アマネ
「たのもー」
元々役所だった建物の扉を、そう言いながら開ける。受付らしき女性がギョッとした顔でこっちを見ている。
アマネはそんな女性の様子など気にせず、ずかずかと中に入っていく。
「まてまて!何の用だ、ここは都市管理事務所だ。一般人は……」
慌てて飛んできた二人の男がアマネを押し留める。
「んー?かなちん……えーと、守備隊の剣崎カナタに会いたいって伝えてくれ」
アマネを止めようとして、身体に触れた男を睨んで距離を開けながら、アマネはそう言った。
「守備隊の……?おい。」
「はい!」
一人の男がそれを聞いて、少し考えると同僚らしきもう一人の男に声をかけて、その男は走っていった。
アマネは男の一人が走っていくのを見て、満足そうに微笑む。もうこれであとはカナタが来るのを待つだけだと思っていた。
「とりあえず、話を聞きたい。ここではなんだから別室を用意しよう。ついて来い」
残った男が迷惑そうな目をしながらアマネを見下ろしてそう言うと、さっさと歩き出した。
「なー、ここの奴らってみんなあんなに偉そーなのかー?」
「なっ……」
男はアマネがついて来ていると思って、さっさと歩いていたが、後ろからそんな話し声が聞こえて、振り返って驚く。
ついて来いと言ったはずなのに、肝心のアマネは受付のカウンターに肘をついてそんなことを話していたのだから。
「おい!俺はついて来いと……」
「いやだ」
今度は最後まで言わせず、なんなら顔も見ないでアマネははっきりと言った。
「な、にぃ?断る権利があると思ってるのか!」
顔を紅潮させて早足で戻ってくる男を、アマネはうんざりした顔で見上げた。
「なー、あたしはかなちんを呼び出して欲しいだけだ。あんたも守備隊の一員なんだろ?かなちんと同じ部隊みたいだから、うるさいことは言いたくないけどなー」
しかし、男はアマネの言うことなどに耳を貸さず、アマネの洋服の腕の部分を掴んだ。
「いいから来い!不審な点がある。面会の前に話を聞いてからだ!」
ツバを飛ばして怒鳴る男を見る、アマネの視線の温度が下がっていく。
もし、カナタがこの場にいたら、飛んできて弁明を始めるだろう。
しかし、男はアマネを見て小柄な女性としか見ていない。そしてアマネが口にした剣崎カナタという名前は、No.4の守備隊の中では、良くも悪くも有名になっている。
十一番隊隊長で、代表の松柴の子飼い。そして、大きな動きをする度にNo.4の中枢を揺るがす男の名前。
聞き逃すわけにはいかなかった。目の前の若い女性がカナタとどんな関係かは知らないが、また何かの情報を握っている可能性はある。
男は代表の松柴とは、違う派閥の人間だった。どちらかといえば、かつてこのNo.4で実権を握ろうとして追放された長野と近い派閥にいる。
木村というその男は、もしかしたら今日は運がいいのかも、と思い始めていた。
だから人目につかないうちに、この女性を確保してここに来た目的を聞き出す必要がある。
もし、まだ知られていない情報などを持って来たのなら……拷問してでも吐かせてやる。
木村はそう考えて、受付の方を見た。木村にジロリと睨まれて、受付の女性は震え上がる。
なんの力も、後ろ盾もない受付の職員が、守備隊の中堅より上にいるような木村に逆らえるはずなどない。
アマネが来たことは、まだどこにも伝わっていなかった。
アマネはそんな受付の女性と、威圧的な木村の顔を交互に見て、大きくため息をついた。
「これだからなー。メンドイんだよなー」
そう言ったかと思うと、受付のカウンターに手を置いて、倒立するとそのままカウンターの内側に入った。
そのまま置いてある電話の受話器を取り、カウンターの裏側に貼ってあった内線番号の一番大きい数字を押した。
「貴様!何を勝手なことを!おい、止めろ!」
慌てて木村がカウンター越しに手を伸ばすが、アマネは電話を持ったまま距離を開けて届かせない。
すると木村は受付の女性になんとかしろ!と、目線で伝える。
「おいおい、早くとってくれよー。怠慢だなー、タイマンはるか?なんつってな!」
タイマン……の部分から顔を上げて、木村に言われてじわりじわり近づいてきていた女性に向かって言った。
「ひっ……」
安全な場所で受付しかしないような女性は、アマネが軽く威圧を出すだけで、怯えて後ろに下がってしまう。
(……はい。お待たせしました)
ようやく受話器の向こうから落ち着いた声が聞こえてくる。
「遅い!あたしはかなちんの知り合いのアマネだ!今日は…………おい、なにしてんだー?」
アマネがイラっとした顔をして見上げる。回り込んでカウンターの中に来た木村が、受話器のフックを押していた。
「お前こそ勝手なことをして……。そのなんとかに会いたいなら一緒に来いと言っている」
額に青筋を浮かべた木村が凄んでアマネを睨む。アマネもまた真正面から木村をじっと見る。
プルル……プルル……
木村とアマネの間にある内線の電話が鳴り出した。チラッと電話を見た木村とアマネは同時に受付の女性に視線を飛ばす。
「ひっ……」
二人から見られて、受付の女性は縮み上がる。もう早くどこかに行って欲しい。切実にそう思っているが手の前の二人はどちらも一歩も引く様子はない。
プルル……プルル……
内線電話はずっとなっている。
「取らないのかー?」
アマネが言う。
「お前の業務だろう。早く取ったらどうだ!」
木村がいう。
それならば他のところでいがみあってくれ!そう叫びたい気持ちだったが、そんなことをおくびにも出すわけにもいかない。
恐る恐る睨み合う二人の間にある受話器をとる。
「遅いですよ。何をしていたのですか?」
受話器からはひどく冷静な声が聞こえる。その声を聞いた受付の女性は目を覆いたくなった。
内線の相手は、橘史佳。代表の松柴の秘書にして、No.4をどうにかして牛耳ろうとしているたぬき達が相手であっても一歩も引かない女傑だ。
そして、業務的には受付の女性の上司の頂点にあたる人でもある。
「い、いえ……その。」
ここで正直に答えるわけにもいかず、曖昧な返事をしていると、受話器の向こうから大きなため息が聞こえた。
あ、これは配置転換、最悪……首になるかもしれない。
受付の女性がカタカタと震え出す。
守備隊という肩書きを持ちながら恐ろしい現場に出ることもなく、大した責任もない今の職はとても魅力的なのだ。
「いいです。大体わかりました。何も言わずに聞きなさい。今そこで揉めている女性は代表室に通しなさい。それ以上揉めるとまずいことになりそうです」
受話器の線を目一杯に伸ばして距離をとりながら、睨み合う二人をチラッと見る。
――私が……あの間に入って、パラパラと集まりつつある木村の息のかかった守備隊までいるのに、うまく収めて連れて来いと……
……無理だ。
受付の女性が諦めるのと、木村が部下達に連行するように指示を出すのは同時だった。
すでに受付に十人以上の木村の部下が集まっている。それが女性を取り囲むのが見えた。
そこからしばらく、受付の女性は何も覚えていない。気づけば隣に橘が立っていて、頭を抱えていた。
「だから早く連れてくるよう言ったのです。……まぁ、相手がどちらとも悪かったことは認めますが……」
油が切れたような動きになった受付の女性は、ぎこちなく橘の方を見る。
「木村は立場はそれなりに上の方にいますし、来訪されたのも、ある意味自由奔放の化身というか……まぁ、誰も言うことを聞かせられる人はいませんか……」
疲れたように橘が呟き、惨状の方に歩いて行った。
受付の女性もつられて、それまであえて意識を逸らしていたところに目を向ける。
「ああ……私のデスクが粉々に」
「あなたのデスクはどうでもいいです。はぁ、怪我人は医務室に!木村は聴取します。別室へ……ようこそアマネさん。できれば何事もなくご挨拶したかったのですけれど……」
惨状を見つつ、いまだに目を逸らす受付の女性を叱り、橘は周りの隊員に指示を出しつつ、十人以上の守備隊員をのして、それを踏みながら高笑いをしているアマネに近づく。
「わたしはちゃんと取り次いでくれるように、そこのねーちゃんに話しかけたんだぞ?絡んできたのはこいつらだからなー」
橘は地面に転がされている隊員達を見て特大のため息をもらした。
「申し訳ありません。こちらも色々と問題を抱えておりまして……カナタさんに会いにこられたと聞いております。代表の松柴も折り入って話したいことがありますので、別室に同行していただけますか?」
そう言うと、実にあっさりとアマネは踏みつけていた男達から降りてくる。
「最初からそうしてくれれば、余計に暴れなくて済んだんだけどなー。まぁいいや、案内頼む」
守備隊の現役隊員十人以上を相手に大立ち回りをしたばかりだというのに、アマネはケロッとしてついてくる。
「隊員達を不甲斐ないと思うか、アマネさんを恐るべしと思うかべきか……あとは任せます。近くにいる隊員を使って構いません。器物の損害報告と、人員の負傷記録をこちらに回してください」
心なしか肩を落としながら、橘は現実から逃避し続けている受付の女性にそう言うと、アマネを伴って代表室に向かって歩き出した。
◆◆ ◆◆
「済まなかったね、うちの者が迷惑をかけてしまって……とりあえずよく来てくれたね、そっちに座っておくれ」
久しぶりに見るNo.4の代表、松柴は疲れているように見えた。七十近い年齢の割には話も動き方もしっかりしているが、心労や疲労はだいぶ蓄積しているようだ。
松柴は部屋に入って来たアマネを見ると、にこやかに応じてソファに座るように薦めてくるが、アマネは松柴の声や仕草に僅かに緊張を見た。
「あまりいい状況じゃないのかー?かなちん達は」
ソファに座りながらアマネがそう言うと、松柴の肩がピクッと動いた。
「どうやらタイミングが悪かったみたいだなー。道場の周りが落ち着いたから、様子を見に行ったらどうだって先生に言われたけど。いないんだろー?」
そう言われれば、まずは頷くしかない。十一番隊は今No.4にはいないのだから。
「ふう……嘘やごまかしは通用しなさそうだからね。正直にいうよ。まず十一番隊は任務で明石大橋を渡って本土に行った。No.都市に喧嘩を仕掛けようとする馬鹿ものがいるって情報があってね。ま、偵察任務だった」
「ふーん。かなちん達が偵察なんて行ったら、余計にトラブルを引き寄せそうだけどなー」
あいつは持ってるからなー。とカラカラ笑うアマネを見て、松柴は唇を噛んだ。
確かにアマネの言うように、向こうに行ってそうそうネメシスの幹部と接触しているし、元一番隊の如月に会ったりしていた。
「まったくだね。それについてはアタシも同感さね。でも、遠征できるくらいに戦えて、かつ、信用できる部隊となると……他にいなくてね」
他にいない。そう言った時の松柴の顔は苦渋に満ちていた。
アマネはそれ以上口を開かず、松柴の話に耳を傾けることにした。
「それからも行く先々でマザーやNo.都市にちょっかい出そうとしている武装グループとも接触したりして、色々あったみたいなんだけどね……帰還しようとして、瀬戸大橋を目指して移動していた時に、その武装グループ……ネメシスってグループと友愛の会ってグループが手を組んだ。二つの勢力に退路も侵攻ルートも塞がれた十一番隊は頑張って瀬戸大橋を目指した。ここまではいいかい?」
そこまで話すと、資料をめくりお茶で口を湿らせた松柴は、アマネの顔をじっと見た。
真正面から見つめ返すアマネに、松柴は表情を歪めて言った。
「多分、撤退戦になったんじゃろう……。あの辺りで一番大きい勢力二つに包囲された十一番隊は、それでもなんとか帰還しやようとして……剣崎カナタと仁科ハルカ二名の消息がつかめない。おそらくは部隊を逃すためにしんがりとして……」
そこまで言うと松柴は、無意識にまた唇を噛んでいた。口の中に鉄の味が広がるのを感じながら、アマネを見る。
アマネは目を丸くしたまま、何も言わずに見ている。いや、何も言えなくなっていたのかもしれない。
しばらくそのまま見つめあって、ようやく言葉を発した。
「かなちんとハルちゃんが?おい、嘘だろ?」
僅かに肩を震えさせながら、アマネはそう聞き返したが松柴はつらそうな顔をするばかりだった。
「そういや、途中で階さんとも会ったって情報もあったね。佐久間の手によって身体を乗っ取られていたって聞いてるけど……最後はちゃんと話ができたようだったよ」
「キザさんも向こうに行ってたのか……。キザさんのケリはあたしがつけたかったけど……そーか、かなちん達がケリをつけて送り出してやったんだな」
そう言うとアマネは俯いて、テーブルをじっと見つめている。きっと頭の中では、納得できる落とし所を探っているのだろう。
……納得できなければ。血の雨が降るだけだ。
松柴はなんの言い訳もせずに、アマネがどう受け取るかに任せた。
それからたっぷりと時間をかけて、完全に納得はしていないかもしれないが、アマネは顔を上げた。
「かなちんもハルちゃんも、覚悟はしてたろうしな……。あたしがどうこう言うべきじゃないなー……。それで?そこまでして逃したんだ。他のヒナちゃん達はどうなったんだ?」
それでも一段低い声になっているアマネが聞くと、松柴は橘と顔を見合わせてから言った。
「実はね、途中まで彼らと同行していたNo.3の子が、この情報を持ってきてくれたんだが……」
松柴が言い淀む。アマネは急かすようなことはしなかったが、今にも飛び出して行きそうな気配を漂わせている。
「十一番隊は包囲を突破して瀬戸大橋を移動しているらしい。そこに相手も部隊を配置して待ち構えているってのもあるんだけど……。瀬戸大橋と四国の間を塞ぐ砦があるのを知ってるかい?本来はNo.3が守備している砦だ。そこがNo.2の部隊に占領された」
苦々しい顔で松柴が言うと、アマネが目の前のテーブルを叩き割った。
本人は叩いただけのつもりだったのかもしれない。叩いたのは拳の腹の部分でもあったが、割と頑丈なテーブルは真っ二つになり、アマネと松柴のお茶が入っていた湯呑みがテーブルの残骸と共に床に落ちて割れてしまった。
「いったい何をやってるんだ?あんたらは……。必死に戦って帰ってきたんだろー?しょーもない内輪でのゴタゴタで出迎えもしてやらないのかー?」
怒りをはらんだアマネの言葉に、松柴は何も言い返せずじっとアマネを見ている。
橘は松柴を弁護したそうに口を開こうとしていたが、結局押し黙った。
「弁解のしようもないね。もちろんできる限りのことはするつもりさ。すぐにでも瀬戸大橋の砦に向かうために部隊を招集している」
「しているって……随分のんびりだなー。こうしている間にもヒナちゃん達は敵の真っ只中を必死に通り抜けようとしてるんだろ?」
「……今は戦える者がいないんだよ。恥ずかしい話だが、No.3でもNo.4でもアンタがいうしょーもない内輪の権力争いでね。アタシらだけじゃ、逃げ回ればなんとか辿り着きはするが、その後は指を咥えて見る事しかできなくなる。確実に助け出すためには戦力がいる」
そう言って松柴は、口と拳をギュッと閉じた。
「砦を占拠しているのは、No.2の部隊です。これまでNo.2は戦力をあまり持っていないと公言していたのですが、密かに集めて増強していたようで……砦には百人近い人数で押し寄せて来たと、伊織さんから聞いています。残念ですが、No.4が持っている戦力を全てかき集めても、それには届きません」
すでにNo.3からとNo.4から砦へ向かうルートは、押さえられていると橘が付け加える。
「……かなちん達がわざわざ本土まで行かないといけないわけだ。あんた達が頑張っていないとは言わないけどなー、味方じゃない奴らは敵として見ておくべきなんじゃないのか?」
強い口調でそう言うアマネに、松柴も橘も俯いて沈黙するばかりだった。
「……もういい、あんた達は戦力を集めれるだけ集めて来ればいい。おい、いおりんはどこだ?」
「……伊織さんはこの部屋の控えで待っていてもらってます。本人もアマネさんに直接話したいと言っておりましたので……」
アマネは、そう説明する橘の言葉を最後まで聞かずに立ち上がって、控えの間の扉を開けた。
急に扉が開いたことに、椅子に悄然とした様子で座っていた伊織が驚いて顔を上げ、アマネだったと気づくと、くしゃりと顔を歪めた。
「おい、いおりん!情けねー顔してんな!そんな顔してないで行くぞ、準備しろー」
アマネの言葉に跳ね上がるように顔を上げた伊織が、ぱちくりと瞬きをする。
一瞬理解できていなかったが、それを言ってるのがアマネだと思い出すと、慌てて止め始めた。
「あ、アマネさん、気持ちは分かるしウチもそうしたいんやけどな?あいつら今まで戦力を温存しまくってて、装備の質もいいねん!その上で数まで負けてるんや。どうしたらいいのか……ウチも……」
しかし、そう言ってるうちにもアマネは伊織に近づき、腕を持ってぐいっと引き上げる。
「細かいことはなー、いいんだよ。ハルちゃんもかなちんもいないのに、すごく心細いだろうに、頑張って帰ってきたヒナちゃんをな?欲とエゴの塊共が邪魔するってのが許せないんだよ、あたしはなー」
伊織を引っ張って立たせると、顔と顔がくっつきそうになる距離でアマネは言った。
無茶なことを言っている。そう思うのに、伊織は一つも言い返すことができなかった。
◆◆ ◆◆
「本当に行ってしまいましたね。大丈夫なのでしょうか?」
橘が、アマネが出て行く際に勢い余って壊した扉を見つめながら言った。
伊織も、そのままアマネに引きずられるようにして連れて行かれてしまった。
「その大丈夫は、どっちに対する心配だい?おそらくここを出るまでにいくつもトラブルを起こすだろうからね、ウチの守備隊に対してなのか、隠していた牙を剥き出しにしたNo.2の奴らか……」
橘の問いに、松柴は苦笑いを浮かべて答える。
「……私はアマネさんと伊織さんを心配しているのですが……」
扉から視線を引き剥がして、壊れたテーブルの周りに散らばる湯呑みの破片を拾いながら橘が答える。
「カナタ達から聞いていた話が本当なら大丈夫だろうね。あのカナタが、何をしでかすかわからないって恐々としていたくらいの人物だ。カナタの姉弟子でもあり、信頼もしていたみたいだがね」
お手上げと言いたそうに松柴が両手を挙げると、自分の机に戻って椅子に深く座り直した。
その間に割れた物だけは片付けた橘が、新しく入れたお茶を松柴の前に置く。
「そうでしたね。カナタさんのとこで、何をしでかすかわからないといえば、私はゆずさんが最初に浮かびますが……」
その言葉に、松柴は少しだけ笑った。
「まぁ、確かにゆずの嬢ちゃんもそうだね。でも、そんなゆずの嬢ちゃんをカナタはうまいこと扱ってた。そのカナタが言うんだ。敵に回すべきじゃないし、疲弊したNo.4では彼女の邪魔をふるべきではないよ」
そう言うと、松柴は全部署に自分の名前で「アマネの邪魔はするな」とだけ有無を言わさずに伝えた。
しかし、少し遅かったようだ。各部署に通達して受話器を置いた瞬間、その電話が鳴った。
「はい、松柴……」
「あ、こちら装備部の唐司です!さきほど小柄な女性とNo.3の藤堂伊織がこちらにやってきて、武器を要求されまして……。正規の手続きは踏んでおらず、ただ代表の許可はもらっていると繰り返すばかりで……」
「早速だよ」
松柴がそう言って苦笑しながら言うと、橘が代わりに受話器を受け取り、状況を確認しようとした。
「その方はまだそちらにいるのですか?いるなら代わって……」
「あ、いえ……その。許可はある邪魔するな、と止めようとする者を昏倒させて武器と弾薬を奪われました……」
言いにくそうにそう言った装備部の唐司は、小さく「まるでゆずみたいだ」と、言った。
「まぁ、ゆずさんもゆかりのある人ではありますね」
橘がそう言うと電話の向こうで息を呑んだ気配がした。
「やっぱり「弾丸喰らい」の仲間ですか!?どうりで……」
「それで納得するのはどうかと思いますが、間違いではありません。とりあえず代表も許可したことです。急ぎだったので所定の手続きが間に合わなかったのはこちらのミスです。……被害状況を聞いても?」
最後の部分は恐る恐るといった感じで橘が聞くと、唐司は深刻な様子を見せずに言う。
「こちらの被害は軽微です。昏倒させられた部員達も、うまく意識だけを刈り取られたみたいで、傷一つ負っていません。代表が把握されているのならいいんです。失礼しました!」
それだけ言うと唐司は電話を切った。
「さて……どうなることか。黙って見ていると、後でまた叱られるよ。アタシらも編成を急ぐよ!」
松柴が真剣な顔になって席を立つと、深く頷いた橘はすぐ隣に寄り添う。
アマネの来訪は、No.4の安全を理由に部隊を出し渋る連中にもいい楔になったはずだ。
そのアマネは、伊織を伴いすでにNo.4を出ていた。都市と外部を隔てている門のところで、また一悶着起きそうになったもののの、松柴の連絡が間に合い無事に出ることができている。
「なあ、アマネさん。本当に二人で行くん?」
真っ直ぐに前を見据えて歩くアマネに伊織が聞いた。アマネはチラリと見ただけで何も答えなかったが、その目が「当たり前だろー」と言っている。
伊織は思わずNo.3を取り戻すために一緒に乗り込んだ時のことを思い出していた。
手に持つ銃をギュッと握りしめる。No.3に乗り込んだ時はヒナタもゆずもいた。詩織も一緒だったし、ハクレンさんもいた。
伊織は自分が戦闘力は一般人並みだということをよく知っている。
十一番隊の連中のように人並み外れた動きなどできない。もちろん隣を歩くアマネと比べると足手纏いにしかならない。
アマネもそれをわかっているからこそ、わざわざ装備部に寄って、無理やり武装を奪ってから出発したのだろう。
実際そこで手に入れた武器は全て伊織が持っている。
「なーいおりん、お前なんか勘違いしてないか?」
ギュッと銃を握り直して歩く伊織をチラリと見たアマネが口を開いた。
「え?勘違いなんて、何も……」
「お前、自分が役立たずだとか、そんなこと考えてるだろー?」
ギクっとする。まさしく考えていた。なんなら自分はいない方がアマネは動きやすいのではとすら……
アマネは言葉を発しない伊織を見てため息をついた。
「お前なー。あたしは嬉しかったんだぞ?お前一人でNo.4まで知らせにきたんだろ?松柴さんの話だと、明石大橋は通れないから、瀬戸大橋を通ってNo.3を経由して……」
伊織は黙って頷いた。途中までは妹の詩織と一緒だったが、詩織は体調を崩してNo.3と4の間にある感染者研究センターに置いてきた。そこからは一人でNo.4まで来た。
「お前は自分が戦えないって思ってるかもしれないけどなー、普通は感染者や下手したらマザーまでウロウロしてる中を一人で移動しようなんて考えないんだよ。少なくともな?都市で悪巧みばかりして安全なところから利益ばかり得ようとねらってるクソみたいな奴らはそんなことしない」
伊織は思わずアマネを見つめた。そんな伊織の背中をアマネは勢いよく叩いた。
「ちょ!」
思わず咳き込みながら、伊織の口元は緩んでいた。アマネは咳き込む伊織を見てからからと笑うのだった。
必死だった。詩織を守りたくて、詩織のためにも喰代博士を守って……一緒に十一番隊を追いかけた。
追いついたときにはもう十一番隊は戦えるのかも疑問な状態だった。
カナタは片腕がちぎれて身体を強く圧迫されて、一度心臓が止まったが、半感染という形でなんとか甦った。ゆずもひなたも、ハルカやスバルも……伊織が好きなダイゴもみんな傷だらけでろくに武装もない状態で……それでも進もうとしていた。
それを見た喰代博士も共に行くことを選び、それまでの情報と十一番隊の状況を伝えるために、詩織と二人戻ってきたが……
十一番隊が得た情報を聞いたNo.都市は、攻めてこようとしているネメシスや友愛の会に対抗するために力を合わせるのではなく、No.2の裏切りという最悪の状態で十一番隊を迎えようとしている。
それが許せなくて詩織と二人、No.4を目指したのだ。
だから、アマネほどの人が同行を認めてくれたことが嬉しかった。
背中は痛くて、咳き込んで……涙まで滲んできたが伊織の口元は緩んだままだった。
◆◆ ◆◆
「ほいっと!」
アマネのあまり気合いの入ってなさそうな声が聞こえる。伊織も支給刀で二体の感染者をしのいでいる。
そこに、自分の相手を片付けたアマネが飛び込んできた。
「よいしょおー」
アマネの腰ほどまで伸びているきれいな髪がひらりひらりと舞うたびに感染者は地面に転がされていく。
アマネは見た目が幼い。多分二十代半ばから後半くらいのはずだが、ぱっと見は伊織よりも幼く見える。
見る人によっては中学生くらいに思うかもしれない。
ただ戦い方は苛烈だ。自分の背丈ほどもある肉厚の厚い刀を軽々と振り回して、感染者の首をぽんぽんと飛ばす。袈裟斬りに斬れば、ほとんど真っ二つにする。
十体ほどの感染者と遭遇したが、伊織が何とか二体ほど倒す間に、残りはアマネが全部片付けてしまっていた。
「はあはあ、前から思ってたけど……アマネさんのどこにそんな力があるん?」
伊織は肩で息をしながら、呆れたように言うとアマネは重量級の刀を鞘に納めながら伊織を見た。
「おい、いおりん。女子に向かってそれはないだろー。あたしはそれほど力はないぞ?こんなもん慣れだ慣れ」
絶対違う。そう思いながら「ほんならちょっとそれ持たして?」と手を伸ばす。
アマネが使っている刀に。
アマネも気にすることなく、ほいっと投げてよこすので慌てて落とさないように掴もうとしたが……
「重っ!」
持っていることもできなかった……。抱き抱えるようにして何とか地面に落とさずにすんだくらいだ。
「こんなもん振り回しといて力がないとか、よく言うわ」
「まぁ、それ特注だからな。一般的な打刀を三本分くらい使ってる。そういえば、昔かなちんに持たせたら腰砕けになってたな!」
そう言ってアマネは笑っていたが、その目には悲しそうな色が含まれていた。
◆◆ ◆◆
「ほーん、なるほどなー」
「あいつら……なんてことすんねん……」
アマネと伊織は物陰に隠れながら、砦の様子を窺っていた。口調に温度差を感じるが、腹の底には同じような怒りが渦巻いている。
少し離れたところには即席で作ったのだろう、バリケードがある。砦の周りを囲うように作ってあるバリケードには感染者が大量に取り付いている。
「あいつら、砦に近づけないように感染者を呼び寄せてる……」
ギリっと奥歯を噛んで、絞り出すように伊織は言った。その視線の先では、何か金属の……バケツのようなものをヘラヘラと笑いながら叩いているNo.2の部隊と思しき者がいた。
バリケードに取り付く感染者の数は、百や二百ではなさそうだ。
「こんなに感染者呼び寄せて……万が一No.3の都市の方に向かったら……」
伊織の血を吐くような言葉の意味がこれだった。かつて、No.3が管理していた砦だから、ここから都市までの道は開けている。
何かのはずみで都市の方に移動すればあの数の感染者を防ぐ戦力は今のNo.3にはない。
No.2もそれはわかっているはずだ。
わかった上で、砦も守るためだけにそうしているということは、もう隠していた牙を見せた以上協調する意思はまったくないということだろう。
「アマネさん……、こいつはまずいで」
「そだなー。あれだけの数がバラバラに都市に向かったら、さすがのあたしでも全部は止められないなー」
「それもやけど、ウチらもやで。あれじゃ近づけへん。感染者とやり合うとるうちにガッチリ守り固められる」
厳しい目で砦の方を見ながら伊織が唇を噛む。
「それは大丈夫だぞー?」
あっさり言うアマネに、さすがに疑わしそうな目を向ける伊織。アマネはそんな伊織を見てケラケラと笑いながら言う。
「そんな顔するな、いおりん。ほらあそこ、バリケードの内側にもう一つ囲いがあるだろ?」
アマネが言うのは、外側の感染者を防いでいるバリケードの内側に簡易的だが囲いがあって、プレハブのようなものが置かれているところだろう。
多分その中には指揮をとっている上司がのほほんと座っているはずだ。
万が一バリケードが破られても、自分だけは逃れるようにしている。
「ああ、あの家畜小屋な」
伊織が安全な場所から指示を出そうとする上の者を痛烈に皮肉って言う。アマネはそれがおかしかったのか、腹を抱えて笑っている。
「ははっ!いいな、いおりん。その発想はなかったなー。まぁ、その家畜小屋のとこまで行けばなんとかなるだろ?」
「そりゃ……あそこまで入り込んだらな。でもそれができへんから困っとるわけやし……」
心なしか嫌な予感がしつつも伊織はそう言ったが、アマネは
任せとけーと言うばかりだ。
そして、隠れながら砦に近づく。バリケードの中では感染者の気を引こうと、バケツを叩く隊員が数名いるが、感染者の群れに阻まれて、近づくアマネ達の姿に気づかない。
「で、どうするん。ここからは隠れるところもないで。音でも出したら感染者がこっち向いて来るやろうし……」
そう聞いた伊織を見て、アマネはニヤリと笑った。伊織は自分の顔が引きつるのがよくわかった。それほど長い付き合いではないが、アマネがこういう顔をした時は、何か突飛なことを考えている時だ。
「おい、いおりん。今からあたしがバリケードを壊す。したら奴ら大慌てするだろ?その隙にお前は家畜小屋まで行って、家畜を処理してもいいし、捕虜にしてもいい。何もせずに砦に侵入してもいい。その辺は任せるわー」
「……アマネさん、色々とツッコミたいとこや、聞きたいことがあんねんけどな?」
「そんな時間はないなー。準備しとけよ?いおりん!」
そう言い残すと、アマネは伊織が止める間もなく隠れている所から飛び出した。
そこからバリケードまでは広いスペースになっていて、感染者の群れまでは5から6メートルくらい空いている。
「ちょっ!何を……」
「いいから準備しとけー。おねーさんの本気を見せてやるからなー」
伊織が手を伸ばすが、もう届かない位置までアマネは進んでいる。
そこで持っていた刀を、左腰に付けて構える。その構えはどこかカナタの居合の構えにも似ていた。
「あ……」
伊織もそう感じたのか、思わず言葉が漏れる。アマネはほんの一瞬その姿勢で動きを止めた後、一気に刀を振り抜いた。
「朱雀流……飛燕」
普段と違う、底冷えのするような低い声でそう呟いたアマネの斬撃は、その前でバリケードに向かって手を伸ばしていた感染者を腰の部分で一刀両断した。
ドゴン!
その威力は感染者達を突き抜け、バリケードまで届き……粉砕した。
もうもうと上がる土煙。騒ぎ出すNo.2の守備隊たち。
呑気にバケツを叩いていた隊員達も、右往左往している。
「いおりん!おねーさんの刀に乗れ!」
呆然とする伊織の耳に、その声が届く。なぜ?とかどうして?なんて考えが浮かぶ前に反射的に体が動いていた。
武器をしっかりと握り、走ってアマネに近づき飛んだ。
ふわりと宙を舞う伊織の足が、アマネの刀に乗った瞬間……
「よいしょおー!」
アマネがそれを思いっきり振り抜いた。
「きゃあ!」
伊織が思わずかわいらしい悲鳴をあげてしまうのも無理はない。
高々と打ち出された伊織の体は、感染者達の頭の上を飛び越え、慌てる守備隊員達さえも通り越して、二人が家畜小屋と呼んだプレハブまで届いた。
「おわぁ……くそ!」
プレハブの屋根に墜落しそうになった伊織は、思いっきり身体を捻って、何とか足から着地することができた。
「なんて無茶苦茶な……」
伊織を放り投げたアマネは、もう感染者に群がられて激しい戦いを演じている。その上、No.2の部隊の目も引いていた。
「……ありがとうな、アマネさん」
最後にアマネが奮戦している様子を見て、伊織は砦に向かうためにプレハブから飛び降りた。
「な、なんだこれは!何が起きてる?……おい、貴様!これは何の騒ぎだ!」
地面に降りたと同時に背中側で激しくドアが開けられて、高圧的な言葉が浴びせられる。
振り向くと、こんなご時世によほどうまい物を食べているのか、でっぷりと肥えた男が鼻息を荒くして、そこにいた伊織に怒鳴りつけた。
「何とか言わんか、これは何事だ!」
一瞬ビクッとした伊織だったが、この場の指揮官らしい肥えた男は伊織を部下だと思っているのだろう。説明しろと喚いている。
「ああん?侵入者や。ほら、見てみぃ」
無視してしまおうかと思ったが、伊織はそう言ってアマネが戦っている方を指した。
肥えた指揮官は、動揺しているのか武器はおろか上着も着ていない。
そして、伊織の存在にもピンときていないのか、素直にアマネの方を見て、固まっている。
「……何だあいつは。よ、よし。私は、侵入者の報告をせねばならん。この場は任せる」
そして、こともあろうか伊織に任せると言い放つと、逃げるように砦の方に向かって歩き出した。
襲撃されていることに気づくと、まったく迷う素振りもなくここから逃げ出すことを選んだ、この指揮官に唾を吐きかけたいのを堪えて、肥えた指揮官に追いつくとハンドガンを抜いて、その脇腹に突きつけた。
「残念やったな、ウチもその侵入者やねん。部下の顔くらい把握しとくべきやったな。まぁええわ。ほら、止まらんでええ。砦の中に行けばいいやん」
グイッとハンドガンの銃口を押し付けて、そう言えば指揮官の顔色は真っ青になってくる。こうして伊織は砦への侵入を果たした。
◆◆◆◆
「んー、けっこういるなぁ……いおりんは砦の中に入ったみたいだし、もういいか」
そう呟いて近くに来た感染者の首筋に蹴りを入れて、その反動で後ろに下がる。バリケードの方では、アマネが壊した部分をカバーしながらもしっかりアマネの方にも撃ってきている。間に感染者の集団がいるために、あまり至近弾はないがさすがのアマネも撃たれるとまずい。
一時撤退しようと後ろを見たアマネは、一瞬動きを止めてため息をついた。
「あいつら、狙ってないかー?」
げんなりとしてそう言ったアマネの視線の先には、こっちに向かって来る守備隊の制服を着た集団があった。その先頭には№4の代表、松柴がいた。
◆◆ ◆◆
「何とか間に合ったかの。しかし……これだけ感染者を集めて、これが散った時はどうするつもりじゃ」
今も、砦の方ではアマネが壊したバリケードの部分を守ろうとして、№2の守備隊が銃を使っている。激しい銃声の音は遠くまで響き渡り、ますます感染者を引き寄せてしまう。松柴はこの集められた感染者が、集団でどこかに向かって移動しだした時の事を危惧している。
「何も考えてないんだろうなー。あいつらにとっては、今この段階で砦を守ることができればそれでいいんじゃないかー?」
アマネの近くまでやってきて、そう言った松柴の言葉にアマネはどうでもよさそうに答える。伊織の話では、隠していた戦力を出してまでここの砦を占拠したのには、何か理由があるはずだ。と言っていたが、お互いに牽制しあっている№都市のなかで、ここまではっきりと敵対行動をとるからには、まだ隠している戦力があるか……。
「四国以外に援軍のあてがあるか……じゃろうな」
険しい顔の松柴がアマネの話を受けて言った。アマネも「まあそうだろうなー」とつまらなそうに言った。
「こちらが掴んだ情報によれば……公にはされてませんが、№2はこれまでに何度も来島大橋を渡って、本土の方に人を派遣してます。恐らくその時に本土の方にいる生存者のグループと渡りをつけていたのでは、と思われます」
すぐそこはもう戦場だというのに、普段と変わらないスーツ姿の橘が手元の資料を見ながらそう言った。
「それだけ分かってんなら、もっと早く手を打てたんじゃないのかー?」
意外に詳細な情報が出て来て、アマネが橘を睨みながら言うが、橘はそれを涼しい顔で受け流す。
「残念ながら、これは向こうが何か隠しているということを前提に調べてようやく掴んだ情報です。悔しいですが、それまでは動きを全くつかめていませんでした」
アマネに睨まれても崩さなかった表情が、そう言った時だけわずかに歪んだ。
パン!と松柴が手を叩いた。
「過ぎたことを言ってもしょうがないよ!要はこれからどうするかだ」
少し険悪な雰囲気になりかけたアマネと橘が松柴に注目した。そして何か言おうと口を開きかけたのを、アマネが止めた。
「まずは向こうから何か言ってくるみたいだぜー。ふざけたことを言うようなら叩き切るから止めんなよー」
普段と変わらない表情で物騒なことを言うアマネに苦笑いを浮かべながら、アマネが指す方を見ると№2の守備隊に動きがあった。それまで散発的に押し寄せる感染者達に対して攻撃をするだけだったが、砦から出てきたのかプロテクターを装着した一団が、一人の男を護衛するように動きだした。
「あれは№2の麻木という男ですね。確か二番隊の隊長のはずです。切れ者だという噂があります」
松柴に寄り添うように立った橘が、松柴の耳に顔を近づけて伝えた。その麻木を中心にして感染者を倒すのではなく、押しのけるようにして、その集団は松柴がいる方に向かってくる。
「代表、気を付けてください。何をしてくるかわかりませんよ」
そう言って松柴の周りを囲むように、№4からここまで松柴を護衛して来た三番隊と、その隊長である菅野が立った。やがて感染者の集団を突っ切って松柴の前に一人の男が立った。
「……№2の二番隊隊長の麻木だ。ここに何をしに来た?」
相当に鍛えているのだろう。隊服がパンパンになるほどの体格と190はあるだろう上背が威圧感を出している。わざわざここまでやっていた松柴に対し、にこりともせずに麻木はそう言った。
「随分じゃないか。こっちは瀬戸大橋の砦が外の勢力から狙われてるって聞いて戦力をかき集めてやってきたっていうのに……。それにアタシらは自分とこの部隊も迎えてやらんといけないんでね!」
松柴がそう言ったが、麻木はピクリとも表情を動かさず言った。
「無用だ。№3も№4も内部抗争で疲弊してほとんど戦力がない。我らが部隊は、来島大橋の砦に主力の一番隊を置いたままで二番隊から六番隊まで……総勢百十四名が砦に入っている。いまさらそちらの十人や二十人の部隊が来ても邪魔なだけだ。それと、確かに№4の十一番隊とやらが瀬戸大橋を目指して移動していることは聞いている。しかし仮に今その部隊が砦まで来たとしても、それが十一番隊である確証がない限り簡単に入れるわけにはいかない」
それを聞いて、アマネがピクリと眉を動かし、一歩踏み出す。それを見て麻木の周りにいる部隊も武器を構えて警戒しだした。
「まったく……これが同じ№都市同士の会合かい?まるで敵同士の話し合いじゃないか。まあいいさね。戦力差は如何ともしがたいからね。それじゃあこうしようじゃないか。アタシと数名が砦に入ってやってくる部隊が十一番隊かそうでないか判断する。部隊の編制や砦の守備には口を出さない。それならいいだろ?」
眼光鋭く麻木を見ながら松柴はそう言うと、麻木は初めて返答に時間を要した。十一番隊の出迎え以外に一切口を出さないという意外とも言える条件を出した松柴に、麻木はわずかに眉を寄せる。
「……だめだ。今砦の中は厳戒態勢にある。外部からの侵入やスパイなどを防ぐ処置だ。緊張した状態に不確定要素を入れるわけにはいかない」
その言葉を聞いて、№4の人間たちも顔色を変える。
「おい、仮にもこっちは都市の代表だぞ?本来なら指揮権の移譲を求めてもおかしくない場面で、異例の譲歩をしてるのにその態度は何だ!」
あんまりな言い草に、菅野が噛みつく。菅野が言うように本来の守備隊の規則に従えば、都市の代表がこうして戦場まで出向いている以上、№2の部隊は松柴の指揮下に入らないといけないのだ。
しかし麻木はそれでも一歩も引かずに言う。
「非常時には現場の指揮官が部隊を統率する。という隊則もあるはずだ。そして今は非常時であると判断している。ゆえに砦に入ることは許可できない。……これ以上この付近の感染者が増えないように安全の確保でもしていたらどうだ?」
「何だとテメエ!」
菅野が麻木の襟首を掴む。菅野の部隊の隊員たちも怒りの表情で麻木達を睨みつける。それに対して麻木が連れて来た部隊は、顔色を変えずに銃を構えた。
「やめな!こんなとこで殴り合ってても何も解決しないよ!」
今にも殴り合いに発展しそうな空気を松柴の声が制した。菅野は麻木の襟首を掴んだまま悔しそうに松柴を見る。
「……いいからやめな。これは命令だよ。№2の麻木もこれ以上ウチの連中を刺激するような事を言うのはやめな!」
命令とまで言われ、菅野は歯噛みしながら麻木を掴んでいた手を離す。麻木は相変わらず変わらない表情で「ふん」と鼻を鳴らして、服装の乱れを直している。
「代表!あいつは代表に対して砦に入れないばかりか、雑用をやってろって……そう言ったんですよ!」
鼻息荒く松柴に詰め寄る菅野をなだめながら、松柴はアマネの方をチラリと見た。アマネは麻木の睨みこそしているが、殴りかかりそうな素振りは見せていない。それに少しだけ安心して麻木に向き合う。
「そっちの言い分はわかった。ただ当然飲み込めない部分もあるから、返事は即答できない。……あとで砦に人をやる。№4の動きはその時にでも伝えるよ」
じろりと麻木を睨みつけて、そう言った松柴に対し、それでも麻木は何か言いたそうな素振りを見せたが、それは飲み込んだのか口にすることはなかった。
「とりあえず邪魔だけはするな」
それだけを言い残して、砦に戻って行った。
「ふう……。取り付く島もないってのはこの事だね。これだけ強気な態度をとれるんだ。あれは隠していた戦力以外の何かもあるね」
麻木達の姿が遠くなるのを見ながら松柴が疲れたように言う。
「……すみません。熱くなってしまいました。代表は№2が隠しているのは戦力だけではないと?」
菅野は聞くと松柴は真剣な顔で頷いた。そして顔をアマネの方に向ける。
「それにしてもアンタが殴りかからないのは意外だったよ。あんたを止めるために菅野をそこに立たせていたのに、菅野が先にキレてたくらいなのにねぇ」
松柴がそう言うと、少し不自然な動きでアマネは松柴の方を向いた」
「おう……あたしが一番嫌いなタイプの人間だったからなー。我慢するのに必死だった。おかげで……悪いんだけどホータイかなにか、ないか?」
そう言うアマネに松柴は怪訝な表情になる。
「包帯くらいあるけど、なにをするんだい?」
近くにいた隊員に命じて包帯を取りに行かせると、、アマネに近付いた松柴は絶句した。
「あ、あんた……、なにやってんだい!」
大声を出す松柴に周りの視線が集まる。それに迷惑そうな顔をしたアマネが口をとがらせる。
「そんな大声だすなー。傷に響くだろー」
「響くも何も……あんた、陰腹を切るなんて」
顔をしかめながらそう松柴が言うと、ぽたりとアマネの足元に赤いものが垂れた。
◆◆ ◆◆
アマネの足元に血が垂れているのに周りが気づきざわめきが広がる。松柴は包帯を持って来た隊員に、もう一度、今度は救護班を連れてくるように命じた。
「おいおい、ちゃんと加減はしてんだ。あまり大げさにしないようになー」
そう言って止めようとするアマネを、松柴は振り払って、まっすぐ見つめて聞いた。
「あんた、なんでそこまで」
真面目にそう聞かれて、アマネは少し気まずそうに頬をかく。
「いや、あたしもな?キレやすいってことは自覚してんだー。で、さっきの男はあの砦で偉いんだろ?あたしが何かしたことで、ひなちゃん達が何かされたら嫌だからな」
「だからってあんた……」
「あの男は知ってるぞ?本当に十一番隊か分からないとか言ってたけど、多分今の状況とか……武器とかな?」
アマネがそう言うと松柴がピクリと動きを止めた。同じ頃にやってきた救護班が、どうしていいか分からずに松柴とアマネを交互に見て戸惑っている。
「応急処置は私がやります。そこに置いて行ってください」
橘が近づいてきて、困っている救護班の女性にそう言うと、ホッとしたような顔で一礼して去っていく。橘は救護班が持ってきた医療キットを持って、見つめ合う松柴とアマネの間に入った。
「可能性は十分にあります。これまで、十一番隊が大きく動いた時は、必ずそれまでにない情報を持って帰ってきました。そして彼らが持つ武器。いまだかつてマザーに効果的な武器が見つかっていないのに、カナタさんの「桜花」はマザーの一部を斬ってきました。ひなたさんの「梅雪」もマザーや感染者に効果があるといいます。狙われていると見て間違いないかと」
アマネが言ったことを砕いて話した橘は、医療キットを開けながらアマネに言う。
「さあ、アマネさん。傷を見ますので服を脱いでください」
「服をって……ここでかー?」
さらっと言った橘に驚いたアマネが周りを見る。当然男性隊員が多くいる。もしかしたら守備隊に男性に交じっている女性隊員は、下着姿になるくらい慣れているのかもしれないが、アマネは違う。
きょろきょろと焦って周りを見るアマネを見て、橘は口に手を当ててくすっと笑った。
「こうしてみるとアマネさんも女性なんですね」
そう言ってクスクス笑う橘に、少しだけむすっとしたアマネは「どう見えてもあたしは女だ、ばかやろー」と頬を染めながら文句を言っていた。
◆◆◆◆
「はい、これで大丈夫です。きれいに斬ってましたから、傷跡も残らないでしょう。ですが出血が止まるまで何回か包帯を変える必要がありますね、おとなしく私に言ってくださいね?」
応急処置を終えて、そう言う橘にアマネは素直に頷いた。周りをカーテンで仕切ってもらい人前で脱ぐことはなかったが、なんとなく気恥ずかしくて橘に逆らうことができなかった。
階にも頭が上がらなかったので、アマネは橘のようなタイプに弱いのかもしれない。
「さてアマネさん。どうされるつもりですか?彼らの目的はおそらく外のグループと接触して何か企んでいるのでしょう。それとは別に十一番隊が持つ武器類や情報を狙っているのなら、何を言っても我々は砦に入れないでしょうし、ヒナタさん達は砦から出さないでしょう」
医療キットから出した道具を片づけながら、橘が言う。アマネもそう思っていたので、黙って頷いて言った。
「……あたしはなー、頑張って、つらい思いもしてようやく帰ってきたひなちゃん達が、そういう欲とか権力とかに邪魔されるのが嫌なんだ。いおりんは先に砦にはいっていったけど、あいつ要領悪そうだからなー。ちょっとあたしも行って邪魔してくるかなー」
脱いでいた洋服を身につけながらその辺に散歩に行く感じでアマネは言う。それを聞いていた橘は、小さく頷いて言った。
「私も行きましょう。こう見えて隠密行動は得意です。足手まといにはなりません」
◆◆◆◆
「ようやく来たか……」
砦の櫓の上から双眼鏡で橋の上を見ていた麻木が呟いた。肉眼では豆粒にしか見えないが倍率の高い軍用の双眼鏡で見ればはっきりとわかった。ヒナタをリーダーとして瀬戸大橋を渡ってくる十一番隊だ。
「わかっているな?喰代という研究者以外は生死を問わない。罪をでっちあげて情報を吐かせて、武器も取り上げればいいが、すぐ近くに№4の松柴も来ている。邪魔されるのは面白くない。一番手っ取り早いのは、賊にやられて殉職してくれることだ」
「はい、心得てます」
麻木の隣に立つ男が直立の姿勢で言った。守備隊の制服を着ているが、その着こなしや立ち姿は軍人を彷彿とさせる。
「うまくやってくれたら、隊員の一人が持っているへカートⅡはくれてやる」
麻木がそう言うと、立っている男の目が輝く。狙撃手として希少なライフルを手に入れることは嬉しいのだろう。
「行け。証拠は残すな?お前たちはここにはいないことになっているんだからな」
麻木が最後にそう言うと、三名の狙撃手は揃って敬礼をしてその場を離れた。狙撃ポイントの選定は任せている。味方にすら気付かれず、望んだ死体を作り出してくれるはずだ。
「あのマザーを斬ることができる刀か、ガキどもには荷が重い代物だろう。ライフルもそうだな、あんな身を削って働く前線の隊員が持っていていい代物じゃない。切り札は温存しておいて、いざという時に最大の効果を発揮してこそ、周りへの牽制になる。俺が使ってやるから、安心するがいい」
麻木は最後にもう一度だけ双眼鏡を除いた。先頭を歩く少女。資料によれば剣崎ヒナタ……元々隊長だった兄の剣崎カナタから隊長職を譲られた。戦時特例として隊長になった少女が、仲間たちを励ますように声をかけながら歩いている。
恐らく、砦が見えてきた、みんなもう少しで帰れるよ!。とでも言っているのだろう。
「残念ながらそれは叶わないな……」
そう呟くと麻木はそこを離れた。数時間後には、隊長の少女は賊の凶弾に倒れ、部隊は全滅かよくて半壊。救出した№2の守備隊が放置されていた装備を回収する。
頭の中で筋書きをなぞっていくうちに、麻木の頬が緩む。
十一番隊が挙げてきた戦果もすべて調べてあった。そして若造ができるのだから、自分にできないはずがない、とも思っている。その武器さえあれば。
◆◆◆◆
「アマネさん……実は慣れてますか?」
限りなくひそめた声で橘が言う。その言葉にアマネは眉を寄せて橘を見た。
「慣れてるわけないだろー。初めてだよこんなの」
二人は、砦の外壁にぴったりと背中を付けて立っている。入れてくれないなら潜入してしまおうということだ。足が置けるでっぱりは10cmほどしかなく、さらに高さで言えばビルの三階くらいある。その狭い足場を頼りに進んで、窓に到達すると橘が中を確認する。人がいればもちろん入らないが、運よくそこは空き部屋のようだった。
橘が手際よく、窓のロックを開錠して音を立てないように忍び込む。
雑多に置かれて埃の積もっている箱を見る限り、ここはあまり使わないものを仕舞っている倉庫のようだ。
「さて、アマネさんなら誰かが持っている武器が欲しい時、どうしますか?」
扉のところまで行って鍵がかかっていること、付近に人の気配がないことを確認した橘が、忍者のような覆面の口の部分の布をずらして話し出した。
「んー?あたしなら直接そいつんとこ行って、くれって言うなー。まあくれるわけないから、その後は殴り合いだろうけどな!」
そう言って声を殺して笑う。
「では、その手段が取れないときは?例えば所持している人が、一応味方の場合は」
「一応がどういうことか気になるけど……ああ、なるほど。消す気だな?」
橘が何を言わんとしているかを悟ったアマネから殺気が漏れる。
「アマネさん、殺気が漏れてますよ。まあ、私が悪いんですけど」
アマネは一つ深呼吸して、心を落ちつかせて今度は逆に質問した。
「じゃあ、今回の場合ならどういう手段が有効だと思う?」
そう聞くと、橘は少し思案した後言った
「そうですね。直接手を下すわけにはいきませんし、敵にやられたように見せたいですからね。こっそり狙撃ですかね。」
それを聞いたアマネも頷いた。
「じゃあ、橋側の屋上か、部屋……違うな。味方にもばれたくないから……周りから見えにくくて、橋の上に射線が通ってる場所」
今度は橘が頷く。
「大体絞れますね。一人とは限りません。麻木は慎重な性格をしています。二手に分かれましょう。これを……」
そう言って橘は小型のイヤホンのようなものを取り出した。カナタ達もよく使っていたので、アマネも見覚えがある。
「市販品です。周波数が合えば簡単に傍受できますので、具体的な事は言わずに端的に。……名前を言ったりしちゃだめですよ?」
それくらい分かってるよ。とアマネは笑った。橘にしては珍しく冗談で言ったようで橘も笑っていた。その間にも室内側の扉のロックを外していた橘は素早く廊下の様子を確認すると頷いた。
「では……気を付けて」
「そこはご武運をって言うんだー」
もう一度だけくすっと笑うと二つの影は素早く動き始めた。
◆◆ ◆◆
「まいったなー。どうすっか」
アマネは小柄な身体を活かして、様々な物の陰に隠れて誰の目にもとまる事なく移動していた。その途中で見覚えのある後ろ姿を見つけてしまったのだ。
守備隊の隊服を着ていたことが幸いしたのか、どうやらここまで捕まらずに来れたらしい伊織が、不安げな表情をしながら堂々と廊下を歩いている。近くを№2の隊員が通る度に一応身を隠そうとはしているが、急に横を向いて壁を見つめだしたり、ごみ箱を開けて中を見たりと、怪しいことこの上ない。
「むしろなんで誰もツッコまないんだー?」
アマネはだんだん自分が隠れていることが馬鹿らしくなってくるくらい、伊織は誰からも咎められずにとうとう橋との出入口の近くまで来てしまった。アマネはここから上の階層を調べるつもりなのだが、伊織のことも気になってしまう。
それからも、すれ違う№2の隊員たちは、訝し気に見るだけで伊織を問い詰める者はいなかった。そして橋側出入口の大きな扉の所まで来てしまった。今は固く閉ざされているが、外部の様子を見るためにカメラがついているのか、壁に掛けられたモニターには外の様子が映っている。
--ひなちゃん……
モニターには、守備隊ではない誰かと争っている十一番隊の姿が映し出されていて、思わずアマネも駆け出しそうになるのをなんとか堪えた。止まれたのは、それよりも早く伊織が駆け出していたからだ。さすがに扉を守っている隊員たちに止められている。
アマネは一瞬悩んだが、それよりも、ヒナタ達がすぐそこまで来ているなら、今にも狙撃されるかもしれない。
--うー……ごめん、いおりん。捕まっても絶対助け出すからな!
心の中で伊織に謝ると、アマネは上の階層に向かって移動を始めた。
「いた……」
アマネも外壁の外に出て、陰になっている所を調べて行くうちに、二階のテラスの天井として、少しだけでっぱりがある部分にそれは伏せていた。もうライフルも準備して、スコープを覗き込んでいる。いつ撃ってもおかしくないように見えて、アマネは思い切り外壁を蹴って空中に身を躍らせた。
「……来い、来い!」
このままでは普通に地面に叩きつけられて死んでしまう。ただ、アマネはさっきから頻繁に起きている現象に賭けていた。そして……。
ごおおっ!
「来たっ!」
橋に面しているので、海からの風がかなり吹き荒れている。特に今日は強いのか外壁を移動していたアマネは何度か強風にあおられて落ちそうになっていた。しかし、今はその強風を待っていた。
腹のケガを処置してもらった後、穴が開いて血だらけの服を着ようとしていたが、橘にやんわりとその服を奪われ代わりに着ていたのが、守備隊の隊服だった。
厚めの生地に、外気を通しにくい造りなのか、かなりしっかりしているので、雨や風も通しにくいだろう。アマネは海からの強風に乗るように隊服の前を開けて拡げた。砦に叩きつけるように吹いている潮風はアマネの軽い体を簡単に持ち上げる。
むしろ高く上がりすぎたが、アマネは隊服の向きと開き具合を調整して、うまく風に乗っていた。橘に応急処置してもらった包帯はほどけてどこかに飛んで行ってしまった。隊服の下は下着姿だったので、知らない人が見たら変質者と思われるかもしれない。
それらのことがチラリと頭をよぎったが、眼下の少し離れた所ではヒナタ達十一番隊が激しく戦っているのが見える。遠目にしか見えないが、アマネから見てもヒナタの動きは昔とは段違いのもので、円と直線、緩と急を入り混じらせた動きは、アマネをして手合わせをしてみたいと思わせるものになっていた。
「はは……ひなちゃんには負けてられないなー」
タイミングを計って、隊服から手を離す。激しく翻って飛んでいく隊服と、代わりに落下軌道に入るアマネ。その目はもう敵の狙撃手しか見ていない。
「ん?なんだ」
アマネの手放した隊服が、狙撃手の視界を横切って行ったのか、狙撃手がスコープから顔を上げて、一瞬ぽかんとした。空から上半身下着姿の女性が降ってくるのだから無理もない。
ただ、その女性は主人公を冒険に誘うヒロインでも、天から舞い降りてきた天使でもない。その手には身体に見合わない刀が握られていて、その目は爛々と狙撃手を捉えている。
「はっ!敵か……」
「朱雀流、二連草薙」
狙撃手の男が立ち上がろうとした時には、アマネの準備は出来ていた。着地と同時に振るわれた地を這うような二連撃は、慌てて立ち上がろうとする狙撃手の首筋と、念のためライフルを斬っていた。
「があっ!」
首から大量の血を流しながらも、なんとか膝をついた狙撃手は、腰からナイフを抜いて、最後の力を振り絞って突き出した。ただ、アマネにも油断はなかった。振り抜いた刀は流れるように動き、大上段に構えて止まった。狙撃手の男が突いたナイフはわずかに頭を動かしたアマネの頬を浅く切り裂いた。アマネは一切動じることもなく、狙撃手の男を見下ろし、全身の力を込めて刀を振り下ろした。
「朱雀流、山颪」
滑るような重心の移動とアマネの体重が乗った斬り降ろしが狙撃手の頭蓋を叩き割り、そのままの勢いで前方宙返りをして……本来ならば、回転の勢いも乗せた斬り降ろしをもう一度振るう技なのだが、その刀の軌道に男の姿はもうなかった。一撃目がとどめとなって、地面に倒れ伏していた。
アマネは、狙撃手の死亡を確認した後、インカムのスイッチを入れて「いち」と短く言った。
一般的な周波数帯を使用しているとかで、傍受されていた場合に余計な情報を与えないためだ。ほどなくしてイヤホンから雑音が聞こえ、向こうからも「いち」と返事があった。つまり、橘も狙撃手を一人仕留めた、ということだ。
「これで終わりだといいけどなー。んーなんかまだいそうな気がするなー。こういう時のあたしのカンは当たるからなー」
そんな事を呟きながら、外壁を伝って移動する。そして近くにあった窓に寄って気配を確認しようとしていた矢先だった。
がらっ。
丁度その窓が開いて、男が顔を出した。突然のことに反応が遅れたアマネと、本来人などいるはずのない所に立っているアマネを見た男は、目を丸くして言葉を失う。わずかな時間見つめ合い、男の視線が少しずつ下がって行き……止まった。
男が凝視する先を見て、アマネは反射的に鞘に納めたままの刀で思い切り男の頭を殴っていた。
「くっそー、やっぱりだめだこれ。サラシならそこまで気にならないのに!」
わずかに頬を染めながら、ぷりぷりと文句を言いながら気絶した男から上着を引っぺがして身にまとう。小柄な体躯をしている割に、アマネの胸はそこそこの存在感を主張している。普段はサラシを巻いてきつく締めているが、今は人並みにかわいらしい下着をつけていた。
これも怪我の治療をした時に、血まみれのサラシの代わりに橘が準備したものだ。
「もう、腹立つ!こいつガッツリ見てやがったぞー」
このままただ見られただけでは気が済まなくなったアマネは、部屋の鍵を閉めると気絶している男の腕をしばり、壁に寄りかからせて頬を乱暴にはたいた。
「おい、起きろー!」
「う、うーん?あ!お前は……」
大きな声を出しそうになった男の鼻先に刀をぴったりと押しつける。ちょっとでも動けば鼻がなくなるかもしれないことが理解できたのか、男は真っ青になりながら口をつぐんだ。男が黙ったのを見て、アマネは低い声で話しかけた。
「おい、お前……あたしの質問に正直に答えたら色々見逃がしてやる。返事はイエスかノーだ。イエスならゆっくり瞬きを一回、ノーなら二回だ。理解したかー?ちなみに嘘をついたことが分かれば、鼻だけでなく頭部からすべての突起がなくなるから、そのつもりでなー」
そう言うと男は小刻みに震えながら、一度だけ瞬きをした。
「この近くに下の橋がよく見えて、周りから見つかりにくい場所があるか?」
瞬きは一回。
「じゃあ、下に来ている連中を狙撃しようとしている奴に心当たりはあるか?」
一回。
あるんだ、とアマネは少し意外に思ったが、顔には出さずに質問を続けようとして……男が倒れていた所に転がる細長いバッグに初めて気づいた。じっ……とそのバッグを見つめるアマネ。何か言いたそうだが、少しでも顔を動かせば鼻がなくなりそうで、何も言えない男。何とも言えない空気が広がる。
「んん‶っ!お前のほかに狙撃手は何人いる?瞬きの回数で答えろ。」
ゆっくり二回瞬きをする。ということは、全部で三人の狙撃手がいた、ということだ。アマネはとりあえず橘に連絡を入れた。インカムを使って「いち。終わり」とだけ。これで橘は狙撃手を探して無暗に砦の中を移動しないで済む。後はこの男にもしばらくの間、眠っていてくれればそれでいいのだが……アマネにはどうしても確認したいことがもう一つだけあった。
「じゃあ最後だ。お前、さっき私の胸を見たな?」
ぴくっと男の肩がはねる。あれだけガン見されて見たかも何もないが、仮に気にも留めてなかったら、それはそれで腹が立つものだ。男はどう返事しようか悩んでいる様子だったが、言い逃れ出来ないレベルで見ていたので諦めたのか、ゆっくり瞬きを一つした。
改めてはっきりと見たと言われると、恥ずかしくなってきて頬が熱くなってくるのが分かる。アマネは刀を持たせたら、そこらの隊員が束になってもかなわないほど強いが、意外にも男性経験は皆無だった。だからこそ気になったのだろう。
「その、なんだ。えーと……変、じゃなかったか?」
いきなりモジモジしだして、そんな事を聞かれて男はきょとんとしている。一体何を聞いているんだろう。という感じだ。
「まぁ、ぶっちゃけて言うとだな?あたしはあんまりあんな下着をつけたことが無いんだ。だから……可愛かったりしたのかなーと思ってなー?」
頬を染めて視線を逸らしながらそんな事を聞いてくる。これが今にも斬ってしまいそうなくらい刀を押し付けている場面じゃなかったら、もう少し甘い空気になっていたのかもしれない。男は軽く動揺しながらも、ゆっくりと一回瞬きをした。
目を逸らしながらも、しっかりとそれを見ていたアマネは、恥じらう乙女のような表情になって、押し付けていた刀を引いた。
「ふうっ……はあはあ」
刀が外されたことで、それまでろくに呼吸もできていなかった男が、溜まっていた息を吐いた。荒く呼吸を繰り返しながら、恐る恐る視線を上げるとアマネがご機嫌そうに微笑んでいる。
「ふふぅ。そっかそっか、可愛かったか。まあそうだとは思ってたんだ。ふふっ!」
よく分からないが助かったようだ。と、男が安堵していると、ニコニコしながらアマネが顔を近づけてくる。
「よかったなーお前。あたしは今機嫌がいいからなー。命だけは取らないでやる。運がよかったなー」
「え……?」
次の瞬間、男は後頭部に強い衝撃を受けて意識を飛ばした。アマネは嬉しさのあまり、手加減ができていなかったのか、男が次に目を覚ました時、アマネと会ったことすら記憶から抜け落ちていた。
◆◆ ◆◆
ヒナタ達をこっそり狙撃しようとする奴らを倒したアマネは、橋側の出入り口の方に戻っていた。
伊織がどうなったか気になるからだ。
「離せっちゅーてんねん!」
さっきも通った階段を降りていると、その声が聞こえて来た。
「あちゃー、やっぱ捕まったかぁ。それはそうだよなー」
一人で呟くと、気配を消して階段の途中から下の方を見る。すると、橋側扉の前には多数の守備隊員が並んでいて、一番前には麻木の姿も見える。
伊織は複数の隊員に取り押さえられて、壁際に押し付けられていた。
「なんで助けにいかんねん、仲間やないか!」
壁に押し付けられても伊織は、麻木の方に向かって声を張り上げている。
「黙らせろ。貴様が関与することではない。この砦を守ることもできない役立たずが吠えるな」
騒いでいる伊織に対して、冷たい目で見てそう言った麻木は、壁のモニターに映る映像を切り替えている。
「ははっ、ちっとも狙撃する様子がないから確かめてるんだな?」
監視カメラの映す映像を何度も切り替えている麻木を見て、アマネは小さく呟いた。
そして、何か考え込むように俯いた。伊織を助けに行ってもいいし、扉前に控えている守備隊員達を相手に、大立ち回りをしてもいい。
だが、不思議なことにアマネの足が動かない。まるでここから先には行きたくないと主張しているかのようだ。
「……かなちんがいないからなー。はるちゃんもいないから、ひなちゃんたちにどんな顔して会いに行けばいいか……。今は、わかんないなー。きっとつらいし寂しい思いをしてるのは分かるけど、今は人を慰めたりできるほど、自分が処理できてないからなー……」
今ここで飛び出して行って、伊織と共に暴れればヒナタ達の援護にはなるだろう。
しかし、そのあとヒナタ達にどんな顔をして会えばいいのか……。アマネ自身もカナタとハルカのいない十一番隊を目の当たりにして、強い衝撃を受けているのだから。
アマネも長い間仁科道場でお世話になった。ハルカの幼い頃から見てきているし、カナタのこともその才能を認めていた。
そんな二人の姿がないことは、やはり……つらかった。
モニターには、ヒナタ達に強そうな男性が三人ほど加勢が増えているのが映っている。
少し前から老人がヒナタに技を見せるように、たち振舞っているのが見える。
狙撃も実行されず、目の前の戦闘は収束したと見ていいだろう。
気持ちに余裕ができて、改めて感じる。胸に大きな穴がぽっかり開いたような、なんとも言えない寂しさを感じて、アマネはヒナタ達に会うのを躊躇した。
橋側の扉では動きが見える。どうやら麻木を含む複数の隊員が外に出ようとしているらしい。
このままヒナタ達が砦の中に入ってきたら、どうしよう。自分は普通を装って会いに行けるだろうか?
アマネはそう考えて……今は会わないことを選んだ。
「ひなちゃん達も、しょぼくれたあたしなんかみたくないだろうしなー」
少し寂しそうに呟いたアマネは、素早く移動して伊織の近くまでやってきた。
今は全員が開こうとしている扉の向こうに集中している。それは伊織の両脇に立ち、伊織が動けないように取り押さえている隊員達も同様だった。
壁のモニターでは、ヒナタに技を披露しながら老人が残党を制圧してしまおうとしていた。
--あのじいちゃん。朱雀流じゃないけど、似てるな。でも、多分あれは最後の力を振り絞ってる。これが最後だと覚悟して、自分の持ってる全てをヒナタに見せようとしてる。
それにも悲しい目を向けながら、アマネはグッと奥歯を噛み締めて背後から伊織を拘束している隊員達の意識を刈った。
色々あって手加減できていないかもしれないけど、別に構わない。
--こいつら、言ってみれば敵だろーからな。平気だろ。
心の中でそう呟き、いきなり拘束していた力がなくなって、ぐらりと倒れようとした伊織を抱き止める。
「おい、いおりん。無事かー?」
呑気に聞こえる口調で声をかけながら、素早く伊織の身体を検める。幸い大きな怪我もしていないし、すぐに動けることを確認したアマネは、伊織にそっと耳打ちした。
「悪いけどなー、ちょっと事情があって、ひなちゃん達と顔を会わせづらいんだ。あとは任せたからなー?」
拘束される時に痛めつけられたのか、つらそうな顔をしながら伊織はなんとか立ち上がった。
「……アマネさん。アマネさんはこーへんの?」
ふらつきながらも自分の足で立ち上がった伊織を見て、もう大丈夫と判断したアマネは、少し影のある笑顔を浮かべた。
「うん、ちょっとなー。ひなちゃん達のこと、任せたからなー」
そう言うと、小さく手を振ってその場を離れた。
人気のない場所を選んで移動して、外に出ようとしているアマネの側に、スッと並んだ影がある。
「もう良かったのですか?」
どこから見ていたのか、アマネの隣に並んだ橘がそう言った。
「今はちょっと会いづらいんだ。あたしはおねーさんだからな!……ひなちゃん達の前で泣いたりできないだろー」
「ヒナタさん達はそんなこと……いいえ、差し出がましいことでしたね。ご苦労様でした。麻木の計画の一つは無事に潰して、ついでに情報も探ってきました。私は代表に報告しないといけないので戻りますが……?」
アマネはどうするのか?と橘は聞いていた。
「そうだなー。ひなちゃんには言えないけど、あたしは諦めが悪くてなー。かなちん達が残ったって場所まで行ってみようかと思ってる。この目で見たことしか信じないタチなんでなー」
橘はそんなアマネの返事を予測していたのか、フッと微笑みをこぼしただけで何も言わなかった。
そのエリアは、マザーも確認されているし、ネメシスの勢力下にある場所だ。
二人は砦の裏口のようなところから外に出ると、そこに立って歩哨をしていた隊員達を、危なげなく気絶させてその場に転がした。
そして砦から少し離れたところで息を整える。
橘は隣で荒い息を吐くアマネをそっと見る。アマネは本気でカナタが残って仲間を逃した場所まで行くつもりなんだろう。
危険ですよ?その言葉は出てこなかった。アマネ一人なら出会った相手の方を心配してやらないといけないかもしれない。
むしろ……カナタの死を本当に確認してしまった時、アマネがどうするのか、それだけは橘にも読めない。
「アマネさん。もし……」
「ええ?なんだって?」
何かを言いかけて止めた橘に、アマネはそう聞いたが、橘は軽く首を振って言葉を飲み込んだ。
「いえ、なんでもありません。アマネさんなら大丈夫でしょう」
何に対して大丈夫なのか言わないで、そう言った橘にアマネは首を傾げる。
「まぁいいか。ひなちゃん達のこと、頼んだ。落ち着いたら会いにくるよ」
そう言い残して、どこかへ行こうとするアマネを橘が呼び止めた。
「アマネさん。今回のことで、ヒナタさん達は都市を出る可能性があります」
そう言った橘に、アマネは足を止めて眉を寄せて軽く睨む。
お前達が面倒見ないのか?そう言いたげな目線で。
「ヒナタさんやゆずさんは、都市に縛られるような方ではありません。これまでは真面目なカナタさんが隊長だったから従っていただけです。カナタさんの安否はまだ確認が取れてませんが、あの二人を縛りつけるものはもう何もないのです」
アマネは何も言わず橘の話を聞いている。言っていることには同意見なのか、その目から険しさは取れている。
「二人が行きそうなところは大体把握しています。しばらくしてからNo.4に来て下さい。住所などの情報をお渡しします」
そう言った橘に、アマネは少し笑って言った。
「しばらくしてからだとー?今言わない理由は?」
笑いながらそう聞くアマネを見て、橘も笑みを浮かべながら言った。
「カナタさん達の情報と引き換えということで」
その答えにアマネは笑った。
「ちゃっかりしてんなー、こんにゃろ。わかった、あとでなー」
そう言うとアマネは、身を翻して歩き始めた。彼女にとってマザーがいようが、ネメシスの勢力下だろうが、関係ないのだろう。
橘は笑みを浮かべたまま、アマネの背中に返事をした。
「はい、また後で」
そう言うと、橘も松柴の待っているところに向かって歩き出す。
砦の中ではこれからまた一悶着起きることになる。しかし、アマネは会うことを選ばなかった。橘も砦に残る選択はしなかった。
それは死線を潜り抜けて戻ってきたヒナタ達の成長を目の当たりにしたからかもしれない。
もうヒナタ達を一人前と見たアマネは、自分がやりたいことの方を優先させた。
組んでみると、意外に気が合っていた二つの影はそれぞれの目的地を目指して、ゆっくりと離れて行く。
これはヒナタ達十一番隊がようやく四国に辿り着いた時の話。
ヒナタ達と同じ空の下で起きていた別の物語




