あげろ)

しかも敬語を使ったことで、どうやら泰治には馬鹿にされたように聞こえたらしい。


巽を無視して俺に懇願するよう言った。

「航平っ。安在をおまえに惚れさせてそのあとこっぴどく振ってくれ」

「はぁ!?」

「俺が味わった屈辱を彼女にも味わわせてやるんだ。大丈夫、おまえ面はいいから女が好きそうな甘い言葉吐いて誑かせば絶対落ちるって!」

「や、俺、無理だって。ていうかおまえ、仮にも好きだった子に対して――」

これって世間的にはこう言うんじゃないか?

「最低だね、木戸君。そういうの逆恨みって言うんですよ」

そう、それだ。

逆恨み。

巽が棒読みで言うとピクと泰治は眉を釣り上げた。

「成山、さっきからおまえうるせぇよ。俺と航平の話に口挟んでくんな。この漫画オタクが」


そして俺に向かって猫なで声を出してくる。

「頼むよ~、航平。俺とおまえの仲じゃん」

「いやだ」

「冷たい」

「この件に関しては冷血漢でいい」

「ふーん、そんなこと言っていいの?おまえの過去学校でバラすぞ?」

泰治の言葉に俺はギクと顔を強張らせてしまった。

逆に泰治はニヤリと俺に向かって笑う。

ちくしょう、こいつはアレを知ってるんだった。


「……わかった。とりあえず放課後、安在に告る」

「え?おまえに惚れさせてからじゃねぇとさぁ」

「心配しなくても俺と彼女は既に顔見知りだ」

隣のクラスだから彼女も俺の顔ぐらいは知ってるはずだろう。

そういう意味での顔見知りだが真実は黙っておく。

「ふぅん。やっぱおまえってそういう奴だよな」

「そういう?」

「顔が広いっつってんだよ。昔っからそうじゃん?んじゃ頼りにしてるぜー、西嶋航平君」

にこやかに泰治が屋上からいなくなったところで、巽がパタンと漫画を閉じて俺に目を向けた。


じぃっと見つめてくる目に責められているようだ。

「航平、木戸にどんな弱み握られてんの?」

「え?」

逆恨みした男の復讐を手伝うなんて、てっきり軽蔑されたかと思っていた。

「俺、航平と友達になったの中学からだからそれ以前のことだよね?小学校の頃の話?」

「言いたくない」

「実は小学校の影の支配者だったとか?」

「言わないって言ってんだろ」

「そこまで言いたくないの?じゃ聞かない。そろそろ昼休み終わるし教室戻る?」


漫画片手に立ち上がる巽を追って横に並びながら俺はつい尋ねてしまった。

「とめないのか?」

「うん。だって俺、木戸って嫌いだし関わりたくない。自分でなんとかしてね」

「嫌いって……はっきり言うなぁ」

「航平の友達みたいだから黙ってたけどちょっと限界。さっきのあれ、全世界の漫画好き敵にまわしたよね、彼」

「もしかして漫画オタク発言にキレた?普通、逆恨みの方を気にしないか?」

「そこはもう男としてどうとかいうレベルでなく人間として終わってるよね」

階段を降りつつ巽が抑揚のない声で言う。


こいつは普段から淡々とした口調で話すからいまいち感情が読みにくい。

けど人として終わってる発言はかなり辛辣だから、相当泰治のことが嫌いなのだろう。

実際俺もあいつのやろうとしていることは理解できない。

「昔はあんなじゃなかったんだけどなぁ」

「時間の流れってときに無情だよ」

トンと廊下に降り立った巽は俺を振り返った。


「航平が本気で困ったら言ってね」

「心配してくれんの?」

「うん、ちょっと――」

「ちょっとかよ」

脱力した俺が教室に向かって歩き出すとちょうどチャイムが鳴り始めた。

「嫌な感じだったから」

「ん?なんだって?」

チャイムのせいで巽の言葉が聞こえなくて尋ね返したが返事はなかった。




* * *




そして放課後、俺は隣のクラスの安在雛姫を第2校舎裏に呼び出した。

昇降口にある下駄箱にメモを入れて呼び出す古臭い手だがうまくいったようだ。

泰治は物陰に隠れて俺たちの様子を見ているはず。


俺は安在に告白してすっぱり振られるつもりでいた。

そもそも今日まで話をしたこともない彼女に告ったところでうまくいくはずがないし、ここで俺が泰治と同じ目に合えばあいつも同類ができて逆恨みなんてやめるだろう。


熱気を孕んだ風はこれからくる夏を思い起こさせる。

大音量の蝉の鳴き声、うだるような暑さ。

考えるだけでうんざりしたくなるが、この風に揺れる彼女の髪は軽やかでどこか涼しげに見えるから不思議だ。


柔らかそうな髪だなぁと思いつつ俺は安在の顔を見て正直引いた。

なんか俺、すんげぇ睨まれてるよな。

これが泰治の言ってた見下しってやつか。

じゃあこのあと俺は「無理」って振られるわけだ。

よし、こいっ。


「あの、西嶋君?」

突然呼びかけられた俺は彼女が近づいてきたためどぎまぎした。

「本当に?」

俺を見上げてくる目が……さっきより怖いのはなんでだ。

目を細めて睨まれると美人なだけに迫力がある。

「本当にって、えーっと確かに俺らあんまり話したこともないけど――」

というより話をしたのは今日がはじめてだけどな。

そんな俺から「好きです」って言われても信じられないのは当たり前だろう。


「3年2組西嶋航平君」

クラスとフルネームを言われて俺は「はい」と思わず返事をしていた。

瞬間、彼女は飛びのくように後ろに後退る。

近づいたり離れたりってなんだ、このおかしな行動は。

しかもなんかぶつぶつ言ってる。

もしかして行動が挙動不審な上、電波と交信でもするイタイ人だったかと俺は身構えた。

だがよくよく聞けば「どうしよう」とか「やっぱり無理かも」と言っている。

無理でいいんだ。

ここは素早く瞬殺してくれ。


「安在さん?」

「あ、はいっ。なんでしょう?」

顔をあげた安在がまたしても俺を睨む。

目つきは怖いのに敬語って変だな。

「や、なんでしょうじゃなくて……俺、返事聞いていいかな?」

「そ、そうですね。すみません」


「すみません」の言葉に俺は安堵の息を吐いた。

「無理」ではなかったがきっぱり断ってくれたようだ。


「ああ、うん。やっぱりそうだよな――」

「よろしくお願いします」

「突然呼び出して……ん?安在さん、いまなんて?」

「よろしくお願いします?」

一瞬、俺の思考が停止した。

そしてすぐに活動を再開する。

二度「よろしくお願いします」が聞こえた気がするが。

俺は額に手を当てて首を振った。

「聞き間違いだな。もう一回聞いていい?」

俺の質問に彼女は頷く。

制服のスカートを揺らしながらペコンとお辞儀がついていた。

「今日からよろしくお願いします、西嶋君」




俺、彼女ができたんだろうか。

しかもこんな美人の女の子。


……いいや!ちょぉっと待てー!!

こんな展開、俺は望んでいない。

誰か嘘だと言ってくれっ。



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